第9話 彼女が本当に嫁いできた~グリム視点~

その日の夜は緊張して中々寝付けなかった。いくらもう二度と結婚できないかもしれないと言っても、俺とだけは結婚したくないと思われるかもしれない。


もしマリアンヌ嬢にNOと突き付けられたら、俺は立ち直れるだろうか…そんな思いが俺の心を支配する。


そして迎えた翌日。

なんと伯爵から、娘をお願いしますとの返事をいただいたのだ。


「あの、本当に娘を貰って頂けるのですよね?」


不安そうに俺に尋ねてくる伯爵。


「もちろんです。クラッセロ侯爵からも、また打診があるかもしれない。とにかく、早く結婚した方がよさそうですね。明日にでも、マリアンヌ嬢を嫁がせてもらえますか?」


「明日ですか?…わかりました。よろしくお願いします」


その後、伯爵と事細かな打ち合わせを行った。さらにマリアンヌ嬢の好きな物をリサーチする。


伯爵が帰った後、早速使用人一同を集めた。


「急ではあるが、明日マリアンヌ・ディアレス嬢が、俺の妻として嫁いでくることになった。彼女が少しでも快適に過ごせるよう、今から準備を行う。いいか、彼女は俺の大切な妻だ。丁重にもてなしてくれ」


早速マリアンヌ嬢の部屋を準備させた。彼女が好きなものも急遽取りそろえた。そして、彼女の専属メイドには、年も近く話しやすそうな女性を選んだ。


俺なんかに嫁いできてくれるんだ。せめて快適に過ごして欲しい。そんな思いから、俺の部屋から比較的遠い部屋を準備したのだ。


「旦那様、どうして夫婦の寝室を使わないのですか?せっかく愛する人と結婚できると言うのに」


専属執事のクリスが、そんな事を呟く。


「あのな!マリアンヌ嬢は、俺と結婚したい訳ではないんだ。仕方なく俺と結婚するんだ。そんな女性を、俺は無理やり抱くつもりはない!」


「そうはおっしゃいましても、夫婦になるのですから。マリアンヌ嬢も覚悟してきているのではないでしょうか」


「俺は彼女が嫌がる事はしたくないんだ!そもそも、誰とも結婚しない予定だったんだから、別に子供が出来なくても問題ない。とにかく、お前も彼女が嫌がる事は絶対するなよ。使用人たちにも、しっかり伝えておけ」


クリスに指示を出し、自室に戻る。明日にはマリアンヌ嬢がやって来るんだな。そう思ったら、なんだか興奮して中々寝付けない。とにかく、彼女が少しでも快適に暮らせる様、出来る事は何でもしないと。



翌日。

朝早く目が覚めた俺は、マリアンヌ嬢の部屋の最終チェックをする。彼女は確か、アロマオイルが好きだと聞いた。これでもかと言うくらい、アロマオイルを準備した。彼女の好きなお茶も、たくさん準備した。


そして、使用人たちをもう一度集めた。


「いいか、今日マリアンヌ嬢が嫁いでくる。彼女が快適に暮せる様、精一杯務めてくれ」


「「「「はい、かしこまりました」」」」」


よし、これで彼女はこの家でも快適に暮らせるだろう。でも、俺がいる時点で快適ではないかもしれない…ついネガティブな感情が沸き上がる。


「旦那様。そろそろ奥様がいらっしゃる頃です。外に出ましょう」


「いいや、俺が出迎えたらきっと彼女が怯えるだろう。お前たちだけで、出迎えてくれ」


「しかし…」


「俺の事はいい。早く行かないと、マリアンヌ嬢が到着してしまうぞ」


「かしこまりました」


急いで部屋から出ていくクリス。本当は玄関まで出迎えたい。でも俺が出迎えたら、きっと怯えるだろう。彼女にはあまり怯えさせたくはない。とにかく、出来るだけ優しく接しないと。



しばらく待っていると、彼女が部屋に入って来た。赤いドレスに身を包んだマリアンヌ嬢は、とても美しかった。つい見とれてしまうほど。


でも、やはり俺が見ていたことが怖かったのか、固まって動かない。しまった、つい彼女を見つめてしまった。急いで目をそらし、婚姻届けを取り出し、サインを促す。


でも、なぜかサインをしようとしない。もしかして、本当は俺と結婚したくないのでは…そんな不安が俺の頭を支配した。でも、次の瞬間、俺の方を真っすぐ見つめ、本当に自分と結婚してもいいのか?と聞いてきたのだ。


彼女は自分の事を、随分と卑下している様だ。その瞳は、あの日泣いていた彼女の瞳によく似ていた。俺はそんな悲しそうな顔を見たくない。そんな思いから、つい強めの口調で


「あの事件に君の落ち度は全くない!そもそも、あの男がバカなだけだ。だから、そんな事は全く気にしなくてもいい。さあ、サインを!」


そう伝えてしまった。


やってしまった、俺はただでさえ顔が怖いのに、きっと彼女を怯えさせてしまったに違いない。そう思ったのだが、何を思ったのか、にっこりとほほ笑んでサインをしてくれたのだ。


その微笑を見た瞬間、一気に鼓動が早くなるのが分かった。何なんだ、この可愛い生き物は…

ダメだ、このまま彼女の側にいては、また彼女を怯えさせてしまう。サインを見届けると、急いで紙を持って部屋から出た。


そんな俺の後を付いて来たクリス。


「旦那様、いくら何でもあの態度はないでしょう。奥様に失礼ですよ」


奥様…

そうか、彼女は正真正銘、俺の妻になったんだな。その現実が未だに信じられない。


「クリス、この結婚届を提出しておいてくれ。俺は騎士団に向かう」


「今からですか?今日はお休みして、奥様に屋敷の案内をして差し上げればよろしいではないですか?」


「俺が案内したら、彼女が怯えるだろう。いいか、専属メイドにでも案内させろ。それから、今日の彼女の様子をしっかり俺に報告しろよ。いいな」


クリスにそう伝え、足早に騎士団へと向かったのであった。

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