第7話 願い託され、受け止めて

 リタとエイトールは近くに小屋を見つけた。

 どうやら使われなくなって長い様子。

 びた鍵のかかったボロボロのドアを蹴破りながら、中に入る。


「お、中は思ったより綺麗だな。ちょっとここで休憩してこうぜ」

「は、はい、そうですね」


 エイトールは我が物顔で山小屋の中を物色し、使えそうなものを集める。

 元々は猟師りょうしたちの休憩場所だったのだろう。

 置いてあったほとんどは狩りの道具だったが、エイトールが持ってきたのはまた別のものだった。


「リタ。痛いと思うけど我慢しろよ。化膿かのうとかしたら面倒だからな」

「は、はい」


 消毒のため、度数の高いウイスキーを肩の矢傷にかける。

 リタが「うっ」と顔を歪めたが、エイトールは心を鬼にしてそれを続けた。

 小屋にあった、比較的綺麗な布で傷口の水気をとる。

 そして慣れた手つきでエイトールは包帯を巻き始めた。


「ず、随分と手際がいいですね。エイトールは医療を学んだことが?」

「ちゃんと学んではねぇぞ。王国にいた時は休みの日に身分を隠して冒険者のフリとかしてたからなぁ。そんときの冒険者仲間に教えてもらった」


 懐かしいなぁ、とぼやくエイトールだが――。

 そんな呟きに、リタの鋭い指摘が入る。


「身分を隠して? 王国貴族の冒険者稼業は禁止されてないはず。むしろ、力ある貴族こそ魔物討伐を率先すべきと、クレティカ王家は貴族の冒険者稼業を推奨していたと思うのですが……つまりエイトールはただの貴族の子息ではないと?」

「えっ? あ、いやー、その」

「聞いたことがあります。原初の精霊種の血を繋いできたクレティカ王家は超人的な身体能力に恵まれていると。馬よりも早い足、鳥よりも効く目、熊よりも強い腕力」

「な、なんの話かなぁ、なんて……」

「白銀の髪と金色こんじきの瞳はクレティカ王家の特徴……お前の色と同じですね、エイトール」

「ぐ、偶然じゃねぇか?」


 名探偵もかくやという推理に、エイトールはたじたじだ。

 冷や汗塗れの友人を、リタの真紅の瞳は逃さない。


「第五王子、エインズワール=ドゥ・クレティカ。王務おうむに興味のない放浪ほうろう王子として有名で、しかし王家の血は色濃く引き継ぎ、歴代の王族の中でも更に突出した身体能力を有していたとか」

「……ソ、ソンナ奴ガイルンデスネー」

「しかし政治の表舞台から忽然こつぜんと姿を消して半年……ちょうどお前が留学してきた頃と時期が一致します」

「……」


 うん、こりゃ無理だ。

 エイトールは観念して、乾いた笑みを浮かべる。


「そ、そのー、リタさん? 出来れば黙っておいて頂けると……。正体がバレた場合も帰国だって、親父からは言われてて……」

「ふふっ、わかりました。誰にも言いません。それにお前が何者であろうと、私の命を救ってくれた恩人で、大切な友達だということには変わりありませんから」


 にこりと微笑むリタに、エイトールはほっと息を吐く。


「ということは、お前の言う親父とはクレティカ王のことだったのですね。長年戦争相手だったイスカに留学だなんて、よく許してもらえたものです」

「それな。俺も絶対反対されると思ったんだけど、意外とすんなり許してもらえたんよ」


 エイトールは思い出す。

 留学の話を持ちかけたときの父の反応を――。


『――何? イスカに留学したいだと!? それは助かる――あ、いや、そうか、やりたいことがあるのだな? ならば父として息子の意思は尊重せねばなるまい。留学を許す!(……ぶっちゃけお前、国にいると何しでかすかわからないし。それなら隣の小国でやらかしてくれた方が被害も少ないし)』


 なんか小声でぶつぶつ言ってた気がするが、とにかく留学を許してくれた。

 だから父との約束は絶対に守ろうと心に決めていた。


「そういえば、なんでお前はイスカに留学したかったんですか?」

「イスカは宝石の加工技術がここらの国の中じゃズバ抜けてるからな。その技術を学びたかったんだ。……あとは王位争いから逃げたかったって理由もある。王様になっちまったら宝石職人になれねぇからな」


 後半の理由を言うとき、エイトールは小声だった。

 目の前には皇帝になるため、命を賭けていた少女がいる。

 立派なその姿に、少しだけ後ろめたい気持ちを抱いたためだ。


「リタは本当はリムスフィアって言うんだな。これからはそっちで呼んだ方がいいか?」

「……いえ、お前にはリタと呼ばれた方がしっくりきます。私もお前のことはエイトールと呼びますので、これまで通りでいきましょう」

「わかった! これからもよろしくな、リタ!」

「はい、エイトール」


 と、優しく微笑んだリタだが、その表情がすぐに曇る。

 これから、という言葉を聞き、未来に不安を覚えたからだ。


「これから……私はどうすればいいのでしょうか。皇帝になると息巻いても、護衛はもういません。現実的に見て、私が帝都に辿り着くのは難しいでしょう」


 不安に溺れた言葉が、そこに落とされる。

 当然だ。

 ただの少女がひとりで向かうには、帝都は遠すぎる。

 ましてやその道中に暗殺の危険があるとなれば尚更だ。

 もう皇帝になるのは諦めた方がいいのかと、そう思うリタだったが――。


「護衛の人……魔術師の女の人はわかるか?」

「……ルミエラのことですか?」


 エイトールが口を開く。

 命の最後を看取みとった勇気ある魔術師の言葉を届けるために。


「名前はわかんねぇけど、その人が死ぬ間際に言ってたんだ。お前はこの国の光だって。そんで俺に願いを託してくれた。お前のことを守ってくれって」

「……ルミエラが」


 リタは大好きだった家庭教師の顔を思い出す。

 厳しくも優しかったあの声がもう聞けないのかと、涙が溢れそうになった。


「俺がお前のとこにすぐ駆けつけられたのは、その人が魔法をかけてくれたからなんだ。たぶんだけど、お前の髪飾りが特殊な魔法素材で作られてるみたいで……その座標が勝手に俺の頭の中に思い浮かぶって魔法を」

「えっ……」


 驚きながら、リタは自身の赤髪に手を伸ばす。

 銀の髪留めに触れながら、心の中で複雑な感情が渦巻き出した。


「あの人がいなかったら、俺はきっと間に合わなかった。あの人は最後までお前を守ったんだ。お前はこの国の光になるって最後の最後まで信じ切ったまま」

「ルミエラ……っ!」


 ついに堪えきれず、涙の滴が頬を伝う。

 手で顔を覆いながら、泣き崩れる。

 エイトールは弱々しいその姿を見て、今度は抱きしめたりはしない。

 これは託された願いを、彼女が受け取るための時間。

 彼女がひとりでその想いを背負い、前を向かなければいけない時間。

 そこに自分が手を貸してはいけないと、王族としての本能が察していた。


「……エイトール」


 やがて泣き止んだリタは顔を上げた。

 赤くらした目元を拭いながら、その真紅の瞳はまっすぐと前を見据えて。


「私は皇帝になります」


 十六歳の少女は、その華奢きゃしゃな肩に背負わせた。

 命を賭して自分を守ってくれた、大切な人の願いを。


「私はこの国の光となります」


 立派だと、エイトールは心からそう思った。

 王位争いから逃げて遊んでばかりだった自分とは根本から違うと。

 目の前の少女を、心からの尊敬をもって見つめた。

 その瞳を見つめ返しながら、リタは――未来の皇帝は力強く口にした。


「だから、エイトール。――お前の力を貸してください」


 その答えは、最初から決まっていた。


「当たり前だ。友達を助けるのに理由なんかいらねぇよ」


 不思議な運命だと、エイトールはそう思った。

 まさか王位争いが嫌で逃げ出した国で、友達の帝位争いに巻き込まれるだなんて。

 でも――。


(こればっかりは逃げるわけにはいかねぇな)


 エイトールも託されてしまっていた。

 あの魔術師に、リタのことを守ってくれと。

 エイトールは気合を入れるように、バシッと自分の手のひらに拳を打ちつけた。

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