第4話 動き出した運命
エイトールは徹夜をした。
宝石を研磨するのに夢中になっていたら、いつの間にか外が明るくなっていた。
「うへぇ、太陽が眩しいなぁ……」
落ちてきそうな
そこでポケットから青い宝石を取り出して掲げてみた。
「へへっ、初めてにしては上出来なんじゃねぇのか?」
この宝石こそがエイトールの徹夜の成果。
一流の職人からすれば未熟の
エイトールは想像する。
これをリタに渡したらどんな反応が返ってくるのか。
喜んでくれるかな?
驚いてくれるかな?
そんな妄想でニマニマしながら、エイトールは教室に入る。
「ん?」
教室内は不自然な騒めきで満たされていた。
いくつかの集団がヒソヒソと話を交わしながら、とある空席に視線を向けている。
その視線をエイトールは追った。
リタの席だった。
「あん? リタはまだ来てねぇのか?」
いつもは誰よりも早く来て教室の掃除をしているのだが……。
辺りを見渡しても、あの綺麗な赤髪は見当たらない。
不思議に思ったエイトールは近くにいた集団に話しかけた。
「なあ、いったいなんの話をして――」
「ひいっ!?」
声をかけただけで悲鳴を上げられた。
なんでだよ、と思う。
よく見れば、声をかけたのは太っちょ貴族のグレインとその子分たちだった。
全員が青ざめた顔をしているが……はて、どうしてだろう。
「な、なんだ、エイトールか……」
「なんだよその反応? まあ、いいや。皆なんの話をしてるんだ?」
聞くと、グレインが言いにくそうな顔で口を開く。
「プ、プルームが……あ、いや、プルーム様が実は皇女だったらしい」
「は?」
「だ、だから、プルーム様は本当はこの国の第四皇女リムスフィア・アルムス=プルミアーナ様だったんだ! どうやら身分を隠して学校生活を送っていたらしい」
グレインの言葉に一瞬だけ呆気に取られたが、すぐに困惑は消える。
身分を隠して学校生活を送っていた。
それはつまり――。
「俺と同じだったってことか」
「な、なに言ってんだ、エイトール?」
「なんでもねぇよ。それでリタはいつ学校に来るんだ?」
「さ、様をつけろよお前!」
子分たちがグレインに寄り添いながら涙目を晒している。
……知っていればあんな無礼な態度は取らなかったのに。
……俺たち首打ちかなぁ?
なんて泣き言を漏らしていた。
なるほど、青ざめていたのはそういう理由か。
「リムスフィア様は夜のうちに帝都に向かったらしい。たぶん『
「うそ。あいつ、皇帝になんの?」
「あ、あいつって呼ぶなよ! 不敬だぞ!」
汚い唾を散らしているグレインは放っておいて、エイトールは考える。
皇帝になるのは、まあこの際、仕方ないとしよう。
他国のお家事情、ましてやそれが皇族のものとなれば口出しするわけにもいかない。
それくらいの分別はエイトールにもある。
しかし、それが理由でせっかく作った宝石を渡せないのは嫌だった。
「なあ、どうやったらリタに会えると思う?」
「リムスフィア様に? もう無理だろ。皇帝になられたらほとんど城から出られないって話だぞ。それこそ城勤めになるほど出世しないと……」
「だよなぁ。うーん、どうしようか……」
エイトールが腕を組んで唸りながら悩む。
すると、その後ろから凛々しい声をかけられた。
「エイトール君はリムスフィア殿下に伝えたいことがあるんだね?」
エイトールたちは振り返る。
そこにいた人物に、グレインたちがぎょっと肩を跳ねさせた。
「が、学校長!?」
「やあ。廊下を歩いていたら話が聞こえてね。つい口を挟んでしまったよ」
気軽な調子で手を挙げるのは、リムロット帝国貴族学校の学校長シャルティアだ。
年は五十を超えているそうだが、その見た目は妙齢の美女。
「それで、エイトール君はどうにかしてリムスフィア殿下に会いたいと」
「ああ。俺はあいつに渡さなきゃいけねぇもんがあるんだ」
「ふむ……」
シャルティアが何かを考え込むように、顎に手を当てる。
それから数秒の沈黙。
やがて美貌の魔女は形のいい唇を震わせて――。
「殿下がここを
「……?」
「君の足ならば十分に間に合うと思うのだが」
「――っ!」
その言葉にハッとして、エイトールは学校長の顔を見る。
シャルティアはこの学校で唯一エイトールの正体を知る者。
つまりはエイトールの持つ『とある体質』のことも知っているということだ。
「学校長! 俺、行ってくる!」
「ああ。担任には体調不良で早退したと私から伝えておこう」
「ありがとう!」
「礼には及ばないさ。君の幸運を祈るよ」
茶目っ気混じりのウインクに見送られながらエイトールは駆け出した。
鞄は教室に置きっぱなし。
宝石の入った黒い箱のみを手に持って。
「ふふっ、頑張りたまえよ。エイトール君」
学校長の趣味は演劇鑑賞だ。
特に好きなジャンルは恋愛活劇。
身分違いの恋や、国境を越えた禁忌の恋などが大好物。
つまり彼女がエイトールに協力的だったのは……まあ、そういうことである。
***
エイトールは走る。
頭の中で帝国の地図を広げながら、クリスタの街の方角へ。
「はぁはぁはぁ……っ!」
全力疾走なんて久しぶりだった。
だって自分が全力で走ったら、いつも靴が壊れてしまうから。
でも、今回ばかりは仕方ない。
そもそもエイトールの丈夫な足ならば、靴なんて必要ないのだから。
「はぁはぁはぁ……っ!」
周囲の光景をどんどん置き去ってエイトールは駆ける。
彼が通った後には、数秒遅れて突風が起きた。
すれ違った動物や人が、何事かと悲鳴をあげる。
すまねぇ、とエイトールは心の中で謝っておいた。
「はぁはぁはぁ……っ!」
肺が少しだけ苦しくなってきた。
その代わり、久しぶりの全力疾走を喜ぶ足の筋肉がビキビキと音を鳴らす。
加速したエイトールの速さは蒸気機関車にも匹敵した。
もはや人の形をした小さな台風だ。
「はぁはぁはぁ……っ!」
さらに超人的な視力のおかげで、ついにエイトールはそれを発見する。
クリスタの街に続く街道。
その途中で、一台の馬車が停まっているのを。
「お、あれか……?」
エイトールは速度を緩めて呼吸を整えながら馬車に近づく。
あまりにも息を切らしたままの再会は失礼だと思ったからだ。
ものの数秒で呼吸を整えたエイトールはついに馬車に追いつくが――。
「――?」
その不自然さに首を傾げる。
これでは停まっていても仕方がない。
不思議に思いながら、馬車の中を眺めると――。
「……は?」
血だらけの女性がいた。
ローブを纏った、魔術師のような格好の女性だ。
「お、おい、どうしたんだあんたっ!?」
エイトールは慌てて女性に声をかける。
その胸には矢が刺さっていた。
目も
駆け寄ったエイトールは、そこでガッと死にかけの女性に腕を掴まれた。
「だ、誰でも、いい……リ、リムスフィア、様を……」
それが遺言だと、誰の目から見ても明らかだった。
エイトールは驚きながらも、彼女の言葉に
「リムスフィア、様を……お守り、するのだ……あの方は、この国の、光……!」
それが彼女にとっての、最後の言葉だった。
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