大切な彼女~初恋のひと~

 ね、ちょっとここに座って?

 ・・・・なんで、正座かなぁ?お説教する訳じゃないのに。

 足崩して。うん、胡座あぐらで。

 リラックスして、そのまま、目、閉じて。

 ・・・・うん、そのまま。


 えいっ!


 ・・・・ふふっ。

 やっと、キミのこと、ギュってできた。

 この間は、キミにギュッってされちゃったからさ。

 違う違う!

 嫌だった訳じゃ、ないよ?

 ただ、びっくりしちゃっただけ。

 だって、ずるい。

 昔はあんなに小さかったのに。

 今はもう、私の背もとっくに追い抜いちゃって。

 私なんかすっぽり、キミの腕の中に入っちゃうんだもん。


 キミのつむじが見える…ふふっ、こうしてると、私の方が背が高いみたい。

 小学校の時は私の方が背が高かったけど、さすがにこんな身長差は無かったもんね。

 え?苦しい?

 あっ、ごめんねっ!

 私の胸で窒息させちゃうところだった・・・・これくらいなら、息、できるかな?

 えー、やだよー、まだ離さないよ。

 せっかくやっと、ギュッってできたんだから。

 ちゃんとキミの存在を、感じさせて?

 間違いなく、今、ここにいてくれているって。


 え?私が見えないって?

 うん。

 そうだよ?

 見えないようにしてるの、わざと。

 だって・・・・見られると、恥ずかしいから。

 ずるい?

 ずるいって・・・・ずるいの、どっちよ?

 私だって、キミのこと思いっきりギュッってしたい。

 だから。

 しばらくは大人しく、このまま私にギュッってされてて。



 あのね。

 一回しか言わないから、このままちゃんと聞いててね。


 私ね。

 思い出せなかった間もきっと、キミのことが好きだったんだと思うの。

 ずっと、ずーっと、ね。

 おばあちゃんの所にいた時は、取り乱したりすることもなくて、落ち着いた生活をしていたし、友達もできて楽しかったけど。

 でもね。

 胸の中がずっと、モヤモヤしてた。

 何かが足りないって、思ってた。

 すごく大切なものがあるのに、それをどこにしまったのかが思い出せないような、もどかしい感じ。

 ここにね。

 胸の中に確かにあるのに、それが何なのか、どこにあるか、分からないの。

 でもね。

 こっちに帰ってきてキミを初めて見た時。

 私ね、嬉しくて泣きそうになったんだ。

 まだ、キミのことも事故のことも、全く思い出してなかったのに。

 訳が分からなかったから、自分でも、ものすごくびっくりしちゃったんだけど。

 でも。

 胸の中のモヤモヤが、スッて、無くなった気がしたの。

 きっと、私が胸の奥にしまっていた大切なものは、キミだったんだね。

 大切過ぎて、失うのが怖くて、取り出せなくなっちゃってたんだ。


 ねぇ、聞いてもいい?

 なんで、私に言ってくれなかったの?

 私とは小学校の時、仲良かったんだよ、って。

 僕のこと忘れちゃったの?って。

 キミは私のこと、分かってたよね?

 ショック、だったよね。

 だって私、キミのことだけ、覚えてなかったんだから。

 責めてくれたって、良かったのに。

 え?

 事故が原因だって、気付いてたの?

 だから、何も言わなかったの?

 私が思い出すまで、待ってるつもりだった・・・・?

 みんなと、一緒に・・・・?


 みんなも、気づいてたんだね。

 なによ、みんな優しすぎっ!

 キミも、だよ?

 体はおっきくなったけど、中身は全然変わってない。

 えっ?

 違うよ、褒めてるの!

 だから私、2回もキミに・・・・

 えっ、いやっ・・・・うん。

 私、2回もキミに恋しちゃったんだなぁって。

 ふふふっ、見えないって、いいね。

 ちょっと恥ずかしくても、ちゃんと言えるから。

 想ってること、伝えたいこと、全部。


 ねえ。

 キミも私のこと、ギュッって、して?

 やーだ、まだ離さない。

 このまま、ギュッてして!

 もっと、強く。

 もっと・・・・もっと。

 ねぇ、お願いだからもう、危ないことしないで。

 ちゃんと、周りを見て気を付けて。

 私を置いて行ったりしないで。

 ・・・・あ。

 キミを置いて行っちゃったのは、私か。

 えへへっ。

 でも、大丈夫。

 私はもう、キミを置いて行ったりしないから。

 だから、キミも約束して。

 私に心配を掛けるようなことはしないって。



 ハンカチ、結局見つからなかったね。

 残念。

 でも、大丈夫。また刺繍するから。

 四葉のクローバー。

 何色のハンカチがいいかなぁ?

 真っ白?空色?

 幸せの黄色いハンカチ?

 ・・・・なんちゃって。

 えっ?

 知らないのっ?!

 じゃ、今度一緒に観ようね、いい映画だから。

 だいぶ昔の映画だけど。


 ハンカチは、次のお休みに一緒に買いに行こう!

 ふふっ。

 初デート、かな?

 楽しみ。

 ねぇ、知ってる?

 ハンカチって、『お別れ』の意味がある贈り物なんだって。

 だからね、ハンカチはキミが自分で買った方がいいかも。

 そうしたら、そのハンカチに私が刺繍するから。

 これなら、『お別れ』にならないもんね?

 私が贈るのは、刺繍だけだし。

 それに。

 四葉のクローバーは『幸せ』の印。

 心をこめて刺繍するから。

 キミが幸せになるように。

 ・・・・え?私?

 ・・・・キミが幸せなら、私も幸せ、だよ・・・・



 ん?

 今、なんて?

 聞こえないよ?

 ・・・・えっ?

 ふふっ、聞こえないなぁ?

 もう一回、言って?

 もっと、大きな声で。

 もう一回。

 ・・・・もう一回。

 ・・・・もっと、聞きたい。

 何回でも。


 うん。

 私も。


 私も、キミのことが、大好きだよ。

 今までも。

 これからも。

 ずっと、ね。


【終】

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初恋のひと。 平 遊 @taira_yuu

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