第16話 ドレスを作ろう!

馬車に詰め込まれた騎士様と、普段着のままの料理女。


なんなのかしら、この組み合わせ。


結局アンは置いてけぼりになった。


後がうるさいだろうが、使用人のくせに生意気である。


というか、使用人の仕事を勘違いしている。


給料をもらっているのは、掃除や洗濯のためである。旦那様を誘惑するために、就職したのではないはずだ。


「あんなひどい女中だとは思っていなかった」


旦那様はポツリと言った。


「同感です」


私も言った。


「かわいらしい娘ですが、あれはやり過ぎだと思います。もっとアピールの方法があると思います」


まずは心を込めて仕事をこなし、好感度を上げたのち、旦那様の前でつまづくとか、顔を赤らめてキャッとか言って意識している様子をアピールするとか。

たとえ女中でも、あれだけ可愛い顔をしていれば、手を出しやすい使用人なのだ、旦那様だって鼻の下を伸ばすこと請け合いである。


「あなたに対して、とても失礼だ。使用人の分際で」


旦那様は本気で怒っているらしかった。家に帰ったら、アンにアピール方法をレクチャーしようかしら。聞いてくれない気はするけど。


突然、旦那様が言い出した。


「あなたはとてもきれいだ。ずっと私の横に座っていてほしい。一生。服もとても似合っている」


「………………」


どう反応したらいいか、全然、分からなかった。


私が着ているのは、メアリのお古である。


ドボドボの横幅で、ベルトがわりに白のリボンでウエストをしばり、なんとか抑え込んでいるが、なにせ身長が違うので、足首どころか普通貴婦人なら絶対に出さないところまで、足が見えてしまっている。


胸やお腹の辺り、袖には焼け焦げやシミが点々としていて、きれいにつくろってはいるものの、すごく目立っていた。


それに何より、安物の女中服だ。貴族の令嬢が着るような服ではない。


「……似合っているって、これがですか」


何が言いたいんだろう。一生、女中が相応ふさわしいとでも言いたいんだろうか。


「何を着ても美しい」


この旦那様、やさしいし結構賢そうだと思っていたが、これはちょっとアレかもしれない。おかしいのかも知れない。


それで、いつまでも結婚できなかったのか。


私はため息をついた。


できるだけ早く、例のリストを完成させよう。


そして、くだんの令嬢が、すでに結婚していることを祈るばかりだ。




「さあ、ついたよ!」


明るい声で、旦那様が案内したのは、しゃれたドレスメーカーの前だった。


「このお店は食料品店ではないのでは?」



馬車に乗り込む時、市場の場所は分かりませんと言った私に対して旦那様は、さもさも当たり前のように言った。


「御者が知っているに決まっているではないか」


それはそうだ。


メアリやアンを運んで行ったことだってあるだろう。配達してもらう場合もあるが、買う物によっては、家全員分の食料品を女一人で運ぶのには無理がある。


アンが案内する必要なんか全くなかったわけだ。絶対迷うはずがない。



しかしながら、目の前の店はどう見てもドレスメーカー。


しかも相当の高級店である。


「さあ、行こう」


なんだかとても嬉しそうに手を引く旦那様。


私、料理女の服を着ているんですけれども?


料理女がこんなところに何しに来るというの?


「あ、あの、馬車の中で待っていますわ!」


旦那様は聞こえたはずなのに、ぐいっと手に力を込めた。




店員の視線が突き刺さる。


「お待ちしておりました、ファーラー様」


奥から爽やかに現れたのは、中年の女性。とてもしゃれたドレスを着ている。


「奥様をお連れになると伺っていましたが?」


奥様は何処いずこに?


目が泳いだ。


奥様はここです……絶対分かりませんよね。変装の領域ですらない。別人ですね。




「では、まずこちらの服をお召しになって。話はそれからですわね」


なぜ、こんな格好なのか、どうしてそうなったのか、詳細について一切口を割らなくても、問い詰めたりしないところが、さすが商売人だ。プロである。


適当に似合いそうな出来合いのドレスを探してきてくれた。これでメアリの料理人服とおさらばできる。


「本当にきれいな方ですこと。作る方も張り合いがあります」


お世辞を真に受けて、旦那様が横で鼻の穴を膨らませている。ウマみたいだ。


「女性の着替えは、たとえ旦那様でもちょっと……」


この人は真の意味での旦那様ではありません。どうでもいいけど。余計都合が悪いので、部屋の外に連れ出していただいて助かりますわ。



旦那様は、後ろから針子二人にがっちりガードされて、強制退場させられた。よろしい。


「マクスジャージー侯爵夫人からも、ファーラー夫人がお越しになるって頼まれていますのよ」


「え? マーガレット様が?」


私が食いつくと、ドレスメーカのハリソン夫人は、にっこり微笑んだ。


「ちょっとお話ししたら、マクスジャージー侯爵夫人のご友人だとすぐ分かりましたわ」


あんな格好だったけれど……と、言わないのは、さすがプロの接客技術である。


たとえ、見た目が料理女でも、中身は伯爵令嬢。修道院附属の女学院で、それはそれは厳しい作法の先生から、血反吐ちへどを吐きそうなくらい厳しい作法の教育を受けている。


ありとあらゆる富裕層の夫人や令嬢の相手をしてきたハリソン夫人には、どこの学校の出身かすぐにわかったらしい。


「王立女子修道院附属女学院のご卒業ですのね。自由で闊達な校風で有名ですわ」


え? あれのどこが?と思ったが、表向きはそう言うことになっているらしい。へええ。


「マクスジャージー家の襲名披露にお招きされてらっしゃるのですね?」


「ええ」


色々と微妙だけれど。特に、なんと名乗って出席するかが問題なのだけれど、どうしよう。


あと、一月しかないので、旦那様の恋人発見作戦がスムーズに行くかどうかに、全てはかかっている。


こんなところで採寸している場合じゃないのだが、それを言うと料理女ファッションの理由とか、ドレスが取り出せない理由とか、雨樋をよじ登った事実とか、余計な情報が次々と明るみに出されてしまう。


仕方ない。ドレスはオーダーメードなので、真の恋人に譲るわけにもいかない。ちょっと豪華すぎるけれども、この際、このドレスは離婚の際の慰謝料として受け取っておこう。


でも、慰謝料全額からドレス代を差っ引かれると、使える金額が減ってしまう。それは痛い。

その後の人生で、こんな派手なドレスは着ないと思う。まさに宝の持ち腐れだ。


「奥様は細くていらっしゃるから」


ハリソン夫人は、会話のそこここで実にさりげなくお世辞を散りばめるが、細いのも困りものだ。

私より細いくらいの方でないと、お譲りできないことになる。太ましければ、ドレスを縫い縮めればいいのだが、細い女性用のドレスはお譲り先が限定されてしまう。つまり、売りにくい。


脳内で懸命にそろばんを弾いている間に、作業は終わり、出来合いのドレスはサッと身に合うように縫い縮められた。


「まず、着付けをしましょうね。その間に、どのドレスがお好きか教えてくださいませ」


目が回りそうだ。


「披露の正式の晩餐会用のドレス、ダンスパーティの時用のドレス、マクスジャージー夫人とのお茶会用のドレス、滞在時のモーニングドレスとアフタヌーンドレスを承っております。マクスジャージー夫人のドレスは把握しておりますの。大勢参加されますけど、雰囲気を合わせましょうね」


「そんなにたくさんのドレスを一月の間に?」


ハリソン夫人はうなずいた。


「ほとんどの方はすでにお作りになられています。招待状が来るか来ないか分からない方は少ないですからね。それでも直前になって、足りないとか、気に入らないと言った方もおられはしますが……」


マクスジャージー侯爵夫人からのご紹介ですからと、ハリソン夫人は気合を込めた。


「侯爵夫人は今後のファッションリーダーになられる方だと思っていますの!」


「な、なるほど!」


そういえば、女学校ではお揃いの見習い修道女の服しか着せてもらえなかったので、よく分からなかったが、いつでもきちんとした着方をしていた。同じ制服でも、どことなく違っていた。


「そうですわ。意識の問題です。美しくあること、それは心地よいことなのです」


マーガレット様ならできるだろう。


ファッション界を席巻する美女。たとえ老いてもセンスだけで一目置かれる美魔女。


マーガレット様のようになりたい。あのドレスを着てみたい。ハリソン夫人のところのドレスですって? 発注しなくっちゃ!


「あの方の発注を受けることは、今後の顧客拡大につながりますわ!」


「分かります!」


私は思わずハリソン夫人の手を取った。


成功しようとする人間、向上しようとする人間は大好物だ。


「ねえ、まだですか?」


待ちくたびれたらしい旦那様の声がした。


忘れていた。大根の調査をしなくちゃいけないんだった。


「残りは後日ご自宅へ伺いますわ」


ハリソン夫人はにっこりした。







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