第6話 魔石の行方


「改めてになるが、援護感謝する。 おかげでこの通り、五体無事に生き残れた。」

「どういたしまして。」


 2度目にして対面となる礼は周囲の視線さえ気にしなければ実に淡々と行われた。

 妖精姫自身、恩だなんだと気にする性格では無いのだろう。それ以前に他人への興味が薄いようにも感じられるが、クラス3召喚術師に顔と恩を覚えられる事の方が恐ろしいので無難にやり過ごせるならそれに越したことはない。

 あちらは有名人なのだ、このように話す機会ももうないだろう。

 それに、取り巻きに名を覚えられたくないので出来れば名乗りもあげたくない。



 そんな妖精姫と対象的なのが、周囲から放たれている無言の圧力である。発している人員の多さも相まって、目に見えないのに見えているかのように心身深くに突き刺さってくるが……要するに、『余計なことは言うな』、『余計なことはするな』と言いたいのだろう。だからと言って、圧に屈する気は無い。



(さて、ここからが本番だ。)


 妖精姫と対面するまで近付けた事で遂に交渉の場へと漕ぎ着けたが、露骨にドロップアイテムを要求するのはナンセンスだろう。可能であれば妖精姫の側から譲渡の旨を口にしてもらいたい。

 効果的な会話の切り出し方に思い悩んでいると、意外なことに先に話を振ってきたのは妖精姫だった。


「貴方、魔道具師なのに階層渡り相手に善戦するなんて凄いわね。」

「いくら善戦しようが、勝てなきゃ意味は無いけどね。 まぁ、賞賛の言葉は有難く受け取っておくよ。」


 体力こそまだ戻らないが、モンスターに襲われる危険度が低下した事で気持ちに余裕が出来てきた。

 妖精姫の世辞に肩を竦めながらさも当然のように返答してみせるが、疲労感の残っている表情の前では様になっているかは微妙な所である。



「1人なのに、無茶をするわね。」

「1人だからこそ出来る無茶さ。」

「……なるほど、言い得てる。」


 仮にパーティーを組んでいたならば、これほど安易に階層渡りに挑んだりは出来なかっただろう。そういう意味で言えば、1人で階層渡りに挑むのは無茶かもしれないが、1人でなければそもそもその無茶に挑戦さえ出来なかったのだ。

 俺の軽口に、言葉尻だけでなく妖精姫の視線がじんわりと和らいだように見える。もしかしたら今のは微笑みだろうか。だとしたら出だしは好調だ。


「でも、こんな無茶ばかりしていたらそのうち死ぬわよ?」

「いや、今回はたまたま学生が近くに居たから逃げるに逃げられなかっただけで……普段だったらもう少し上手にやっているぞ?」

「なにそれ、『普段だったら無茶はしていない』とは言わないのねっ?」

「魔道具師がダンジョンに潜っている時点で無茶は織り込み済みだからなぁ。」

「それは、そうかもしれないけど……。」


 俺の自虐に返すべき言葉が見つからなかったようで、妖精姫は表情を曇らせた。

 これ、魔道具師内では鉄板のネタだから笑ってくれて良いんだけどな。妖精姫は随分と真面目なようだ。

 尚、曇った表情であろうとも可愛らしさに曇りはない。美少女ってすげー。


「それなのに、学生を守ったのよね。」

「インストラクターが3人も着いていたから、俺が守る必要あったかは分からないけどね。」

「……そのインストラクターは、何処にいるの?」


 妖精姫の質問には再び肩を竦める形で回答とする。安全を重視するなら、階層渡り足止め・討伐の義務を放棄してでも逃走を選ぶ気持ちも分からないでは無い。


 それに、『守った』と言えば聞こえは良いが、実際には俺だってインストラクターの援軍を期待して時間稼ぎしていただけなのだ。わざわざ好印象を崩す必要はないので、そこまで説明する気は無いが。



 義務を放棄したインストラクターと反比例の形で俺に感心している今なら交渉も上手くいくかもしれない。この勢いのまま邪魔が入る前に話を進めてしまおう。


「それで、この魔石なんだが。」

「それならあげるわ。」

「! そうか、それはありがたい!!」


 素っ気なくももたらされた吉報に胸の内でガッツポーズを決める。リスクを負った分、リターンはあったようだ。今なら妖精フェアリーとハイタッチを交わしても良い。

 欲しかった言質を得られた事で話し合いは俺の狙い通りに進行していたが、それに慌てたのはそれまで蚊帳の外に放り出されていた取り巻きたちである。


「お姫さま、お待ちください! こんな魔道具師に魔石を持って行かれて良いんですか!?」


 なにが『持って行かれて良いのか』だ。

 俺が持って行かなくとも、取り巻きの誰かが持って行くだろう。それなのに臆面も無くそんな事が言えるのだから、彼女たちの面の皮はオークより分厚いのかもしれない。



「この階層の魔石は拾わないって決めているから、別に良いわよ。」

「でも、あの男は召喚術師じゃなくて魔道具師ですよっ!?」

「ええ、そうね。」


 どこの誰とも知らぬ魔道具師よりも自身のファンである召喚術師を優先させる者は多い。直接的に言葉に出さずとも、取り巻きが言いたい事はそういう事なのだろう。



「それでも、戦闘に参加していない人の手に渡るよりは功労者である彼が受け取るべきではないかしら?」

「それは……。」


(おっ、ここまで援護してくれるとは!)


 召喚術師の大半は魔道具師を下に見ている。それなのに、まさかこれ程の援護射撃を貰えるとは思ってもいなかった。それに、この理由であれば妖精姫が悪く言われることも無いだろう。


 ともあれ、これで魔石の所有権は完全に俺の物で確定だろう。決定したのは妖精姫だと言うのに、彼女に強く出れない取り巻きは怒りと妬みの視線を俺へと向けてくるが一切を無視する事にした。

 棚にぼた餅が入っていないからって癇癪起こすのはお門違いである。




 階層渡りとのあれやこれやが片付けば妖精姫はすぐにでも下層目指して去ってしまうのかと思ったのだが、暫くはこの場に留まっていた。

 先程の戦闘で使用した魔力の回復待ちだろうか。彼女がいれば安全に休息を取れるので

俺にとっては願ってもない事である。



「そういえば、貴方。 以前に私と会ったことない?」

「…………それは、言葉通りの意味で?」


 まるで、ふと思い立ったから聞いてみた程度の気楽さが込められた問いに『ナンパなら大歓迎』と軽口で返しそうになるが、今回に限っては相手が悪すぎる。

 もし、妖精姫にナンパされたなんて事が周知されようものなら針のむしろに居た方が安全なぐらい敵を作ることになるだろう。


「? 言葉通り以外にどんな意味があるの?」

「ああ、いや、それならいいんだ。 ええと、君と会ったことだったか? ないな。 その特徴的な髪と瞳は一度会っていればまず忘れない。」

「そう……よね。」


 妖精姫は歯切れの悪い言葉で濁すばかりで続きを語ろうとしないが、一体なんだったのだろう。やぶ蛇が怖くて聞くに聞けない。



「じゃあ、そろそろ行こうかしら。」


 最後の問いかけこそよく分からないままとなってしまったが、それ以外は何事もなく妖精姫は遠征を再開させる。


(俺も、そろそろ帰還するか。)


 気を張る必要がなかった休息のおかげで十全とまでは言わないが、それでも第1階層で遭遇するから逃げ隠れられる程度には体力の回復が出来た。

 ……もしかしたら、彼女の休息は俺の回復を待ってくれていたのかもしれない。たまたまかもしれないが、もう一度お礼を言っておこう。感謝の言葉も口にするだけならタダだ。



「そうか、世話になった。」

「それ程の世話をした憶えはないけれど……でも、そうね。 その言葉は受け取っておくわ。」


 もう用はないとばかりに、妖精姫はヒラヒラと手を振りながら背中越しに最後の言葉を交わす。


「だから、私の世話を無駄にしないように死なないように気を付けてよね。 『魔道具師マギ・コレクター』」

「言われるまでもない。 そちらこそ遠征の無事を祈っている。 『召喚術師ハイ・サモナー』殿。」



 それだけ言うと、妖精姫は振り返ることなく立ち去ってしまった。

 騒音の元でもあった取り巻きも居なくなったことで、辺りにはダンジョン特有の静けさが戻ってくる。妖精姫の手前、無理に上げていた気持ちを落としきるには十分な静けさである。



「…………くそっ。」


 階層渡りと戦えば怪我することぐらいは分かっていた。だが、それだけならば身体の傷だけで、心の傷にはならない。

 それが心身の傷となるのは……こうして、自身の立ち位置を自覚させられるからだ。


 今回の俺の行動はほんの少し戦闘に貢献しただけで本質は彼女たち、ハイエナと変わらない。

 そう、俺は今回も勝てなかったのだ。正に負け犬である。あぁ、惨めだ……。

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