第25話 クラス1モンスター:ゴブリン集団戦2

「gi!」

「gyagya!!!」


 小麦が召喚の為に魔力を練り始めると、それを感知したゴブリンもすぐさま行動を開始した。数匹のゴブリンが競い合うように集落から飛び出し、その勢いのまま俺と小麦が隠れる草木へと一直線に向かってきたのだ。


(貪欲で短絡的。これぞゴブリンって感じだねぇ。)


 モンスターにとっては魔力がご飯に該当するのだから、そんなものが近くで発していれば確認に向かいたくなる気持ちは分からないでもない。しかし、それまで無かったものが突如として発生したのであれば、それはどうあっても作為的なものだろう。俺だったら敵襲の可能性を考慮して様子見を選択するね。


(まぁ、向かってくる方が楽で良いけど。)


 魔力を感知して襲ってくると言っても、それは集落内のゴブリン全体から見ると1割にも満たない。流石に全てのゴブリンが無鉄砲な訳では無いのだ。

 それならば残りの9割は何をしているのかとと言うと、集落内で警戒体制を強めているか……或いは歳若いゴブリンを引き連れて逃げる準備をしている。


 このような非好戦的なゴブリンを如何いかにして取りこぼさずに殲滅するか、それが冒険者にとっての腕の見せどころである。

 召喚獣を召喚してから集落に近づかなかったのも、敵に逃げ出す時間を与えない為だ。



「giiiii!?!?」

「gaguga!!!」


 とまぁ、そんな皮算用を思考のすみに置きながらも手足は休むこと無くゴブリンの迎撃に当たっていた訳だけれど……流石にその全てを黙殺しきる実力は俺には無い。

 甲高いゴブリンの断末魔。これでついに外敵襲来がゴブリン全体に伝わっただろう。間違いなく、ゴブリンの警戒態勢が1段階上がった。


(残りは……27匹か。)


 餌に群がるこれまでのゴブリンであれば奇襲と罠を用いるだけで間引けていたが、ここから先はそうもいかない。そうもいかないが……今回の俺の役目は時間稼ぎなんだよね。


召喚サモン、カーくんっ!」


 序盤を魔道具師が時間稼げば後は召喚術師の出番である。待ち侘びた小麦の声音と共に湾曲した空間は人間大サイズの召喚獣を一体生み出した。



「rrrrrr」


 人型でありながらも人より痩せぎすな胴体に、人体と呼ぶには雑過ぎる・・・・手足。

 まるで子供が粘土で作り出したマネキンのように細部に拘ることなく大雑把なパーツのみで構成されているそれ召喚獣はクラス1ではあるものの、耐久力に定評のあるゴーレム系。呼び名からは威厳も何も感じられないが、これでもれっきとしたウッドゴーレムなのである。まぁ……ウッドゴーレムと言うよりも案山子カカシにしか見えないんだけども。



 強そうな外見とは言い難く、実際にもウッドゴーレムはそれ程攻撃力がある召喚獣では無い。小麦以外に集団戦の先陣として召喚する人が居ない事を考えれば、如何に小麦の初手が珍しいかが分かるってものである。

 ……それならば何故、小麦はウッドゴーレムを初手の召喚に選んだのか。そこにこそ、召喚カードの奥深さが詰まっている。



「志麻先輩、行きますッ!」

「背中は任せろ!」


 ウッドゴーレムのカーくんを先頭にして、2人と1体はゴブリン集落に吶喊とっかんを仕掛ける。殺傷能力にこそ劣るものの、見た目以上に力強いウッドゴーレムならばこの様なゴリ押しが有効なのだ。ゴブリンと大差の無い体格でありながらも、スケルトンを超える魔力補正がそれを可能にしている。


「gyaga!」

「gigi!」

「gugug!!」


 とはいえ、『ゴリ押し』の言葉通りに押し進むだけでゴブリンの個体数を減らせていないのであれば集落中心に近づくにつれて囲まれていくのは目に見えていた。


「カーくん、スキル!」


 襲い掛かる数多のゴブリンを前に小麦がカーくんのスキルを発動させる。ウッドゴーレムのスキル《根を張る》は文字通りウッドゴーレムの足がその場に根付くことで動けなくなる代わりに地面から養分補給を受けられる。その効果は身体強靭化とノックバックの無効化。これにより、圧殺されかけていた状態からウッドゴーレムは持ち直した。


 ただし、それで稼げた時間は数秒程度だろう。進み続けていたからこそ正面からしか攻撃されていなかったのを、足を止めてしまったのだから……でも、これで準備は整った。



連鎖召喚チェインサモン、大麦ちゃん!」


 掛け声と共に集落全域を覆い尽くしたのは、黄金色の麦畑。小麦は召喚に時間と魔力の掛かるエリア召喚をノータイムで発動させたのである。

 そう、これが召喚カードの真骨頂。相性の良さを活かした連鎖召喚。そのカラクリはこうだ。



 第1段階、小麦は自身と相性抜群なウッドゴーレムを召喚する。この際の相性一致ボーナスは召喚維持コストの減少だ。


 続いて第2段階。外敵の前に立ち塞がる状況も含めて、スキルを使用したウッドゴーレムは紛れもなく、案山子になる・・・・・・。実はスキルの効果以上にこの仕様こそが肝心なのだ。



 案山子がそこに立っている。であればそこは……『畑』として扱われる。常識的に考えれば(肝心の畑がないのだから)そんな訳はないのだけれど、常識が通用しないのが召喚カードだ。


 そして、エリア召喚は周囲との環境差によって召喚時間が変化する。俺の白紙のエリア召喚がそうであるように、元の環境と大差ないエリア環境を召喚する場合には召喚速度が格段に早まるのだ。加えて、黄金色の麦畑とも相性の良い小麦は相性一致ボーナスとして召喚コストが大幅減少している。

 これこそが小麦がウッドゴーレムを召喚かつ動き回りながらもエリア召喚を行えたカラクリである。



「gi……!??」

「gigiga!」


 突然のフィールド変化にゴブリンは足を止めて困惑しているが、それは悪手だ。なぜなら、この連鎖はこれだけでは終わらない。


連鎖召喚チェインサモン……バッたんっ!」


 トドメの第3段階。それは召喚獣でありながらも、エリア召喚以上に劇的なフィールド変化を生み出した。

 魔力に満ちた黄金色の麦穂が消え失せると、代わりに現れたのは『ぎちぎち』と不協和音を押し寄せる黒い波。

 音の正体は『声』ではない。その召喚獣に声は存在しない。にも関わらず発生したその音源は言うなれば……ただの生活音。




 召喚カードの中には1枚で複数体の召喚獣を呼び出せるカードもあり、小麦が使って見せたのもその1枚。『複数体呼び出せる』と聞くと強力なカードに思えるかもしれないが、この手のカードには往々にして『1体ごとの性能は大したことがない』であったり、『召喚数は込める魔力によって増減するが、最大で10体程度』と言った制限が課されていたりする。

 小麦が使用した『軍隊バッタ』の召喚獣もその例に漏れず、大量の時間と魔力を消費してゴブリンにも劣るバッタを最大で10体召喚する程度の召喚カードでしかない。本来は、その程度の性能しかないカードだったのだ。



 それが、『畑があるならばバッタが居てもおかしくは無い』と言う理由から召喚時間が大幅短縮。

 確かに、畑にバッタがいるのはおかしくないけどさ……それにしたって限度はあるだろう。一瞬で畑を【根絶やし】にしたその量たるや10匹どころではない・・・・・・・・・。正に蝗害こうがい。音の正体は、単純にバッタ同士が擦れ合う音だったのだ。

 そう、小麦と軍隊バッタの相性一致ボーナスは……召喚個体数の制限解除。


(相変わらず、このコンボはえげつないなぁ。)


 黄金色の麦畑を白紙1歩手前まで破損させるデメリットはあるものの、麦畑に宿る魔力を代替にして100体にも及ぶ召喚獣リターンがあるのだ。この一手だけで集団戦の根底がひっくり返ってしまっている。



「さぁみんな! お食事の時間だよ~。 残さずぜーんぶ、食べましょうねぃ!」


 ここまで華麗に連鎖が決まってしまえばもう敵に為す術はないだろう。差程の時も経たずに集落内のゴブリンは吹き飛ばされる・・・・・・・か、軍隊バッタの海に沈んでいくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

召喚術師は今日も自分で戦う 優麗 @yuurei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ