第三章 見送りびと

3-1

 城で生活するようになってから初めての月末。夜になると領主候補のほとんどは、自室にこもり勉強に勤しんでいた。それは試験が行われるからだ。この試験で一定基準を満たしていない場合、容赦なく開拓民として地方に送られてしまうので、みんな必死になって勉強している。

 ただ、一人を除いて。

 僕は談話室のソファーに座り、ふわぁっと大きくあくびをした。左の掌を上向きにし、そこから光球を生成し、右手にはパイル紙の束——。講義の時にメモをした文字をなんとなく目でなぞる。

「ラルフ、ちゃんと勉強しなさいよ。試験で点をとれなかったらあなた開拓民よ。一生奴隷よ」

「そう言われても、もう眠いよ」

 一ヶ月前に村人に襲われたというのにいまだに領主になりたいと思うのは理解に苦しむ。

 右手で講義中に書き残したメモを見ては、めくりを繰り返していると、向かいに座るエミリーが話しかけてくる。

「ねえ、ねえ。そういえば星の子どんな感じだった?」

「はあ?」

「この間のあの子がそうだったんでしょ? モーゼスから聞いたわよ。ラルフがあの子と会ったって。どんな感じだったの?」

「不思議な感じの子だった。掴みどころがないというか、かなり幼いというか」

「いや、性格の話じゃなくてどんな力を使うのか知りたいの」

「ああ、そっちか。テレパシーを使ったり、透明になったりしたな。でも魔法の起原といわれてもおかしくない力だったな……」

「そうなんだ」

 と、少し残念そうに声を漏らし、エミリーは紙に計算式を書きつづりはじめる。この計算式はかなり複雑で面倒くさいものだが、領主にとっては必須のものだ。

 例えば村で小麦を栽培したなら収穫量に対してどの量を徴収するのか、どのくらいの量を種子としてとっておくのか……。どの量を他の村に売って資金にするのか。それらを領地の人口に合わせて考えなくてはいけない。

 徴収量と外部との適切な売買量を自力で導き出す能力というものが試される。なければ捨てられる。簡単な話だ。

「なあ、いつまでこうしてなきゃダメなの?」

「蝋燭の灯りだと暗すぎるのよ。どうせ暇なんだからやってよ」

 エミリーは一枚の紙を計算式で埋め尽くすと、新しいに紙に計算式を羅列していく。どうやらまだまだ続くらしい。

「だからと言って、何で僕が光球を生成し続けないといけないわけ?」

「あなたも勉強すればいいじゃない。明日、試験なんだから。あと、魔法のトレーニングにもなって一石二鳥じゃない」

 と、エミリーは笑って答える。

 確かに明日の座学の試験は重要な試験ではある。しかし、試験は他にもあり全部で四項目だ。その合計点で審査される。試験内容は組手、乗馬、剣技、座学。つまり王宮側が教授したこと全てである。ここでの生活を続けるにはそれなりに得点を維持しないといけない。

 しかし、このことが知らされたのは最近になってのことだ。そして、座学以外はいきなり試験されたものだから、対策もできず、既に開拓地送りが決定した者が何人もいる。まあ、適当に日々を過ごすやつなどいらないということなのだろう。

 僕もエミリーも剣術は当たり前だが、他の項目で比較的真面目に訓練を受けてきたおかげで、なんとか高得点を確保できている。勉強もそれなりにできる方だから落第することなどあり得ない。現段階で、寝る時間を削ってまで勉強をする必要性は皆無だった。

「僕らは剣術、馬術、組手で九割以上のポイントを取っている。周りにやる気がなかったおかげだけどね。今更、座学を目一杯やる必要なんてないよ」

「私はいち早く領主になってここを出るの。そのためにも点数は一位である必要があるの」

「そうかい。でも僕には関係のないことだね。勉強なら暖炉のそばでやって」

 そう言い、僕はメモをテーブルの上に置き右の掌を暖炉に向ける。燃えるような熱が手のひらから出てくるイメージをすると、すぐに火球が生成される。それを軽く押し出すように放つとボワっと一瞬にして暖炉に火がつき部屋が暖かな光で満たされた。

「それじゃあエミリー、おやすみ」

「ちょっとラルフ。あんたも付き合いなさいよ!」

「僕は別にここを出たいわけじゃないから一位は君に譲るよ」

「待ちなさいラルフ。ラルフー」

 僕はエミリーを残して談話室を出る。普段はこの時間、廊下は真っ暗なのに、どの部屋からも扉の隙間から光が漏れていた。

 ——みんなご苦労さん。僕は先に寝させてもらうよ。

 自分の部屋の前で意味もなく頭の中でつぶやくと部屋に入る。

 僕もみんなみたいに勉強した方が良いのはわかっている。領主としての待遇がここの何十倍も良いからだ。

 だけど、僕にとって領主として早くここを出ることよりも、この場所でいろんな本を読んでいろんな知識を得る方がずっと充実する。悪いけど、僕は万年二位でいさせてもらうよ。

 僕は部屋に戻るとベッドに寝っ転がった。みんな自室にこもって勉強しているのかと考えると背徳感がすごいものだった。でも、これは普段から真面目に生きてきた僕の特権なのだ。たんと味わらせてもらうよ。

『ラルフ、なんで勉強しないの?』

 いきなり、リオラの声が頭に響いた。驚いた。テレパシーは、普通、目で見えている相手にしか使えない。

いまこの時間、リオラがいるのは兵舎だ。兵舎は寮の隣にある。つまり、分厚い石の壁を何重にもこえた一室からテレパシーを送っているのだ。

僕は、星の子の力の凄さに驚きつつも、返事を思い浮かべる。

『別にいま頑張る必要がないから』

『ダメだよ。ちゃんとやらないと。ラルフには才能があって、それなりの地位につく義務があるんだから』

『それは初耳だね。どうしてそう思うんだ?』

『未来を見たから』

『そうか……、僕は将来どうしているんだい?』

『ラルフはエミリーと一緒にいくつかの村をまとめて統治する。だから知識が絶対に必要なの』

『そうかい。でも、寝る間を惜しんでまでやりたくはないね。別の日に復習するから大丈夫だよ。それじゃあ、おやすみ』

 その後、リオラが小声でずっと何かを話していた。税の掛け方。隣国と敵対するに至った過程。貿易国の言語。などなど、あらゆる知識が一夜にして詰め込まれた。

 そして翌日の試験。結果は仕事が終わった頃に知らされた。そして、僕は満点を取ってしまったのだ。それはよかったのだが、異常に眠い。八時間以上きっちり寝たはずなのに全くと言っていいほど寝た気がしない。それどころか一気に知識量が増えたせいなのか、頭痛が酷かった。

「ちょっとなんであんたが一位なのよ」

 晩食中、向かいに座るエミリーが納得のいかない面持ちで嘆いた。

「リオラに一夜付けされたんだ」

「どういうこと?」

「リオラがテレパシーで寝ている間に知識を吹き込んだんだよ。そのせいでいま頭がガンガンする」

「なるほど……、だとするならいいかも……」

 エミリーは顎を人差し指と親指でつまみ、不適な笑みを浮かべる。

「何か、良からぬことを考えてる?」

「ねえ、私にも頼めばやってもらえるかしら?」

「やってもらえるんじゃない。あまりお勧めはしないけど」

 エミリーが何を考えているのかは知らないが、本当にお勧めはしない。僕は、いまその辺で寝転んでしまいたいぐらい眠たいのだから。

 その日は晩食の後、真っ先に自室のベッドへ向かった。中に潜り込むと、まるでベッドに意識が吸い取られるように僕は眠りについた。


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