第2話 リスクとリターン

 その後も引率の先生によるダンジョン解説は続いていたが、何時までもそれを立ち聞きしているわけにはいかない。

 護衛で雇われているわけではない以上俺は俺で稼がなければならなかったし、そもそもボランティア精神で彼らを見守っていた訳では無いのだ。


 それならば、何故彼らの近くに陣取っているのかと言うと。


(これで3匹目と。 順調順調!)


 彼らの近くに陣取る理由、それは単純に……彼らを『撒き餌』にしていただけである。




 ダンジョンの階層は大抵何処もとてつもなく広い。

 見渡せば地平線が続いている景色からして語るまでもないことではあるが、現在も多くの冒険者が探索しているはずなのに滅多に鉢合わせしないことからもその広大さは伺い知れるだろう。


 そんなダンジョン内をモンスター探して回るとなると、それはそれは骨が折れる。

 それならいっその事、『モンスターを倒しやすい場所』または『モンスターが出現しやすい場所』で出待ちしていた方が効率良く狩れたりするのだ。

 ただし、そのような穴場情報は当然ながら誰も語りたがらないので、手に入れるにはそれなりのコツがいる。


 ちなみに、個人的にはくたびれたおじさん召喚術師を情報源とするのがオススメだ。

 それぐらいの年齢層であれば俺が生まれる以前からダンジョンに通っているので一般に流通していない情報にも詳しいし、程よく人生に疲れているが故に酒を何杯か奢れば口も軽くなる。

 そうして酒を奢って、いつの間にかこちらの口が滑らされるところまでが1セットである。酒は飲めども飲まれるな、とはよく言ったものだ。



 ともあれ、効率良くモンスターを狩る手法はこれまでに幾つも考案されてきたが、その中で最も有名なのが『撒き餌』を用意することである。


 モンスターは人間を見つけるや否や見境なく襲ってくる特性上、人の気配が多い場所に集中しやすい。

 人間が食料と言うわけでもないのになんでそんなに攻撃的なんだとは常々思うが、モンスターの生態なんて未だに分からない事だらけなので気にするだけ無駄だろう。

 そんな事よりも今考えるべきはその有用性。つまり、人の多い場所近くに陣取っていればモンスターを探し回らずともあちらから現れてくれるのである。


 中には他者ではなく自身を『撒き餌』にしながらダンジョン探索を行っている猛者もいるが、余計なリスクを背負いたくない俺はこうして外付けで『撒き餌』を用意している。



(よし、4匹目。)


 学生の気配に吸い寄せられるように移動していたホーンラビットに真横から奇襲を仕掛けると、体制を立て直す隙さえ与えず一蹴。ホーンラビットは魔石へと姿を変えた。


 これがモンスターと一般的な生物の最も大きな違いだろう。モンスターは生物と違って倒されると死体が残らない代わりにアイテムを落とすドロップする


 死体で貰えた方が絶対に獲得量が多いのだが、トドメを刺した瞬間には消えてしまうのだからどうしようもない。その代わり、全てのモンスターがたまに落とす魔石は非常に有用だ。

 それこそ第1階層で手に入る魔石だろうと需要は十分にあり、これが駆け出し冒険者の収入源になる。



(ん? あれは……大イノシシか。)


 続いて現れたモンスターは体長2m超えの野性味溢れるイノシシ。イノシシとしては大柄だがモンスターの中では一般的なサイズの範疇はんちゅうであり、動物系モンスターに分類されている。

 と言うか、体感的にはほぼ闘牛である。



 魔道具で気配を隠している俺にはまだ気付いていないようで、傍らをノソノソ歩いている今なら奇襲を仕掛ける事は可能だが……問題は俺自身の実力だ。

 俺の強さは主に生存方面に偏っており、直接的な攻撃力や防御力はそれ程高くない。倒せないことはないだろうが、倒すとなると時間は掛かるだろうし、リスクも大きい。

 主武器メインウェポンが短剣の時点で肉厚な敵には向いていないのだ。


(……うーん、コイツは見逃そう。)


 ここは無理をするべき場面ではないと判断。リスクとリターンから引き際を弁えるのも冒険者には必要なことなのだ。

 それに、モンスターを倒し過ぎるとインストラクターに横槍がバレる可能性もあるので、程よく見逃すぐらいがちょうど良い。



 つまり、旨味のないモンスターは全て押し付ければいいのである。インストラクター様々だね。



◇◇◇


「クソッ! 第1階層にこんな化け物がいるなんて聞いてないぞ……ッ!」


 モンスター討伐数も二桁に突入し、実入りの良さにホクホクしている所にそれは聞こえてきた。

 実地訓練の学生達とは反対方向からこちらに向かう悲鳴。まさしく『死の恐怖』に直面した者だけが浮かべる焦燥を言葉から感じ取り、ゾワリと悪寒が全身を駆け巡った。


 程なくして微かに感じられる大地を踏み鳴らす重量感は小型種ばかりの第1階層における異常事態イレギュラー


(っ! これは、間違いないな……。)


 亜人系モンスターの集団が第1階層の事故原因ナンバー2であるなら、それは単独モンスターでありながら事故原因ナンバー1。

 本来はこの階層で出現しない強さを持つそのモンスターの事を、『階層渡り』と呼ぶ。




 出現階層より1、2階層分は強い階層渡りはこの階層に限らず、どの階層においても事故原因最上位である。

 先の悲鳴は不運にもそれと遭遇してしまった冒険者が上げたものなのだろう。それでも命が残っているだけまだ幸運ではあったが、階層渡りに追われているのであればその運も長くは保つまい。


(さて、どうしたものか。)


 逃走中の冒険者はこちらに向かって来てはいるものの、恐らく俺の存在には気付いていない。であるならば、このままやり過ごすことはそう難しくは無いだろう。

 ただ、そうした場合には俺を通り過ぎた先に居る集団……ダンジョン実地訓練中の学生達にまで階層渡りが突っ込んでしまいそうなのである。


 それは状況的には最悪だ。インストラクターが着いているとは言え、学生を庇いながらの戦闘となると普段通りには戦えないだろう。死者が出てもおかしくはない。


 そうなってしまえば俺が引き起こした訳でなくとも、目の前で起こる惨劇を止めなかったのだから良心は痛む……が、逆に言えばそれだけだ。良心以外に傷は付かない。

 反面、階層渡りに手を出そうものなら心身共に傷だらけになるだろう。階層渡りの強さには波がある。リスクが大きすぎるのだ。


 冒険者は常にリスクとリターンを考える。非情だろうと、こっちだって命懸けなのだ。




 遭遇までもうあまり猶予は残されていない。距離が縮まったことで冒険者と階層渡り、両方の姿をハッキリと確認することができた。


 逃走中の冒険者は大怪我こそ無さそうではあるが、可哀想なぐらい全身ボロボロだ。

 もしかしたら、遭遇してすぐさま逃げるのではなく挑みかかったのかもしれない。階層渡りに追われているというのに召喚獣の姿が見られないのは……つまり、そういう事なのだろう。


 それに比べて階層渡りはピンピンしている。怪我1つ見られない。


(まぁ、相手がアレじゃね……。)


 視線の先に居たのは体長4mを超える肉厚的な巨体。

 モンスター種別タイプ:オーク。

 動きこそ極めて鈍重だが、攻撃力と回復力に優れたクラス3第3階層相当のモンスターだ。ここまで冒険者が逃げ延びていられたのも、この動きの遅さが幸いしたのだろう。


 防具類は簡素な腰蓑こしみのぐらいしか身につけていないが、手に持つ木製の棍棒は俺より大きく、相応の破壊力が秘められているのだろう。当たれば一溜りもなさそうだ。


 相手がオークとなると、俺の攻撃力で倒すのは不可能に近い……が、回避に専念するなら時間稼ぎは可能だろう。再度、リスクとリターンを秤に乗せ直す。

 危険リスクはなるべく避けるべきではあるが……冒険者にとっては冒険する事もまた必要なことなのだ。



(……やるか。)


 腰ベルトに差したアイテム収納ポーチから妖精丸薬の瓶を取り出す。

 このポーチも丸薬も魔道具の一種で、ポーチは見た目以上にアイテムを収納できるだけでなく、重さ軽減の効果を持つ。


 非常に便利な性能ではあるのだけれど、カードの世界に入れるようになった今となっては価値はそこまで高くない。

 ポーチに入れるまでもなくカードの世界に荷物を置けば良いのだから、それも仕方のないことだろう。カードの世界であれば重さだけでなく、時間経過さえも0にできてしまえるのだから。



 妖精丸薬は薬系魔道具の中では珍しいことにデメリットが存在しない代わりに、効能は微々たるものとなっている。それこそ、常用し過ぎると殆ど効果が感じられない程に。


 成分分析を行った学者によると魔力を豊富に含んではいるものの、特に変わった成分は検出されなかったそうだ。

 薬自体に刻まれている妖精風の紋様が効能に作用しているのでは?と言われているが、詳しいところは分かっていない。


 効能が微々たるものだとしても、それで良い。この薬に求めているのは現実的な効果ではない。

 思考する事で目の前の恐怖を他人事のように受け入れるのと同じように、怖さを抑え込む為のルーティンなのだ。



 口に含んだ丸薬をガリリッと噛み砕けば準備は完了。階層渡りも、もう目と鼻の先まで来ていた。決心はとうについている。


「……らぁっ!!」

「Gooooo!!!」


 最初スタートからの全力疾走でオークに肉薄すると頭部への先制攻撃で少しは手傷を追わせたかったのだが……高速移動したことで隠蔽の魔道具は効果が解除されている。

 それでも慌ててくれれば多少はダメージを与えられただろうに、キッチリと棍棒でガードされてしまった。さすがは、クラス3と言ったところか。


「えっ!?」


 むしろ慌てたのはそれまで逃走していた冒険者の方である。しかし、そこで動きを止めるのは愚策だろう。さては新米か?


「そのまま駆け抜けろッ! コイツは、俺が受け持つ!」

「ありがとうございますっ! でもソイツ、『階層渡り』ですよ! 大丈夫なんですかっ!?」

「出来れば、援軍を呼んで貰えると、ありがたいなぁッ!」

「わ、分かりましたっ!!」


 不慣れだろうと役割を押し付けられれば考える間もなく動いてくれるだろう。なぁに、そう慌てなくても大丈夫だ。

 なにせ、近くに援軍はいるからね。

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