第5話 魂の依り代

 麻生まおうの身体から藤色ふじいろのオーラが沸々と湧き上がっている。


 「何だこの感覚は…禍々しくも強大なエネルギーを感じる」

 『それはそうだ。お前は我が父上の牛魔王の魂を宿したんだからな』

 「へ〜…何だろう、今なら何をされても、やり返してやるってぐらいの全能感が溢れてきてるよ」

 『喜んでもらえたようで何よりだ』

 「あ、ありがとうございます―――ん?」


 ――――


 麻生まおうは自分でお礼を言っておいて疑問を感じた。


 何故頼んだわけでもない自分がお礼を言う必要があるのか。


 そもそも何故小・羅刹シャオ・ラセツは自分にこんな力を託したのか。


 一度、冷静に考え出したら何もかもが怪しく思えてきて全能感も萎えてきた。


 「あの…そもそも何故ボクにお父さんの魂を託したのでしょうか?」

 『何でって、お前は牛魔王と呼ばれるくらいの豪傑なんだろう?』

 「えっ!?―――」


 麻生まおうはその理由を聞いて開いた口が閉じなくなってしまった。

 

 『どうした?間抜け面をして』


 小・羅刹シャオ・ラセツが自分を選んだのは明らかな勘違いであると麻生まおうは気づいてしまった。


 いや、勘違いというよりは早とちりである。


 いくら父親と同じ名前で呼ばれている人間がいるからって確認もせずに豪傑と決めつけるのは早とちりだ。


 とはいえ麻生まおうが自分が人から虐められるようなチー牛ですと告白すれば小・羅刹シャオ・ラセツは騙されたと怒り狂うかもしれない。


 「あの…もしボクが弱かったら、どうなるんでしょうか?」

 『弱い?』

 「あ!いえ!例えばの話です」

 『ハハハ謙虚なやつだな。我が父上の名前で呼ばれる男が弱いわけないだろう』

 「アッアハハ…そうですよね〜」

 『まぁ弱くて目的を果たすのに支障をきたすようならばらして父上の魂を抜き出すしかないかな』


 麻生まおうは額から汗が滝のように流れ出した。


 とりあえず強がろう。


 麻生まおうはこの場でそう決めた。


 「ちなみにこの力でボクは何をすればよろしいんですか?」


 この質問に小・羅刹シャオ・ラセツは肝心なことを伝えるときのように少し間を置いて答えた。



 『人の恐怖や畏怖いふを集めろ』



 「恐怖、畏怖…を集める?」

 『そうだ。悪事を働くなりして人から恐れられることが父上の魂にとって栄養になる』

 「あ、悪事ですか…」

 『悪事は手っ取り早い一例の話だ。何でもいい悪人を罰したり戦地で敵兵を惨殺するなりも有効だ』

 「怖いことを言いますね…」

 

 小・羅刹シャオ・ラセツは恐ろしいことを平然とした態度で言う。


 おそらく人間のことなどムシケラ程度にしか思ってないのだろう。


 『お前だって憎い相手の1人や2人はいるだろう?そいつらを脅してやるのもいい』


 1人や2人どころではない。


 麻生まおうを虐めてきた人間は五万といる。


 「それは面白そうですね」

 『ハハハそうであろう。それを繰り返していけば父上の顕現けんげんも遠い未来の話でもないだろう』

 「顕現けんげん…?」

 『そうだ。お前の身体を依り代にして父上の顕現は達成される』

 「依り代…」

 『父上の魂を恐怖のエネルギーで満たすために邁進まいしんしてくれよ』


 麻生まおうは心の中で待て待てと勝手に進む展開に歯止めをかけようとするが小・羅刹シャオ・ラセツは止まることをしない。


 『さて…早速どこかでひと暴れしてもらおうか』

 「ちょっと待ってください!!!」

 『どうした?大声をあげて』

 「その…お父さんが顕現けんげんした場合、依り代のボクはどうなるんでしょうか?」


 小・羅刹シャオ・ラセツは質問をされると視線を上へと向け首を捻り何やら考えだした。




 ――――暫くすると考えがまとまったのか視線を麻生まおうへと戻す。


 そして、よく聞けと言わんばかりに小・羅刹シャオ・ラセツは一旦、間を開けから語りだす。


 『おそらくは自我を失い肉体を父上に渡すことになるだろう』


 ゆくゆくは自我を乗っ取られることを告げられて絶句する麻生まおう


 逆らえば殺されるが言うことを聞いても自我を乗っ取られる。


 まさに前門の虎、後門の狼とはこのことである。


 『おい…どうした?』

 「いえ…気持ちの整理がつかなくて」

 『何を言っているんだ?』


 小・羅刹シャオ・ラセツは首を傾げて不思議そうに麻生まおうを見ている。


 麻生まおうはその無邪気な表情を見て妖魔の女に人の心を理解しろというのもいささか無理なのかもしれないと悟った。


 『さぁ、早速一仕事しよう』

 「一仕事?」

 『そうだ。人の恐怖を獲りに行くぞ』

 「え?」

 『ところで、お前の名前は?』

 「え?麻生晃太まおうこうたです」


 小・羅刹シャオ・ラセツは名前を聞くと踵を返して何かを見つめている。


 その視線の先には建物が立ち並んでいる。


 そして目処が立ったのか振り返り麻生まおうを見た。


 『―――行くぞ


 小・羅刹シャオ・ラセツは静かに麻生まおうの名前を呼んだ。


 麻生まおうにはそれが何故か嬉しかった。


 自分の名前を呼んで、どこかに行くぞと言われたことがなかったから。


 そんな麻生まおうは一仕事など行きたくもないのに思わず返事をしてしまった。




 ―――。と

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る