第10話 首切り祭儀6

 今日は良いことがあった。明日もいいことがあればいい。そんな幸福な日々が延々と続いてしまえば良いのに、と仰向けになって充足した溜息をもらす。



 同じクラスでも関わりの無かった藤井玲奈と出会い、仲を深めた。美人で勉強もできる彼女とでは、時代物オタクの自分なんかでは釣り合わない。住む世界の違う人種程度にしか思っていなかった。しかし、その思っていなかった、というのはあくまで自分の中でそう結論づけていただけであって、実際は話していてとても楽しい時間を共有し、友達という間柄にまで発展した。



 虹彩の色素が薄い、灰の眼。彼女の笑みはとても魅力的で、同性でも見惚れるくらいには感じる所があった。



 冗談を言う彼女の口元の動きに無駄がなく、説明に困窮してしまうが、こういうことを言う時はこうあるべき、とあらかじめ決めているかのように、手順を踏まえ、流れるような魅せる表情と声質の切り替え。



「また明日ね、か。あれ……、明日って祝日」



 携帯を開いて確認すると明日は確かに祝日だった。突如訪れた休日に心が華やぐ高揚感。心の奥底から叫び上げたい衝動の波が押し上げてくる。



 携帯のアドレス帳には新しく彼女、藤井玲奈の名前が登録されている。別れ際に彼女がアドレスの交換を申し出たからだ。行動派の自分が後れを取ってしまったことが珍しく、それくらいに彼女と過ごした短い時間に浮かされていたのかも。



 小説を書き進める気になれず、胸を満たす充足感にもう少しだけ浸っていたかった。その他のことが億劫に思えてしまう。



 今頃なにをしているのだろうか。自分とは居るべき場所、立ち位置が異なるような雰囲気を持つ彼女のことを巡らせ、「あれ……、これって恋煩いだったり、しちゃうのかなぁ」ぼんやりとする頭が段々と冴えていき、「まっさかぁ」自分にそんな趣味は持ち合わせては居ないはずだ、と画像フォルダから石田三成の画像を見つけ出し、「うん。大丈夫」安心して頷いた。



――私が愛してるのは、石田三成だから。



 枕元に携帯を置いたタイミングで着信音が鳴った。メールと通話で着メロを分けている。通話ボタンを押し込んで耳に当てた。



「はぁい。どなたですか」



 ずいぶんとやる気のない声で応答する。



「不機嫌なの? なら、かけ直すけど」



 センセからだった。「あ、ごめんなさい。なんも考えて無くて、どうしたの」声音を瞬時に切り替えてグルリとうつ伏せになる。



「いや。これはキミに話そうかどうかずっと考えていたんだ」

「話そうと決めたから電話をくれたんだよね。で、なにを話してくれるの?」

「キミを送り届けて帰宅したら、郵便受けに原稿用紙が投函されていてね」



 そこで一度言葉を句切った。受話口から小さく唸る、躊躇うように潜めた声で、「どうしてか、俺の最新刊の数ページ、つまり血塗れの原稿、それもまだ血が付着していない状態でコピーされていたんだよ。まあ、それだけなら別にどうでもいいんだけど、さ……」言い淀む様子からどうやら良くない、気味の悪い悪戯では済まされない事態だと予感して言葉を待った。



「文章が塗りつぶされてる箇所が幾つもあるんだ」

「なんて?」

「罪、彷徨い、犠牲、へ繋がる、汚れ、した、求め、次、なる」

「どういう意味ですか、それって」

「並べ替えるんだろう。たぶんね」

「そうしたらなんて読めますか?」

「わからない。でも、次はという文字があるから、次の犠牲者じゃないかな」



 急いで身体を起こしてから机に着く。引き出しからルーズリーフとペンを取り出し、「メモ取るから、もう一度お願い」センセの言う言葉を書き記した。



 雰囲気的に次なる犠牲で間違いないと思う。残りの言葉をどう並べ替えればすっきりと繋がるのか頭を悩ますこと十数分。書き記したメモを写真に撮り、メールに添付した。宛先は藤井玲奈へ。



 勉強が出来る彼女の助力を乞うべく、しかし事件については伏せて、本文には『謎々です! キミにこの謎が解けるか!』とだけ打ち込んで送信した。



 返信は早く、『難しいね。次なる犠牲へ繋がる、かな。それとも、次なる犠牲求め彷徨い?』お手上げのようだった。『ありがとう。そういえば別れ際にまた明日って言ってたような気がするけど』送信した。



 この日、玲奈の返信は無かった。

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