第8話 第三皇女オフェーリア
帝都ブリスタリア。
イスカ帝国の中心にある、国の権威を象徴する都市。
訪れた者を圧倒するため、つまり他国の使者などに――帝国やべぇ、という感想を持ち帰らせるために、帝都にある主要施設の多くは巨大で豪華に作られている。
よって、その理屈に
「ねえ、グリス。次の皇帝は誰になるかしらぁ?」
その皇城の中でも特に
あらゆる輝きを溜め込む部屋の中、その輝きに負けない美貌を持った女性が甘い声で問いかけた。
「それはもちろん、オフェーリア様です」
「ふふっ、そうよねぇ。そうに違いないわぁ」
問いの先は、部屋の入り口にて大樹のように直立していた
服の上からも盛り上がる筋肉と、武人特有の隙のない
低く重い声で問いに答えた大男、グリス=グラスの回答に満足な笑みを漏らした女性は――。
「ならなんでお母様は、わたくしに使者をよこさないのかしらぁ?」
不思議でたまらないと言った表情で、長い指を口元に当てる。
もしこの場に芸術家がいたならば、己の生涯を賭してこの光景を絵画に収めていただろう。
「おそらく、女帝陛下はリムスフィア殿下を次代の皇帝に指名したのでしょう」
「あら、それは大変。それではわたくしが皇帝にはなれないじゃないの」
焦った素振りを少しも見せることなく、オフェーリアは口にする。
蜂蜜のような甘さのあるその声に、グリムは微塵も表情を変えぬまま――。
「どうやらリムスフィア殿下が乗っていた馬車が野盗に襲われたようです。護衛は全滅。リムスフィア殿下も凶刃の餌食になったと。不運な事故でした」
「それは不運ねぇ。でも不思議。護衛は全員が一流の騎士だったはずよねぇ。野盗なんかに負けちゃうものなのかしらぁ?」
「はて――その謎ばかりは、オレにもわかりかねます」
グリスは白々しく言い放つ。
護衛の騎士に裏切りを
「アルス殿下とスルト殿下も原因不明の病にて意識不明の重体。となれば、残る皇族はオフェーリア様のみ。次代の皇帝は約束されたと言っても過言ではないでしょう」
「ふーん、そうなのねぇ。ちょっとだけつまらないわ。わたくしはただ座っていただけなのに、お兄様たちもリムも勝手にいなくなっちゃうんだもん」
これまで優雅な笑みを浮かべていたオフェーリアが、ここで初めて不機嫌を表す。
どうやら今、口に出していたことは本心らしい。
兄弟の不幸をつまらないと評する姿はあまりにも歪であり――。
しかし、それこそが彼女の本質。
第三皇女、オフェーリア=プルド・イスカの有りのままの姿である。
「仕方ないからお菓子でも選んでくるわぁ。今日は何にしようかしらぁ」
「
「あら、ならそうしましょう。パティシエに言ってくるわぁ」
そう言って椅子から立ち、部屋を出ようとするオフェーリア。
その前に、直立するグラスの耳元に口を寄せながら――。
「ねぇ、グリス。最近のあなたはちょっと退屈だわぁ。昔みたいにがむしゃらに剣を振っていたあなたの方が見ていて面白かった」
「……申し訳ありません。オレにも立場というものができまして」
「ふぅん、つまらない、つまらないわぁ」
常人ならば、歓喜で
それを表情筋の僅かなブレに収めたグリスの反応が、やはりオフェーリアは気に食わない。
「そんなにつまらないと、あなたを捨てちゃうかもしれないわよぉ?」
「構いません。オレの全てはオフェーリア様のもの。いらなくなれば気紛れに捨てていただいて構いません。それでもオレは身勝手にあなたのために尽くしますが」
「ふーん、そう」
もはや
自由主義の皇女は、その瞳でいったい何を見ているのか?
それを知る必要はないと、グリスは首を振る。
彼女の望みを叶えるために全てを尽くす――それ以外の思考はいらないと。
強情な意志を己に課し、グリスは表情を引き締めた。
と、そこで扉の向こうから……どんどん、とノックの音。
続いて「グラス団長に伝令です!」と声が上がった。
グリスは軽く視線でオフェーリアに確認をとった後、扉を開ける。
帝国軍の騎士服を着た男が敬礼をした状態で立っていた。
「リムスフィア殿下の暗殺についてご報告が――」
「言葉を選べ。どこに耳があるかもわからない。リムスフィア殿下は不幸な事故により命を落とした。……違うか?」
「し、失礼しました! その、そちらについてご報告が……」
そこで伝令の騎士は、ちらりとオフェーリアに視線を向ける。
伝令の内容を皇女にも伝えていいか迷っていたのだろう。
「構わないわぁ。リムがどうなったかわたくしも知りたいものぉ」
オフェーリアは優雅に髪を掻き上げながら言う。
それにグリスも頷いたので、伝令の騎士は内容を口にした。
「――失敗です。間者たちは返り討ちに合い、リムスフィア殿下を見失ったと」
「……何?」
「あらぁ」
その報告にグリスは眉を
驚きの表情こそ見せなかったが、グリスは予想外の報告に驚愕を思う。
暗殺の失敗……考えられる可能性としては――。
「返り討ちにしたのは魔術師ルミエラ=パーチェムか?」
「いえ、報告によるとルミエラ=パーチェムは
「……」
グリスは黙考する。
ルミエラ=パーチェムひとりではリムスフィアを守りきれないのは予想の範疇。
だからこそ、特に対策を講ずることなく暗殺を決行した。
しかし、予想を覆された。
謎の少年――その未知の要素によって。
「その謎の少年の正体は?」
「まだ何も。ただ報告によると素手で騎士たちを圧倒したとのことです」
「……」
素手で騎士たちを圧倒?
その不可解な報告に、グリスの顔はより硬くなる。
何かを判断するには少なすぎる情報に黙考を続けていると――。
そんなグリスの姿が可笑しいのか、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「大変ねぇ、グリス。どうするべきかしらぁ。リムが生きているんだったら、わたくしは皇帝になれないわよねぇ。だってお母様が次代の皇帝に指名したのはリムなんだもの」
「……」
その通りだ、とグリスは思う。
正式な帝位継承者の死亡報告がない状態で、オフェーリアを皇帝だと宣言することはできないだろう。
もしリムスフィアが帝都に辿り着き、『
オフェーリアを皇帝にすることはできない。
それだけはどうにか避けなければ。
「――オレが現場に向かう。『牙』に準備をさせておけ」
「了承しました!」
グリスの命令に、伝令の騎士は駆け足でその場を離れた。
『牙』とはグリスが団長を務める騎士団の略称――
自分も準備しなければと、オフェーリアに礼をしてから部屋を出ようとするが――。
「ねぇ、グリス」
その大きな背中にオフェーリアは声をかけて――。
「わたくしを退屈させないでねぇ?」
「……はい。すべてはオフェーリア様のお心のままに」
「うふっ、期待してるわぁ」
甘い毒のような声を最後に聞き――。
今度こそグリスは、その光に包まれた
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