第5話 守護者

 ――なんか弱そう。


 遊具が少なく、さほど大きくもない公園に、年齢のバラバラな集団がいた。七人は子供であり、ランドセルを背負っている事から小学生だと分かる。

 その中の一人――生意気そうな顔つきをした六年生の少年が、三人の「護衛」を初めて見た感想はそんなものだった。

 ガッカリ、と深く落胆。「護衛」というイメージから抱いていたような頼りがいは、彼らから全く感じられなかったのだ。


「えーと……まあ、よろしく」

「皆、はーくんと仲良くしてくれてるかしら?」

「こんなじじいじゃが、しっかり役目は果たすから安心してくれんかの」


 ヘラヘラした高校生、ふくよかな体型の中年女性、腰の曲がった老人。

 三人共、集まった子供の父兄であり、そして子供達が小学校まで安全に通う為の「護衛」でもあった。


 事の発端は世界の改変である。

 魔物との戦い――エンカウント(この呼び名は元々ネット上、若者の間で自然発生したものだが、いつしかマスコミでも使われるようになり、やがて一月もかからず世間に定着していた)は時も場所も、そして人も選ばない。もし周りに子供しかいない時に発生すれば、彼らだけで魔物と戦う事になってしまうので危険性が跳ね上がるのだ。

 その為、エンカウントが起こるようになった後、しばらくはどの教育機関も休校状態だった。

 だが、それがいつまでも続いては社会に未来は無い。教育機関の再開は様々な問題の中でも優先順位の高い事項だった。

 中学生以上は自身でも解決できるのでは、とさほど間を置かずに再開されたが、小学生はそうもいかない、と様々な案が議論されていた。

 スクールバスの導入が検討されたが、もし運転手が死亡した場合二次災害が起こると却下された。通信教育を主流とすべき、との意見も出てきたが反対意見や問題も多く、実現されてはいなかった。


 そこで取られた対策がこの制度。

 まず小学生は地域ごとに集団で通学し、それについていく大人がエンカウントの際に彼らを守るというものだ。

 時には公務員が派遣される場合もあるが、基本的には地域の父兄が役目を負う事と決まっていた。無報酬のボランティアを強制された形となるが、子供の安全の為とあって文句は少ない。

 応急処置めいた案であったが、特に問題がなければ今後も続ける予定になっている。


 この日は小学校の再開初日、そして護衛制度の開始初日でもあった。

 公園に集合した子供達は護衛の三人へ口々に話しかける。実に子供らしい、無邪気で遠慮のない言葉を。


「えー、にーちゃんといっしょなのー」

「どうせなら他の人がよかったなー。みっちゃん家のお兄さんとかー」

「お母さん、みんなの前ではーくんはやめてよ!」

「べつにいーじゃん。てれるなよー」

「おじいちゃん。むりはしないでね。かっこつけようとしなくていいからね」

「ねー、本当にたたかえるのー?」


 不満や心配を口にされても、護衛の三人は和やかに受け応えている。元々が家族かご近所さん、打ち解けるのに多くの時間は必要なかったのだ。

 ただしそれは、一人を除いての話。

 その一人は賑やかな輪に入らず、少し離れたところからジッと集団を睨んでいた。六年生の少年である。

 彼は近所の子供の中ではリーダー格だった。その上クラスでも中心人物。年の割に体格が良く、体育の授業でも常に活躍している。

 だから彼には大きな自信と強い責任感があった。頼りにならない護衛なんかよりも、ずっと役に立てると思っていた。

 だから彼は護衛を信用せず、強く固く決意する。


 ――下の子達は、僕が守らないと。


 そして集団は出発した。

 彼らは賑やかに話をしながら通学路を進んでいく。それは温かくてほのぼのとした、平和な光景であった。

 だが、平和を打ち壊す異変は、いつだって唐突に起こるもの。

 少年の決意を試される時が、本当にやってきたのだ。






 集団の全員が同じように味わったのはフワリと体が浮き、直後に着地する感覚。

 エンカウントの発生だ。

 辺りの光景は凶々しい色の空と大地、魔界へと変わっている。

 ここに来た事で、一行は皆戦士の姿に変化した。

 少年の服装はピカピカの鎧姿になっており、幅の広い剣が腰の鞘に収まる。他の子供達もまた、それぞれに子供サイズの装備品を見に纏う。

 そして護衛の三人が護衛らしくなっていた。高校生はナイフ使いの盗賊、女性は弓矢を持つ狩人、老人は槍を構える武芸者といった格好である。

 なんとも無秩序な集団ができあがっていた。


 彼らから少し離れた場所には、倒さねばならない魔物が立っている。

 豚が二足歩行しているような姿だ。体長は高校生と同じ程度。手には雑な造りの棍棒がある。豚らしからぬ獰猛そうな目つきで獲物を見据えていた。


 そんな魔物を見た少年は簡潔な感想を抱いた。


 ――あんまり強くなさそう。


 相手は豚、自身は格好良くて強そうな戦士の格好。大きな差を感じ、少年は気分が昂る。

 これなら危険もなく、すぐに片付くだろう。

 しかし護衛の三人は武器も構えていなかった。それどころか魔物に背を向け、なにやら話をしている。


「皆、危ないから下がっててね」

「上の子はちゃんと下の子の面倒を見るのよ」

「大人しくしてるんじゃよ」


 下の子供達を集めて呑気に注意を促し、それに子供らしい元気な返事が応えた。まるで遠足のようなやりとり。和やかな空気で笑っている。

 だが少年は違った。


 何をのんびりしているんだ、と苛々しながら眺めていた。

 きっと怖じ気づいたんだ。そう決めつける。

 やっぱり頼りにならない。そう確信する。


 ――あんなのなら自分でも戦える。


 最終的に出てきたのはそんな結論。

 だから少年は護衛に見切りをつけ、自分で倒す事に決めた。


「やあああ!」

「え? あ! ちょっと、待つんだ君!」


 制止の声を背中に、小さな戦士は思いっきり駆けた。

 普通なら重い鎧と剣でそんな事は出来ない。しかしこの姿は魔王の術による、戦士の姿。重装備でのダッシュなど朝飯前の芸当だった。


 魔物も少年の突撃に反応し、棍棒を振り上げて迫ってきた。

 奇怪な鳴き声を発し、ドスドスと重い音を響かせる。見た目に反し、決して動きは鈍くない。互いの距離はグングンと縮まっていく。


 そんな多大な破壊力を秘めるであろう突撃を見ても、少年に恐れはなかった。


「はああっ!」


 少年は気合いを込め、真正面から剣を降り下ろす。

 速度が乗った豪快な一撃。彼は魔物の両断を確信した。


 が、


「えっ……?」


 少年は信じられないと言葉を無くした。

 自信のあった一撃は棍棒で簡単に弾かれてしまったのだ。

 しかもそれだけでは済まない。弾かれた剣に体が引っ張られ、たたらを踏んでしまった。更に腕も痺れている。

 そうして無防備になったところに、重い前蹴りが入る。強烈な衝撃により、小さな体が宙を飛んだ。


「うっ!」


 少年は呻き声と共に肺の中にあった息を吐き出し、不気味な地面に倒れる。

 苦しい。でも立てない訳ではない。戦えない訳ではない。

 まだ戦える。


 ――反撃だ。


 少年は急いで起き上がろうとして、しかしその光景を見た。


「あ……」


 魔物がすぐ目の前にいて、棍棒を振りかぶっている。絶体絶命の光景だ。

 駆け出してからここまで三十秒も経っていない。あっという間の、実に情けない敗北。


 少年はここで初めて恐怖を感じた。

 全身が言う事をきかない。寒くもないのに震えが止まらない。

 体の振動により鎧が音を立てて酷くうるさい。それ以上に激しく鳴る心臓の音が酷くうるさい。

 少年はやかましい現実から逃げるように、強く耳を塞ぎ目を閉じる。長い長い時間が過ぎていく。


 そして、自分以外の立てた音が、少年の作る騒々しい音を振り払った。


「ヴギェアァ!!」


 嫌悪感を与えてくる甲高いそれは魔物の悲鳴だった。

 恐る恐る目を開けると、魔物には矢が刺さっていた。フラフラとよろめいてもいる。

 護衛の女性の一射だ。

 そうと理解した頃には、既に事態は移り変わっている。

 魔物の右側に生じた新たな影。高校生が素早く走り込み、ナイフで腕を斬りつけた。痛みのせいか、魔物は棍棒を落とす。

 そして最後に割り込んだのは老人。

 槍の柄の端、石突きで顔面を打ち払い、魔物を更に数歩後退させた。


「うむ、練習通り。このままとどめじゃ!」

「分かりました!」

「はいはーい」


 三人は声を掛け合い、速やかに追撃の予備動作へ移る。女性は矢をつがえ、高校生は腕を引き、老人は槍を握り直す。

 その、次の瞬間。

 矢が魔物の頭部に命中し、ナイフが脇腹を斬り裂き、槍が胸を貫いた。

 華麗な連携。三人の連続攻撃に魔物は耐えられなかった。無様な鳴き声を発し、仰向けに倒れる。

 あっという間の勝利。これもまた、三十秒以内の出来事。


 それを少年は、ただただ見ている事しか出来なかった。






 少年が呆けている内に、一行は街中へと戻っていた。無事に魔物を倒せたからである。

 ただ精神の方は無事ではない。少年の心臓は未だにバクバクと暴れていた。


「大丈夫だったかのう?」


 そんな少年へ、老人が穏やかに尋ねてきた。本当に心配していると伝わる優しい口調で。


 しかし少年は厚意に対し、黙っていた。

 自業自得。危ない目に遇ったのは、調子に乗った自分のせいだと理解していたからだ。

 後悔と、反省。

 沈黙の中にそれらを見た老人は笑みを深くする。


「分かってるみたいじゃのう。一人で勝手に動かない。危ない事は大人に任せる。もう、覚えたかのう。これもまた、勉強じゃよ」

「……うん」


 少年はうつむいたまま返事をした。

 怒った顔で叱られるより、この方が心に深く突き刺さる。後悔も反省も、より深くなっていた。


「じゃがな」


 老人の話は続いていた。今度は何を言われるのか、と少年がビクッとする。

 しかしそれは杞憂。老人が次にしようとしたのは、叱責や説教ではなかったのだ。


「君には勇気がある。それは悪い事じゃあない。大切なのは使い方じゃ。いつかその時が来たら、今度はちゃんと間違えずに使うんじゃよ。そうすれば……君はもう、護る側の人間じゃ。これも、覚えてくれるかのう?」


 老人は優しげな顔から、真剣な顔になっていた。声にも厳しさが増している。

 これは守るべき子供ではなく、対等な相手に話すような態度。

 期待に、信頼。熱い感情を呼ぶ、温かいエールだった。


 その時が来たら。

 それはまだまだ遠い話だ。少年はまだ何年も護られる側であり続けるだろう。

 それでも少年は、決して忘れぬように、強く固く誓う。


「はいっ! 覚えますっ!」


 そう答えた年相応の元気な返事に、もう傲慢な自信は存在しなかった。

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