電マ少年、危うく死にかける

 「あらぁ、二人はそういう仲なの?」


 「そういう仲なのです。ね?」


 「むー、むー、むー、むー」


 「抵抗してるように見えなくもないわねぇ?」


 「気のせいです」


 「むー、むー、むー、むー、むー」


 「顔、赤黒くなってない?」


 「照れてるんですよ。テンマってかわいい」


 「むー……、むー……、むー……」


 マロニエの腕をぱんぱん叩いてタップする伝馬。もう限界だった。これ以上は死ぬ。女性の胸の中で息絶えるなんてロマンティックな響きだが、それが死因の場合は話が別。むしろ猟奇的になる。


 (し、死ぬ……! こうなったら……)


 伝馬、生きるためのに実力行使に打って出た。


 「むむゥーーーーーッッッ!!!」


 残る力を振り絞り、底なし沼のような胸から顔面を引き剥がすことに成功。


 「ぃゃんっ、テンマったら、いくら興奮したからって、女性の肩をそんなに強く抱くものではないですよ」


 「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー……」


 反論する余裕さえない。新鮮な空気を胸いっぱい取り込むことに必死な伝馬。久々の酸素が美味い。


 「ハァハァ言っちゃって、いくら私が可愛くって美しくって殿方の欲求をそそるとしても、がっついてはいけません。そんな男は嫌われちゃいますよ? でも、そんなテンマも可愛くもありますが」


 「アタシには、その男がアンタの胸で窒息しかけたようにしか見えないんだけど……」


 露出狂が正しかった。露出狂の方が正しいなんて世も末だ。


 「ま、なんでもいいけどさ、アタシ、欲しいと思ったら絶対に手に入れないと気が済まないタチなのよねぇ……」


 「ケダモノじみた衝動ですね。人間世界の愛は、そのような浅ましい欲望では決して成り立ちませんよ」


 「胸で人を殺しかけたアンタに言われたくないわね」


 「ふふっ、私も容姿には自信がありますからね、悩殺される男がいるのも、仕方がないことです」


 「悩殺というより、危うく『脳殺』でしたよ……」


 伝馬、なんとか元気を取り戻し、酸素がちゃんと脳に行き渡っていることがわかるナイスツッコミを披露。


 「あら、テンマ、何か言いましたか?」


 「いえ、なんでも……」


 「可哀想なテンマ、そんな女より、アタシのほうがよっぽどイイ女よ?」


 「……遠慮させていただきます」


 ほんの一瞬、間があった。ちょっと比べてしまった。胸で窒息死させかねない女とドラゴンを使う露出痴女、ドラゴンを他人にけしかけたりしない分、マロニエにギリ軍配。


 「あっそ、じゃ、太古から変わらない至極単純な愛情表現でいくわ……」


 フッと笑って、露出狂は右手を空に掲げた。


 「えっ、なんですかそれ?」


 古から異世界こっちに伝わる愛情表現の歌とかダンスが見れるのかと、一瞬期待するピュアな伝馬。


 もちろん、んなわけない。


 「テンマ、伏せてッ!!!」


 マロニエが叫ぶ。


 「え?」


 呆気にとられる伝馬、マロニエの方を見た。

 その背後、露出狂のてのひらから怪しい光がほとばしった。


 「ヴォルカニックボム!」


 露出狂は吠えるように叫んだ。

 すると、てのひらの光は空高く舞い上がり分裂した。幾条にも枝分かれした光の一条一条が、燃え盛る岩へと形を変える。


 「アタシからの贈り物、受け取って!」


 いくつもの燃え盛る岩が、伝馬の頭上へと降り注ぐ。

 伝馬、気付くのが遅れた。振り返り見上げると、無数の燃え盛る岩が。

 そのとき、マロニエが杖先を空へと向け、


 「リフレクターバリア!」


 叫んだ。杖先から光が放たれた。光のバリアは辺り一帯を覆い尽くし、降る岩を弾き返した。

 雨のように降り注がれる燃える岩を、苦もなく弾き返すバリア。バリアに岩が触れるたび、轟音が鳴り響く。伝馬はこの壮観な光景を、ただ息を呑んで見守った。


 「へぇ、やるじゃない!」


 露出狂は歓声を上げた。口元がいやらしい笑みで歪んだ。戦いを楽しんでいる。

 時折、露出狂のそばを流れ弾ならぬ流れ岩が飛んでくるが、露出狂はそれも魔術で簡単に壊したり弾いたり余裕がある。


 「『闇堕ち』ごときに遅れをとる私ではありません」


 マロニエも余裕を見せて笑った。こちらはあくまでも上品に慎ましく。


 「ふぅん、余裕だねぇ。そういうのアタシ嫌いじゃないわ。楽しませてくれるお礼に、もっともっとご奉仕してあげる!」


 指をパチンと鳴らす露出狂。鳴らした指先から光が放たれる。それはやはり燃える岩になり降り注ぐ。

 バリアを叩く岩音が激しさを増す。それでもマロニエは顔色一つ変えず、バリアを維持する。


 「テンマ……」


 マロニエが伝馬を呼ぶ。


 その声音から内緒話を察した伝馬、そっとマロニエのそばに。


 「なんですか?」


 「頼みがあります。あの『闇堕ち』をテンマにお願いしたいのです」


 「僕が露出狂アレを?」


 「はい。彼女らがいなければ、私一人でなんとかできるのですが……」


 「あ……」


 伝馬は辺りにそっと目を向けた。辺りには、今なお電マによって、気持ちよさそうにひっくり返っている彼女らがいる。

 彼女らを守るために、マロニエは巨大なバリアを張らなければならない。バリアは大きければ大きいほど、相応の魔力を必要とする。

 そのためマロニエは、バリアの維持以外には何もできない状態だ。


 「わかりました、僕にまかせてください!」


 伝馬は手に持っていた電マを、マロニエに示した。


 「あ、待ってテンマ! 今ここで電マそれは使わないでください。私のバリアが消えてしまいますから」


 「え……、あ、なるほど!」


 すぐに理解した。電マは魔力を雲散霧消させてしまう。もしバリアの範囲内で使ってしまえば、バリアは立ちどころに消滅してしまう。


 「気をつけて使います。じゃ、行ってきます!」


 「お気をつけて」


 伝馬は露出狂へ向かって、電マ片手に走り出した。

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