第3話【魔王様、初めてクレープを食べる】

「んーーーー!! なんという上品な果実の甘美あまみと美味さじゃ! ほっぺたが落ちてしまうわー!」


 クレープを頬張る彼女の瞳には、まるで少女漫画に出てくる女の子のような、無数の小さな星が見えていた。


 下着売り場で用を済ませ、数軒のお店をぶらぶら見て回ったのち、彼女の行きたかったお店が入っているフードコートへとやってきた。 


 休日の昼時だけあって混雑はしていたが、少し早めにやってきたおかげで席はなんとか確保できた。


「今しがた食べた『おこさまらんち』も噂以上の美味じゃったが、ここは天国か何かか? 

我が魔王城にもこのような設備が是非とも欲しいのう」


 念願だったお子様ランチの味を思い出していたのか、彼女は頬を緩めて幸せの笑みを浮かべている。


 本当は小学生以下は注文することができないのだが、無理を承知でなんとか注文をお願いしてみたところ、快くOKしてくれた。


 お店の方、お忙しい時間帯なのにありがとうございます。


「お前も一口どうじゃ?」


 唇にラズベリーソースを付けたまま、彼女は俺の顔の前に、自分が今食べているクレープを差し出した。

 いわゆる『あーん』というシチュエーションである。


「恥ずかしがっておらんで、早く食え。嫌なら、わらわが口移しで食べさせてやっても良いぞ?」


 躊躇ちゅうちょしていると、ニヤニヤ顔で唇の周りを舌なめずりして迫る。

 

 今俺がもし、からかい返しで『じゃあお願い』と言ったら、彼女は瞬時に顔を赤く染めて狼狽するのは目に見えていた。

 仕方がないので、ここは彼女のからかいに乗ってあげることにしよう。


「どうじゃ? ほっぺが落ちてしまうような勢いの美味であろう?」


 口の中にラズベリーとブルーベリーの甘味と酸味が強烈に広がるのを、生地が上手くバランスを調整してくれていて、思ったより甘々しくなく味に仕上がっていた。


 彼女の分を一口貰ったのだからと、今度は俺が自分の分、サラダクレープを差し出す。


「わらわはよい! 大勢の人間を前にして行うには、いささかレベルが足りぬ」


 頬を朱に染め、恥ずかしそうに全力で首を横に振った。


 相手に食べさせるのはいいけど、自分が食べさせてもらうには抵抗があるらしい。


 可愛いらしい魔王様だ。


 そもそも俺が彼女のクレープに口を付けた時点で、間接キスが成立しているというのに。


「おい、お前の『すまほ』が何やら振動しておるぞ」


 言われてテーブルの上に置いたスマホに目をやれば、そこには会社の同僚からの通話着信を示す表示が。


 この場で話すのはマナー違反だと考え、俺は彼女に一言断りを入れ席を立ち、少し離れた場所で電話をすることに。


 数分後。

 彼女の元へ戻り席に着くと、俺のクレープが席を離れる前より、明らかに半分以上短くなっていることに気づく。 


「な、なんじゃ、その疑いの眼差しは......わらわではないぞ? ...そう! 妖精がお前

のクレープを食べたのじゃ! 気づいた時には既にかなり浸食されておってな」


 あくまで妖精の仕業だと言い張る彼女の唇には、動かぬ証拠のマヨネーズソース。


「......お前さえよければ、わらわの残りの分、食べるがよい......」


 視線を彷徨わせ、彼女は食べかけの自分のクレープを差し出した。

 素直に謝れないところが、魔王様な彼女らしくて微笑ましい。



 ***



 目当ての物を食し、次に二人で訪れた場所はゲームセンター。

 これまで回ってきたお店とは明らかに雰囲気の違う店内に、彼女は興味津々。


 中でも最初に興味を持ったものは、最近では置いてあるお店も少なくなった大型ガンゲームの筐体。

 せっかくなので、試しに二人でプレイしてみることに。


「アンデット如きが、魔王たるわらわに反抗するとはいい度胸じゃ。返り討ちにしてくれる」


 少し前まで異世界で現役の魔王をやっていただけあって、威勢はそれっぽかったが。

 

「何故じゃ! 『たま』が、『たま』が出ぬぞ!?」


 リロードが上手くできず、俺のフォロー虚しく彼女は敵の攻撃を見事に喰らいまくり、1面クリアを待たずに二人揃ってゲームオーバー。


「ぐぬぬぬぬ......魔法さえ使えれば、あんな低級スケルトンなぞ造作も無く捻り潰せるというものを。大体、お前も魔王たるわらわをしっかりサポートせぬか! それでもオ

スか!」


 自身の無力さを嘆き、最終的に俺に当たる。

 そんなこと言われても、ガンゲーム自体ほとんどやった経験がないのでサポートどうこう言われても困る。

 結局もう一度プレイして、一面はどうにかクリアはできた。


 次に彼女が興味を持ったものは、バスケゲーム。

 ルールは制限時間内に、どちらがどれだけ多くのボールをゴールに入れられるかで勝敗が決まる。


 圧倒的にバスケ経験者の俺が有利と思われていたこのゲームで、彼女の意外な才能が発見できた。


「左手は添えるだけ――ほっ!」


 シュートのコツをほんの少し教えただけで、彼女はどんどんゴールを量産していった。

 俺も負けじと本気で挑んでいるのだが、やる度に彼女のシュートの精度が増している気がして、段々勝てる気がしなくなってきた。


「お前の力はその程度か――諦めたらそこで終了だと言ったのはどこの誰じゃ?」


 俺の気持ちを悟ったのか、何度もシュートを決めながら、彼女は魔王らしからぬ熱い言葉を放つ。

  

 その言葉に、失われた闘志が今一度蘇った。


「それでこそわらわが見込んだオス。もう一度勝負じゃ!」


 次こそは彼女に一泡吹かせてやる、そう意気込んでボールを掴んだのも束の間。


 気づけば連続でバスケゲームを楽しむ俺たちの後ろには、彼女が軽くジャンプした時に見えるパンチラ目当てで無数の男たちの人だかり。


 しかも彼女が今履いているのは、買ったばかりの黒パンツ......。


 制服姿にその組み合わせ、おまけに彼女は結構なレベルの可愛いくて美人さん。

 

「な、なんじゃ! まだ勝負をついておらんぞ!?」


 事情を説明したところで、うぶな彼女は赤面すること間違いなし。

 俺は無言で彼女の手を引いて、ギャラリーから逃げるようにその場を立ち去った。


 

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