第5話 「研究」

「くっくっくく…」


 木下は思わず声を出して笑うと、ビールの缶を傾け、ぬるくなった液体をぐいっと喉の奥に流し込んだ。

 あいつらの顔、サイコーだったなぁ。

 木下は今日の午後の出来事を思い出しながら、自分の部屋でささやかな祝杯をあげていた。


 あれから、田中洋子は応接室に運ばれ、ソファに寝かされた。

 木下は彼女が倒れた直後、まるで何事もなかったかのように床に散らばった書類を片付け、仕事に戻った。二人の事務員が大騒ぎしているのを横目に見ながら。

 それでも二人の事務員は、木下に何も言わなかった。痛いほどの視線は感じたが、話しかけてくることはなかった。結局、田中洋子は貧血による早退、ということになっていた。


 あの三人の驚愕の表情。その後の、自分を見る目、態度…。それを思い出すたび、木下の背中に快感が走り抜け、言い知れぬ高揚感を覚えさせる。

 おかげで先ほどから木下の股間は、膨らんだまま元に戻ろうとしなかった。


 木下は残り少なくなったビールを一気に空けると、


「さてと。研究、研究」


 わざと声に出してつぶやき、こたつに入ったまま茶色い紙袋を手元に引き寄せた。

「西脇書店」と店名の入った紙袋の中身は、大量の本だった。狂人を扱った小説や、精神薄弱、多重人格などの精神病に関する本だ。今日、会社からの帰りに木下が買い込んだものだ。


 どれが使えそうかなぁ…。


 木下はひとまず「心の病とその行動」という本を手にとり、ぱらぱらとめくり始める。

 不安……何かに怯えるような……幻覚……幻聴……記憶障害……小さな虫……異常な執着…。

 木下は気になる箇所を見つけると、次々にページの端を折って目印をつけていく。


 …恐怖……電波が……歪んだ性欲……自傷行動……動物的……解離……てんかんのような発作……心神喪失……心神喪失? その文字を見たとき、木下はふいに田中洋子のことを思い出した。


 あの女…。また、例の快感が木下の脊椎を走る。


 木下はあの田中洋子という事務員が好きではなかった。

 おそらくは、木下がいつも石田にいびられているせいだろう。日頃から、木下を馬鹿にしている節があったのだ。

 その生意気な女が、自分を見て、気を失って倒れる。そのシーンを、木下は反芻した。

 悲鳴をあげ、ゆっくりと仰向けに倒れていく田中洋子の細長い身体。どうっ、と床に背中を打ちつけるとともに、跳ね上がる長い美しい二本の足。裾のめくれ上がるスカート。四つん這いの木下の目に飛び込んだ、スカートの奥の、ストッキングに包まれた白い下着…。

 木下は興奮していた。本を放り出し、右手が股間に伸びる。


 はぁー、はぁ、はぁ


 荒い息を吐き出しながら、木下はその行為に没頭した。木下は想像の中で、田中洋子を何度も何度も凌辱していた。

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