【ダイジェスト版】いせてつ 〜異世界鉄道開拓記〜

O.T.I

いせてつ


 ーー レティシア 8歳〜10歳 ーー


 私の名前はレティシア=モーリス、8歳の女の子だ。


 突然だが、私には前世の記憶がある。

 いわゆる転生者と言うやつだ。

 それも、異世界転生だ。


 何言ってんだ、頭大丈夫か?

 そう言われるのは分かってるけど、事実だからしょうがない。


 自分が転生したと気づいたのは、5歳の時だ。


 屋敷の中を使用人が止めるのも聞かずに走り回って、階段を降りるときに案の定踏み外して転がり落ちて…


 気がついた時にはベッドに寝かされていたのだが、その時に突然前世の記憶が蘇った。

 頭を打った衝撃によるものなのか分からないが、当然私は混乱した。


 今の自分…イスパル王国の大貴族、古都イスパルナを中心とした領地を持つモーリス公爵家の長女であるレティシア=モーリスのそれまで生きてきた記憶と、前世の日本人としての記憶が混在していたのだ。


 記憶と共に自我も前世のものが戻った…と言えばいいのだろうか?

 前世の自分がそのまま意識も継続して存在し、身体だけが変わったかのような感覚だった。



 死んだときのことは何となく覚えている。


 駅で電車を待っているときに、マナーの悪い撮り鉄を見つけて注意したら逆ギレされ、ホームから線路に突き飛ばされ…

 多分、その時ちょうど電車が入ってきて轢かれてしまったのだろう。


 私も鉄道好きなので、電車に轢かれて死ねるなら本望…なわけない。


 家族や友人との突然の別れ、もう二度と会うことができないと言うことも思い出して、私はあまりの悲しみにこの時ばかりは歳相応の子供のように泣きじゃくってしまった。


 今の家族には随分と心配をかけたと思う。


 当然、すぐには気持を切り替えるなんてことができるはずも無く、父や母、兄はどう私に接すれば良いのか、かなり困っただろう。

 でも、優しい両親や兄に支えられて、私はどうにか立ち直ることができた。


 前世の家族にはもう会うことはできない。

 もう何も返すことができない。

 なら、せめて今の家族を悲しませることは絶対にしない。

 そう、誓ったんだ。



 家族の愛情に触れて立ち直った私だったが、もう一つの問題に気づいた。


 今の私は女。

 でも、前世では男だった。

 では、記憶を思い出した今の私の意識はどちらなんだろうか?

 これが、よく分からない。


 前世から意識が続いてるような感覚ではあるが、じゃあ今の自分の意識が男かと言うとよく分からないのだ。

 まだ身体が子供だからなのかもしれない。

 これから成長したときにどうなるのか…


 男の記憶を持つ私が、女として生きていけるのか。

 それが心配だったが、もうなるようにしかならない、と開き直ってもいる。




 さて、もう一つの問題と言ったが、まだ問題があった。


 いや、問題と呼べるほどのものでは無いのかもしれないが、私にとっては無視できない問題。


 私は前世では鉄道が好きだった。

 〇〇鉄で言ったら…乗り鉄かな?

 でも、技術的な事にも興味があって、それが高じて大学は工学部を選んだ。


 就職先も鉄道会社の研究開発部門に決まって、さあこれから…と言う矢先に死んでしまったのだ。



 前世の記憶が蘇ってからは頑張って文字を勉強して、屋敷の図書室の本を片っ端から読み漁ってこの世界のことを色々調べてみたが…

 (そもそも最初は異世界だという事にすら気付いていなかったが…)


 この世界には鉄道なんてものは存在しなかった。

 いや、あくまで知り得たのはこの大陸…カルヴァード大陸でのことだけなのだが、おそらくは存在しないだろう、との結論に至ったのだ。


 この世界の移動手段と言えば、専ら徒歩か馬車、稀に飛竜なんてものもあるが、およそ原始的な移動手段に限られるだろう。


 移動手段はそんな感じだが、一方で生活水準は前世と比較しても遜色がないと感じた。

 これには、魔法の存在が大きく関わっているのだろう。


 そう、この世界には魔法があったのだ。

 それを知ったとき、私は興奮して喜び、魔法関連の書物も片っ端から読み漁ってどんどん知識を吸収していった。

 それだけではなく、魔法の家庭教師もつけてもらって今も研鑽に励んでいる。

 幸いなことに私は魔法の素質に優れていたらしく、家庭教師からは、将来は宮廷魔導師に匹敵するくらいにはなれるだろうとのお墨付きを得た。



 話が反れたが、この世界には鉄道がない。

 それが私にとっての大きな問題だった。

 前世鉄道好きの私は、大袈裟かもしれないが、前世の家族にもう会えないのと同じくらいの絶望と悲しみに襲われたのだ。


 だが、あるとき思った。

 今この世界に存在しないのなら、私が作れば良いのだ。

 無いなら作る。


 言うだけなら簡単だが、その道のりが果てしなく遠いことは分かっている。


 だが、私には前世で学んだ知識がある。

 どれほど困難な道のりだろうとも、必ず成し遂げる。

 それが、私の人生の目標となった。




 さて、そうと決めたからには早速行動開始だ。

 幸いにも私は大貴族の娘と言う立場だ。

 これを活用しない手はないだろう。

 もし、開発が軌道に乗り、鉄道の有用性が理解されれば、それは国家的大事業にまで発展するはずだ。

 ひいては公爵家の功績にもなるはず。


 問題はどうやってその有用性を認めさせるか、だが。

 口で説明しても伝わるものではないだろう。

 やはり実物を作って見せるのが一番早いと思う。


 とは言っても、いきなり実物を作るのはハードルが高すぎるだろう。


 かつて日本の鉄道の草創期において、外国から持ち込まれた模型によってその存在が紹介されたのだという。

 模型と言っても、実際に蒸気機関で走るものだ。


 そう、先ずは実際に走行可能な模型を作って見せればいいんだ。



 だが、蒸気機関か…

 原理は分かるけど、実際に実用的なものを作るとなると相当複雑だし、素材や加工技術、設計がしっかりしていないと爆発して大事故になりかねない。

 内燃機関も同様だ。

 むしろ電源さえ何とかすれば電動力の方がやりやすい?



 う〜ん…まずは動力をどうするか決めないとだなぁ…


 そうだ、せっかく魔法がある世界なんだから、そっち方面からのアプローチは出来ないだろうか?


 確か図書室にアスティカント学院の論文とか学術関連の書物が色々あったな。

 一通り目は通したけど、もう一度見てみようか。

 何かヒントが得られるかもしれない。


 動力とはつまり回転する力をいかに生み出すか、だ。

 蒸気機関は水蒸気の圧力をピストンを介して回転する力に変換する。

 ディーゼルなどの内燃機関機関は燃料の爆発の力を用いる以外は蒸気機関と原理的には同じ。

 電動機…モーターは電気の力で磁力を生み出して引き合う力、あるいは反発する力を回転力に変えている。


 そういった力を生み出すものが無いか?という観点で文献を漁っていく。



 すると、ある一つの論文が目に留まった。


 魔法には属性がある。

 炎の魔法、雷の魔法、氷の魔法、光の魔法…

 そういった魔法はそれぞれの属性を持ち、魔法として発動する前の魔力そのものにも属性がある。


 その属性を持った魔力は、その組み合わせによって引き合ったり反発したりするらしいのだ。

 例えば、炎と氷は反発する、炎と風は引き合う、といった具合だ。


 これは、まさに磁石と同じ作用だろう。


 これを応用すれば、モーターのようなものが作れるかもしれない。


 そう思った私は早速論文の著者にコンタクトを取ることにした。

 幸いにも、どうやらこの論文を書いたのはイスパル王国の人間で、公爵家からも比較的近い場所に住んでいるらしい。

 私はお父様にお願いをして、この人に会えるよう手筈を整えた。


 そして、公爵家にやってきたのは、以外にも若い男性…と言うか、少年と言ってもいいくらいだった。

 年の頃は15歳くらい?少なくとも20歳は超えていないだろう。

 柔らかな銀髪に整った顔立ち。

 確か平民だった筈だが、貴公子と言う表現がぴったりなくらいの美少年だ。


 最初は貴族のわがまま娘の道楽に付き合わされて辟易した様子だったが、私が彼の論文を元に考えた魔導力モーターの仕組みの話をすると興奮した面持ちで食い付いてきた。

 それからすっかり意気投合して、将来的な鉄道の構想の話まで披露すると、全面的に協力すると約束までしてくれた。


 これが、後の私の人生にとっても大切なパートナーとなる、リディーとの出会いだった。




 そうして心強い協力者を得た私は、目標に向かって邁進する。


 この世界は文明的には地球より遅れているように見えるが、その実、単純な加工技術に関しては遜色ないどころか一部は凌駕してさえいる。

 これはひとえに魔法の存在が大きいだろう。


 レールや車輪、台車、車体などに用いる金属材料の加工は呆気ないくらい簡単に出来てしまったのは嬉しい誤算だった。


 魔導力モーターへの魔力の供給源については魔道具職人の協力を取り付けて開発することができた。


 市井の鍛冶職人や魔道具職人の協力もあって遂に鉄道の模型が完成したとき、私は10歳の誕生日を迎えていた。







 ーー レティシア 10歳〜15歳 ーー



 レティシア=モーリス(10)は世間で神童と騒がれているらしい。

 正直自重なしでやりすぎたのかも知れない。


 でも、自らの目標のためには手を緩めるなんてことは出来ない。

 いつか、自分が手掛けた列車に乗って、様々な土地を旅するのが夢なのだ。


 私の前世、日本の鉄道は旅情が失われた、なんて向きもあるが、私はそんな事はないと思う。


 いつだって、その時代時代の旅の良さがある。

 鉄路が続いてる限り、誰だって旅人になれる。


 そんな旅の良さを、この世界の人達にも知って欲しいと思う。




 さて、夢の実現の第一歩として私達が作った模型は、予想以上に世間の耳目を集めた。

 まだまだ課題は山積みだが、期待通りの成果を上げたと言えよう。


 出資者も集まり、国からの支援も取り付けて、いよいよ本格的に鉄道を普及させるべく活動を開始することになった。



 模型が成功したからと言って、実物がすぐに出来るわけではない。

 人を乗せて走る以上は安全性をしっかりと担保しなくてはならない。


 鉄道車両の歴史において、その草創期には車体は木製だったりしたが、これでは安全性の面で非常に不安である。

 従って、模型でもそうだったが最初から鋼製で考えている。


 編成は機関車+客車で考えている。

 動力分散方式も考えたが、魔導力モーターの品質のばらつきを考えると時期尚早と判断したからだ。

 機回し(機関車の付け替え)の手間はあるが、当面の運行頻度や駅間距離から考えても妥当だろう。


 車両開発と並行して土木技術の確立も進めていく。


 この頃になると、私が基本的な原理や考え方を提示するだけで、各技術者が知恵を出し合って開発が進むようになってきた。


 そうして、3年の月日を費やして、遂に総延長5キロに及ぶ実験線と試験列車が完成したのだった。



 初の走行試験は細かい問題は出たものの、大成功と言っても良い結果だった。

 だが、これからより安全性を高めるために、様々な条件下で試験走行を繰り返してデータを取っていき、営業運転に向けてのフィードバックを行っていく必要がある。


 気温、天候の影響。

 カーブ、勾配区間、ポイント通過時の挙動。

 加減速性能。

 異常発生時に緊急ブレーキがちゃんと動作するか。

 などなど。



 営業運転に向けては保安装置も重要だ。

 今まではとにかく走らせることに重点をおいていたが、営業に漕ぎ着けるにはこれらも決めなければならない。

 閉塞方式は?信号装置は?異常検出手段は?その時の対応は?避難誘導などのマニュアルは?

 いくらでも検討すべきことが出てくる。

 運転士、車掌などの乗務員、保守点検要員、駅員…それらの募集と教育だって必要だ。


 知ってはいたはずだが、いざ鉄道を営業しようとすると、技術面、人員面、コスト面、様々な要素が複雑に絡み合って、多大な労力が必要であることが改めて突き付けられる。


 到底一人の力で成し遂げられるものではない。

 だが、少しづつ理解者が増えて、いろいろな人が色々なことに携わるようになり、少しづつ出来ることが増えていった。

 着実に前に進んでいるのが実感できるようになった。





 実験線が完成し試験走行を繰り返していよいよ実用化に向けて…という頃、私が15歳のときに私にとってとても大切な出会いがあった。

 私と同じ、日本からの転生者を見つけたのだ。


 とある旅芸人一座の、女神の如き美貌を持つ歌姫。

 高ランクの冒険者でもある彼女は、神々しいまでの美貌とは裏腹にとても気さくで親しみやすく、私達はすぐに打ち解けて友達になった。


 話を聞くと、どうも私とは違い、もともとこの世界に存在した人物に憑依(?)のような形で転生したらしい。

 私だけに教えてくれたが、前世は私と同じく男だったらしい。


 思いがけない奇跡的な出合いに、喜びのあまり抱きついて泣いてしまったのは…ちょっと恥ずかしい思い出だ。


 彼女の話によると、この世界は前世のゲームの世界に似ているのだという。

 私はそのゲームをやった事はないが、私にとってこの世界はあくまでも現実なので関係はなかった。

 その手の話って、ゲームの記憶に拘りすぎるとろくなことが無いと思ったのだが、彼女自身もゲームに囚われることなくちゃんと現実を見据えているので心配ないかな?と思った。





 ーー レティシア 16歳 ーー



 そして、私が16歳になったとき、遂に営業路線第一号のアクサレナ〜イスパルナ間が開通したのだった。

 式典には国王陛下も参加されて、それはもう盛大なものとなった。

 営業列車第一号に乗ってイスパルナに向かう車内で、私は感極まって涙が溢れ、あれ程楽しみにしていた車窓からの風景があまり楽しめなかったのはご愛嬌だ。


 これまでは徒歩で一週間はかかっていたのが、わずか半日ほどで走破してしまう。

 まさに革命ともいえる出来事であっただろう。



 私は遂に夢を叶えた。

 この世界で初めての鉄道路線の営業。

 この成功は驚きを持って人々に受け入れられた。



 だが、まだまだこんなものじゃない。

 まだ止まることはできない。


 私は乗り鉄なのだ。

 大陸中に路線網を張り巡らせ、そこを旅するのが最終目標なのだから。














 ーー レティシア 20歳 ーー



 私は今、二十歳の誕生日を車内で迎えようとしている。

 イスパル王国の王都アクサレナからレーヴェラントに向かう国際夜行列車だ。

 新たに鉄道路線を敷設するにあたってのアドバイザーとして招かれたのだ。


 贅沢にも1両あたり二部屋しかない特等室を一人で使用しているのだが、本当は、3等の開放寝台で、前世の日本では失われてしまった夜汽車の旅情を楽しみたかった。


 だが、女性の一人旅でそれは危険だと夫が許してくれなかったのだ。

 随分と過保護だなとも思ったが、彼の言うことも尤もだったので言う事に従った。

 まあ、一人旅を許してくれただけでも良しとしますか。

 護衛に囲まれてたんじゃ旅情を味わえないもの。


 だが、やはり少し残念。

 今度、夫と乗るときにはおねだりしてみよう。



 いま、大陸中で鉄道は建設ラッシュを迎えている。

 その有用性が確認されてからは、国家事業として計画されるだけで無く、私鉄のようなものも現れてきた。


 私が夢に描いた光景が実現されようとしている。


 ここに至るまで、様々な出来事があった。



 営業第一号のアクサレナ〜イスパルナ間の路線は更に西へと延伸し、ブレゼンタムへと至った。

 更にその先、アダレットまでの国際路線を計画中だ。


 同時期に王都から東にも延伸。

 国境を超え、アスティカントを経由して今私が乗っているレーヴェラントへの路線が開通した。

 カカロニアへの路線はもう直ぐ開通予定だ。


 これで大陸南部の路線網はかなり充実することだろう。


 アクサレナの市内交通、トラムも計画が進行中だ。



 新規路線の計画が順調に進む一方で、問題も発生した。


 営業開始後初の脱線事故が起きたのだ。

 調査の結果、連日の猛暑によってレールに歪みが生じたのが原因だと判明した。

 幸いにも死者は出なかったが、やはりショックは大きかった。

 しかし、ただ嘆いてばかりはいられない。

 直ちに対策を検討し、導入したのが継目を工夫したロングレールだ。

 こんな事なら最初から導入すればよかった。



 個人的にも忘れられない出来事は、やはり結婚したことだろうか。

 仕事のパートナーだったリディーにプロポーズされ、人生のパートナーになった。

 前世男性の記憶を持つ私が、結婚なんて…と思い悩んだりもしたが、改めて自分を見つめ直した結果、私は女性として彼を愛しているのだと気付いたのだった。



 私と同じように前世男性の魂を持つ友人の歌姫も結婚した。

 と言っても、彼女は私と出会った当時から相思相愛の彼氏が既にいたのだが。


 歌姫で冒険者の彼女は英雄でもあった。

 私に出会う前から彼女は既にブレゼンタムの英雄となっていたが、近年大陸中を震撼させた事件を解決に導いたことから、その名…『星光の歌姫ディーヴァ・アストライア』は広く知れ渡るようになっていた。

 本人の目の前でその名前を言うとすごい嫌がるのだけど。


 仕返しに私の二つ名、『鉄の女公爵ダッチェス・オブ・ザ・アイアン』を持ち出してくるが、私はそれを気に入ってるので痛くも痒くもないと言うと、一層悔しがるのが面白い。


 公爵位は兄が継いで私は国王陛下から新たに賜った伯爵位を名乗っているので、本当は『鉄の女伯爵カウンテス・オブ・ザ・アイアン』と言うのが正しいと思うけど。

 まあ、誰も気にしてないので別にいっか。









 さあ!

 私もまだまだ若いんだし、まだまだやる事はたくさんある。

 目指すは大陸全制覇!

 いや、カルヴァード大陸から飛び出して、果ては極東まで目指すのも良いかもしれない。



 まだまだ尽きない野望を胸に、私はこれからも人生という旅を続けていく。


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