第四章 蛹

4-1

 陽の光が燦々と降り注ぐ。南の海岸に位置するバーバスカム王国の王都は今日も曇のない晴天。王城の訓練場では、いつも通り木剣の打ち合う音が響いていた。

 僕は何度となく振られるエミリーの剣を捌く。一回一回の攻撃にあまり重さを感じなかった。連続で攻撃されたとしても冷静になれば受け流すことが可能だ。

 ちらりとエミリーの目を見ると、彼女の眼は微かに視線がぶれていて、焦りが見え始めている。

 エミリーは僕に隙を作る為に多方向に剣を運ぶ。どれに対し、僕は後退しながら剣を振るので、対処する余裕がある。

 エミリーの焦りがより一層、色濃くなった時、その隙は生まれた。

 エミリーが攻撃の速度をより一層上げる。しかし、それは悪手だった。

 今までは反射的にその腕を動かしていた。だが、それ以上に速度を上げようとすればそれは我武者羅の域に達してしまう。つまり、動きを制御することはできないということだ。その状態で相手の構えを崩すというのは不可能に近い。

(これは僕の勝ちだな……。早めに決着をつけよう)

 僕は後退していた足を止める。

 エミリーの木剣を左方向に打ち流すと、木剣は滑るように軌道が変わっていく。エミリーの木剣が大きく外側に逸れたその時、彼女の胴は何も防ぐものがない、がら空きの状態になった。

 僕はそこに入り込む。隙だらけの胴体ぎりぎりまで間合いを詰めるとさっと木剣を振り上げた。

 木剣は彼女の皮防具をコツンと弾いた。決着の瞬間。

「僕の勝ちだね」

 僕は得意げに言ってやると、エミリーは悔しそうに表情を歪ました。

「後で、もう一回付き合いなさいよ……」

「はい、はい」

 と、僕は彼女の申し付けを聞きながす。ここ最近ではいつものことだ。

 

 王都へ来てから一年近くが経過した。僕は魔導書全十項を読了し、そこに書いてあった魔法を全て自分のものにした。

 魔法を意のままに操れるようになり、今では多くの仕事を魔法でこなしている。道に大きな落石があれば雷撃魔法や光弾で打ち砕いて道を通し、城内で不要な物があれば魔法で焼却処分する。 

 日中の仕事は全て魔法でこなせるようになり、浮いた時間を僕は剣の稽古に充てた。

 その成果が出たのか、今まではエミリーに防戦一方だった稽古で、僕は反撃できるようになり、ここ最近になって、一本打ち取れるようになったのだ。そんな僕の成長にエミリーは焦りを感じているらしい。

「でも、エミリー先に休憩させてよ。少し疲れたからさ」

 僕は、木剣を持ったまま、脇の長椅子に向かった。

 訓練場の脇の長椅子には、今日もリオラが腰掛けている。最近は、そこが彼女の定位置なのだ。

「ラルフ、エミリー、お疲れ」

 リオラはポットからコップに、ある液体を注ぎこむ。液の色は爽やかな青。稽古で体が熱っていても見るだけで涼しくなる。

「リオラ、ありがとう」

 僕は受け取った飲み物を乾いた喉に流しこむ。甘くて少し塩っぱい味がし、豆っぽい香りがほのかに鼻を抜けていく。

 チョウマメという青い花を煮出して得られる青い色素は疲労回復に良いらしい。その花のお茶に塩と蜂蜜でを加えて味付けすると、稽古にぴったりな飲み物が出来上がるというわけだ。

 最近リオラは毎日、僕らの稽古を観に来てはこの飲み物を振る舞ってくれる。ただでさえ苦しい稽古が彼女がいるおかげで和むからありがたい。

 リオラはもう一つのコップにも特性チョウマメ茶を注ぎ入れるとエミリーに差し出した。

「はい、エミリーも」

「リオラ、いつもありがとう」

「リオラも二人の役に立てて嬉しい」

 と、いつものように明るい笑顔を見せる。

 最近、この笑顔が可愛良いと思うようになったのは何ぜなのか……。

 今まで友達として接してきたけど、もしかすると僕は前の見送り人と同じように恋をしてしまっているのかもしれない。それはいいことだ。見送り人としてよりも、恋人として尽くすことができるのだから。

 でも、そう考えるたびに僕は胸が苦しくなる。 

 僕とリオラは一緒に大人になれない。僕らの生(せい)を守ため彼女は自分の命を犠牲にする。それを無理強いさせているような気がして嫌だった。

 エミリーから前に聞いた。リオラは僕のことが好きなのだと。僕を見送り人に選んだのだから当然のことだと思うが、それでも苦しい。この痛みを受け入れてしまったら、彼女と笑って過ごせなくなってしまう気がした。

 それなのにリオラはまた笑顔で僕に話しかけてくる。

「ラルフ、また剣の腕が上がったね」

「そう…………?」

「うん。剣士みたいで格好良い。私ね、ラルフがそばにいてくれると安心だもん」

「ラルフ、良かったわね。私以外からも褒めてもらえて」

「からかうのはやめてよ、エミリー。僕に勝てないからって——」

「何ですって!」

 エミリーは表情を顰める。すると、今度はリオラが口をひらく。

「エミリー、ちょっと焦ってる。ラルフが最近どんどんかっ……」

 エミリーはリオラが言おうとしていることに察しがついたのか、慌ててリオラの口を手で塞いだ。

「ちょっと、リオラ、そういうのは言わないって……」

 エミリーの表情が少し赤くなっているあたり知られたくないことだったのだろう。

 僕はその話はあまり干渉しないでおこうと思い、コップの中の青い液体を飲み干した。体が冷えて固まらないようにするため、立ち上がる。両手の指を交差させて組むと、上に思いっきり伸びて体を左右前後にゆらした。

 程よく体が伸びて心地よさを感じた。

 唐突にエミリーが話しかけてくる。

「ねえ、ラルフは今日の収穫祭さ、どこを巡回するつもりなの?」

「うーん、そうだな……」

 僕がエミリーの質問に答える前にリオラが疑問の声を上げる。

「収穫祭……?」

「……ああ、年に一回の祭事で、他国からも要人が祝いに来るんだよね。普段はない露店とかがたくさん出るんだよ。私たちも、警備の一貫で街を巡回しなくちゃいけないんだ。適当にぶらつくだけなんだけどね。リオラにもいっぱいお土産買ってきてあげるから、待っててね」 

 それを聞くとリオラは寂しそうに俯く。胸が締め付けられるみたいだった。

 リオラは、ずっと我慢しているのに僕らだけ楽しみに行くのは気が引ける。

 そんな僕らに対してリオラは気を使ったのか、気さくに振る舞う。

「うん。お土産楽しみにしてる」

 そう言うとリオラは寂しげに表情を曇らせた。明らかに一人で待つのが寂しいという感情が滲み出ている。そんな顔を見たくなくて僕はある提案をする。

「リオラ、今日抜け出しちゃおっか」

 それを聞いた途端、リオラは目を丸くし慌てて首を横に振る。

「だめだよ。そんなことしたらラルフが怒られちゃう」

「そんなの平気だよ。僕は見送り人だ。ここの人たちも下手に懲罰は与えられないよ」

 そんな僕らの会話を聞かれたのか突然、聞き馴染みの男の声が耳に届く。

「ラルフ」

 兵舎の入り口からモーゼスが姿を現す。どうやら廊下の影に隠れていたらしい。

「聞いてたの?」

「ああ、お前、リオラを——」

「止めても無駄だよ。僕は今夜リオラを外に連れ出す」

「ああ、それで良い」

「は!?」

「よくよく考えたらよ、リオラが生きられるのはあとたったの四年しかない。俺は前、立場がどうのこうの言ったけど、こいつには関係ないよなって思ったんだ。色んな物を見て、色々なことを経験して、自由に遊ぶ。その歳で当たり前にある権利がこいつにないのはあまりにおかしすぎる。俺も協力するぞ」

「でも、もしバレたら?」

「そんときは部下を連れて母国に帰るよ。お前は心配しなくていい。リオラを喜ばせることだけに集中しろ」

「ありがとう、モーゼス」

 僕らは寮に戻ると早速準備に取り掛かった。

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