6-2

 モーゼスは外の騒がしい声で目を覚ました。

 体を起こし、真っ暗な部屋の中、手探りで窓を開ける。

 外では、松明を持った衛兵が慌ただしく行き交っていた。衛兵の戸惑った様子を見るに何か予想だにしなかったことが起こったのは確かだった。敵国の軍が押し寄せてきたとかか……。

 しかし、衛兵の戸惑い方が明らかにおかしい。敵が来た場合なら訓練通りに動けばいいだけのこと。門を閉め城壁に待機する。なぜ、そうしない?

 衛兵どもは落ち着く様子もなく、やがて警戒音の鐘が忙しく打ち鳴らされた。これもおかしなことだ。普通なら鐘がなってから兵士は動き始めるはずだ。

 疑問に思っていると、モーゼスはある一人の衛兵に目がいった。他の兵とは違い派手な飾りが施された兜をかぶっている。衛兵組織の頭に値する人間だ。その男が煌々と叫び、戸惑う兵士のざわめきがぴたりと止まった。

「ラルフ・ロドリゲス、及びエミリー・ウィリアムズが星の子を連れ逃亡した。これより、二人の行為を国家反逆と見なす。見つけ次第必ず始末せよ!!」

 その時、モーゼスは言葉の意味を寸時に理解できなかった。リオラは蛹のままだったはずだ。

 それに地下倉庫はルカが見張っていたはず——。あいつは今何をしている? 

 そう思い部屋を出て、慌てて地下倉庫へ向かった。兵舎の一階では既に部下が困惑した様子で廊下に屯している。部下を押し退け倉庫に顔を覗かせると、ルカがうつ伏せで倒れているのが目に入った。

 ——やっぱりな。

 モーゼスは額を手で抑えた。察するに、ルカはリオラに睡眠魔法をかけられたのだろう。

 呆れながら階段を降りルカのそばに行くと、体を仰向けにひっくり返し頬を引っ叩いた。

「おうら! 起きろルカ!!」

 この睡眠魔法は本当にしぶとくて厄介だ。リオラが城に来た時にもやられたが体を揺すったり、軽く叩く程度では全く起きない。最初にやられたときは部下に顔がパンパンに腫れ上がるまで叩かれ、それでやっと目が覚めたのだ。

 モーゼスはルカの頬を何度も叩く。うんとかすんとか口からこぼれたのを聞き、両肩を掴むと前後に思いっきり揺らした。

「起きろーー!!」

 頭が荒ぶるほどに揺さぶると、宙ぶらだったルカの腕がいきなり、モーゼスの腕を掴む。

「お頭……、リオラは……?」

 まだ眠気が残っているのかルカの眼は目蓋が半開き状態だった。

「逃げたよ。今、ラルフとエミリーも一緒らしい」

「そうか。あの二人がいれば安心だな」

 ルカは安堵したのか再び目を閉じた。

 今度は拳でルカの頭を殴る。

「起きろおら!」

 ルカは目を全開させ、やっと立ち上がった。

 部下の一人が倉庫の中へと入ってくる。

「お頭、ゼルフィー殿がお呼びです」

「やっぱりか、今行く」

「お叱りなら私も一緒に」

 と、言うルカ。必要ないと思いつつも、モーゼスはルカを連れて倉庫を出た。

 モーゼスとルカがゼルフィーの部屋にたどり着くと、その聖魔道士は憤慨な様子で文筆していた。

「あの男はまたやってくれたな。まったく、騒がしくて寝ることすら叶わんわ」

 そう嘆くと、ゼルフィーは文筆する手を止め、卓上の脇に置いてある水晶に手をかざす。その水晶に三人の姿が映し出された。

「ラルフが今更、運命から逃れようとするなど考えられません。何かわけがあるのではと思うのですが?」

「その通りだ。流石に理由まではわからんが、奴らは今北東方向に進んでおる。星見の台座に陸路で向かおうとしているのは明白だ。ほっとけば勝手に行ってくれるだろうに」

 そう言うとゼルフィーは水晶玉にかざしていた手を下ろし、呆れた素振りを見せた。

「まったく、あの衛兵長ときたら勝手なことをしてくれた。これだから血の気の多いやつは嫌いなんだ。大体、あの落ちぶれた兵どもが、王国随一の魔法剣士を止められるわけがなかろうに」

 文句を散々喚くとゼルフィーは再び紙に文字を書き綴る。

 その手の動きがピタリと止まると、今度は紙に手をかざした。羽で書いたばかりの文字はインクが乾いてないせいで、ツヤがある。

 その艶がゼルフィーが手をかざすと一瞬で消えた。皺だらけの手の下。スーッと反射する光が消えていく。

 ゼルフィーはその紙を細く折りたたみ始め、もうこれ以上織きれないだろうというところまで折ると、今度は手下を手招きした。手下の手にはフクロウが入ったケージが吊られている。ゼルフィーはケージを開けると、フクロウの足に細く折り畳んだ紙をくくりつけ、フクロウの頭を指でとんと叩く。再びケージを閉じると、部下に命令した。

「そいつを外で放て」

 どうやら、伝聞をするようだ。相手はおそらく、ラルフたちを追っている兵士だろう。そのことにルカも気づいたようで、ルカはゼルフィーに尋ねた。

「追わなくて良いのですか?」

「追うも何も、兵士を送れば返り討ちにあうじゃろうし、わたしは馬に乗れん。どうやっても追いつけん。だが、星見の台座には予定通り向かうことにする。台座の近くにはディアトロスが必ずと言っていいほど湧くからだ。お主らもわかっている通り、ディアトロスは星の子の力を欲す。最も力を溜め込むのが星見の台座についたときなのじゃ。今度の数は四年前の比にならんだろう。覚悟しておれ」

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