第49話 (一応)最終話 人生楽しいことばかりでいいじゃない #二百万人記念配信

 事務所を立ち上げてからは目まぐるしい日々だった。俺以外が。

 時間を早く感じたのは事実だが、基本配信と書類仕事しかしていないから、あんまり忙しくなった自覚がない。なんなら大学生時代の方が色んな締切に追われていた。


 Vtuberはやりがいがある。

 リスナーの反応に一喜一憂して、どんな配信をしようかと考える時間は千金に値する。


 貞操逆転世界に転移したことは良かったのではないか。


「んなことは微塵も思ってねぇけどな」


 結局、周りの女たちがやべぇ奴だらけで恋愛する気が起きなかった。仲嶺はまあ別として。

 やけに擦れた思考状態になったのは、間違いなく神連のせいだ。あいつマジで許さねぇ。

 

「最終回みたいな思考してるわ。こんな過去回想みたいな痛々しい真似はしたくないんだが」


 とは言え、


「チャンネル登録者が二百万を超えたし、感傷的になるのも仕方ない気もするがな……」


 百万に到達してからわずか一ヶ月での達成だ。

 早すぎてビビる。普通は百万超えたら伸びなくなるはずなんだが、俺の場合は後半からあり得ないスピードで登録者の推移が上向きになった。


「布教できていると考えれば多少気は紛れるものの、相変わらずリスナーどもからの酷いが酷い」


 俺をイジるのが最早お家芸みたいな風潮が漂ってることが、非常に解せない。もっと敬えよと言いたいが、敬うほどご立派なことはしてねぇな、と自虐的考えが浮かぶ。

 信者みたいに崇められるのは開発者だけで良いわ。未だに俺の貞操を狙ってくる限り完全に崇めてるわけじゃなさそうだけど。

 ぶっちゃけそれが一番怖い。


 仲嶺は一歩引いたところで見てくれている。

 癒やしキャラだ。あと可愛い。


「さて、記念配信するか。スパチャの時間だぜ」



☆☆☆



「よっ」


ーー

『軽っ』

『二百万記念、って銘打った最初の挨拶かよ、これが』

『おめでとうとは言わないがすげぇ、とだけ言っておこう』

『相変わらず上から目線w』

『一般ビーポーもかなり洗脳されてるしな……』

『未だに爆伸びしてる辺り黒樹の夢が叶いそう』

『巷では革命家扱いしてるやつがいるらしいで』

『革命家wwwそりゃ大層な肩書きでw』

『革命じゃなくて洗脳と扇動と先導なんだよなぁw』

ーー


「先に導く方の先導はしてるけど、洗脳と扇動はしてないぞ。あくまで布教してるだけ」


 人聞き悪いな。

 洗脳は……まあ、ノーコメントを貫くけれど、扇動はしてない。勝手に周りの意識が変化して世の中が動いているだけだ。


 風の噂によると、保護官の間で俺の動画を見ることが義務付けられるらしい。

 なんの用途かは分からないが、どうせ俺の偉大さが分かったとかそんな感じだろ。多分。嫌な予感はするけど杞憂だと思いたい今日この頃。


 まさかだけど性欲減衰に期待されてたり……??

 いやいや、そんなわけないだろ。天下の保護官様だぜ? そんな化学的証拠のない眉唾もの現象を信じるわけがない。



「まあ、一応二百万人突破ってことで。今日は凸待ち配信をするぜー。眠いから巻で行く」


ーー

『凸待ちを巻で行くってw』

『眠いからは草』

『相手方に失礼、と思わないのがある意味黒樹の人徳』

『半年もせずに二百万とか結構偉業なんだけど……』

『黒樹にとっては突破点なんだろうよw』

ーー


 それはそうだ。

 二百万で満足してたら俺は今頃Vtuberなんかやってない。

 欲しいのは承認欲求じゃない。変わる世界をこの目で目の当たりにしたい。その夢が叶うまで、俺は例え前の世界に戻れるとしても戻らない。

 悔いなく生きる。やりたいことをやり通す。


 言うことは簡単だが実行が難しい。

 俺はそんな出来事を難なくこなしたい。


 なんだろう。

 積極的な観測者みたいな? 傍観はしてないからな。


 

「ちなみに、よくある凸待ちゼロ人オチは期待すんなよ。ちゃんと事前に行きます、って言ったやついるし」


 と、言うとタイミング良く通話許可の画面が別アプリに表示された。それをyoitubeの方に繋げるだけで簡単にコラボが実現できる。


 俺は迷いなく許可をタップした。


「やっほー」


「……お疲れ様ッス」


「そっちこそな。声が死んでるけど」


「黒樹さんが言うんスか。一応この事務所クソ忙しいんスけど」


「あー、それはそれってことで」


 酷く抑揚のない声で通話に出たのは、みんな大好きコロンである。奴は今期間、Vtuberから社畜へとジョブチェンジを果たしている。

 もちろん元凶は俺である。

 

ーー

『仕事しろ黒樹ィ!』

『仕事しろ黒樹ィ!』

『仕事しろ黒樹ィ!』

『仕事しろ黒樹ィ!』

ーー


「俺の仕事は配信だからな。雑務はその他に丸投げした」


「黒樹さんが社長じゃなければ、私は今すぐ殴ってたところッス」


「でしょうね。俺が社長で良かっただろ」


「それだけは否定したいッスけど、高い給料とやりがいがあるから強く出れないのが恨めしいんスよね……」


 なんだお前もツンデレか。

 まあ、コロンが一番重労働なのは知ってるけど、何も言わずに黙々とこなしてるのは尊敬するわ。

 普通に助かる。

 ぶっちゃけコロンが辞めたら仕事が回らないくらいヤバい。


 ……Vの募集も必要だけど、その前に社員も雇わねぇと。


「お前には感謝してる。大して悪くないのに荷馬車のように働いてくれるドM精神に、俺のドS心がワクワクする。もっと働かせてぇと思うわ。サンキュな」


「捻り潰されたいッスか? 今なら睾丸をぶっ潰せるッス。切るか潰すかどっちが良いッスかね」


ーー

『草』

『クソ煽るやん』

『やっぱコロン、ドMなのか』

『じゃなきゃ黒樹についていこうと思わねぇだろwww』

『ワクワクはひでぇ』

『黒樹同様にコロンもネタ枠扱いされ始めてるからな……』

『おいたわしや……』

ーー


 哀れムード一色である。

 しかし、コロンがドMなのはマジだと思う。殺人的な仕事量にやりがいを感じてる時点で末期だろ。週休二日制だけどね!(ブラック企業の言い訳)


 お前ら覚えておけよ……週休二日制と完全週休二日制は違うからな……。

 騙されんなよ。マジで。


「落ち着け。感謝してんのは事実だから」


「そッスか。まあ、顔は出したんで自分は仕事に戻るッス」


「社畜乙」


 無言の殺気を感じた……!?

 しまった煽りすぎたか。


 そのまま無言で通話を切ろうとした気配を感じた俺は、慌ててコロンを呼び止める。


「ちょ、ちょい待て。二百万記念配信のルールとして、帰る時は大きな声でてぃんてぃんと叫んでいけ」


「てぃんてぃん! よし。じゃあ帰るッス」


 ブツッと切れた。

 俺は呆然としたまま見送った。


「あのコロンが羞恥を臆面にも出さずにてぃんてぃんを言っただと……!? あいつ、成長したな……」


ーー

『変なルール付け足した挙げ句に自分で驚くのなんなん』

『草』

『いや、退化やろw』

『あぁ、急ぎ仕事を片付けないといけなかったんだな……』

『どこに成長を見込んでんだよwww』

『感動シーンっぽくすんな』

ーー


「ばっか、お前ら。あのコロンだぞ? 擦れたおばさんみたいな考えになってきてはいたが、人の本質はそう変わらない。あいつが下ネタ嫌いなのは事実だったんよ。そのあいつが……同接25万人の中下ネタを叫んだんだぞ!? これを成長と言わずに何という! コロンはこころの中の芯をさらに硬く強固にさせたんだ」


 俺はほぅっ、と熱を上げるように虚空を見つめた。

 ビジネスパートナーの思わぬ成長に俺はビックリだ。感無量だよ。


ーー

『うーん、何言ってるか分からん!w』

『お前が下ネタを言わせて興奮してんのは分かった』

『分かりたくねぇ話題だな……w』

『コロンの勇気はワイも認めるが、さっきから馬鹿みたいなことを延々と口走ってるお前のメンタルはどうなってんだよ。タングステンか』

『狂喜で草』

ーー


 喜ぶこと数分、次に入った通話許可で俺の目は覚めた。

 

「ども」


「お久しぶりです、黒樹様!」


 次に現れたのは、さんじかいのスーパースター、シスター・アリアだ。

 彼女とは、例のBAN騒動以降、メッセージなどでやり取りしていたが再BANの可能性もあったために、事務所設立に奔走している間コラボすることは叶わなかった。

 

 今回は声だけの出演だが、これからはもっと交流を深めることもできるだろう。

 変わらずシスターは俺の推しだ。


「いやー、例の事件以降だなぁ。あの時はシスターの歌が最後まで聴けなくて残念だった」


「もぅ、私もあの時、結構恥ずかしかったんですよ? 普段の配信では全く緊張しませんから、歌を歌ってる時は珍しく心臓バクバクで……」


 朗らかに笑うシスターにつられて、俺も笑顔になる。

 

ーー

『エロ漫画紹介配信は緊張しないのか……()』

『緊張……? 緊張とは???』

『剛胆だと思ってたけど想像以上だった』

『黒樹の猥談してる時点で羞恥心なんて捨て去ってるもんだと』

『草生える』

ーー


 下ネタは緊張しないだろ。


「逆に緊張をほぐす効果が下ネタにはあるんだぞ」


「あら、そうでしたのね。私もこれからは緊張する出来事があった時には、下ネタを叫ばせていただきますね」


ーー

『それ効果ある人希少でしょwww』

『ごく一部限定なんだよなぁ』 

『そのごく一部なんだから、あながち黒樹のアドバイスは間違ってないなw』

『確かにw』

ーー


「そういえば、シスターはどう思う? 一期生たちについて。トップVtuberの視点から考えて」


 Vtuber界の先駆者として軽いアドバイスを貰えたら良い、という心積もりだったのだが、シスターは怪しげに笑い爆弾を投げてきた。


「そうですね……。油断なりませんが、私の、ひいてはさんじかいの相手にはならないと思いますよ」


「……へぇ、言うじゃねぇか」


 面食らった俺だったが、その言葉が挑発であると同時に激励であることに気がついた。

 本来大企業であるさんじかいが、幾らバックアップしているとはいえ新設した事務所を歯牙にかけることはない。


 つまり、シスターはさんじかい代表として、対等だと認めてくれたようなものだ。


「俺たちは負けないぜ」


「私たちはいつでも勝負を受けますよ。それでは……てぃんてぃん!!!」


ーー

『いや、最後』

『毎回台無しエンドなのホントにやめてwww』

『気が抜けるわなw』

『誰だこんな変なルール作ったやつ』

『黒樹だろw』

『しっかりやれよ黒樹ィ!!』

ーー


 俺が感傷に浸っている間に、何やらコメント欄が騒がしかったがこの際無視する。


 まだまだ凸待ちは続くぜ!!





☆☆☆



 あの後、ひやひやがお祝いと毒舌のプレゼントを贈ってくれたり、やけに完成度の高いお祝いVTRをスナイプが作ってきてくれたり。

 更にはさんじかいのとあるメンバーが初見で来てくれたという話もあったが、それはまた別の話。


 

 俺は配信を終えて、椅子の背もたれに沈みながら軽く笑っていた。


 すると、別室で俺の配信を見ていた仲嶺が初めて会った頃に比べて、随分と柔らかい表情を浮かべながらやってきた。

 手にはお盆を持っている。

 仲嶺が机の上にカップを置く。


「サンキュ」


 仲嶺が淹れてくれた紅茶は今まで飲んだ中で一番美味しかったと思う。

 紅茶飲んだの初めてだし。


 一息つくと、仲嶺が問いかけてきた。


「春樹様」


「ん?」


「今、楽しいですか?」


 振り返った道に苦難はあれど、どれも刺激的で面白い。

 だが、やはり過去を振り返るのは俺らしくない。


 今がどうか。

 変わったか変わってないか。


 俺は変わってない。

 楽しく配信をして、ゲラゲラ笑って。下世話な話を楽しんで。いつまでもそんな日々を送る。


 

 俺は満面の笑みでの気持ちを伝えた。


「最高」












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 これにて一応、貞操逆転世界の男性Vtuberは完結となります。

 二ヶ月間ありがとうございました!


 もし、面白いと思ってくださった方は、☆☆☆とこれからの恋狸の作品に期待を、ということでユーザーフォローもしていただけたら嬉しいです!


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