第4話 限定イベント2日目



「んで、結局付き合いで、弾美までステージクリア出来なかった訳か?」

「ああ、瑠璃がついでにレベル7まで上げたいって言ったから、エリアボス攻略引き伸ばしてたら……いきなり妖精が騒ぎ出して、ビックリ仰天!」

「……イベント説明文読めよ、弾美。2時間リミットは、凄く大事なルールだぞ。その調子じゃ、ライフポイント制も知らないだろ?」


 時間は5月2日の、大井蒼空付属中学のお昼休憩中。弾美と進は、給食を食べ終えた後の休憩時間に、昨日プレイしたファンスカの情報交換に勤しんでいた。

 窓辺に陣取って、プレイの報告をする弾美と進の表情は、しかしどこか渋い。


 教室内は明日からの連休を控え、どこか熱に浮かされたような雰囲気に包まれている。弾美達にしても、ゲームをやり込む絶好のチャンスなのだが、イベントの話になると話は別。

 何しろ昨日始まったばかりの、振るい落とし方式の期間限定イベントなのだから。情報はまだまだ少ないし、それ故に予期せぬ不手際も当然起こり得る。

 弾美のギルドも、当初の目論みは外しまくりの有り様だ。


「ナニそれ? 妖精が何か言ってたっけ?」

「妖精は関係ないってば。多分、レベル1からのスタートに気を遣ったんだろうけど……ライフポイント2つ分、キャラは最初から持っててイベントを継続出来る仕様みたいだな」

 

 先ほどまでは、昨日の2人の結末を進に話していた弾美なのだけれど。その内容はと言うと、取り敢えず2人のキャラで、湧いた2匹目の火の玉NMを退治したまでは良かったのだが。

 瑠璃のキャラが、2匹目のNMを倒して貰った大量の経験値のせいで。後ちょっとで弾美のキャラに、レベルが追いつくと意見を申し立てて。

 雑魚を狩りまくって、必死に経験値稼ぎする事20数分。

 

 気が付いたら、インして丁度2時間が経過していたようだ。その途端に、アイテム欄に居座っていた妖精がピヨッと出現して来て。

 周囲を飛び回り、けたたましく喚き出して物申すには――


 ――ワタシが張り巡らせていた障壁が、これ以上持ちません。これからは徐々にHPが減って行くので、はやめに部屋に戻ってじっとしててネ☆

 ワタシの警告を無視して酷い目にあっても、責任は取れませんからネ♪


 その報告を聞いて、弾美と瑠璃はビックリ仰天。大慌てで狩りを中断し、最初にインした部屋に駆け込む事に。正直、HPの消耗はそれ程酷いレベルでは無かったのだけれど。

 毒状態でボス戦に挑むのは、序盤からちょっと無謀だと判断した次第である。


 進の話によると、HP減少の毒状態は15分毎に酷くなって行くらしい。リミット越えて15分後の毒状態は、レベル一桁のキャラには、どうにも酷だとの報告。30分後となると、戦闘どころでは無いだろうと言う予想がつく。

 何より、ピヨピヨと警告しながら飛び回る妖精が、とてもウザい。


「まぁ、スタートは出遅れたけど、2匹もNM倒せたし。瑠璃が前衛慣れしてないのはアレだけど……装備的には、先行する奴らよりは恵まれたかなぁ?」

「うむぅ、先を急ぎ過ぎるのも考えモノだしなぁ。あきら弘一こういちの顛末、昨日メールで報告しただろ?」

「うん、アホだなあの2人は」


 幼稚園の頃からの友達なので、弾美は言葉に容赦がない。昨日の夜にメールで、進から簡単な報告が来たのだが、ステージ2からは2人でパーティが組めるようになるとの事で。

 『蒼空ブンブン丸』のギルドメンバーは、4時半にはステージ2の中立エリアで合流出来て。そこでは普通に、会話も出来るようになったらしい。


 中立エリアは一種の結界内のようで、ここにいれば時間制限も関係ない仕様との事。合流したギルドメンバーで話し合った結果、進とE組のじゅんでパーティを組み、C組の晃と弘一でもう1パーティ結成して。

 情報を交換しながら攻略しようと、取り決めたまでは良かったのだが。


 徐々に混み出した中立エリアに、さっさと進んでしまった方が特策だとの判断を下したC組チーム。妖精アラームが鳴ってるのにも、全く意に介さずの暴走に。

 ステージ2に3つ存在する部屋の内の、最終エリアの難関アスレチックステージに。無謀にも、毒状態のキャラで2人して挑んだらしい。

 結果、無残に敗退したのは、弾美にけなされている点からも読み取れる。


 こうなったら、ゆっくり攻略の弾美の作戦の方が、優れていると進は密かに感心する。レア装備を獲得出来た点だけ見ても、これからの進行には有利だろうし。

 4週間と言う長丁場をうたっているだけあって、今回のイベントはどうやら早説き方式では無さそうである。先の長さも、まだ全く判明していない次第で。


 更には、広いダンジョンが用意されている事からしても。じっくり攻略して行けば、思わぬ仕掛けに巡り合える確立が高いのかも知れない。

 そうは言ってもライバルが隣にいれば、そいつより早く先に進みたいと思うのが人情。


 もっとも、弾美の攻略速度は考えた上の物でも無かったりする。瑠璃に合わせていたら、たまたまNMを発見出来ただけの事だ。

 1人でプレイしてたら、まず間違いなく見逃していただろう。


 ただ、偶然見つけたのが瑠璃1人だけだったら、返り討ちにあってた可能性も否めない。そんな事を全て踏まえて考慮すると、意外と偶然の幸運に恵まれた巡り会わせだったのかも。

 こんな事が起こるから、合同インは面白いのだ。


「じゃあ弾美は、ステージ2から津嶋とパーティ組むのな? 今日は部活どうするんだ?」

「当然出るよ。進はどうすんの?」

「連休前だしな、今日はサボって淳とイベント進める」

「って、淳もサボらせる気かよ!」


 E組の久保田淳は、弾美と同じバスケット部員なのだけれど。ここら辺のイン時間の共有は、どうやら昨日の内にすり合わせておいたのだろう。

 ちなみに進は、バトミントン部に所属している。大井蒼空付属中学のスポーツ部は、どこも地域では弱いので有名で。県大会進出など、夢のまた夢な状況だったり。

 そんな進も、今日に限ってはサボる気満々らしい。


 この調子だと、連休前の気の緩みも相まって、今日の部活の出席率は酷い事になるかも知れない。弾美は内心淳を恨むが、ギルドマスターの身としては、イベントに力を入れる進の気持ちも良く分かる。

 弾美としては、2年でレギュラーナンバーを貰った手前もある。そんな訳で、ホイホイと部活をサボるわけにも行かない。そういう所は、かなり律儀な性格の弾美である。

 いや、元々体を動かすのが好きだと言う理由もあるけど。


「まぁ、先に進んで情報集めておくから、その辺は勘弁してくれ。ちなみに、ステージ2は3部屋構造で、2部屋で仕掛けを作動させて3つ目の扉を開くパターンだな。

 3つ目はアスレチックステージで、嫌な仕掛けがいっぱいらしい……失敗した奴らの言葉だけど、そこは確かだと思う」

「部屋の仕掛けは言うなよな、攻略する時の感動が薄れる……ただ、瑠璃と組む上で聞いときたいんだけど、2人パーティで攻略した感じの、難易度的な感想は?」

「装備も貧弱だし、スキルも精々1つだけど、死なないように気を遣えば何とかいけるよ。ボスもそれ程強いのいないし、問題は2時間縛りかなぁ?」


 それは仕方ないと、正直なところ弾美は思う。時間縛りを無くしたら、ぶっちゃけ学校を休んでプレイする者も出るだろうし。

 時間を掛けさえすれば、キャラはどんどん強くなれるのだ。


 以前のイベントでも、そういう失敗があったのだ。運営側は、相当頭を悩ませたのだろう。まさか、ここまで社会現象――とは言え、小さな街の中でではあるが――になるとは、まさか思ってもいなかったであろうし。


 ゲームの名前が売れれば、それなりに問題も発生する。地域限定のゲームですら、そういう一面を抱えてしまっているのだ。

 その割には、運営の景品に豪華な物を用意して、競争を煽っている様にも見えるが。


 ただ、そういう反省を踏まえつつ。段々とゲーム環境が改良されて行ってるのも、感触として伝わって来る。もちろん他のネットゲームの運営の問題点なども、色々と参考にしたのだろう。

 プレイ料を払っている訳でもないのに、プレーヤーへのサポート対応は良心的で素晴らしいとの評判も存在する。どこで儲けを出しているのだろうと訝る物もいない訳ではないし、このゲーム自体が一種の実験室だとの都市伝説も、少なからず発生しているのも事実ではあるが。

 もっとも弾美達中学生は、とことん楽しむ事以外は考えていないけれど。


「こっちは完全に出遅れた訳だし、のんびり行く事にするよ。それよりどうせ限定イベントの時間は限られてんだから、連休中にメインキャラの方でも集まってイベントしようぜ!」

「それもそうだなぁ……連休中にオフ会しようって話もあるし、津嶋から相沢と林田も誘ってくれるよう頼んでおいて貰えるか、弾美?」

「オッケ~、じゃあ今夜インして日にち決めよう!」


 学校内で集まるよりは、実はゲームにインして集合を掛ける方が楽な事もあって。皆での決め事は、こうやってゲームツールを使用する事も多くなっている今日この頃である。

 そんな訳で明日からの4連休――2人とも気分的にはウキウキである。




 今日の放課後は、いつになく騒々しい雰囲気だ。ホームルームが終わっても、雑談したり連休の予定を確認したりするグループが、教室や廊下のあちこちに点在しているせいだろう。

 そんな中でも、素早く帰り支度を進める者、部活の用意をする者が混ざり合い。教室内での混雑に、拍車を掛けているのが現状である。そんな喧騒が若者特有の甲高い声で、教室から溢れ返っている。

 暫くは収まりそうにないなと、弾美はため息一つ。


 それでも弾美は、団子になって談話する人々の集団を華麗にすり抜けて行き。大きなスポーツバックを抱えて、元気に部室へと移動する。

 部活のある日は、弾美は瑠璃には声を掛けない。瑠璃も文芸部の活動で、図書館に入り浸る日もあるし、適当に時間を見計らって帰宅する事もある。

 要するに、帰宅の時間がバラバラなので、示し合わせが無理なのだ。


 そもそも部活のある日は、弾美は部活仲間と一緒に帰る事になっている。これは1年生の頃からの暗黙の了解なので、瑠璃は気ままに放課後を過ごす事にしている。

 今日も友達と放課後の談話をした後、ゆったりとした足取りで取り敢えず図書室に向かう。頭の中で連休中に読む本のリストを作り、部員の誰かがいる事を期待して。

 文芸部の部活集会は、そもそも全く熱心ではないのだ。


 期待に反しと言うか、予想通りと言うか。文芸部の部員は誰1人いなかったが、常勤の司書さんがにっこりと笑い掛けて来た。それからいつものように、椅子と熱いお茶を勧められる。

 ちょっと年配の、小柄で白髪の目立つ女性の司書さんは、驚くほど書籍全般知識が豊富である。おまけに書道やお華にも造詣ぞうけいが深く、瑠璃はこの人が大好きだった。

 図書室に通う目的の半分は、この語らいの時間でもある。


「津嶋さん、連休の予定は何かあるの? 家族でどこかに出掛けたりとか……?」

「全然、両親とも休みが取れないそうなので……友達とは遊ぶ予定あるんです:けど。お休み中に読む本を借りたいんですけど、お薦めありますか?」


 その後は、本のタイトルや雑談で話が弾んだ。それから、丁度連休に開催される書道の展覧会に、司書さんの作品が展示される予定だから、是非見に来てと招待券を渡されて。

 もっとも、入場自体は無料の展覧会である。展覧日数と今こういう催し物をやってますという、告知の意味合いの強い招待状のよう。

 簡単なつくりの栞みたいな招待状で、確かに習字展と書かれている。


 出掛ける予定の無かった瑠璃は、是非行きますと嬉しそうに返事をしたモノの。内心は、弾美が一緒に来てくれるかどうか、シミュレーションに頭をフル回転させていたりして。

 1人で観に行くのは、こういう催し物はさすがに味気ない気がする。しかも、瑠璃にはもう1つ、連休中に覗いてみたい催し物があった。さすがに2つも付き合わされるとなると、弾美は難色を示すかも知れない。

 って言うか、かなりの確率で怒り出すかも。


 内心冷や冷やしつつも、いざとなったら同じクラスの静香と茜を誘って行こうと考え直していた瑠璃。そんな密かな夢想中に、突然開かれたドアと聞き慣れた声には、瑠璃は跳び上がりそうなほど驚いた。

 入り口には、部活中の筈の弾美が制服姿で憮然とした顔付きで立っていた。


「ありえね~っ! 部活出席者たったの4人で、ランニングだけで部活終わりになった!」

「…………帰る? それとも、お茶飲んで行く?」

「お茶飲んで、一息ついて帰ろうぜ」





 ――そんな訳で、弾美と瑠璃は今日も一緒に帰る事になりそう。







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