第20話 錯乱



 鈴木 ゆう side

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 俺たちは、受付を済ませる。やはり、子供は面会禁止とされているらしく、通してはもらえなかった。諦めたふりをして、大野さんのように、そのまま子供がいるであろう病室に向かった。


 ガラガラー!


 戸に手を当てて横にスライドさせる。


 目に映ったのは、大野さんの姿だった。


 病室には、誰もいない。いるのは、大野さん一人だけだ。


 大野さんは、急に入って来た俺達を、目を丸くして見ている。


「子供はここにはいなかったか…」


 天音さんが、病室を見渡して静かに言った。


 大野さんは、何か我に返ったように、慌てて周りを見渡していた。


 ………?


「いや、いた。子供はいた! ルナ…。あいつが現れて…」


 大野さんは、辺りを見渡しながら、焦ったように口を開いた。


「ルナが!?」


 俺は、驚いた声を上げる。


 ルナ?ルナがここに来た!?


「子供を連れて行こうとして、それで…!」


 大野さんは、混乱した様子だった。


 ルナが、ここに来たのか。でも、子供もここにいた…?


 俺は、病室のベッドに視線を変えた。


 ベッドはシーツも布団も、綺麗に整頓されたままだった。




 まるで、最初から、誰もいなかったかのように。




 大野さんもベッドに視線を固める。


 子供がここの病室にいたのなら、ベッドを使っていたはずだ。でも、そんな形跡はなかった。


「いたんだ。ベッドに子供がいて、ルナが現れて…。本当だって!」


 大野さんは、声を大きくして言った。


 俺たちは何がどうなってるのかわからなくて、ただ大野さんを見つめるだけだった。


 なんだ…。これは。


「子供がいたんだよ! 話もしたんだ!」


 大野さんは、言った。


 大野さんが、必死に訴えかけて来る。


 その姿を見た俺は、目を見開いた。


「何がどうなって…。ルナが子供を連れてった。子供は、リアムがどうとか言ってて、でも俺は、リアムじゃねぇって、俺は大野だって言ったんだよ。それで…」


 懸命に話す彼の姿を見て、俺は思った。


 大野さん、何かが、何処かが、おかしくなってる。そんな気がした。


 だめだ…。このままじゃ…。


「わ、わかりました。大野さん落ち着いて。子供が、リアムの事を知ってたって事ですね。あと、ルナも現れたと…」


 俺は、大野さんに歩み寄って言った。


「あ、あぁ。そうだ。あいつが、連れてったんだ。お前らが病室に入って来る瞬間まで、子供もルナもここにいた」


 大野さんは、少し声を落ち着かせて、静かに言った。


「…………」


 俺たちの予想通り、ここに子供がいたとしたら、彼は何日もこの病室にいたはず。なのに、病室のベッドがとても綺麗に整頓されていて、部屋も、人がいた痕跡もないのはどういう事だ…?ここにさっきまで子供がいたとは考えにくいほど綺麗な室内だ…。でも、とりあえず今は、混乱しながらも懸命に話す大野さんを否定するのは、だめな気がした。


 それに、この場所に、大野さんの担当のリアムではなく、ルナが現れたと言っているのも気になる。もしかしたら、それは、本当なんじゃないかって。


「とにかく、子供が、消えたって事は事実だ。ルナって女が連れてったのか…何処にいるのかは分からねぇが」


 成川さんは、言った。


 俺たちは、その場で立ち尽くした。


 鈴木元太も死に、子供もいない。そう、俺たちは、また振り出しに戻ってしまったのだ。また、新たな手がかりを見つけないと、前には進めない…。


「おかしい…。変だ。なんで…」


 大野さんが、独り言を呟いている。


 どうしたんだ…。大野さん。この病室に入るまで、普通だった。一人で飛び出す事はいつもの事だし。でも、こんなにも動揺している大野さんを俺は初めて見た。


 一体彼は、何を見て…。何を聞いたんだ…?


 ガタガタ…!


 急に、大野さんが、病室の引き出しを漁り始めた。


「おい、大野! どうしたんだよ」


 天音さんが、驚いたような声を上げた。


「何かあるかもしれねぇだろ!」


 引き出しを手当り次第開けながら言う大野さん。だが、人の痕跡がない病室に、何か入ってるはずもなく、引き出しは全て空だった。


「くそ!」


 大野さんは、大きな悪態を吐く。


「もう出よう。ここには何もねぇよもう。事務所に戻るぞ」


 成川さんが言った。


「…………そうだな」


 天音さんの声。


 大野さんは、悔しそうに拳を固めて何も言わなかった。


 事務所に戻る事を、無言の肯定で過ごす俺たち。


 子供の姿がない今、ここにいても何にもならない。それに…。気がかりなのが、大野さんだ。子供とルナを見たと言う発言が気になる。もしかしたら、本当にここにいたのかもしれないし、大野さんの勘違いだったのかもしれない。今ではもう調べようがないが。


 大野さんに対する疑問点は、その場では誰も口にしなかった。皆、大野さんが嘘を付いているとは思っていない。ただ、子供がここにいたのなら、ここまで部屋が綺麗で痕跡ないのは何故なのか…。


 俺たちは、様々な疑問を胸に、病院を後にした。


 事務所に着いたら、大野さんがすかさず、野村さんの机の中をあさっていた。もちろん、野村さんの机の片付けはほとんど終わっているため、中には大したものは入っていない。


 取り憑かれたように、を探す大野さん。俺は堪らず声を上げた。


「大野さん、どうしたんですか!?変ですよ」


 彼の予想打にしない行動、発言の数々に、妙な不安が煽られる。


「野村が、死んだ理由…。もしかしたら…」


 大野さんは、何か焦ったような表情を浮かべていた。


「え…?どういう…」


 大野さんは、俺の問い掛けに答えることなく、ひたすら野村さんの机の中を探していた。


 彼の手の中には、野村さんの手帳が握られた。野村さんの私物のため、遺族へ返されるものだ。それに、中身ももちろん目を通している。誰も何も見つけなかったために、野村さんの机の中に放置されていたのだ。


「これしか、ねぇか」


 大野さんは、野村さんの手帳を握り締めて、悔しそうに言った。


 手帳を開いた野村さん。もう、すでにチェック済みなはずだが。


「大野さん!」


 突然、大野さんが、手帳のカバーを無造作に外し始めた。手帳カバーまで外して見ていないが、あまりに乱暴に外すものだから、俺は声を上げた。


 ピラ…。


 外されたカバーから、1枚の折り畳められた紙が落ちて来る。


 な、なんだ…?


 大野さんは、紙を拾い、食い入るようにそれを見つめる。大野さんは、紙を広げると、目を見開いていた。


「は…?」


 大野さんの口から、声が漏れる。


 彼が紙を持つ手が、震えて来たのがわかった。彼のひたいからは、汗が滲んでいる。


「大野さん…?それは…」


 あまりに動揺を見せている大野さんに、俺は戸惑いの声を上げた。


 俺が紙を覗こうとした時、大野さんは勢い良く、それを隠すように腕を下げた。俺は驚いて、大野さんから1歩後ろへ離れる。


 俺を見る大野さんの顔は、今まで見たことがないほど、動揺していた。顔には汗が滲み、目からは必死の形相が伺える。


 おかしい。大野さんが、おかしい。紙を手にした瞬間から、さらにおかしくなった。なんだ…?


 俺が、戸惑いの目を向けていると、大野さんはまるで、逃げるように鞄を持って、戸に向かって走り出した。


「えっ。ちょっと、大野さん!」


 俺が、彼を呼んだのも束の間、大野さんは、事務所から出て行ってしまったのだった。




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