4 銀髪の天使

 「やばい、もう8時半だ」


 おれはつぶやき、家まで転移した。

 すっかり夜、名前の分からない星々がきれいに夜空にきらめきている。

 転移術は便利だが、一度行ったことのある場所でないと使えないのが難点だ。

 住んでいるアパート名は、モンレーブ荘という。

 低家賃で見事なボロ物件である。

 あまりに古ぼけて汚いので、震度5ぐらいで倒壊するのではないかと思う。

 モンレーブわたしのゆめなんて、よほど人を馬鹿にいている!


 大家の野郎は飯田という70くらいの爺さんで、若い頃おれの祖母にさんざん世話になった・・・・・・らしい。

 気が滅入るのでそのことについてはあまり考えないようにしている。

 飯田は戦前満州で暴れまわっていた不良開拓者の末裔で、親が日本に帰還してすぐ生まれたらしい。

 いわば地元のやくざ者で、若い頃は数回別荘暮らしをしたということだ。

 背中には龍の刺青・・・なのだが、老いぼれた今は龍がミミズになっている有様。

 

 いわば犯罪者のならず者だが、おれら母子に害のない存在だ。

 だからこちらとしても放っておこう。


 アパートの前の藪についた。

 少し離れたところに到着した方がいい。

 万一誰かがいたら、大変な騒ぎになってしまうから。

 魔法はいいが、スズナに言われた通り、極秘にしなくてはいけない。


 「ギンコンスだけではないのよ。

 ヤタガラス、オオミズチ、扶桑救霊会・・・みたいな連中がうようよしてる。

 霊能力を悪用し、他人を害することを何とも思わない連中。

 ユウマ君、気をつけてね」


 彼女の言葉が脳内にこびりついたままだ。

 カサリと音がした。

 藪の奥に、何かがいる。

 白く光るナニカだ。


 「ネコ・・・は光ったりしないな。

 ガラスが反射したのか」


 「タ、タスケテ・・・」


 それはおもちゃのラッパのような声で話した。

 

 「食ベラレチャウヨ!

 あるじ様」


 見に行ったら、そこには猫サイズの白い鳥が蛇に巻かれている所だった。

 ヘビは体全体が黒ずんでいて、毒息をぱっぱと吐いており、このままだと鳥は締め殺されてしまう。


 「しゃべる鳥?

 そら」


 おれは力をこめて蛇の胴を蹴り飛ばした。

 大蛇はぼふっと息を吐き、マムシのような三角形の頭をこちらに向けた。

 ねっとりした白く光る目がこちらを見ている。


 「貴様・・・。

 ヲレの邪魔ヲスル気カ?

 タダデハスマサンゾ」


 「すっげ、蛇がしゃべったわ。

 ねえ、その鳥おれにちょうだい」


 ヘビはかんかんに怒りはじめた。

 三角頭を横にぶんぶん振っている。

 どうやらおれが獲物を横取りしに来たと思ってるようだ。

 この状況では勘違いされても仕方ないか。


 「チョコザイナ!

 コノヲレ、ヤト様に無礼ヲ働クトハ!

 死ンデ詫ビテモラウ」


 毒蛇はくわぁと牙をむき、突進してきた。

 途中毒液をかけられたが、なぜか効果がなかった。

 臭くもないし、服も汚れていない。

 もしかして、毒に見せかけただけなのだろうか?

 

 「ごめんね、実験台になっておくれ」


 おれが手を一振りし、蛇の首筋めがけて軽くチョップした。

 風の刃が出現し、三角頭がどすんと鈍い音を立てて草むらに落下する。

 胴体は黒い霧をまき散らしながら狂ったよう踊り、やがては幻のように消え去った。


 「あ、あるじ様・・・」


 鳥はよたよた歩き、おれの足元にぴったりとくっついた。

 ハクチョウにしては小さすぎ、アヒルよりもほっそりと優美な鳥。

 脚は銀色で水かきはなく、猛禽のような鋭い爪がついている。

 強そうなのに、なぜあんな蛇如きに絡まれていたのだろうか。


 「やっと見つけました!

 あの蛇に妨害されると思わなかったけど」


 「インコ?

 オウム?

 いや、フォルムが違いすぎるなあ。

 首も長すぎるし。

 おしゃべり上手だね」


 おれの言葉に、鳥は鳴き・・・でなく泣きはじめた。


 「下界に来てはや800年以上。

 ずっとあるじ様を探してたというのに、この扱い。

 あんまりじゃないですか」


 「おまえとは今初めて会ったばかりだろう。

 今から警察に届けてやる。

 飼い主が見つけてくれるといいね」


 「ううっ、ではこれを見てあたしを思い出してください!」


 鳥は光を放ち、ふわりと浮かび上がった。

 光の柱がどんどん縦に伸び、人型になる。

 目の前に立っていたのは、銀髪でサファイアのような青い瞳のとてもかわいらしい少女だった。

 背中に一対の白い翼が生えている。

 華奢で童顔、年齢はおれよりも年下、12歳ぐらいにみえる。

 かわいらしい天使だ。

 縫い目のない淡い色のワンピースを着ている。


 「思い出しました?」


 「おまえ、妖怪?

 てか、さっきから言ってる通り初対面だってば」


 少女は盛大なため息と共にがっくりうなだれた。


 「思えば下界の暦で800年だなんて、人間が覚えているわけないですよね。

 じゃ、ぼちぼちお話ししましょう」



               ―――



 「おれんち来るんだ・・・?」


 「もう離れませんから」


 鳥少女は珍しそうにゴミ屋敷を見回しながら言った。

 サーラという名前らしい。


 「あるじ様が付けてくれたんですよ。

 ナーガ語で命っていう意味だって」


 「ナーガ?

 なんだそりゃ」


 がっかりするサーラは、しかしめげずに話し始めた。

 昔、おれは龍王の第四王子だったこと。

 (ナーガというのは龍のことらしい。

 毒蛇を祖として天界下層で進化した民族のことだという)

 その時、他種族の捨て子だった彼女をおれが拾い、眷属にしたらしい。

 おれが父親に殺されて人間界に堕ちたのを知るや否や、彼女も下界に下ったのだという。


 「龍王はとっくに始末されました。

 あなたを殺したのが、他の神にバレて」


 サーラはコーヒーを飲みつつ、話した。

 苦いらしいので、砂糖とミルクを足してやる。

 すると一口飲み、満足げににっと笑った。

 

 「おいし」


 「おれ・・・父親に殺されてたの(泣)」


 ものすごい鬱展開だ。

 昔、義経だった時、生まれて約2か月後に父が戦死した。

 おれは11月の中旬の生まれで、父親が死んだのは翌年の1月になってすぐ。

 だから顔を見たことはない。

 あの時代だから、写真もないし。

 しかし父の家来だった連中からは、お父上そっくりですね、とよく言われていた。

 

 そして今の人生では、両親が別居中。

 小6まで一年に数回会ってたが、中学に入ってから一回も顔を見ていない。

 父と一緒にくっついてきたいとこの子が厄介だったのを覚えている。

 おれと同じ年齢で、叔父さんの一人息子らしい。

 ユウマに会いたいから連れて来たよ、なんて言ってたけれど。

 その子の視線は、まるで氷柱のように冷たかったのを覚えている。

 面白くなさそうなのに、毎回来るのはどうしてかな、なんて思ってた。


 「あるじ様、どうされましたか?」


 コーヒーと一緒に出したドーナツが気に入ったらしいサーラが心配そうに聞いてきた。


 「つくづく、父親に縁がないと思ってな」


 彼女が嘘をついてないのは魔力を通じて分かった。

 かといって、義経として生まれる前のことは全く覚えてないけれど。


 「で、おまえこれからどうするの?

 女の子が一緒に住んでたら・・・ってか、おふくろに殺されるわ、ンなことしたら。

 それに近所の連中に何を言われるか分からないし」


 学校に行ってない12歳ぐらいの女の子がいるよ!

 しかも銀髪青目だなんて・・・きっと外国人だ。

 黒木の家、変なことしてるに違いない!

 近所の口さがないオバサンたちの噂話が今にも聞こえそうだ。


 「大丈夫。

 一緒にいますから。

 あたしはあるじ様の忠実なしもべです。

 ほら、これを見て」


 銀髪はあっという間に黒髪に変わり、目はこげ茶色になった。

 背中の白い翼もない。


 「まあ、その恰好じゃ日本人に見えるけどさ。

 女の子と一緒に住むのは・・・。

 お袋にコロされるし、近所の婆どもが・・・」


 「記憶阻害術を使います」


 サーラはけろりとした様子で答えた。


 「人間の認知力など、天界人からすればしれたこと。

 あたしはあるじ様のいとことしてここに住まわせてもらいます。

 学校だっけ?

 一緒に通いますから!

 魔力の形跡を辿ってやっとあるじ様を見つけられたんだもの、ずっと一緒にいます!」


 ぴたりとくっつかれた。

 恥ずかしいけど・・・うれしい。


 「そうそう、お部屋は大丈夫。

 あたしはこの姿で寝ますので」


 彼女は瞬時に元の白い鳥に戻った。

 青い目のかわいらしいコハクチョウだ。

 それは再び光を放ち、銀髪の天使の姿になる。

 空間から一振りの剣を取り出した。


 「外敵が来たら、これをお使いください。

 あるじ様愛用のものでした。

 名前は・・・鬼羅奈キラナだったはず」


 柄は純銀で刃は水晶のように透きとおり、虹色の輝きを放っている。

 手に取ると羽毛のように軽いが手触りはある。

 キラナ剣は輝く光の粒となり、おれの体内に吸収された。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る