6-5

 最近、妙にうなされる。王都サンドリアを発ってからというもの毎晩悪い夢を見た。きっと、あのとき死んだあいつらは僕のことを許してないのだろう。どこまでも陰湿な嫌がらせだ。

 憂鬱とする晴れない日々だった。

 バーバスカムの北東。国境付近の村であるパラナ村についたその日の夜、僕はまた悪夢を見た。

  ……

 戦場をかけるための軽い装備。胸に革の防具を付けただけの簡易的なものだ。腰には剣。両手に手綱を握りしめ丘陵地帯を仲間とともに馬で駆けていた。

「ラルフ。あの丘の上に投石機と弓兵が待機している。通り抜けるのは無理だ。危機回避のために二手に分かれて迂回しよう」

 いま思えば、この提案に乗らなければよかったのかもしない。直進して待ち伏せている敵兵を壊滅させることは仲間に被害が出たとしてもできたはずだ。全滅よりはましだった。それもやってみないとわからないことではあるが——。

 

 僕は彼らが死んでしまうことをわかっていながら右に進路をきる。

 そこからは、ただひたすらに馬を走らせた。左側を行った彼らが死ぬまで。

 僕はこれから起こることを知っている。これが夢であることも。

 それなのに、なぜこの先を見てしまうのだろうか。何度見たって結果は変わらないというのに。僕は彼らの死を何度も見ている。

 左側斜め上から飛んでくる矢を魔法障壁で防いでいると突如、雷を思わせる爆発音が鳴り響く。

 地雷火が作動したのだ。魔法では生み出せないほどの業火が、不意に仲間を襲ったのだ。

 仲間の体は焼かれたか、バラバラになったかのどちらかだろう。酷い死に方だ。

 こんな事実を今さら突きつけてきて一体何になるというのか。いくら後悔したって時間は戻ってこないのに。

 ここで目が覚めたらまだよかっただろう。でも、ここで夢は終わらない。

 爆発音を聞いて、止まったその場所から、目的である敵の野営地が見えていた。山の中腹。

 その場所に向けて僕は光弾を放つ。光弾が着弾した瞬間、周りにあった木々が巻き取られるように抜け、天幕や人と一緒に吹き飛んだ。そして、周りに目を向ければ仲間の死体が転がっている。

 なぜだろうか。なぜ僕はこんなにも冷静でいられているのだろうか。

 仲間が死んだというのに。自分の指示で死なせたというのに。

 敵が放った礫玉は、直径が親指ほどの大きさがある。これで関節を砕かれ腕や脚の一部を欠損した仲間だっていた。

 それなのになぜ。

 僕の心はここまで荒んでしまったというのか。

 僕は歯を食いしばった。凄まじい苛立ちに僕は身動きがとれなくなってしまった。

 僕の頭を礫が貫いた。

   ……

 僕は目を開けた。あたりはまだ暗い。格子窓の隙間から満月が求めてもない明るい顔を覗かせている。

 もう、うんざりだった。僕は不用に起き上がる。

 自分が眠っていないことくらい気がついていたし、体も全然休まっていないのも分かっていた。いい加減休ませて欲しいものだ。

 僕は横で眠るリオラの寝息に耳を傾ける。穏やかな寝息だった。心地よく眠れているのだろう。

 僕は寝ようと、もう一度体を横にする。体をリオラに向けて寝ようとしたその時、黄色い瞳がギロリと輝いた。暗闇の中、いきなり現れた光り輝く瞳を僕は直視する。

 ゾッと心が震え上がるのを感じた。頭から足先まで、全身の毛穴が逆立ち思わず起き上がった。

 僕の目を真っ直ぐ覗き込む二つの目は、ヌーっと上の方に移動すると、一度にっこりと微笑んだ。

 リオラの声が頭に響く。

『ラルフ。怖がっている。悪い夢を見たんだね』

『お前の目に驚いただけだよ。いきなり目が光ったらこえーよ』

『ごめんね、こうしないとラルフの表情暗くてよく見えないの』

 リオラは座ったまま寄ってくる。包み込むようにそっと背中に手を回すと囁くように言う。

『もう大丈夫。落ち着くまでこうしてるから』


 リオラの暖かさに包まれてからしばらくして、どこかから何か気配を感じるようになった。エミリーのものではない、寒気がするような気配。

 ぼうっとリオラの背後で青いモヤが現れる。一つではない。まるで灯火のようなもやが一つ二つ三つと現れては消えていく。

「なあ、あれなんだ……」

 耳元で言うと、リオラは僕から離れる。

「旅立てなかった魂だよ」

「え!?」

「彗星の衝突が近いから地面の下にいられず出てきちゃったんだね」

「大丈夫なのか。こいつら集まってディアトロスになるんじゃ」

「平気よ。まだ邪気を纏ってない。この子たちはディアトロスにはならない」

 とは言っても人でも動物でもないものが辺りをうろついているというのはあまりいい気分ではない。こいつらは体を通り抜けたり、クフフ……と不気味な笑い声を発したりするせいで余計にそう感じてしまうのだ。

 ここにいるモヤは消えたり現れたりするせいで正確な数はわからないが一〇体以上いる。だが、一体だけ消えも隠れもしない奴がいた。そいつだけやたら僕の体を通過したり、目の前で止まったりしてくる。

「何か伝えたいことがあるみたい。私が聞くよ。話してくれる?」

 リオラが言うと、僕に絡んでいたその魂はリオラの方に向かっていく。リオラの顔の前まで近寄るとクウクウと子犬が餌をせびるように鳴いた。その光景が僕には、何かを一生懸命伝えるため何度も呼びかけているように見えた。

 リオラはその声を聞くたびに頷く。

「うん、わかった。君の思いを伝えておくね」

「ラルフ、あの子たちはね、ラルフの仲間だった子たちみたい。みんなラルフが心配でついてきたんだって。

 国を守ってくれてありがとうだって。俺たちの命は消えてしまったけど、守りたい人を守ってくれた。だから、ラルフは自分の守りたい人を全力で守れって。それで俺たちも報われるからって」

「そうだったのか」

 思いがけない言伝に僕は戸惑った。だって、恨まれていると思っていたから……。

「じゃあ、この子たち浄化させてもいい?」

「ああ、旅立たせてやってくれ」

 リオラは祈るように手を組んだ。

 青い靄は白く安らかな光に包まれて消えていった。彼らの踊るように揺れ動くさまは、旅立てることを喜んでいるように見えた。

 僕は勝手な思い違いをしていたんだ。みんなを戦地に向かわせ、僕だけが生き残ってしまったから。みんな大切な人がいたのに、僕一人だけ。

自分の後ろめたさを紛らすために勝手に自分を自分で攻めていた。

 でも、それは僕が勝手にそう思っていただけで、本当は違っていたのだ。みんな僕に感謝をしてくれていたんだ。

「ラルフ、誰もあなたを責めてない。だから、自分で自分を痛めつけなくていいの。だからもう楽にしていいんだよ」

 僕の目から勝手に涙が溢れ出た。

「四年もよく頑張ったね。大丈夫、もうすぐ苦しいのは終わるから」

 星滅の日がやってきてしまえばリオラは手の届かないところへ旅立ってしまう。僕にとって唯一の拠り所なのに。

 僕はリオラを抱きしめた。失いたくない。その思いが押さえようもなく涙として溢れてくる。

 僕はこのとき、何を願うのか決めた。

 今の僕にとって、その願い以外ありえなかった。

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