第3話 伝言



 大野 和 side

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「はぁーぁ! なんか今日疲れたなー」


 ゆうを見送った後、椅子に座って項垂うなだれる。


 なんだか落ち着かない。ゆうが久々に戻って来たからだろうか。再びあの屋敷へ向かったゆうたち。周りの皆も微妙な緊張感を保っていた。天音以外は。


「まったくだな」


 天音がニコニコしながら言った。


 何でいつも笑ってんだ?俺が担当しているリアムよりも、不思議な印象を受ける奴だ。たまに何考えてるか分かんねぇし。でも、そんな天音に誰もつっこまねぇってのがこれまた不思議なところ。


「俺らも頑張んねぇとな」


 野村さんが静かに発言し、難しい顔をして机を見つめていた。


 野村さんは相変わらず真面目だ。多分ストレスいっぱい溜めてんだろうな、なんて少し同情するくらい。調子がいいとかよく言われる俺は、野村さんとは正反対だ。


 そんな俺でも、何時だって、胸騒ぎだけは当たる。


 ドックン……。ドックン……。ドックン……。


 そう胸騒ぎだけは…。


 ドックン……。ドックン……。ドックン……。


 予感のように、テンポを刻む。


 ゴボゴボ――。


「…………?」


 ゴボゴボ――。


 ゴボゴボ――。


 ゴボゴボ――。


「何だ?」


 野村さんの真面目そうな声が響く中、変な音が事務所に反響していた。


 反響する音は、事務所のトイレから聞こえて来るものだと、俺は直ぐに気が付いた。そしてちょろちょろと、目立たない場所で漏れる水道も、決して見逃しはしなかった。


 …………。


 皆いるのに。おいおい 冗談だろ。


「リアムだ」


 不思議そうな顔をしている皆に、俺は一言呟いた。


 俺が言葉を発すると、視線が一気に俺に集中されたのが分かる。天音も、珍しく真面目な顔をしていた。


「よ!」


 無邪気な声が響く。


 彼の声が耳に届いた瞬間、水道の音がピタリと止まる。辺りは静まり返った。


 先程まで何もなかった空間に、一人の男の姿がある。彼がいる場所は、特別機関の皆が視界に入れられる調度いい位置。案の定、周りの皆の視線は彼に釘付けになっていた。


 彼は茶髪の髪を静かに揺らせ、整った顔でいやらしい笑みを保っている。


 俺は見慣れた姿を視界に入れると、握る手に力を込めた。


 リアムのやつ。変なタイミングで出て来やがって。


「な…」


 驚いた様子で目を丸くする辺りに、リアムは楽しそうにクスクスと笑っていた。


 笑う姿が妙に勘に触る。人を小馬鹿にしたような笑い方だ。


「お前どういうつもりだ!」


 いつものように怒鳴り付けると、リアムは手を叩いて笑って見せた。


 怒鳴ったっていつもこう。こいつはいつだって笑っているだけ。しかも人を馬鹿にしたように。リアムは俺の勘にさわる要素の固まりだった。


「そんな怒んなよー!」


 リアムはケラケラ笑いなら言う。


 何がそんなにおかしいんだか分かんねぇ。


「この」


 俺が掴み掛かろうとすると、野村さんに腕を抑えられた。


 野村さんが睨むようにリアムを見ているのが分かる。だが何も口を開こうとはしなかった。それは皆も一緒で、俺が聞かなきゃいけないような空気だ。担当者は俺だから、犯人との会話はすべて俺に任されるんだ。


「姉妹死んじまったなー。ルナののやつ、やるよな。皆びっくりしてるよ!」


 リアムは複雑そうな顔をしたが、最後には驚いたように目を丸くしていた。


 相変わらず感情表現が豊かなやつだ。


 こいつが言う皆って奴は、オリバーとマテオ、そしてルーカスか…。どうやら今回のルナの件は、彼女の単独の行動だったみたいだな。


「まぁ、勝手に殺し合ったらしいけど。殺すまでもなかったな」


 まるで馬鹿にしたように嘲笑いながらリアムが言う。


 辺りは沈黙していた。俺は怒りで拳がプルプルと震えている。ホント勘に触る。いつもだったら殴り掛かってる。よく皆我慢出来るよな。


「で?お前は何しに来たんだよ! 馬鹿にしに来たのか!」


 俺が怒鳴ると、彼はまた二ィっと意地の悪い表情をした。


「それもあるけど、ルナの手伝いに来た!」


 まるで、友達を語る子供のような表情。


 辺りは複雑な空気を放つ。リアムが言っている事の疑問と、こんなただのガキみたいな男が、なんで人殺しなんか、という問い。


「ルナの手伝いだと?」


 どういう事だよふざけんなよ。


 俺たちにまた何かするつもりか?


「そうはいくかよ!」


 俺が銃に手をかけると、リアムが肩を上げて苦笑して見せた。


「大野はオリバーより短気だ」


 オリバー…。確か…。成川が担当しているやつの名前だ。


「別にお前らをろうってんじゃないよ!」


 取って付けたようにリアムは明るく言った。


「ただ、伝えに来たんだよ。ルナは大切な事は隠すから」


 まるで説明文のようにべらべらと喋るリアム。


 こいつら……。なんだろう。この異様な信頼関係は。


「じゃあルナの手伝いってなんだよ?紛らわしいんだよてめーは!!!」


 銃にかけた手を離して、リアムに悪態を吐いた。


 こいつが現れる時は何時だって、変なヒントと手がかりを残して消える。彼らは、何を求め、何の結末を待っているのか。


 それに、普通に生きて行く事を何故こいつらは選ばなかったんだろうとも、ふと思う。だって、リアムは見ての通りただの馬鹿なガキ。怒鳴っていても愛着が生まれて憎めない性格は、周りに満面無く好かれる人柄。なのに…。


「ゆうに伝えろ」


 お前はなんで…。





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