第16話 決着

(魔道具師の中でも抜群に強いね~。 それにやっぱり無茶に慣れているって言えばいいのかな。)


 だからって無茶しすぎなのは問題だけども。追加でそう思いながらも、これが対戦を通して弥生が志麻に抱いた感想だった。


 ただ、そうは言っても志麻よりも優れていると有名な魔道具師は他に沢山居る。それこそ大猪を真正面から打倒出来る怪力自慢の前衛型魔道具師に、様々な魔道具を使い分けて戦う後衛型魔道具師。彼らには彼らの強みがあるのだから、一概に『誰々の方が強い』とは言えないだろう。

 それでも、弥生が強いと思える魔道具師はやはり志麻だった。



(うわっ、危な……えぇぇ!? また召喚獣を倒さずに無力化してる……。)


 対戦を見ているだけでも分かる生存能力の高さと召喚獣モンスターに対する圧倒的知識。

 今回の対戦で特に圧巻だったのは、召喚術師に対して小さな巾着袋を投げ付け、それをクラス1召喚獣のコボルト犬亜人に切り裂かせた場面だろう。召喚術師への攻撃を召喚獣に迎撃させておきながら、巾着袋の中身は人にとって害となる代物ではなかった。

 そう、本命は召喚獣。切り裂いた事で爪に付着した異臭はコボルトにとっての劇物で、志麻は投擲と言うたったの一手でコボルトを完封してみせたのだ。



(やり口がえげつないな~~。)


 この手に限らず、志麻は常人がやろうとしない事でも効果があると思えば平気でやってのける。

 常人がやらないと言うことはそこには何らかのリスクが含まれていることも多くあるのだが、それでもそこに躊躇無く踏み込める志麻なら、どんな敵が相手でも勝利の可能性を残せるだろう。それが弥生には危うくも、強くも見えた。


 『常識』と呼ばれるブレーキが壊れているだけではない。『危険』と呼ばれるアクセルを雨天時のワイパーかなんかと勘違いしている。

 心·技·体のバランスは高水準で取れているけども、そのバランスを綱の上で取っているのが志麻だ。人の身体にはエアバッグが備わっていない事を志麻は知らないのかもしれない。弥生の志麻に対する評価は事故の1歩手前であった。



 ただ、そう思える程の大立ち回りをしていただけあって、志麻と召喚術師の対戦は徹頭徹尾志麻の狙い通りに進んでいく。そして驚くべきことに、序盤こそ拮抗していた2人の対戦は志麻の目論み通り、開始から3分後に幕引きとなった。


 トレーニングルームから1人分の影が消える。被ダメがセーフエリアの許容量を超えたため、強制的に隣室に排出されたのだろう。


「これにて決着ですね。 勝者は召喚術師・・・・野下・・!」


 そう。狙い通りに進んでも尚、志麻は敗者だった。



◇◇◇


「クソ、手こずらせやがッて……。」


 召喚術師は弥生の元に向かいながらも自身の戦果に文句を付けていた。勝てばそれだけで全てが丸く収まる訳では無い。死亡した召喚獣こそいないものの、装備の損耗と召喚獣の怪我。これで手に入るのがクラス1の魔石だけであったなら優しく見積もっても大損になってしまうのだから、愚痴をこぼしてしまうのも無理は無いだろう。

 ネギを背負ったカモを狩るはずが、カモが背負っていたのは機関銃だったようなものである。背負うとカタチが似ているだけにタチが悪い。


「野下さん、お疲れ様です。 最後は圧倒的でしたね~!」


 不機嫌な召喚術師を持ち上げるように弥生は労いの言葉を贈る。尚、労っているように装っているだけで実際には全くそんな気はない。『最後は圧倒的』と言うことは『最後以外は圧倒的でもなんでも無かった』と言っているようなものである。

 『序盤は魔道具師有利』と言うのは言い換えるなら『序盤以外は召喚術師有利』と言う事だ。それなのに最後しか圧倒的では無かったと言うのはむしろ屈辱的ですらある。


「私はこのあと志麻くんの様子を見に行かないといけないので、まずは先に野下さんへ勝者報酬をお渡ししますね。」

「おう、あんだけ大口叩いて負けたとなりァ、メソメソ泣いているかもしれないからなァ? 代わりに慰めてやってくれやッ!」

「あはははは……そうであれば良かったんですけどねぇ~。」


 この程度で折れてくれるぐらいなら、弥生だって気苦労はしない。内心の否定を乾いた笑顔で隠しながらも、対戦前に受け取っていた志麻の魔石袋を召喚術師へと手渡した。対戦後の揉め事を減らすために、賭けベットの品は事前に受け取っているのだ。



「おォ、これは中々ッ!」


 受け取った魔石袋の重みは召喚術師の予想を超えていたのだろう。『待ちきれない』と言わんばかりの笑みを浮かべながら、召喚術師は魔石袋へと手を突っ込んだ。


「……ァ?」


 ただし、召喚術師が笑顔を浮かべていられたのは取り出した石を見るまでである。取り出した石はクラス1の魔石よりも確かに大きい。確かに大きいが……ただの石・・・・だったのだ。


「待て待て待て、これはどういう事だァッ!?」

「そうそう、志麻くんから伝言があります。 『賭けベットに魔石袋内の魔石をとの事だが、それだと何もあげられない・・・・・・・・のが申し訳ないから、せめてその袋の中の石は全て持って帰っていい。』との事です。」

「はァ!? おい、まさかッ!!」


 魔石袋の中身を一つずつ取り出して確認する余裕は今の召喚術師には無かったのだろう。魔石袋をひっくり返すと、ジャラジャラと沢山の石がトレーニングルームの床に転がっていく。その中に魔石は1つも含まれていない。


「どうなってやがるッ! 魔石がッ、1個も入ってねェぞ!?」

「ああ、だから志麻くんは事前に『魔石袋の中身は大したことない』って言っていたんですね~。」

「ッ!? いや、だが俺が賭けベットを魔石袋の中身にした時、魔道具師は嫌そうな顔をしていたはずだァ!!」


 心当たりはある。なんなら『賭けの釣り合いが取れていない』とまで言われていた。しかし、『それではおかしい!』と言うように召喚術師はここに居ない志麻へと噛み付いていく。

 本来ならその場に居ない者への噛み付きが意味を持つことは無かっただろう。しかし、今回に限っては全てを理解した第三者がその場に居た。


「確かに志麻くん、賭けベットを決める際に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていましたけど……それって賭けに対してじゃなくて、野下さんが自分より上位クラス・・・・・・・・・だったからじゃないですかね~?」


 そう、志麻が内心で舌打ちをしていたのはあくまで召喚術師のクラスについてだけ。召喚術師は勘違いしていたようだが、賭けについて志麻は何とも思っていなかったのだ。



「そ、それなら魔石袋の中身を別の場所に移したんじゃないかッ!? いくら何でも、1つも魔石が入ってないのはおかしいだろうがよォ!」


 そもそも、お金にならないただの石が魔石袋に入っている時点でおかしいのだが、召喚術師の頭はそこまで回らない。想定外の状況への対応の甘さは志麻の指摘した通り、冒険の不足だろう。


「そうは言われましても、賭けベットはトレーニングルームに着いてから決めたので、隠す場所も時間も無かったと思いますよ~? それに、志麻くんが今魔石を持っていないことは私が保証します。」

「んな……どうなッて、やがる……?」


 欲していない保証は得られても、欲する解は得られず。召喚術師は暫しその場で呆然と立ち尽くすのだった。

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