君のもの

 「!」

 今まで使っていた楽器にない違和感を覚える。唇にフィットし過ぎず、若干の抵抗感があるのだ。本当に若干。この微妙な差がポイントなのだと思う。

 小さな穴に息を吹き込む。

 違いは、すぐにわかった。

 音の立ち上がりがはっきりとしていて、無駄な空気の音がない。音色の厚みが増して、響きも広がる。

 こんなにまとまった音を出せるとは思ってもいなかったので、自分自身が一番驚いた。

 まるで体と楽器が共鳴しているかのよう。音を出すたびに体の芯がじんじんと震える。ちゃんと証拠だ。

 もしかして、リッププレートの抵抗感がそうさせているのか。

 ふむと言わんばかりに、福岡ふくおかくんは私の出す音に耳を傾けた。

「聴いている方としては音は良いけど、演奏する側として音が出しにくくないですか?」

「…………」

 私は開けっぱなしの口から言葉が出ないまま、ひたすら彼を見つめる。言葉にならない感情をどう表現しようか。

眞野まのさん?」

 不安げな表情になる彼を見つめたまま、一旦楽器をゆっくりテーブルに置いた。傷をつけないように。転がってしまわないように。

 わなわなと震える体。その体の内側で噴火しそうな感情を抑制する。

 なにかを察した彼は、キュッと眉を寄せ、再び名前を呼んだ。

眞野まのさん、もしかして吹きづらかったですかね……?」

「いーーーーえ!」ガシッと、彼の両手を掴む。

「すっっっっっっごく良いよ!」

 ぶんぶんと上下に振って、今までに感じたことのない、音を出した瞬間の感覚を表現する。

「私、ずっと初心者向けのモデルを使ってたんだけど……なにが違うの? 私のもハンドメイドだったけど、SRモデルもそうだよね⁉︎」

「そうですね。モデルの違いがあるとしたら、グレードによって洋銀製か総銀製か……一番わかりやすいのはその辺りでしょうか。ちなみにSRは総銀製ですね」

「楽器に使われている銀の量……⁉︎ 銀のなせる技なのかぁ! 凄く音が出しやすい! 感動どころじゃないよぅ‼︎」

「気に入ってもらえたなら嬉しいです」

「なにこれなにこれなにこれ……! いや、ただの楽器なんだけど……いやいやいや、ただの楽器じゃないよね。これって、やっぱりshow先生とか福岡ふくおかくんも吹いた楽器?」

「あー、こっちのは先生のお下がりじゃないんで、俺しか吹き込んでないです」

「ええええ! 本当? 癖が強い演奏者が使った楽器って吹きにくくなるもんだけど、こんだけ吹きやすいってことは……」

 ジッと彼を見つめる。もうキラキラとした眼差しで。

「な、なんですか?」

 テンションの高い私に引いてることにも気づかず、私は腕をブンブンと振った。

福岡ふくおかくんがすっっっっっっごくフルートが上手だってことだよ!」

 ニッコリ。自然に笑顔が出た。

 彼も驚いたように少し目を大きくしたが、すぐに目を細くし、微笑み返してくれた。私の褒め言葉を、素直に受け取ってくれたように。

「凄く楽しい……もっと吹きたいって思う楽器は初めて」

「じゃあ相性が良いなら、その楽器でいきますか。日付が変わっちゃったし、今日はもう寝て、また明日の朝から頑張りましょ」

「うん! そうだね。明日早く起きなくちゃ」

 彼の言う通り、私もこの楽器との相性が良いと思った。

 ここまで相性がよければ、明後日の本番はどうにかなるかもしれない。

 とはいっても、実質練習できる日は、たった一日。不安は拭いきれない。

 でも、高まる鼓動。ドキドキとワクワクが止まらない。

 こうやって新しい楽器に触れ合うと、また楽器が欲しくなっちゃう。お父さんに買ってもらったフルートが直らないだろうから、たぶん買うようにはなるだろうけど。

 次に買うメーカーを同じムラアツにするのもいいけど、今、福岡ふくおかくんが使ってるアルトスも吹いてみたいなぁ。

 こんな時に楽しみができちゃうとは思わなかった。胸元がほかほかして温かい。

「ふわぁ〜楽しい〜」余韻に浸っていると、申し訳なさそうに声を掛けられる。

「あの」

「はい?」

「手、離してもらってもいいですか」

 楽器を片付けたいんで。

 そう言われて赤面し、パッと手を離した。

「ごめんなさい」

 即、土下座。

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