エピローグ サクラチラナイ


 彼氏彼女という素晴らしい関係になった俺とみゆきちはアミューズメント施設をあとにし、バスで帰ることにした。

 バスの中で隣同士で座っている。

 そして、手は繋いだままだ。


「ごめんね…………」


 俺はみゆきちに謝る。


「……いいよ。小鳥遊君の病気がこんなに簡単に治ったらこの1年は何だったんだって話だし」


 俺は病気が治ったと思っていた。

 実際、みゆきちの輝かしいオーラは見えなくなったし、目も見えるようになった。

 しゃべりだって、いつもの大きさの声でどもりもなくなっていた


 だが、それは手を繋いでいる時だけだった。


 帰ろうと思い、手を離すと、みゆきちを直視することが出来なくなった。

 そして、しゃべる声も小さくなってしまっていた。


「こうしてると大丈夫なんだけどねー」


 不思議に思い、手を繋いだり、離してみて検証すると、手を繋いでいる時は大丈夫なのだが、離すとダメになってしまっていた。


「少しずつ、治していこうよ」

「俺はこのままでもいいけど…………」


 みゆきちと手を繋いでいればいいのだ。

 問題ないね。


「私が嫌だよ。学校でも家でも外でもずっとこれ? さすがに恥ずかしいし、ラブラブすぎんでしょ…………バカじゃん。バカップルじゃん」


 うーん…………確かにみゆきちの家でみゆきちの両親がいる前でこれはないなー。

 学校は別にいいけど。


「最初は筆談しかできなかったのに話せるようなったし、訓練すればそのうち治るか…………」

「だねー。離してみよっか?」

「今日はこのままで」


 付き合ったばかりだから今日はこのままでいたい。

 特訓は月曜からでいいよ。


「まあ、そうだねー。あー、そういえば、バスケ部の子達に色々、言われるなー」

「ストーカーの魔の手に落ちたって? それとも、押されまくって精神的に病んだかって?」

「…………よくわかるね」

「あいつらの言いそうなことはわかるもん。俺は月曜か火曜に岡林先生に呼びだされると思ってる」


 いけないことはしてませんよねー? って言われる。

 お前が同じクラスにして、同じ委員にしたんだろうがって返してやるつもり。

 そして、お礼を言って、頭を撫でてやろう。


「実際、小鳥遊君、ストーカーしてた?」

「うんにゃ。逆にそう思われないように避けてた。1年の頃は絶対に5組に行かないようにしてたもん。三島とかがいるのに」


 三島は1年の頃、みゆきちやアリアと同じ5組だったのだ。


「1回来たらしいけど、その後は全然来なかったもんねー」

「その1回であ、ヤバいって思ったんだよ」


 俺が教室に入ると、ピーンと空気が張り詰めたのだ。

 あれはヤバかった。


「まあ、そうなるかー…………ねえねえ、夏休み、どうしよっかー?」

「みゆきちは部活とかあるでしょ? それ以外の日で遊ぼうよー」

「だねー。ねえねえ、花火を見に行こうよー」

「いいねー。夏だねー。あとは映画とか見よー。ミステリー」


 あれから結構、ミステリー小説をみゆきちから借りている。

 活字でも面白いものだ。


「いいけど、そんなにお金ないよ?」

「映画館に行かなくてもレンタルとかネットのプライムなやつで見ようよ」

「おー! いいねー! あ、でも、私、パソコンない」

「大丈夫。妹の部屋にあるから。追い出すから」


 妹はノートパソコンを持っている。

 俺はパソコンはいらないからと言って、ゲーム機を買った。


「すごい。私、彼氏の家に行って、彼氏の妹の部屋で映画を見るんだ」

「いや、俺の部屋でも見れるけどね。ノートパソコンだし。でも、多分、みゆきちが俺の部屋に来ると、みゆきちがメデューサかバジリスクの生まれ変わりになっちゃうからなー」

「さりげに私のせいにしてるし…………じゃあ、居間でいいじゃん」

「母親のニヤニヤがムカつくから嫌だわ」


 外そうかー?とか言ってくる母親が安易に想像できる。


「まあ、ヒカリちゃんの部屋でもいいけど、あの子、出ていくかなー?」

「出ていくぞ。そして、ドアの前で聞き耳を立ててる」


 あいつはそういうヤツ。


 俺達は夏休みの予定を立てながらバスに乗っていると、バスがみゆきちの家の最寄りのバス停に到着した。

 俺はみゆきちを家にまで送るため、みゆきちと一緒に降りた。

 そして、手を繋いだまま、歩いていく。


「…………今日、俺が告白すると思った?」


 俺はみゆきちの家があるマンションが見えたくらいで聞いてみた。


「あるなら今日かなーって思ってたかな。ないならずっと先だろうなーって。ゴメンけど、私から告白は出来ない。そんな勇気ないもん」


 まあ、性格にもよるが、女子からの告白はあまりない。

 少なくとも、みゆきちはそんな性格ではない。


「俺は今日を逃すつもりはなかった。正直に言うと、予定ではこのタイミングだったよ」

「このタイミング?」

「デートの終わり際。みゆきちを送っていった最後」

「あー……フラれても気まずくないもんねー」

「まあ、そういうこと」


 フラれた後の帰りのバスの中とか地獄になっちゃうもん。


「…………昨日の帰りのバスで言った待ってるは告白を待ってるっていう意味だったよ」


 みゆきちもぶっちゃけだした。


「俺はそう聞こえた。俺の都合のいい解釈ではなかったか…………」

「初デートで家にまで呼んだんだよ? めっちゃ緊張したよー」


 まあ、今思えば、みゆきちなりにOKサインを出してたわけか。


「正直に言うと、俺がちゃんと告白出来たらフラれることはないかなーとは思ってた」

「その通りだよ。私、めっちゃアピールしてたし。もっと言えば、アリアに小鳥遊君の背中を押すように頼んだし」


 ホントね…………

 あとは俺の気持ちと病気だったわけだ。

 アリアには友人代表の挨拶をお願いしよう。


「みゆきち、黒いな……」

「それは小鳥遊君だけには言われたくないなー……」


 俺達が会話をしながら歩いていると、マンションの入口前に到着した。


「小鳥遊君、今日は本当に楽しかった。それとこれからよろしくね」

「うん。俺も楽しかったし、これからよろしく。あ、でも、上まで送っていくよ。挨拶もしないとだし」


 大事!

 礼儀は大事!


「ダメ! ここでいい」

「なんで?」

「お父さんが帰ってるもん。小鳥遊君、絶対にお父さんに挨拶する時に娘さんをくださいって言うもん」


 …………否定できない。


「…………じゃあ、アリアのお父さんに挨拶していくよ…………」

「なんでおじさんに!?」


 だって、アリアのお父さんにはちゃんと目を見て、口頭で告白しないと、後々のキスの時に困るぞ、という素晴らしいアドバイスをもらったんだもん。

 おかげで少なくとも、ちゅーする時には病気は発動しないことがわかった。


「あの人は素晴らしい人だから」

「小鳥遊君…………その異性の親に近づくスキルは何?」

「馴れ馴れしいことで有名な小鳥遊君だから」

「…………そうだったね………………サイコ――」

「――サイコパス言うな!」


 家に帰ったらアリアに抗議しなくては!


「ハァ…………小鳥遊君、またね」


 みゆきちは俺から手を離し、手を振ってくる。


「うん…………また明日」


 俺もみゆきちに手を振り、別れた。


 俺はみゆきちがマンションに入り、エレベーターに乗るところを見続けた。

 そして、みゆきちがエレベーターに乗り、ドアが閉まったところを見送り終え、家に帰るために歩き出す。


「あ、また間違えた。明日は日曜だから明後日だわ…………」


 俺はまあいっかと思い、帰路についた。

 家に帰ったら家族に将来の嫁が決まったと報告するとしよう。


 そして、アリアと田中さんと稗田先輩にお礼という名の自慢をしようと思う。


 俺の人生は始まったばかりだ。

 でも、生涯のパートナーは見つかったし、俺の初恋は上手くいった。


 初恋は実らない。


 これは嘘である。

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