夢見の飴屋 下

「夢見の飴屋……?」

 穏やかそうなおばあさんは笑みを絶やすことなく頷く。そういえば、僕はどこを目指していたんだっけ?

「君はここに来たいと思っていたんだろう? 嬉しいものだねぇ、飴しか売ってない小さなこの店に興味を持ってくれるなんて」

「僕は、ここに……」

 ごちゃごちゃ考えるのは苦手なんだ、と再確認し、ゆっくり一つずつ記憶をたどっていく。

 「僕は、そうだ。僕は飴屋に行きたくて……ここがその飴屋なのか?」

 「ええ、そうよ。ここは奥の部屋だけどね。店に行ってみるかい?」

 とりあえずコクリと頷いた。僕は立ち上がったおばあさんを見上げてついていく。まだ頭の中がぐちゃぐちゃだから、整理しながら。

 ばらばらだった情報が一つになっていくのを体感する。鮮明に目的が見えてきたところで、なんだかすごいことが起こったのだと理解した。僕は滝つぼに飛び込んで、命を落とす寸前でこのおばあさんに助けられたのだろう。それとも、実は本当に死んでしまってい

て、ここは天国だったり? まあいい。僕はこの飴屋でほしいものがあるのだ。

 「あのっ! ここに売っている飴は、どんな夢も見せてくれるって本当?」

「ああ本当さ。さあ、ここがお店だよ」

 わあ、と思わず声が漏れてしまった。それはあまりにも美しい光景だったから。色とりどりの飴玉が、店の中の棚全部を埋めている。こっちにあるのは半透明で、あっちには模様がついたもの。真ん中のテーブルの上には半液体と割りばしが一緒になっているものや棒つきのかわいいパッケージ。瓶に詰められた飴たちはビー玉のように太陽の光を反射して輝いている。

「これ全部食べられるの?」

「うちの飴は誰でもおいしく食べられるよ」

「僕でも?」

「もちろん」

 上の方の棚にある宝石みたいな飴玉が見てみたくて、必死に背伸びする。けど、僕の小さな体じゃちっとも見えない。それを悟ったのか、おばあさんは僕の体を軽々と抱き上げてくれた。

「君はどんな飴を探しているんだい?」

 お店の中をゆっくり歩きながら、僕にそう問う。キラキラとかつやつやとかコロコロとか、いろんな言葉が似合いそうな飴たちに目を奪われて忘れていたが、おばあさんのおかげで思い出した。さっきから僕はすごく忘れん坊だ。

「お星さまみたいな飴なんだ。とっても甘い匂いがして、カラフルなやつ」

「そうすると……これかい?」

 おばあさんが見せてくれたのは、紛れもなく僕が探していたものだった。小さな花が集まって咲いているようなその見た目はとても愛らしく、食べてしまうのがもったいないほどだ。実物を見るのは二回目である。

「これはね、金平糖というんだよ。飴に近いけれど、どちらかというと砂糖菓子という方がしっくりくるかもねえ」

「僕、これ買うよ。いくらになるんだ?」

 手持ちは多いとは言えないが、さすがに一粒くらいなら買えるだろう。僕は見たい夢があるんだ。そのためにここに来たんだから。

「日本円だと小さい袋一つ十円で売っているけれど……君が持っているのは円じゃないね?」

 持ってきた石を置いて見せた。僕の住む場所の近くに、河原がある。そこで拾ったきれいなものだ。中には淡く光って見えるものもある。これが僕の持つほとんどの財産だった。

「一粒でもいいんだ。これじゃ足りないか?」

「いいや、十分だよ。この石一つと袋三つで成立としよう」

 結局全部で袋九つと交換してもらい、おまけにビー玉みたいな飴玉を一つくれた。

「いいかい。飴を口に入れたら目を閉じて十数えるんだよ。思いが強ければ強いほど、素敵な夢を見せてくれるからね」

 「うん! おばあさん、本当にありがとう! 僕、これ、大切に食べるよ」

 帰ったら早速一つ食べてみよう。もしかしたら待ちきれないかも。ああ、早く君に会いたいな。あの雨の日、僕にこの金平糖というお菓子をくれた君に。せっかくくれたから大切にとっておこうとしたら、アリさんに持っていかれてしまったのだ。僕は怒っていじわるしようとしたけど、一生懸命働くアリさんを見たらその気がなくなってしまって、君への思いだけ取り残されてしまった。それを、この飴屋ならきっと叶えてくれると思って。

「また来てもいい?」

「また崖を飛び降りるかい?」

「う……別の方法を考えるよ」

 もう一度ありがとうを伝えて、お店を出た。すると不思議なことに、そこは崖の上に続く階段があった。しかも大きな滝は見当たらない。本当にどうなっているんだろう? まあいいや。今ならあの階段もルンルンで登れそうだ。

 

 *

 

「かわいい子猫のお客さんだったねえ。いつ開店するか分からないという噂があったみたいだけど……うちはお客さんが来たら店を開けるスタイルだから、いつ来てもいいって知ってもらいたいね。それに、どんなお客さんでも大歓迎だ。たとえ人間でなくても、ね。さあ、次のお客さんが来たみたいだ。ここは夢見の飴屋。うちの飴は、どんな夢も見せてくれる不思議な飴だよ。あなたも、お一ついかが?」

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夢見の飴屋 和水まつりか @matsurika-0703

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