第26話 エンターテイナー

「どうだ、なにかいいアイディアは思いついたか?」


 そこそこの混み具合といったところのファミリーレストラン。その一席で、難しい表情をした若い男が同席者へ問いかけた。

 しかし誰もが無反応。それどころかばつの悪い顔で目を逸らす始末だった。


 テーブルに着くのは四人の男達。彼らはバンドを組む仲間である。その名前は「THE ENCOUNT BOYS」というものだった。

 ボーカル担当、真面目なリーダーのヒリュー。ギター担当、強気な自信家のタツミ。ベース担当、心配性で和み要員のロッチー。ドラム担当、寡黙で無愛想なナガノ。

 彼らは高校時代からバンド活動を続け、数年前にデビューも出来たが、鳴かず飛ばずだった。

 だからこうして毎日のように売れる為の相談をしている。忙しくないので時間だけはあるのだ。生活費の為のバイトや演奏の練習の時間を差し引いても。


「どうした? 俺達のバンドの事なんだぞ?」


 リーダーのヒリューが再度口を開いた。語気が強くなっていたが、それは仲間への苛立ちというより焦りからくるものだった。

 ただ、それが小さな反発心を生んでしまう。

 待ち望んだ反応は、不貞腐れたような顔のタツミが鼻を鳴らして始まった。


「はん。んなもん何もねーって。アイディアもなにも、売れるには良い曲出すしかねーだろーが。こんな時間に意味ねーよ」

「オイ、なんだその態度は。本気で上に行く気はないのか」

「だーから、上に行きたきゃ小細工に頼るなって言ってんだろ」

「ま、まあまあ。落ち着いてよ二人とも。建設的な話をしようってば」

「……建設的、か」


 売り言葉に買い言葉。険悪になりかけた雰囲気をいさめようとしたロッチー。

 そこへ急に口を挟んだのがナガノだ。彼はマイペースに持論を投げかける。


「……なら、改名はどうだ? 不謹慎とか言われるだろ?」


 バンド名「THE ENCOUNT BOYS」。ナガノの言う通り、この名前は少々トラブルを抱えていた。


 突如人類にもたらされた異変、エンカウント。

 それは時間の経過に従って徐々に人々の生活に馴染んできた。とはいえ、大きな被害をもたらしたそれに悪いイメージを持つ者は多い。

 その為「不謹慎だ」、「話題作りの為につけられた名前だ」と非難する声があるのだ。


 だが、それは断じて真実ではない。

 タツミは気分を害したような不満顔でナガノにつっかかる。


「あん? 名前のせいにしてんなよ。それに、俺たちゃあれより何年も前から使ってんだろ。今更変えられっか」

「意地張ってる場合なのか。俺はこういう手もアリだと思うぞ」

「改名したところで売れる保証ねーだろーが。小細工考えるより中身をなんとかしろよ」

「そ、それはそうかもしれないけど」

「……いや、小細工も重要だろう。見た目も売れる要素だ」

「だからって今までの名前は捨てんのか。プライドってモンははねーのかよ!」

「俺も出来るなら変えたくない。でも可能性があるなら試すべきだろ」

「こんなもん無駄だろ。ヒット曲で黙らせりゃいーんだよ。作曲に時間使った方がマシだ」

「オイ、待てよ!」


 制止の声も聞かずタツミが吐き捨てるように言い残し、乱暴に席を立つ。


 だが、店を出る前に、全く違う場所へと案内されてしまった。バンドメンバーや、他の客ごと。






 勿論、突如発生したのはエンカウント。

 店内にいた十数人は、空も地面も暗く、見える色も空気の肌触りも気味の悪い魔界に移動していた。


 そして魔物はこの魔界においても尚不気味な姿だった。

 黒々とした体躯に、立派な山羊の角。深い穴のような双眸からは生き物らしさを感じない。

 まさに悪魔めいた様相。更には禍禍しい意匠の槍を持っており、強烈な害意を伴う威圧感すら叩きつけてくる。


 店内にいた客や従業員。多くの人間がその特異な雰囲気に呑まれていた。不安げに目線を交わし、互いの恐怖感を共有する。

 これまでの魔物とは違う事を察していた。

 そんな中に、場違いな飄々とした声が響く。


「あ、下がってていいっすよ。俺らだけで十分なんで」


 バンドメンバーのタツミだ。他の客達と違い、この異常なケースにあっても至って平然としている。

 三人のメンバーも同様。やはり恐れなく前に進み出た。余裕すら窺える風格を備えて。


 客や従業員は呆気に取られるばかりだ。

 本当に戦わなくていいのか。四人だけで大丈夫なのか。人手は必要ではないのか。

 数々の疑問に、心配や不安それから呆れが渦巻く。だが、あまりに堂々とした若者四人の態度に、誰も行動を起こせなかった。


 そして戦闘は始まった。

 先頭は長剣を持つヒリュー。少し後ろに盾と戦斧を携えたロッチーと二本の短剣を使うナガノ。弓矢を構えるタツミは後方に残る。


 走る三人と待ち構える悪魔。

 先手はリーチのある魔物の方だった。

 威嚇するように得物をブンブンと回し、そして爆発的な勢いで踏み込んだ。荒々しい風を伴って豪快な突きが放たれる。

 しかしそれは空気を荒らしただけの、空振り。

 ヒリューは槍より下へと、体を低く沈めてかわしていた。

 そして彼が通ったのと同じ軌道を、高速の矢が通過。寸前まで目隠しされていたそれが魔物の腕に命中する。

 僅かな、しかし確かな痛手。空虚な眼が己を傷つけた射手を見やる。


「ふっ!」


 そうしてできた死角から、気合いのかけ声が響く。

 地を這うような姿勢のまま、ヒリューが魔物の足元を斬りつけていた。

 真っ先に対処すべきは、射手よりも近い害敵。魔物の視線が今度は背後に向く。

 その直後、無防備な背中に二筋の裂傷が生まれた。ナガノの短剣が作ったものだ。そして更に二本目の矢が突き刺さる。


 連続攻撃による翻弄。歪な槍はその先端をさまよわせる。

 だが、当然いつまでもそのままではいない。悪魔の反撃がくる。

 狙うは一旦退いていたナガノだった。他を斬り捨て、豪快に嵐を纏う一撃を放つ。

 甲高い衝突音。

 それは被害者を捉える前に生じた。背後のヒリューが勢いが乗る前に剣を当てていたのだ。

 勢いの弱まった槍を、割り込んだロッチーが盾で受け止める。地面に跡を残しつつも、安定した姿勢を保った。

 が、すぐに長い脚での蹴りが飛ぶ。武器ではなくとも、やはり強烈。こちらは衝撃を殺しきれず、尻餅を着いた。


「ごめん、頼んだ!」

「ああ!」


 短い、簡潔な受け答え。

 それで彼らには伝わる。

 フォローの為に動きが変わった。ナガノとヒリューが積極的に攻撃――をする振り、つまりフェイントで注意を引き付ける。騙された魔物は豪快に空振りするばかり。

 そうして稼いだ時間の内にロッチーが起き上がった。

 そして、本来の形が再開。


 軽快に斬撃を繰り出すナガノ。簡単に真似出来ない手捌きで彼が刻んだ傷はすぐに数え切れない域に達した。

 ヒリューが動き出しに攻撃を合わせ、相手の出鼻をくじく。タイミングを見切り正確に合わせるべく、高い集中力を常に維持している。

 威力の削れた攻撃を、体を張って防ぐのがロッチー。前回の教訓から蹴りや頭突きにも警戒しており、もう同じヘマはしない。

 タツミは位置を変えながら途切れずに矢を射って、着実にダメージを与え続ける。時に死角から、時に仲間達の隙間から。一矢たりとも外さすに命中させ、気を散らす。


 全員がそれぞれの仕事をこなし、結果相手に思う通りの行動をさせていない。それぞれ息のあった、他人が決して割り込めぬ緻密な連携である。

 ただしこれは、少しのミスが命取りの危険な戦い。そんな困難を可能にしているのがバンド活動で築いてきたチームワークだった。

 魔物と同様に四人も消耗しつつも、均衡を保って戦闘は進んでいく。


 それが崩れた瞬間は、金属が砕ける音によって知らされた。


「あ、ぐうっ!」


 くもぐった声が空気を痛々しく震わせる。

 魔物の槍がロッチーの盾を割り、鎧さえも貫通したせいだった。綺麗に受け止めてはいたが、ダメージはずっと蓄積していたのだ。

 仰向けに倒れ込むロッチー。腹に負った傷のせいで苦しみ、立ち上がる事が出来ない。残る三人にも大きな動揺が走った。

 だが相手にとっては、やっと巡ってきた絶好の機会。魔物は勇んで追撃の刺突を繰り出す。


「させるかっ!」


 こうなっては技術も連携もない。

 ヒリューは魔物の槍に、自らの剣を正面から打ち合わせた。弾かれはせず、鍔迫り合いに発展。辺りに衝撃が散っていく。

 力の勝負。分は悪い。

 怪力で押され、足元が滑る。ヒビが入り、砕けていく剣。どれだけ足掻いても、武器の限界がタイムリミットだった。


 その窮地を救ったのは、鋭い風切り音。

 正確に放たれた矢が悪魔の右目を潰す。次いで短剣が肩を裂く。苦悶を感じられる奇怪な不協和音は、魔物の呻き声か。

 二人の活躍で圧力が弱まった。


「ふうぅ……はああっ!」


 ここが踏ん張りどころ。

 そう判断したヒリューはもう一歩踏み込み、咆哮。全力を込めて、力の限り剣を押し出す。

 結果、魔物の槍を明後日の方向へと弾いた。

 ただしその衝撃で、ヒリューの武器は完全に砕けてしまった。


 驚きながらも達成感のある表情のヒリュー。

 彼の視界に、投げられた何かが入った。じりじりと落下してくるそれは――戦斧。仲間からのメッセージ。

 ヒリューの理解は早かった。

 戦斧の柄を宙で掴み、逆袈裟に振り上げる。抵抗を感じながらも肉を裂き、最後まで振り切った。

 悪魔の体躯に刻まれたのは、無数の傷の中でも一際大きな裂傷。


 致命傷を負った魔物の体はゆっくりと下がっていき、地面にぶつかって振動を起こす。そして恨みや憎しみの感情に似合う、重く低い声を響かせた。

 それが、悪魔の断末魔だった。


「終わったな」


 リーダーの一言には、当然だと言わんばかりの不敵な笑みと、安堵のため息と、満足げな頷きが返される。

 彼らは本当に四人だけで魔物を討ち果たしたのだった。






 場所は再び、明るいファミリーレストランの店内。

 エンカウントを終え、精神的に疲れていたバンドの四人は一息をついた。

 ただ、そうなれば現実的な問題が待っているのだ。


「……あ、そうだ。タツミ――」


 ヒリューがエンカウント直前の状況を思い出し、再びタツミを呼び止めようと声をかけた。

 が、タツミは呼びかけとは違う理由で立ち止まった。


 他の客や従業員による、割れんばかりの歓声と拍手喝采が耳を突き抜けたのだ。

 ファミリーレストランでは本来あり得ないもの。

 こんなあり得ない事態を巻き起こした原因はバンドの四人である。彼らがエンカウント中に見せた、滅多に見られない程見事な連携に客達は魅せられたのだ。


 当の四人は面食らっていた。自分達の戦闘が他人にどう写るか自覚していなかったからだ。

 彼らは時間があったからいつも四人で行動していて、エンカウントも一緒に巻き込まれる事が多いので連携が自然と磨かれただけなのだ。


 絶賛するギャラリーと困惑する四人。対照的な空間の中、ヒリューは戸惑いながら呟く。


「……これ、ライブの時より盛り上がってないか?」


 否定意見を唱える者は、残念な事にいなかった。






 きらびやかなステージに鳴り響く爆音。充満した熱気は数ある照明の熱にも負けていない。

 そこは満員の観客が興奮気味に酔いしれる、大きなライブ会場だった。

 その主役は「THE ENCOUNT BOYS」という四人組のバントだ。

 衣装は革や金属の鎧。楽器類もオリジナル。ファンタジーめいた格好で楽器を奏でつつ、ほぼ殺陣に近い見事な動作で観客を魅せる。


 衣装。歌詞。パフォーマンス。

 演奏以外のそれら全てにエンカウントの要素を盛り込み、再現したスタイルにした結果、話題になり、注目され、評判を呼び――

 遂に彼らは人気を博すことになったのだった。

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