第5話【同居人の魔王様、家でも可愛いしかない。】

「おぉ、確かにお前の言ったとおり、二日目の方が美味く感じるのう」


 とある平日、朝食の時間。

 前日の夜に作った豚汁の味の変化に、スウェット姿の彼女は歓喜の声をあげた。


「明らかに味噌の味が昨晩よりよく具に馴染んでおる。これが『じゅくせい』というやつか」


 ちょっと意味は違うが、説明したところで理解できなさそうなので、まぁそういうことにしておこう。

 本質的には間違っていないので。


「味噌汁の上位種というから、いったいどれほどの強敵かと思えば......ほとんど味噌汁と工程が変わらんので、肩透かしを喰らった気分じゃったぞ」


 少々大きめにカットされたニンジンや豚肉を、少し熱そうだが幸せな表情で頬張っている。


 元々俺は朝にコーヒーを一杯飲むだけで、朝食は全くとらない人間だった。


 彼女と同棲するようになって『そのような考えでは、いつか仕事という戦いで命を落とすことになるぞ』と半ば強引に脅され、こうして毎日朝食をとるようになった。


「『とんじる』以外にも、昨日言っていた『けんちんじる』なる亜種も作ってみたいのう」


 味噌汁以外にも彼女の汁物レパートリーが増えるのは、俺にとってはかなり喜ばしい出来事。


 欲を言えば、もうちょっと全体的に手の込んだ料理を作れるようになってほしいのが本音としてある。


 例えばハンバーグとか。


 手をひき肉まみれに悪戦苦闘しながら、彼女が俺のために作ってくれる姿を想像して、つい口角が上がってしまう。


「どうした? 歯に何か引っかかったりでもしたか?」


 不思議そうな顔で彼女は俺を見つめる。 

 首を横に振って、ウインナーにかけようと醤油の入った容器を手にしようとすると、彼女は醤油ではなくソースの入った容器を渡してきた。


「たまにはわらわに騙されたと思って『そーす』をかけて食してみてはどうじゃ?」


 ウインナーにはソース派の彼女が今日も醤油派の俺に勧めてくるので、丁重にお断りし

て自分の分のウインナーに醤油を数滴たらした。


「もったいないのう。『ういんなー』に一番合うのはそーすじゃというのに」


 何も俺はソースが嫌いなわけではない。

 朝の目覚めきっていない胃に、ソースの甘辛さは刺激が強すぎるだけなのだ。


「『けちゃっぷ』も肉の旨味を酸味が引き立ててくれて美味いが、わらわはそーすの方が断然好みじゃ」


 焼いたウインナーをその薄紅の唇で挟みながら咀嚼そしゃくし、己の栄養分へと吸収していく。


 一ヶ月以上生活を共にしてわかったことだが、彼女の味の好みは結構お子ちゃまだ。


 異世界で魔王をやっていたというから、さぞ味にうるさいのではと思っていたら、全然そんなことはないわけで。


 ハンバーガーを買ってきたら凄く喜ぶし、一緒に付いてくる塩味の強いフライドポテトは指ごとしゃぶる勢いで食すわで、その様子はまるで大きな子供のそれ。

 

「今、わらわのことバカしているじゃろ?」


 突然訝しむ視線を向けられたので、思わず肩を揺らして反応してしまう。


「なんじゃ、その陳腐ちんぷなリアクションは。お前の考えていることなど、手に取るようにわかるわ」


 嘆息混じりに呆れ顔を浮かべる彼女に、俺はただ苦笑するばかり。


「いつかお前も、ういんなーとそーすの相性の良さにきっと気づく時が来るじゃろう。その時まで、参謀の地位は空けておくことにする」


 不敵な笑みで人の食事を眺めているところ申し訳ないが、鼻の頭にソースが付いていてカッコいいセリフが台無しになってますよ?


 魔王様は、肝心な決めたいところに限ってツメが甘い。


「それよりもお前、そんなにのんびりしていてよいのか? そろそろ家を出る時間じゃろ?」


 壁にかかった時計の時刻は、もうすぐ8時半になろうとしていた。

 俺は急いで残りのおかずとご飯をかきこみ、上着を羽織ると仕事カバンを手に玄関へと向かう。


「――ちょっと待つがよい」


 靴を履いている最中、背後から彼女に声をかけられ振り返ると――俺の頬に柔らかくて温かく、そしてほのかにソースの匂い香るものが触れた。

 

「......人間のオスが、仕事に行く前にされるともっとも喜ぶ行為だと聞いてな。なるべく『ざんぎょう』なんかせず、早く帰ってくるのじゃぞ?」


 された本人以上に、仕掛けた側の方が顔を真っ赤にして俯いてしまっている。


 ――今度、普段彼女がいったいどんなサイトを見ているのか、一度しっかり把握しておいた方がよさそうだ。

 同居人として......。


          ◇

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自称・異世界の魔王彼女様、俺のために毎日味噌汁を作ってくれる。 せんと @build2018

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