第6話 You are dog!♣️

 あ、もしもし、先輩……?

 こんばんは、ユキです。

 よかった、なかなか出てくれないから、もう寝ちゃったかと思いました……。


 ……え? ちゃんと起きてたし、目の前に携帯を置いて、すぐに取れる体勢でスタンバってました……?

 じゃあ、なんですぐに出ないんですか……?

 

 ……。


 ……まさか先輩、3スリーコール以内に出なかった時の『おしおき』目当てじゃないでしょうね?

 ……え? そのまさかです……?


 このドM!


 ハァ……、私の中の『まともな』桐生先輩のイメージは、実態のない虚像だったんですね……。

 私だけじゃないですよ。全校生徒……いえ、先生たちも含めて学校中の全員が、先輩のこと、風紀委員長にこれ以上の人はいないって、そう思ってるのに……。

 そんな先輩が、実はこんなにドMで、変態で、どうしようもない男の子だって知ったら、みんなさぞや驚くでしょうね?

  

 ……え? みんなに言いふらすんですか、って? なに期待したような声出してんですか!

 ……言いませんよ。今はまだ、私だけの胸にしまっておきます。

 

 ……ていうか、さっきからなんで私に対して敬語なんですか?

 ……え? ご主人様には敬語を使うのは当然じゃないですか、って? そ、それはお気遣いどうも……。

 じゃなくて、なんか落ち着かないからやめてください! 先輩はこれまで通りの話し方でいいです!

 ……わかった? はあ、わかっていただけたなら、よかったです。 

 ……え? でも、命令してくれたらいつでも話し方を直すから、そのつもりで? なんなんですか! グイグイ来すぎでしょ、先輩!

 ……まったく。


(キャンキャン! ハッハッハッ……)

 あ、コラ! ダメよ! 


 すみません、先輩。電話口で、急に大きな声出しちゃって……。耳、大丈夫でした?

 

 はい。今、隣に犬がいまして……。

 ……え? 飼ってる犬か、って? いえ、うちで飼ってるのは身体の大きな柴犬で、今はお庭にいます。

 ここにいるのは、親戚が旅行に行くからって急遽預かることになった、コーギーちゃんなんです。今夜は一緒に寝るんだもんねー?

  

 あ、そうだ、先輩。面白いことがあったんですよ。

 ……なにか、って? 名前ですよ。この子の名前。

 なんと、『ソウタ』っていうんですよ?   ふふふ、先輩と同じ名前の、ソウタ君です。すっごい偶然だと思いませんか?


 ソウタ君~。よしよし、いい子ですね~。

 アン! もう、ベッドの上で暴れないで?

 あ、ちょっと! 変なとこ舐めないでったら! ちょっと、ダメ! コォラァ! もう、ソウタったら、メッ!


 ……あ、ごめんなさい先輩、今夜はこの子がいるから落ち着かないですね。お話するのは、また明日にしましょうか?

 ……え? このままでいいから、もう少し話したい? 

 ……まぁ、先輩さえよければ。


 そうそう、この子まだ子供で、しつけの最中なんですって。  

 親戚のおばさんからは、うちで預かっている間も、あんまり甘やかさないでくれって言われてるんです。甘やかすと、クセになるからって。しつけって大変ですね。


 コラ、ソウタ! ベッドから降りようとしちゃダメ! 掛布団をかまないで! 暴れないでったら! もー、ソウタ、いい子にしないと鎖につないじゃうよ!


 ……はい? なんで先輩が反応するんです? 犬ですよ、犬のソウタに言ったんですよ? あはは、やだなあ、もう。


 ……。


 ……先輩?

 まさか、自分をこの子に重ねあわせて聞いてませんよね……? 

 私に怒られてるこの子犬を、自分に……。まさか、ね……。

 

 ……。


 もー信っじらんない、このドM!


 ほんと、なんなんですか、先輩! あなた、本当の姿はそんなだったんですか? よくこれまで風紀委員長なんてやってこれましたね? あーもう、まずその執着が気持ち悪い! 水でもかぶって反省してください!

 

 ……え? 今のは水をかぶれという命令ですか、って? 少し黙っててもらえますか、この変態。

 

 ……ハァ、本当に、先輩は困った人ですね。

 こんな人だなんて、あの持ち物検査の時には思いませんでしたよ。もっと融通の効かない、固い人かと思ってました。

 こんなどうしようもない人だってわかってたら、私、先輩のこと逆恨みして脅迫するなんてこと、しなかったかもですね……。


 (でもそうしたら、こうして夜中に先輩と話してないかもしれないから、その点ではよかったのかも……)

 ……いえ、なんでもないです。


 ところで犬……じゃない、先輩? 

 私はそろそろ、かわいいこの子と寝ますので、先輩はどうぞひとりで勝手に寝てください。

 え? まだ切らないでください? いやですよ、もう眠いですから。

 

 ……そうですね。

 先輩が犬みたいに『ワンワン』って鳴いてくれたら、眠いの我慢して、もう少しだけ付き合ってあげること、考えてあげてもいいですよ?

 人間やめて、私だけのワンちゃんになってくれるなら、ですけど。

 さあ、どうします……?


 ……。


 あっさり従いすぎでしょ、この駄犬。



 さ、じゃあ、もう寝ますね? 

 ……え? 言われた通りにしたのに寝ちゃうのか? 話が違う?

 なに言ってるんです。私は、考えてあげてもいいかな、って言ったんですよ? 考えた結果、やっぱり眠いから寝ようと思っただけです。 


(キャンキャン、ハッハッハッ……)

 さあ、君も一緒に寝ようね~。

 おやすみ、私のソウタ君。


 ……また、明日。

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