第8話:受け入れたい

 一次会が終わった。安藤以外はまだ飲めそうだが、鈴木が安藤を連れて帰るというと、滝も「湊が帰るなら俺も帰る」と言い出した。


「コウ達はどうすんの?」


「んー……明凛達は?」


「私は帰る」


 特に用事はないけれど、二次会に行く気分ではなかった。


「私も。明日早いんだー」


 夕菜が言う。残るはコウと明凛。


「うちだけかー……んー……どうする? コウ、二次会行く? それか、二人で飲み直す?」


「明凛がいいなら、二人がいいな」


「だよね。うちも、コウともうちょっと飲みたいけど二次会は行きたくないなーって思ってたの。行こっか」


 コウは差し出された明凛の手を取り、彼女と共に私たちに手を振り、夜の街へ消えていく。


「あの二人、なんかお似合いだよね」


 と、夕菜がニヤニヤしながら言う。コウは言っていた。恋愛対象が男性がどうかは分からないと。明凛は高校生の頃に男性と付き合っていたが、コウは元々女性だった。だけど、二人で並んで歩く姿はお似合いだ。明凛は私と違って、コウのことをすぐに受け入れた。性別が変わっても君は君だと、心から言える人だ。二人の関係がどうなるかは二人にしか分からないけれど、もし付き合うなら、応援したい。コウには、幸せになってほしい。私が愛したあの女の子の分まで。


「……鈴木」


「ん?」


「……ありがとう」


「えっ。何が?」


「さっき、大丈夫だよって言ってくれて。……ヒカリの——コウの秘密を誰にも明かさずに一人で守ってきたあんただから、信じられた。……私もあの頃あんたに打ち明けられてたら、もうちょっと、自分を好きになれてたかな」


「今からでも遅くないよ。雨夜さんはもう、女性を好きになる自分を認めて生きるって決めたんでしょう?」


 そう言って、彼は優しく笑う。本当に、どこまでも優しい。眩しい。あの時打ち明けられていたらと思ったが、きっと、あの頃同じことを言われていても私は、その眩しさに怯えて逃げていただろう。けれど、今なら大丈夫だ。今ならもう、光が差す方へ手を伸ばせる。私は一人ではないのだと、素直に思える。


「……うん。そのつもり。……私も彼女——いや、彼みたいに、自分らしく生きれるように頑張りたい」


「応援するよ」


「ありがと。……コウが鈴木のこと好きになったのも分かる気がする。私も、あんたが女だったら好きになってたかも」


「あははっ」


「本当に、ありがとね」


「うん。またね。お疲れ様」


 鈴木達と別れ、夕菜と一緒に駅へ向かう。


「……私ね、ヒカリのことが好きだったんだ」


「えっ……ヒカリちゃんが?」


「うん」


「ごめん……さっき、無神経なこと言っちゃったかな……」


「ううん。コウと明凛のことは、私もお似合いだと思う。……さっきも言ったけど、私、レズビアンなの。……女の子じゃなきゃ、駄目なんだ。ヒカリじゃなきゃ。コウじゃ……ダメなの。だから、コウが憎かった」


「……そっか。だからヒカリが殺された気分だって言ったんだね」


「うん……」


「……私も好きな人に自分は女なんだってカミングアウトされたら、今まで通り愛せないと思う。恋って、そういうものだと思う。見た目より中身だって、口では言えるけど、結局、私の恋のきっかけはいつだって見た目だから。だから……月華ちゃんの気持ち、わからなくはないよ」


「……ありがとう。でも、もう大丈夫。ヒカリとはもう会えないけど、コウの中で生きてるんだってこと、受け入れて前に進むって決めたの。レズビアンに生まれて、トランスジェンダーに恋をして可哀想だなんて言わせない。誰にも。自分自身にも」


「あ、コウくんのパクリだ」


「パクリ言うなよ。私は、コウみたいに自分らしく生きるって決めたの」


「ふふ……そっか。応援するよ。困ったことがあったら頼ってね」


「……うん。ありがとう。あんた達が友達で良かった」


「私も。月華ちゃんが友達で良かったよ。また遊ぼうね。今度はコウも誘って、四人で」


「……うん」


 こうして、私の恋はようやく終わりを告げた。半ば強制的に。だけどようやく、前に進める。


「私も恋人作るぞー!」


 叫んだ声は、夜の街に響いた。知らない酔っ払いお姉様から「頑張れよー!」と激励が飛んできた。少し恥ずかしくなってしまうと、連れと思われる女性が頭を下げた。


「全く。飲み過ぎですよモネさん」


「んふふ……ミヅキちゃん、好きだよー」


「……全く」


「ミヅキは?」


「私も好きですよ」


「ちゅーして」


「帰ったらね」


「やだ! 今!」


「駄々こねない。本当にもう……」


 そして二人はそのまま、夜の街へ消えていく。それを見て夕菜が「やっぱり同性が好きな人って、その辺にいるんだね」と笑いながら呟いた。

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