第7話 冒険者ギルドにて

「そういえば志麻しまくん、また1人で階層渡りに挑んだでしょ~。 あんまり無茶し続けると、いつか本当に死んじゃうよ?」


 それは階層渡り討伐後たっぷり2時間かけてダンジョンから脱出し、ダンジョン入口を覆う形で建てられている冒険者ギルドでアイテムの換金を行っていた際に投げ掛けられた言葉である。

 投げ掛けてきた相手は何時もお世話になっているギルド職員さんだが、内容にはデジャブを覚える。俺はそれ程までに死にそうに見えるのだろうか?これでもちゃんと命は大事だと思っているんだけどな……。


 ただ、それはそれとして恐るべくはギルドの情報収集能力である。

 真っ直ぐに帰還した訳ではないにしても寄り道ばかりしていた訳ではない。それなのに俺が帰還するまでの間に階層渡りの出現から討伐に当たった関係者、所謂いわゆる討伐までの情報をギルドは把握しているのだろう。ダンジョン内の事だと言うのに、情報の伝達速度が尋常ではない。

 階層渡りの情報は人の生死に関わってくるので、このサポート力には頼もしさを感じるね。



「いや、俺だって挑みたくて挑んだ訳じゃ無いですよ? 今回は止むに止まれぬ理由がありましてですね。」

「あ、やっぱり階層渡りに喧嘩を売ったソロ魔道具師って志麻くんの事だったんだね。」

「……。」


 『オークにソロで立ち向かった魔道具師が居たってことまではギルドでも掴んでいたんだけど、それが誰かまでは分かっていなかったんだよね~。』と続けて語っているが、恐るべしはギルドの情報収集能力だけではなく彼女、弥生やよいさんのトーク力でもあったらしい。さすがは海千山千の冒険者を取り纏めるギルド職員である。

 決して、俺が御しやすい訳では無いと思いたい。でも、トーク内でさりげなくカマかけるの止めて貰って良いですかね???


「あと、その台詞は階層渡りに挑んだ回数が2桁を超えている人が言って良い台詞では無いと思うなぁ~?」

「勘弁して下さいよ。 その大半が若かりし頃の話じゃないですか。」


 確かに、これまで挑んできた全てが全て不可抗力だったかと言うとそうではないが、それでも今回はしっかりリスクとリターンを考えて挑んでいるのだ。無謀は無謀でもまだマシな部類の無謀なのである。


「あら、今だって十分に若いじゃない。」

「いやいや、俺ももう28ですよ?」


 召喚獣が居たとしてもダンジョン内を歩き回る事には変わりないので冒険者の多くが体力に優れる20歳前後であり、28歳ともなればベテランと言えなくもないが肉体の絶頂期は過ぎてしまっている。特に魔道具師でこの歳まで冒険者を続けている者は極僅かだろう。

 とまぁ、俺は冒険者にとっての一般常識を語っただけである。そこに他意はなかった。なかった、のだが。



「……28歳は、まだ若いよね~?」


 弥生さんは先程と変わらない笑みを表情に浮かべているが、俺の背中にはヒヤリと寒気が走る。

 ダンジョン脱出で気が抜けてしまっていたが、どうやら俺が踏んでしまったのは彼女にとっての地雷であったらしい……。



 ギルドの受付カウンター越しに会話を交わしている彼女の名前は夜明よあけ 弥生やよい

 俺が冒険者を始める前からギルド職員をしている弥生さんは当然、俺よりも年上だ。その相手を前に年齢の話を出したのだから、それはもう階層渡りを相手にする以上に命知らずだっただろう。

 勝ち目もメリットもない試合に挑んでもいいことなんてなにも無い。早々にお手上げを体で表す事にする。


「今のは冒険者としての話ですよ。 と言うか、分かって言ってますよね? オーク戦後に女神ヴィーナス戦ができるほどの体力残っているわけないんですから、若い・・冒険者をイジメないで下さいよ。」

「心配していたのは本当なのに、イジメだなんてヒドイ言い草だな~! まぁ、私は女神様だから許して上げるけどさ~~。」


 少しの不満を言葉に乗せながらも言外では満更でもなさそうな雰囲気である。向けられた笑顔にも温かさが戻っている。何度見ても見飽きることの無い、綺麗な笑顔だ。



(実際、俺より若く見えるんだもんなぁ……。)


 そう、妖精姫が妖精を思わせる可憐さなら、弥生さんは年齢を感じさせないエルフを思わせる美人さんなのである。



 スラリと線細く色白い肢体に智を伺わせる雅やかな所作はまるで雛人形が箱入りで育てられてお姉さんになった姿であるかのように、日本人の憧れを体現している。


 妖精姫のような日本人離れした何かがある訳では無い。全てが純和風でありながらも平凡から逸脱した美貌はいつの日か『月に帰ることになりました私、かぐや姫なの』と言い出したとしても納得出来てしまいそうである。

 多少なりとも俺が美女に慣れている理由の一つが彼女だ。



「でも、本当に身体は大丈夫なの~? 痛いところは無い?」

「怪我と言っても軽い擦り傷と切り傷がちょっとってぐらいなので大丈夫ですよ。」

「そっか~、階層渡りを相手に、立派になったものだねぇ……。」


 俺の新人時代を知られているだけに、弥生さんの感慨にくすぐったさを覚える。

 ギルド職員として誰よりも冒険者に献身的であり、事実として彼女に救われた冒険者は多い。俺が弥生さん相手に強く出れないのもそれが理由である。

 そんな弥生さんなのだから誇張抜きで女神と呼んでも差し支えはないだろう。



「弥生ちゃんッ! 魔道具師なんて良いから、俺の相手してくれよォ~!」

「はいはい、もうちょっとだけ待っててね~? 女性を立てて待ってくれる男性って素敵よねぇ~。」

「それは正にィ、俺の事だなッ!!」


 外野の呼び声からも分かるように弥生さんの人気は高い。

 自身を『荒くれ者』と自覚している冒険者にとっては物怖じせずに接してくれる綺麗な女性と言うだけで好感が持てるのは言うまでもないだろう。


 ただ、そんな荒くれ者であっても一線を引いて弥生さんに乱暴を働かないのは彼女の人柄だけが理由ではない。彼女の後ろバックに冒険者ギルド、ひいてはギルドマスターが付いているからだ。

 噂によると彼女はギルドマスターの血縁者であるらしい。


 その為、それこそ新人ニュービーでもなければ弥生さんを相手に悪絡みする冒険者は存在しない。

 逆に言えば、新人ニュービーがよく引っ掛かる罠なのであるが……なんでダンジョン外でまで罠を仕掛けられなきゃならんのだろうね。冒険者は過酷だ。



 ……でも、弥生さんって本当に何歳なんだろう。気にはなるが、勿論聞けるわけが無い。戦場はダンジョンだけで十分だ。

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