追う電マ、逃げる露出狂

 伝馬が向かってくるのを見て、露出狂はニヤリと笑った。


 「おいでテンマ! アタシが欲しけりゃ、捕まえてごらんなさ~い!」


 そう言うと露出狂は屋根から飛び降り、身を翻して駆け去ってゆく。

 その背を追いかける伝馬。


 が、


 「うおッ……!?」


 マロニエのバリアから出た途端、火の岩の雨にさらされた。頭上へと落ちてくる大小様々な火の岩。伝馬はとっさに電マのスイッチを入れ、傘のように頭上へかざす。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 電マに触れた火の岩は、一瞬にして元の魔力となって消滅した。直接触れなかった岩も、電マの放つ混沌魔力によって、まるで自我があるかのように伝馬を避けてゆく。


 (さすが電マだ、なんともない!)


 電マが火の岩にも通用することがわかれば、あとは電マを盾に突き進むのみ。


 「やるじゃないテンマ! さすがアタシの見込んだ男の子!」


 走りながら伝馬を称賛する露出狂。

 その背をひたすら追う伝馬。


 「待て! 逃げるな!」


 伝馬が叫ぶと、


 「じゃ、止まりま~す」


 急にピタリと足を止め、クルリと伝馬に振り向いた。伝馬も足を止めた。


 「勘違いしないで、アタシ、別にテンマから逃げたわけじゃないのよ? だけどね、イイ雰囲気には絶対に必要な条件ってあるじゃない? その第一が二人だけの空間ってこと」


 早い話が二人っきりになりたかったらしい。

 伝馬は怪訝な顔でドラゴンライダーを見た。いまいち露出狂の言っている意味がわからない。


 「あら、そんな顔しないで。せっかく二人っきりになったんだから、お姉さんと楽しいことしましょう」


 「遠慮します。そんなことより、まずは今すぐ魔術を解除してください。そして罪を償ってください」


 「面白い男の子だと思ったのに、案外つまらないことを言うのねぇ。なんだか急に冷めてきちゃったわ」


 ふぅ、とため息をつく露出狂。やれやれ、と頭をかいた直後、その目で伝馬を睨んだ。先程とは打って変わって恐ろしい目つきになった。


 「つまんないわ、お前。電マそれを置いて消えてくれない? 今すぐ消えてくれたら、命だけは助けてあげる」


 唐突な豹変。声も冷徹な響きを帯びていた。


 (本性が出たな……)


 伝馬はそこまで驚いていない。人を傷つけて平然としているどころか楽しんでいるようなヤツのことだから薄々わかっていた。


 「早く電マそれ置いてさっさと消えな! ぶっ殺されたいの!?」


 「お姉さん、もうこんなことは止めてください。それで村のみんなに謝ってください。そうしたら――」


 伝馬の言葉を待たず、露出狂はキレた。


 「黙れアホガキ! 自分で消えられないなら、アタシが消してやるよ!」


 露出狂は両手を伝馬へ向けて突き出した。


 「消し炭にしてやらぁ! ヴォルカニックストーム!」


 突き出した両手の間から、オレンジの光がほとばしった。光は溶岩へと変化、露出狂の手の前で、球形の溶岩が出現した。


 「消えろよぉッッッ!!!!」


 瞬間、露出狂の手から溶岩が、火山の噴火のように撃ち出された。

 煮えたぎった赤い溶岩が、伝馬を襲う。


 (スゴい熱気だ……! けど、電マこれならなんとかできる!!!)


 伝馬の電マへの信頼は絶大だ。ドラゴンを倒し、マロニエを倒し、魔術を打ち消してきた電マ。溶岩さえも止められる、伝馬はそう確信している。


 伝馬は向かってくる溶岩に、電マをかざした。



 ヴヴヴヴヴイイイィィ~~~~~~ンンンンンン……………!!!!



 電マに溶岩が触れる。凄まじい熱気が伝馬を包む。


 だが、それも一瞬のことでしかなかった。電マの振動によって生成された混沌魔力が、溶岩を打ち消してゆく。


 「え、なにそれ!? 嘘でしょ!? どうなってんの????」


 力のある魔術師ほど、電マの力を早々と理解してしまう。


 「オトコのくせに……! なんてヤツなの!?」


 露出狂は悟った、自分に勝ち目がないことを。怒りに任せて全力で放った魔術が打ち消されてしまえば、あとに残るのは混沌魔力の残滓と絶望だ。


 「くゥッ!」


 露出狂は賢明だ。余力のあるうちに逃げ出した。伝馬へ放っていた溶岩を地面に向け、煙幕を作った。


 しかしそれもまた、電マは一瞬にして打ち消してゆく。


 ただし、ほんの一瞬ではあるが、逃げ出す時間を作ることはできた。

 煙幕が薄れたとき伝馬が見たのは、背を向けて走り去ろうとする露出狂の背中だった。


 「やっぱり逃げるんじゃないか!」


 追いかけるテンマ。


 「当たり前でしょ! アンタみたいな化け物とまともにやってられないっつーの! 追いかけてこないでよ! 変態!!」


 「だ、誰が変態だ!? そっちのカッコの方がよっぽど変態っぽいじゃないか!」


 「なッ! アタシのどこが変態っぽいのよ! 露出狂でもないわよ! そんな意味不明な物持って、か弱い女の子追いかける方がどう見たって変態よ!」


 一理なくもない。電マを持って女性を追いかけると、変態呼ばわりされてもおかしくはない。


 そんな言い合いをしながら、追いかけっこする二人。伝馬のほうが僅かに早い。露出狂は魔力が尽きかけていて、素の体力では伝馬に分があるのだろう。


 露出狂を捕らえるのは時間の問題だったが、あともう少しというところで、


 「あ、テンマだ!」


 追いかけっこする二人の前方、イジュがひょっこりと現れた。


 「逃げろ、イジュ!」


 遅かった。露出狂はイジュにタックルかますと、そのままイジュを羽交い締めにしてしまった。


 「テンマ~、た~す~け~て~」


 既に魔力が尽きているのだろう、伝馬に助けを求めるイジュ。その小さな身体の半分が、露出狂の大きな谷間の中に埋もれてしまっている。


 「アッハハハ! アタシに手を出すと、このコの命はないよ!」


 小さな女の子を人質に取られ、さすがの伝馬も怒りを隠せない。


 「卑怯だぞ……!!!」


 「ゴメンね~、アタシってば時々卑怯なとこあるのよ。でも、それがアタシのイイところでもあるってわけ!」


 人を小馬鹿にしたような態度に、いよいよ伝馬もブチギレ寸前だ。


 (あのクソ女……!)


 日頃温厚で上品な伝馬も、ついつい心の内で汚い言葉を吐いてしまう。


 (ダメだ、熱くなっちゃ……。冷静に、クールでいないと。頭を冷やして、イジュを助ける方法を考えるんだ)


 と、思い直した。そのためにはまず、説得するべきと考えた。


 「お姉さん、人質をとったところで、この状況が覆ると思いますか? そのままイジュを抱えて逃げるわけにもいかないでしょう? これ以上罪を重ねるのは止めて、大人しくして――」


 「ううん、逃げれるわ。このコのおかげで、充分時間稼げたし」


 露出狂は胸の中のイジュの頭を優しくなでた。すると、

 空から一匹のドレイクが突如現れ急降下、露出狂とイジュを爪でがっしりと掴んだ。そして一気に急上昇、あっという間に空へ逃れ去った。


 「あ゛っ――」


 空を見上げる伝馬。どんどん遠ざかってゆくドレイク。


 「またね、テンマ! またいつかどこかで必ず今日の借りを返してみせるわ! 楽しみに待っててね!」


 ウインクと投げキッスする露出狂。どこまで伝馬を小馬鹿にしている。


 「それと、このコはしばらく預かっておくわ。ちょっとおもしろそうだから!」


 そう言い残し、露出狂は空の彼方へ消えていった。


 「ぐぬぬ……」


 歯を食いしばり、鬼の形相で空を睨む伝馬。その手の電マ、



 ヴヴヴヴヴ………………。



 虚しく振動していた。その音はどこか物悲しく、静かな怒りにも似て……。

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