第2話 残された言葉



 鈴木 ゆう side

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 俺は、ゆりたちの事件以降、家に引き篭もっていた。どうしても、外に出る気力が起きなかったんだ


 あれからだいぶ月日が流れた。もう何日家にいるのか分からない。


 紫の髪の女…ルナが消えた後も、遺体処理係の今野たちが到着するまで、俺はゆりとあゆみから視線を逸らす事が出来ずにいた。赤い血溜まりは、時間が経過する毎に少し黒く変色していた。横たわる二つの死体は、かつての美をすでに失った、ただの肉の固まりと化して。


 家にいても、何処にいても、ゆりたちの最後の姿が、頭から離れない。


 俺は…、ただ、結末を、真実を、知りたいと思っただけだ。それだけだった。まさか死ぬなんて思わなかった。


 結果、死んだ。俺の行動をきっかけに、姉妹で殺し合った…。


 俺は、手で顔を覆った。


 消えない。ゆりたちの死に顔が、消えない。


 時間が解決するって誰かが言ってた。いや、誰かじゃない。俺が遺族に言って来た言葉だった。なのに、そんなの全くの嘘っぱちだ。今も、心に残る罪悪感や後悔は、日を追うごとに強くなっている。


 あの時ゆりを止めていれば、もう少し早く着いていれば、そもそも俺が、あんなことしなければ…。


 結末なんて、真実なんて、望まなければよかった。二人とちゃんと向き合えばよかった。


 間違ってた。何もかも全部、間違ってたんだ。


 終わる事のない後悔を暗闇で覆うように、俺は固く目を閉じた。


 ブーブーブー。


 なんだ…?


 電話…か。


 俺は、携帯の画面を見た。画面には、成川なるかわりくと、表示されていた。


 成川さん。


 俺は、画面を触った。


「はい…」


 久々に声を出したから、酷い枯れようだ。


「うわ…。出た」


 電話に出た瞬間、成川さんの声が聞こえて来た。


 聞こえてますけど。


 多分、俺が出ると思ってなかったんだろうな。ゆりの事件以来、誰の電話も出てなかったから。


 なんとなく出たけど、こうして自然と電話に出れるようになってるんだから、やっぱり少しずつでも、時間が解決してくれてるのかもしれない。


「おいゆう。いつまで引き篭もってんだ。そろそろ出て来い」


「はい…。すみません」


 俺は、酷く暗い声で言った。


 人と会話すんの久々だ。


「あれからもう、だいぶ経ってる。家に引きもってても腐っちまうぞ。とにかく、出て来い」


 成川さんは、珍しく、面倒臭そうに溜息を吐かずに言った。


「そ…うですね」


 そうだよな。


 家にいても、ゆりたちの遺体が浮かんで来るだけで…。


 まるで俺だけ時が止まったみたいだ。外に出たら、変わんのか。成川さんたちに会えば、少しずつでも、進めるのか。


「それに…。いや、いい。とにかく出て来い。今すぐだ」


 成川さんは、何かをにごして言った。


 成川さんが、にごした意味は、なんとなくわかってる。


 あいつの事だ。真っ直ぐの漆黒にも似た紫の髪の女の事…。


「わ、わかりました」


 俺は、成川さんにゆっくりと話した。


 なんか、久々に喋ってるからか口が回らない。


「じゃ、事務所にいるから」


 成川さんは、それだけ言って電話を切った。


 成川さんとの電話を終え、ゆっくりと立ち上がった俺。行く準備しないと。外出するのは本当に久しぶりだ。


 家から出る準備をしながらも、頭では、ゆりたちが死んだ時の光景が浮かんでいた。


 ルナ、あいつは、最後まで微笑みを崩すことはなかった。俺が、どんなに怒鳴っても、否定しても、眉一つ、動かすこもなかった。


 そして、彼女は、最後に、ある言葉だけを言って、消えた。


『ゆりちゃんたちの家、取り壊されちゃうよ?』


 何言ってんだって思った。


 またこいつ意味分かんない事だけ言って消えやがったって思って、凄く苛ついた覚えがある。


 ゆりたちの家が取り壊されるからって正直、だからなんなんだよって話しだ。


 住んでた訳だし世話になってはいたが、家の取り壊しまで俺が関与する事じゃねぇ。そんなのバカでも分かる。なのに、なんでルナはわざわざそんな事を俺に言って来たんだ…?


 そして、こうも言ってた。


『ゆうくんたちが調に取り壊されるよ?』


 まるでいいの?と言うような口ぶりだったのを覚えている。


 あの時は、いっぱいいっぱいで、考える余裕なんてなかった。でもこうして時間が経って、あの時考えるべきだった疑問が、違和感が、今ようやく少しずつ頭を埋め尽くして行く。


 ルナは何かを伝えようとしていた。そんな気がした。


 つぅか毎回思うけど、何でそんなことルナが知ってんだよ。


 準備を終えた俺は、車に乗り込んだ。エンジンをかけ、車を発進させながらも、頭はぐるぐると回転しっぱなし。


 成川さんと電話で話して、ゆりたちの遺体を思い出すだけの日々から、少しだけ、抜け出せそうな気がした。


 それに、一番気になるのは…。取り壊される…。調に?だ。


 ゆりたちの屋敷が潰されるなんて…。あの家にはもう主はいない。なのに…。誰が?


 なんで取り壊されるのが今で、調査する前なんだろうか。


 なんだろう…。なんだか妙な胸騒ぎがする。この違和感だけは、何時だって当たるんだ。


 ─特別機関の仕組みを思い出せ─


 何故か成川さんの顔が浮かんだ。


 ─隠す事─


 成川さんが言った言葉。前の会議で、明らかになった謎。国が俺たちに何かを隠していると言うことだ。


 何を…?


 ─取り壊される。調査する前に─


 何で…?


 何で壊す必要があるんだよ。しかも調査する前と言う筋書きも。


 何を。


 何を隠すつもりだ?


 国も俺たちにを隠している。屋敷を壊すのも、俺たちからを隠そうとしている。二つは関係のないものなのかもしれない。勘だって当てにならない。でも…。


「ゆう! 久しぶりだなゆう!」


 事務所の戸を開けた瞬間、大きな声が聞こえて来た。


 大野さんだ。相変わらず声がでかい。


 俺は、大野さんの声に懐かしさを覚えて、笑いながら「お久しぶりです」と言った。


 次に野村さんがこちらに歩いて来た。


「復帰したか」


「はい」


 硬い口調でありながらも、優しい声を出した野村さんに、俺は返事を返した。


 復帰した…。そうか。復帰したのか俺。


 成川さんに呼ばれて来たんだけど、どうやら彼は、俺を電話で呼び出した事を誰にも伝えていないらしい。


「ゆう」


 面倒臭さそうな声が耳に届いた。


 成川さんだ。


「ひでぇつらだな。とりあえず、事務所には来い。これからもだ」


 成川さんは、睨むようにこちらに目線だけを送り付けて言った。いや別に睨んでいるつもりはないんだろうけど。


 ひでぇつらか。そういや、何も考えずにとりあえず出てきたから、髪もボサボサだし、最近、ひげも剃ってねぇし、本当に酷いんだろうな。


「慌てて出て来たもんで」


 俺は、笑いながら言い、久々に自分の机に鞄を置いて椅子に腰掛けた。


「それだけか?」


「はい?」


 成川さんに、一声言われ、首を傾げる俺。


 それだけかって何だよ。どういう意味だ?


 何処か、今までの会話にマッチしない成川さんの発言に、周りの空気は少し緊迫感を持った。


 成川さんは本当にかんが鋭い。俺がゆり達の事だけを考えていた訳ではないことを、彼はかん付いたのだろうか。成川さんのかんの鋭さに、少し背筋が寒くなった。


 成瀬さんの静かな問いに、正直に答えて行く。


「あの姉妹の家が、取り壊されると…。俺たちが、調査する前に」


「あ?調査する前に?なんだそりゃ」


 大野さんが、頓狂とんきょうな声を上げた。


「あの女か。ルナとか言う」


 野村さんが、硬い口調で言う。


「はい。恐らくですが──…」


 先程考えていた事を簡単に伝えると、皆少し難しい顔をしていた。


「へぇ、何かを隠しているのが確信付いてきたな」


 こんな中でも天音さんはいつものように微笑んで言う。


 なんで笑ってんだこの人はって突っ込みたくなるくらいの余裕な笑みだ。まぁ手掛かりが見つかって嬉しいのは分かるけど。


「行ってみようと思います。ゆりたちの家に」


 幸い、まだゆりたちの家は取り壊されてねぇ。行けるなら、行っといた方がいい。


 不思議なもんだ。皆と会ってたら、家にいた時より断然仕事モードになってる。引き篭もっていた時はあの場所にまた行こうなんて絶対に思えなかったのに。


「俺も行く」


 成川さんの声だ。


 って、成川さんか今の?


 俺は、成川さんの顔を見た。あの面倒臭がりで事務所に来てもいつも寝てる成川さんが、一緒に行く?


「成川!?珍しい事もあるもんだな」


 大野さんが笑いながら言うと、成川さんは「こいつ病み上がりでしょ。俺着いて行きますんで」と、溜息を吐きながら言った。


 俺に電話くれたのも成川さん。なんだ柄にもなく心配してくれてんのか?いや、成川さんが俺を心配するとかあるかよ。どうしたんだ?


「ありがとうございます」


 俺は、心の中の疑問は押し殺して成川さんに言った。


「復帰してそうそう…。今から行くのかよ忙しいな。成川、ゆうを頼むぞ」


 野村さんが、目を丸くして俺たちを見た後、最後は成川さんの方に目を向けて言った。


 成川さんは「ん」とだけ言って上着を羽織る。


 いやぶっちゃけ言うと、成川さんと二人行動とか初めてだからめっちゃ緊張するんですけど。なんか帰りたくなって来た。


 俺の心境をよそに、早歩きで足を進ませた成川さんを追いかけるように、俺は事務所から出て行った。

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