Scene2-3

―慶一―

そっと、後頭部に触れる。…少し痛い。

バーでの騒動から一週間が経った。だいぶ頭のたんこぶは引っ込んできたが、揉みあった時に背中も打ち付けたらしく、授業中に立ちっぱなしなのが少しつらい。

帰りのHRを終え、ジャージに着替えて校庭に出た。準備運動をしている部員達を横目にベンチに腰を下ろしたところで、校内放送のチャイムが鳴った。

「先生、呼ばれてません?」

近くにいた2年生が声をかけてくる。

「え?」

「ほら、宮城みやぎ先生ーって。」

ほんとだ、と他の部員達も反応し始めるので、耳を澄ませた。

『―…宮城先生、至急職員室まで…』

「何だ…?」

怪訝に思いつつ、近くにいたバスケ部の副顧問に後を任せて職員室へ急いだ。


「ああ、宮城先生。」

職員室に戻るなり、教頭が駆け寄って来る。

「奥の応接室で待たれてますので。」

「え…?誰がですか?」

「柳さん、とおっしゃったかな。宮城先生を訪ねてみえてますよ。」

柳。どこかで聞いたような、聞かないような。

「取りあえず、会ったらどうですか。お待ちですよ。」

「はい…。」

促され、職員室から出て隣にある、応接室のドアをノックした。はい、と低い声で返事がある。

「失礼します。」

中に入ると、ソファにダークグレーのスーツを着た後姿が見えた。男性が振り返る。

「…あ!」

「ご無沙汰しています。」

立ち上がった男性―柳、さんは、この間騒動に巻き込まれたバーのオーナーだった。

この間はベッドで寝ていたから分からりづらかったが、目の前に立たれると随分背が高い。

「スーツのクリーニングが終わったので、お持ちしました。」

「ああ、どうも…いや、ていうか何でここに?」

どうして俺がこの学校で働いていることを知っているのか。

「すみません、ご自宅の住所が分からなくて。少し調べさせてもらいました。」

「…それは、わざわざどうも。」

若干の嫌味を込めたつもりだったが、柳さんは動じない。

というか一体何者なんだ、この男。ひとの勤め先を調べるとか―。

差し出されたスーツを受け取る。ところで、と柳さんが口を開いた。

「今夜、何かご予定は?」

「?…別に、特には。」

「そうですか。では、少しお時間頂けませんか?」

「は?」

「お詫びに、お連れしたい場所がございまして。どうでしょう?」

お連れしたい?一体どこへ連れて行かれるのか。

「いえ、ですから結構だと、こないだも…」

「ですが…。」

「あの、まだ今から部活の指導しなければいけないので。失礼します。」

無理やり話を切り上げ、逃げるように応接室を出た。


***

陽が落ちる直前まで部活の様子を見守り、ロッカーに戻ってスーツに着替えた。

クリーニングから仕上がったばかりの、黒いスーツを手に取る。随分綺麗な仕上がりだった。

柳さんの身なりを思い出す。オーナーと言っていたが、結構若そうに見えた。貫禄だけはたっぷりとあったけど。

もしかして、どこかの会社の、社長の息子とかだろうか。世良と知り合いみたいだったし、きっと良い家のご子息に違いない。

頭のたんこぶに触れる。正直、お詫びだの何だのどうでもいい。いい年をして酔っ払いと揉みあって、転んでたんこぶを作った事なんて、さっさと忘れたいのに。

身支度を整え、片手にスーツを持ってロッカー室を出る。職員用玄関から出て駐車場に行くと、随分高級そうな黒塗りの外車が目に留まった。

「お疲れ様でした。」

「…何でいるんだ。」

「どうぞ。」

運転席から降りてきた柳さんが、後部座席のドアを開けて促してくる。

もう抵抗するのも面倒になった俺は、仕方なく車に乗り込んだのだった。

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