読み切り 羽間町 香蘭高校

川端 誄歌

探偵は放課後に。

 北海道は羽間町。

 こと、唯一の高校である香蘭高校には空想種と呼ばれる存在の末裔が集まる。

 そんな校舎は六月も半ばに差し掛かり、暑くもなく、寒くもない微妙な時期。

「……ここ、俺の教室なんですが?」

 目の前には、艶のある黒髪を、腰ほどまでに伸ばしたは二学年上の女生徒。

「だからなんだと言うのか。もう放課後だ。校則など関係ないだろう?」

 恐らくは校内随一の白い肌の持ち主。蒼い瞳は真実を求め、永遠の時を生きいつの時代も美に咲き誇る、人間かも怪しい存在。清楚な見た目をしているくせに、中身には清楚のかけらも持ち合わせていない安城美代アンジョウミシロと言う名を持つ女性。

 一ヶ月前。初めて言葉を交わして、それ以降は関りを持たないようにしていた人魚。

「まさか、他学年の教室には踏み込むな。と言う校則すら無視するとは思いませんでした」

 徹底して避けていたはずが、つい放課後にうたた寝をしたばかりに遭遇する羽目になるとは。

「放課後に校則は関係ない。私はキミに会いに来た。キミの、推理力を試したい」

 そう、言っておもむろに彼女は目の前の席に腰を下ろす。

 一枚の写真を片手に。

「この写真がなにか?」

 茜に染まる町を見つつ、不機嫌そうに言葉を返すも、安城には効果がないようで彼女は次々に言葉を並べていく。声は何処か抑揚がなく、生気も感じられないどこか圧のある声音だった。

「この写真は香蘭高校にある墓石だ。聞いたことはあるだろう?」

 初めて写真へ目を向けると、そこには、大樹を背に配置され、コケに大半を蝕まれている小さな丸みをおびた石。墓石と言うには、かなり小さいと言えるサイズの類のもので、文字を読み取ることは出来ない。

 しかし、あまりにも殺風景なものだった。

「………………たしかに。クラスに馴染まず、孤独に過ごしている俺でさえ聞いたことはありますが、これがその墓石だと? 願いが叶うやつですよね、それ」

「あぁ。願い事が叶う、『ミシロの墓』だ。おや? 私と同じ読みだな?」

「それがなんだと言うんですか。学校の七不思議を俺に見せつけて、なにがしたいんです?」

 席から立ち上がり、廊下へ出ていく。

 どこの学校にでもある、七不思議。

 理科室の骸骨が動き出す。

 誰もいないのに鳴るピアノ。

 トイレの花子さん。

 まだまだあるだろうが、この『ミシロの墓』はそれと同種のもの。

「……これが、何故この学校にあるのか。それを解いてほしいんだ」

 当たり前のように、彼女は隣を歩く。

「無理にも、ほどがあるだろ。。あなたの話には、脈絡が無さすぎるんですよ、先輩」

 なぜこうも空想種の末裔は。こと彼女は末裔どころか、空想種――絶世の歌声を持ち、人々を拐かすセイレーンそのものだが。どうしてこのような存在は会話が成り立たないのだろうか。人智を超えているからだろうか?

 考えても分からない。だが、それも当然のことで、なぜなら。隣を歩く人物は人の姿をしているだけで、人間ではないのだから。

「まさか、キミならできる。大丈夫だ、ヒントは私が出そう」

「それってつまり、答えを知っている。と言うことの裏返しですよ、先輩」

「おっと? なんのことかな」

 正直面倒だ。

 こんなよく分からない謎解き。やる意味すらない。

「それに、俺は一月前。あなたと勝負して勝った。だから、解放されたはずだが?」

「それはそれ。これはこれだ」

 意味のない会話。

 意味のない言葉。

 意味のない馴合い。

「……あぁ、つまりキミは勝負をご所望かな?」

「そんな訳ないでしょう」

 下駄箱で靴を取り換える。

「では、こうしようじゃないか。キミと。私が、帰り道で違う交差点までの五分間。その間だけの勝負。キミは交差点に差し掛かるまでに真相を解くこと。もしそれが出来なければ――」

 少し遠くの方から、声がする。

 どうやら、彼女の下駄箱は俺の位置から三列先にあるようだ。

「だから、しないと言っている――」

「では、始めよう。この墓石。いつ建てられたものだと思う?」

「………………はぁ」

 靴のつま先で、地面を数回蹴る。たった二回。それだけの面識だが、俺は彼女のことをよく理解させられている。そもそもあれから何も調べなかった訳じゃない。三年生の教室へ赴き、安城美代について聞いて回った。だが、誰も彼女を知らなかった。

 それも当然だ。彼女は、人間じゃないのだから。

 だから、彼女と会話を始めてしまった時点で俺はこの勝負を投げだせないことが決まってしまっていたのだ。

 覚悟を決めて、歩みを始める。これからの五分。

 その間にこの『ミシロの墓』の真相を突き止めなければ、俺は彼女の番になってしまう。

「………………」

 彼女から写真を奪い取って、墓石に付着しているコケの浸食具合を見る。すくなくともここ数年で建てられたものではない。だが、分かるのはそれだけで、それ以上のものは分からない。だから、俺は安城を軽く睨む。

「……ふふふ。そんな目で見るんじゃない。ヒント。と、言うには答えだが、この墓石は二百年前に建てられたものだ。この辺りが元々、どう言う土地だったか知っているか?」

「水田です。けど、この辺りの農家が徐々に居なくなったから……あぁ、その農家の『ミシロ』ちゃんのお墓ですか?」

 歩く足を止めず、写真を返す。

 写真を受け取ると安城はため息を吐くわけでもなく。ただ、呆れたような眼で俺を見てから口を動かす。

「キミは、本当に過ちを通る人間だ」

「間違っていましたか。そうですか」

「とは言え、一部は正解だ。この辺りは水田で、高校が建つ前まで穂が生い茂っていたさ」

 横目に盗み見る安城の顔は、どこか過去を懐かしむような表情を浮かべておりその瞳を覗けば、彼女が思い起こす景色が写し出されているようにすら思える。

「さて。残り四分。時間はまだまだあるな」

「………………」

 だが、覗き込もうとは思わない。その必要はない。これ以上、彼女に踏み込むべきではないからだ。

「では、そもそもそれはでいいんですか?」

 話を逸らす。軌道を修正する。

「核心に迫ってくる質問だ。答えはノー、これは墓石なんかじゃない」

「では、なんのために建てられたんですか?」

「……流れに身を任せて言うとでも?」

 思ってなどいない。彼女が挑んでくる勝負に、ズルはしない性格であることは重々承知している。

「まさか。ただ、少しヒントが少なすぎると思ったんですよ」

「なるほど。たしかに、勝負を始める前に確認した、この石に関するキミの認知度合いは『願いが叶う』と言う程度だったな」

 無言で頷く。

 俺はたしかにそれ以上のことは知らない。

 風のうわさで「この石にお願いしたら彼氏と付き合えた」と言う話を聞いたくらいだ。

 ――そうか、なら安城先輩とこれ以上関わりたくないと願えば。

「たしかに。この石は以前まではそのような性質を持っていた。最も、今は持ち合わせてはおらず、キミがもしこの石に『私と関わらない』と願ったとしても。それが叶うことなどない」

 そう、先に釘を刺され。俺は黙る。

 この安城美代と言う人は、常に人の一歩先を歩く。相手にリードされることを嫌い、おそらくは手綱を握っておきたいからだろう。

 前回の勝負、彼女がなんの空想種の末裔であるかもそうだが。彼女は予め全てを知ったうえで俺に勝負を挑んでくる。

 本当に意味が分からない。答えを知っているのであれば、なぜ俺に思考させ、答えを導くよう誘導してくるのか。

「……つまり、はそのような力があった。か」

「ふふふ。さて、どうだかね」

 やはり意味が分からない。

 だが、そのことを考えても仕方がない。

「さて、残り三分だ。たどり着けるかな?」

「………………」

 情報を整理する。

 

 一つ、『ミシロの墓』は二百年前に建てられたものである。

 

 一つ、『ミシロの墓』は墓石ではない。


 一つ、『ミシロの墓』は以前は願いを叶える力を有していた。


 そして、

「この辺りは昔、水田であった」

「その通り。昔は水田で、この町は、農家で栄えていた」

 俺の言葉を、肯定するように安城は歩みを止めて、俺を見た。

神埼誠也カンザキセイヤ。キミはまず、その心の底から現状が無意味だと訴える目を止めたまえ。損をするぞ」

 そう、俺の何色にも染まらない。黒い瞳を指さす。

「………………これが俺のデフォルトです。心から無意味だと思っているのは、合っていますが」

 何もかも意味がないように思える。

 この謎解き勝負だって、空想種の持つ言霊の力がなければやらなかったと言うのに。

「それに、貴女に言われたくないんですよ。貴女の声の抑揚の無さも損をします」

 特徴のない、自分の黒髪。

 変哲のない、自分の背丈。

 面白みのない、自己肯定感の低さ。

 それに比べれば安城は声音以外の身体的特徴は容姿端麗、才識美麗で恐らく一目でも視界に入れれば忘れることのできない容姿をしている。毛先まで手入れの行き届いた髪が風に靡けばそれだけで様になる。そんな彼女を、夕日を背に見つめて。

「私は損などしない。しても関係ないからな。ところで、後二分だが――」

「……。昔この辺りが水田だった。それは、貴女の口から何度も聞いたように。施設で調べれば確かなことは分かる。だからこそ、貴女がそこに嘘をついているはずはない」

 ここまで、話を聞いていれば考えるまでもない。

「では、あの石はなんのためにあったのか。答えは簡単だ。『願いを叶えてもらう』ため」

 そう、目の前で止まる安城を追い抜きながら続ける。

「では、その願いとはなにか。今高校で流行っている恋人を作りたい。などと言うものではない。農家がこの石を建てたとするなら、願いは一つ。それは――」

 豊作。自分たちの作物が多く育ち、良く繫栄するようにと願いを込めているはずだ。

 そう、口にしようとしたところで、

「――豊作。それもあながち間違いではない。だが、違うぞ誠也くん。あの石は、豊作祈願ではない。全く違うものだ」

「……え?」

 思わず声が出る。

 農家の人間が願う願いなど、それしかない。

「だが、惜しい。テストで言うならキミは今ひっかけ問題に引っかかっている状態だ。もっと、私と言う存在を大事にするべきだな」

「安城先輩を?」

 振り返りながら投げかける問いに、安城は微笑を浮かべ目を細め言った。

「キミには言ったな。私がなんの空想種であるかどうか」

「………………」

 安城美代は人魚である。そう、三日前に図書室で俺と彼女は謎解きゲームを解いた上で俺は知ることとなった。あの日は、すぐにでも帰ろうとしていたのだが、生憎。安城が降らせた、雨のせいで帰られず、勝負をするはめになったのだ。

「……あぁ、なるほど」

 そもそも、この話を俺に持ち掛けた人物が、である以上、考えられる答えは一つしかなかったのだ。

「さて、残り一分。答えられるかな?」

「少し訂正を。あの石が願いを叶える石であること、そして。あれを農家が建てたことは間違いない。そうですね?」

「あぁ、その通りだとも。あの石は、祈願のために作られ、農家がそれをあの場所にわざわざ建てたのだ」

 安城の頬が上がる。

 あぁ、のせられているのは判りきっている。

 だが、既に口を止めることはできない。

「あの石は、もともと『ミシロ』としか書かれていなかった。それは誰を指しているのか。答えは貴女だ」

「………………」

「ではなぜ二百年以上も前なのに名が刻まれているか。偶然の産物ではなく、それは貴女が人魚であるから。この町には、空想種。その末裔が沢山居る。例外としてその空想種本人が現れたりもするが――」

 安城を軽く睨む。

 しかし、それでも彼女の視線は俺から離れない。

「――貴女は人魚故に、不老不死だ。そして、貴女は雨を降らせることが出来る」

 まるで俺の口から。答えが紡がれていくのを見るのが愉悦であるかのように目がつりあがる。

「あの石は、雨ごいを人魚である貴女に頼むために置かれた。恐らく、昔は小さな小屋。もしくは供物を奉げる祭壇が作られていたはずだ。間違いないな?」

 無言で安城は頷く。

「なら、答えは簡単。あの石は今で言う『逆てるてる坊主』の役割を担っていた。高校で流行っている『願いが叶う』と言うのはその名残。何があって雨ごい祈願の石から、恋愛祈願の石に成り代わったのかは分からないが、恐らくは高校が建ってからかなり古い歴史がある。その中で徐々に変化していったのだろう。違うか?」

 ちょうど、目の前に交差点が現れる。

 だが彼女の口は動かない。

 安城が言っていた分かれ道はここだ。

「………………」

 既にタイムリミットは迎えている。

 つまり、次にこの人から発せられる言葉によっては、俺は。

「――ふは。はははははは!!!」

「……なにが面白いのか、全く分からないんですが」

 しかし、自身の眉唾を飲む音が内部で大きく聞こえるほどまでに、緊張がピークに達したとき。

「良いだろう。キミの考えは概ね正解だ。合っている」

「……細部は違うと? つまり、俺は――」

 間違えた。と言うことだろうか。

「安心したまえ。細部が違うからキミの推理が間違えていることにはならない。私が与えた分のヒントから導き出せる正解は達成している」

 安城が俺の後ろを指さす。

 振り返ることはないが、その先にはつい五分前に出た校舎がある。

「元々この地には雨が少ない。そのため、あの祈願石が誕生した。私自身は自覚していなかったが、当時私は一種の神的扱いだったからね。だが、時代が進むにつれて人々の願いは変わる。私は雨を降らしてくれ。と、言われればできるが、それ以外は専門外だ。結果、農家は廃れ土地は埋め立てられ、校舎となった。だが、祈願石は用途が分からなかったが、壊すのは縁起が悪い。となったため今に至る」

「なるほど。つまり、雨の話、貴女の神的扱い、祈願石が残った意味が足りなかった。と」

 そう言うと、安城はくふくふと声を漏らす。

 美人に似合わず、言葉を選ばないのであれば卑俗な笑い。

 だが、それでも美しさは崩れないのだから、神は随分とまた一個体の存在に二物を与えてたものだ。

「だが、私が言わなかった。それを考慮したうえでキミの勝ちだ。良かったな。残り五秒での正解としよう」

「やっぱり、貴女の裁量で決まりますよね。これ」

 呆れる気持ちが沸き起こる。だが、勝ちは勝ちだ。

 この結果がそれ以下になることも、それ以上になることもない。

「あははは。しっかし、面白い。やはりキミの想像力は、時に実際に過去を見たかのように鋭い」

「はぁ、めんどくさい。本当に」

 大きなため息を吐き捨て、無視して道を左へ曲がる。

 安城家は右。

 神埼家は左だ。

 こうして俺は安城から解放された。

 空を見上げる。さほど時間が経っていないためまだ茜色は濃いままだ。

「また、明日ね! 神崎誠也くん! 明日からもっと謎解きをしましょう!」

 後方から大きな声がする。

 その声には期待と、喜び。果ては、面白い玩具を見つけた子供のような声。

「っ、するか!!」

 だから俺は、振り返りもせず。

 だが大きな声で怒鳴り返した。

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