第11話 異変が起こった
翌日、相変わらずの雨模様の中登校した。
昨日の宮田君達の会話を思い出し胸の内も曇って行く。大人になれば知りたくない事、見たくない事を知ってしまう。歳を重ねればもっとそう。少しずつ、私たちは大人になって行き、少しずつ夢を失くして行く。
自分の席にリュックを置き、何の気なしに隣の机を見る。特に何か気になった訳でもなく、ただ本当に理由も無くひとみちゃんの机を見ただけだったのに。
おや?
確かに昨日まで無かったはずだ。だって昨日のお昼、一緒にご飯の食べたのだから。
背筋が凍り付く。今まで実感してこなかった悪意がそこにあった。
――『コジキ』――
ハッキリとそう書かれた文字。たった3文字が私の心臓を簡単に抉った。自分に向けられた悪意ではない。だけど、その3文字は私の心を容赦なく木っ端みじんにした。
だれが?
教室を見渡してもいつもの男子生徒がニヤニヤとこちらを見ているだけだ。私に向けての悪意ならまだ解る。だけどひとみちゃんは何故? 彼女がいったい何をしたの?
私は黒板上にある時計を見た。予鈴まで15分位ある。まだ間に合う。
私は掃除道具の入ったロッカーへ向かうと、バケツに引っかけてある雑巾を手に取ると急いで洗面所へ向かう。水で湿らせ再び教室へ戻るとひとみちゃんの机の上の落書きを消す為に目一杯雑巾で擦った。
油性マジックで書かれたソレはなかなか消えない。私は歯を食いしばり懸命に擦る。額に汗が滲むのは暑いだけじゃない。
誰がこんな、こんな酷い事を……こんなのヒドイよ……
後から登校してきたクラスメイトが私の行動を見て、さらに私が消そうとしている落書きに気付くと、
「うわ、エグ」と言う。他の人達も気になるのか遠目で見るものの、手伝ってくれる人や落書きに抗議してくるれる人もいない。
時間は刻一刻と予鈴に近付く。クラスメイトは誰も信じられない。今はあの宮田君でさえも。
だめだ、間に合わないよ。
私はひとみちゃんの机の中を覗いて見る。幸い何も入っていない。私は彼女の机をこっちに引っ張り、代りに私の机を左にずらした。落書きのされた机を私の机の場所に置く。多少木目に違いがあるものの、もうこうするしかなかった。私は落書きの上にリュックを乗せ見えないようにする。そこへちょうど宮田君が登校してきて挨拶をされる。笑顔を取り繕って返す。
予鈴一分前キッチリにひとみちゃんが登校してきた。
「か、かすみちゃん、おはよっ」
私は曖昧に笑顔を取り繕って何度も頷く。ひとみちゃんはリュックを机の上に置くと椅子に腰かけてから教科書を机にしまい出した。バレませんように……
ひとみちゃんは教科書を机に仕舞い終え、リュックをフックに引っかけると一瞬、おや? という顔をしたけれどすぐに元に戻った。
良かった……
ひとまず安堵すると共に、1限目の英語の教科書を落書きの上に置いた。
その日は一日中落書きの上に何かしらの教科書を乗せて過ごした。いっそ『デブ』とでも書いてくれてたなら隠す事もしなかったのに。
コジキなんて酷いよ……
放課後、誰もいなくなった教室で私は一人で今朝の落書きを消していた。雑巾ではなかなか消えなかったソレは、消しゴムで擦ると難なく消えた。ただ、木板の汚れまで取れて落書きのされてあった部分だけ新品みたいに綺麗になったけれど。
ふぅ……
溜め息を零し時計を見る。五時だ。帰らないと。
翌日は30分早く家を出た。もしまた何か書かれていたら消さないとダメだから。
教室に入ると窓際の席に3人の女生徒が固まって何やら楽しそうに会話をしている。清香ちゃんと、いつも清香ちゃんと一緒に居る荒川さんと安藤さんだ。こんなに早い時間に人がいるなんて少したじろぐ。
3人は私を見ると露骨に顔をしかめ、だけどすぐに窓の外に視線を移す。
私はまずひとみちゃんの机に向かう。するとやっぱり今日も書かれていた。
――コジキ――
――ルンペン――
昨日より一つ増えている。私は窓際の3人を見る。3人は私に視線を送らず何食わぬ顔で窓の外を眺めていた。
書いたのはきっと彼女達だ。ひとまず私は自分のリュックを自分の机に乗せようと視線を移すと、なんと自分の机の上にも落書きがされてあった。
――デブ――
きっと昨日ひとみちゃんの机に書かれた落書きを消そうとしていたところを見ていたのだろう。悪意は私にも向けられた。だけど今は自分の事はどうでも良かった。リュックからペンケースを取り出し中の消しゴムを手に取るとひとみちゃんの机に書かれた落書きを消し始める。
昨日より大きな字で、さらに落書きも増えているから間に合うか心配だった。
それでも何とか落書きが見えない程度には消し、時計を見ると既に予鈴の2分前になっている。もう自分の机の落書きを消す時間はない。また放課後消そう。
先生に相談しようかとも思ったけれど、そうすると落書きの事がひとみちゃんの耳にも入ってしまう。とにかく彼女に知られない事が大事なのだ。
いつもの時間にひとみちゃんはやってきた。
「かすみちゃん、おはよう」
そう挨拶をしたひとみちゃんが一瞬私の背後に視線を移すと、突然彼女の顔から色が消えた。彼女が視線を向けた先。それは私の机だった。ひとみちゃんは『デブ』と書かれた私の机と私の顔を交互に見る。何か言いたそうに口が半分開くのだけれど、続く言葉は出てこない。そんなひとみちゃんに私は笑顔で頷く。
――心配しないで――
そんな想いを込めて。
お昼休みになり、いつものようにひとみちゃんの前の席をお借りして、椅子を反対向けてひとみちゃんに向き合う。彼女は浮かない顔をしていたけれど、気にせずにいつものようにおかずをひとみちゃんのお弁当箱に放り込んだ。
普段から私たちは一緒にお弁当を食べている時もそんなに会話をしないのだけれど、今日はお互い終始無言だった。
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