第12話 約束の宝石

 拾い集めた枝木を集めて、焚き火をする。

 パチパチっと燃え上がる火勢かせいはオレンジ色の火花を散らしていた。

 夜闇に舞っては消えゆくその色に、リタは少しだけ感傷を浮かべる。

 向けた視線の先で、今は亡き大切な人たちの笑顔を思い浮かべて――。


「ほらよ、リタ。焼けたぞ」


 少しだけ俯いてしまった心を、無理やり隠して顔を上げる。

 エイトールが焼けた鹿の肉を骨ごとこちらへと差し出していた。

 冒険者の経験があるエイトールには、動物の解体や簡単な料理の知識もあるらしい。


「ありがとう、エイトール。何からなにまで、お前に頼りっぱなしですね」

「いいってことよ。俺たち友達だろ!」

「……友達」

「え、なんでそこで言い淀んじゃうの!? もしかして思ってたのは俺だけってやつ? やべぇ、恥ずかしくて死んじゃう! 一国の姫様を友達なんて呼んじゃってすみません!」

「え、あっ、違いますよ、エイトール!」


 エイトールが顔を真っ赤にして謝るのに対し、リタは必死に首を横に振る。

 否定なんてしてたまるか。

 こんな素敵な人が自分のことを友達と呼んでくれたのに、その手を振り払うことなどできるはずもない。

 でも――。


「私は皇女であることを隠して学園生活を送っていた偽りのクラスメートです。だから、皇女であることを明かした今、私のことを友達なんて言ってくれる人はいないと思っていました」

「なんだ、そんなことか。だったら俺だって王子ってことを黙ってたぜ」

「ふふっ、なら私たちは嘘つき同士ですね」

「だな! 嘘つき同士の友情に乾杯だ!」


 そう笑いながら、ふたりは水の入ったカップをぶつけ合う。

 カップはそこらへんの石を削って作ったお手製。

 水はリタの水魔法で作り出したもの。

 大気中の水分を集めて作り出す水魔法の水はほこりを大量に含んでいるので衛生的によくはないのだが、脱水の方が症状としては恐ろしい。

 あまり量を飲まないように注意しながら、エイトールたちはコップに口をつける。


「ぷぱーっ! 今日は走りっぱなしだったから水が美味いな!」

「飲みすぎてはダメですよ。こんな森の中でお腹が痛くなっても困りますから」


 注意をしながらも、リタの顔には微笑が浮かんでいた。

 こんな恐ろしい森の中だというのにいつも通りの……それこそ、学園にいたときと何も変わりのないエイトールのことが少し可笑しかったからだ。

 と、そこでリタはじっとエイトールを見つめる。

 思い詰めたその顔に、鹿肉を食べていたエイトールが首を傾げた。

 が、すぐに何かを思いついたのかリタに背を向けて――。


「ほら、俺は後ろを向いてるから今のうちに茂みの方に……」

「トイレではないのですよ! お前は本当にデリカシーがないですね!」


 真剣な空気をすぐにぶち壊すエイトールに、リタが癇癪かんしゃくめいた怒声を飛ばす。

 あまりの剣幕けんまくに「す、すまん、リタ!」と手を合わせて謝るエイトールだった。


「じゃ、じゃあ、何の話だよ?」

「……お前の顔はまだオフェーリア派にバレていないはずです」

「……?」


 やはり言葉の意味がわからず、首を傾げるエイトール。

 その疑問の顔に、リタは続けて真剣な口調のまま――。


「引き返すなら今のうちです、エイトール。これ以上お前を巻き込むわけには――」

「はあ?」


 リタが言い終わる前に、エイトールは呆れた声で割り込んだ。


「バカかよ、お前。友達をほったらかしにして帰るわけねぇだろ」

「で、でも、この旅はもう命懸けです! 仲間なんていない! どこに敵がいるかもわからない! そんな中で私を助けてくれるだなんて、友達だからという理由だけでは納得できませんよ!」


 リタは怖かったのだ。

 女帝である母が死んだ。

 大好きだった家庭教師であるルミエラが死んだ。

 これ以上大切な人が死ぬところなんてみたくない。

 たとえそれで皇帝としての道が途絶えることになったとしても。

 リタはエイトールに生きて欲しい。

 ただ、それだけの叫びが夜の森に響いた。


「いや、理由なら他にもあるぞ」


 だが、そんな細やかな願いはあっさりと裏切られる。

 エイトールが取り出したのは、黒い箱。

 その中に入っているのは、小さな石。

 焚き火から漏れ出る明るさを透かし取り込んだ、優しく輝く宝石だった。


「約束しただろ。俺の初作品をもらってくれるって」

「……それを受け取ったら、エイトールは帰ってくれるのですか?」

「嫌だよ。絶対にお前を帝都に送り届ける」

「な、なんでっ!」


 悲鳴にも近い問いに、エイトールが笑顔で答える。


「俺の夢はただの宝石職人になることじゃねぇ。俺の宝石をもらった人はみんな幸せになる、そんな魔法みたいな宝石を作る職人になりてぇんだ!」


 その瞳に輝きを宿しながらエイトールは言う。

 それは小さな子供がヒーローに憧れるかのような。

 女の子が絵本の中のお姫様に憧れるかのような。

 そんな純粋無垢な光を閉じ込めた願いだった。


「だからリタには幸せになる義務がある。俺の宝石をもらうって約束したからには」

「……そんなの勝手ですよ。我儘で無茶苦茶で、一方的な要求です」

「俺が聞き分けのいい優等生に見えるか? お前の残された役割は、王子様によって完膚かんぷなきまでに救われるお姫様ってポジジョンだけだ!」


 なんせこっちは本物の王子様だからな、と笑いながらエイトールは言う。

 リタには理解できなかった。

 無謀な夢のために無駄に命を賭ける、その意味がわからなかった。

 でも、温かいと思った。

 エイトールの声が。

 エイトールの笑顔が。

 思わず目を伏せてしまうほど輝かしい、エイトールの夢が。

 素敵だと思った

綺麗だと思った。

 叶って欲しいと、心から思った。

 そして厄介なことに、その夢の成就じょうじゅには自分の幸せが絶対条件であるらしい。


「……本当にお前は、自分勝手なやつですね」

「おう! 俺にぜんぶ任せとけって!」


 その能天気な声が、今はこの上なくにくらしい。

 だって、頼ってしまいたくなる。

 優しいその声にすがってしまいそうになる。

 そのたくましい胸に飛び込んで、泣きじゃくりたくなる。

 でも、そこまで甘えるわけにはいかない。

 だって自分は、皇帝になるのだから。

 だって皇帝は、強くなくてはいけないのだから。


(……だからこの気持ちも、ずっと胸の奥にしまっておきます)


 心を甘くうずかせる感情に、そっと蓋をする。

 エイトールの顔を見るだけで、その中身が溢れてしまいそうだとか。

 そういう都合の悪い事実には必死に気づかないフリをして――。


「わかりました、エイトール。そこまで言うのなら守られておきます」

「お、おう……随分と上からだな。流石は時期皇帝だ」


 照れ隠しのせいで、随分と最低な言い方になってしまった。

 本当は涙を流すほどに嬉しいのだが、うまく舌が回らない。

自分の口下手くちべたさが憎い。


「では、その宝石はもらっておきますね」


 誤魔化すように宝石に手を伸ばすリタだったが、その手がスカッと空ぶる。

 宝石の入った箱を持つエイトールの手が、リタを躱したからだ。


「エイトール?」


 もう一度、めげずに手を伸ばす。

 スカッ。

 手を伸ばす。

 スカッ。

 フェイントを交えて連続で手を伸ばす。

 スカッ、スカッ、スカッ。


「おいこら、エイトール」


 何のつもりだと睨みをかせると、エイトールは鼻で笑った。


「はっ、そう焦るな。無事に帝都に着いたら渡してやるよ」

「……なんでそんなイジワルするのですか?」

「いや、意地悪のつもりはねぇよ。ただ森を抜ける途中に落とされでもしたら嫌だしよ」

「む……」


 言われてみれば、そうかもしれない。

 自分の身を守るのに精一杯なこの森で、余計な荷物を抱えるのは自殺行為。

 それが大切なものとなれば尚更だ。


「わかりました。では、帝都に着いたらもらうとしましょう」

「ああ、約束が増えちまったな!」

「増えたと言うか、約束が延長しただけですけどね」


 どこか皮肉めいた返しをしながら、リタは笑う。

 こんな命の危機がある現状で、未来への約束ができた。

 それがどれだけ素敵なことなのか、エイトールは理解していないのだろう。


「……ふふっ」


 朱の混じった頬を隠すように、リタはそっと顔を背ける。

 きっと焚き火のせいだと。

 頬に帯びた熱に、適当な言い訳を並べながら。

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