第5話 2/2 え? デートだったの? すまん……

「さて、銀行が使える施設に行って、振り込まれてるか確認しないとな。金がなくても数字の移動だけだし、一気に下ろす訳じゃないから直ぐだろ」

 俺達は冒険者ギルドのある通りに行き、なんとなく露店を覗きながらダラダラと歩く。

「ってかさー、なんで魔法ギルドには銀行がないの?」

「運営がどうしても、他よりカツカツになりがちだからなぁ。冒険者ギルドとかは、依頼主から金銭を受け取り、そこから報酬を払う。討伐部位の買い取り代行もしてて、商人やオークションで売り払う。結構金が動く場所だから、銀行の機能もつけておいた方が便利だしな」

「魔法ギルドって儲かってないのかー。なんか結構仕事がありそうなのにね?」

「それが思ったよりないんだわー。冒険者の方が儲かるから、登録だけしておいてパーティーを組んだりしてる奴が多い。本格的な仕事っぽい物って言えば、ダンジョンや遺跡で手に入った書物の解読とか、魔法で閉ざされた扉を開けるとかだし。ん? アレってヒースとマリーナじゃないか?」

 何となく通りの奥の方を見ながら歩いていたら、赤と水色の髪がセットで歩いていたので、指をさして何となくプルメリアに伝えた。

「んー? あー、本当だ。なんか手に持って食べてるね」

 いや、なんでそこまで見えるんだ? プルメリアは目を細めて見ているが、俺は細めても顔までは見えなかったぞ?

 そんな事を話しながら歩いていくと、はっきりと見える距離まで来たので、もう一度よく見てみるとヒースとマリーナだった。当たっていてくれて良かったわ。

「クレープ食ってるな。俺達も買うか?」

「んーさっき唐揚げ食べたしなぁ。クレープ食べたらお昼があまり入らないかも」

「女性には、別腹って物が存在するらしいぞ? それに昼まであと一時間はあるし、一個くらい平気な気もするが? 俺は買うぞ? どうする?」

 時計塔を見て今の時間を確認すると、十一時少し前だったので、多分平気だと判断した。むしろ唐揚げ串なんかじゃ足らないだろう。

「んー食べちゃおう。最近甘い物っていう感じのを食べてなかったし」

 プルメリアの中では、パンに塗るジャムは甘い物に含まれないらしい。主食に甘い物があるか、間食で食べるかの違いだろうか?


「やっほー二人とも。奇遇だね」

「お、プルメリアじゃないか。ルークもいるのか」

「どうもー。こんにちはー」

 プルメリアが二人に声をかけると、食べていた物を飲み込んで片手を上げたので、俺も軽く片手を上げた。

「デートですかー? 羨ましいですねぇー」

「本当だよ。あたしもさっさと男が欲しいよ」

「俺からしてみたら、格好的に二人とも一定数需要はあると思うけど、手を出し辛い部類だな」

 ヒースはギター背負って、海外の地下鉄に乗ってるバンドマン風だ。革のパンツスタイルだけど、ダメージ加工と言うよりダメージを受けた加工だ。

 マリーナは学校で見る修道服のままだ。ヴェールは付けてないが、一発で教会関係者とわかる。

 だから一定の需要があるって訳だ。かなり気の強そうな女性と、恋をするのには背徳感のあるシスター。少数派ながら、絶対に崩れる事がない派閥だな。

 シスターは多いかもしれないけど、実際にはコスプレで済ます感じだろうし。

「なんだよその一定の需要や手を出し辛いってさ」

「見たまんまだ。気の強そうな女性のイメージを受けるから、お淑やかなのが好きって奴からは絶対に見向きもされないだろう。まだ学校で穿いてたスカートの方が、男の視線を集めると思うぞ、主に健康的な引き締まった太股と――」

 そう言った瞬間プルメリアに二の腕を叩かれた。軽く叩いた様に見えるが、掌底的な痛さだ。

「アドバイスが的確すぎ。女の子にそういうのは言う必要ないから」

「恋愛対象として好かれる気はないから、知人として言っただけだ。男からの遠慮のない意見をだな? まぁ、太股は学校で視線が行ったから言っただけだけど。男ってそんなもんだぞ?」

「じゃぁ、私はどこに目が行くの?」

「髪」

 即答したらプルメリアが少しだけニヤけて、髪を触りだした。他に目が行くところがないとは言えないけどな。

「おい、彼氏がいないあたし達の前でいちゃつくなよ。クレープ頼むならさっさと頼めよ」

「あぁ、悪い悪い。おっちゃん、イチジクのシロップ漬け。プルメリアは何を頼むんだ?」

「へ? あぁ、私はイチゴとブルーベリーとラズベリーの混ざってる奴で」

 クレープ屋のおっちゃんがニヤニヤしながら見ていたので、回転率を上げるために遅めの注文をして横に避けておく。

 おっちゃんは慣れた手つきで生地を焼きはじめ、シロップで生地がベチャベチャにならない様に、さっさとシロップに漬けてある果物をすくって網に乗せ、汁気を切ってから生地に包んで俺に手渡してくれた。

 技術的な理由でクリームはないが、これでも十分に美味しい。

 冷蔵庫や冷凍庫くらい簡単に作れるけど、技術的に大型になり気味で、こういう露店では見た事がない。小規模の飲食店くらいならあるけど、冷蔵倉庫みたいな奴になる。

 もう肉とか野菜とか全部そこに放り込んでるって奴だ。短期労働とかやってたから裏事情とか知ってるけど、魔力の補充は仕事が終わる直前で、魔力が少い奴も倒れそうになるレベルで、あるだけ注いでけって言われるんだよ。俺は平気だったけど、過剰に入れて暴走寸前にまで込めたら、冷蔵庫の温度が下がりすぎて怒られたけど。

 いや、なんかその日に限って急がしかったんだよ。クタクタの状態で半分くらいぼーっとしてた俺が半分だけ悪いんだけどさ。もう半分は同僚が風邪引いたり、大怪我したって事で休んで、人が少ないのに援軍要請しなかった店長が悪い。

「んーおいひぃー。パン生地に練り込んで焼いて欲しいくらいね」

「甘いから、生地を寝かせてる時に発酵して酒っぽくなって、酸っぱくなるんじゃないか?」

「なら焼きたてに挟めばいいんじゃない?」

「汁気の問題でジャムの方が良いんじゃね?」

 そんなどうでも良い事を喋りながら、クレープを食べていたら、ヒースとマリーナがニヤニヤニコニコしていた。

「本当仲が良いですなぁー」

「本当ですねー。長年連れ添った夫婦みたいですねー」

「俺達が長寿種って事を忘れてないか?」

 俺は最後の一口を口に放り込む前に、突っ込みを入れて置いた。

「でー二人とも。この後暇かい? 買い物に付き合ってくれよ」

「銀行か、銀行が入ってる施設に行くくらいで、適当にぶらつくつもりだったし、俺はかまわないけど……。プルメリアはどうだ?」

「最初はデートのつもりだったけど、スラムや魔法ギルドに行って、乱闘に巻き込まれた時点で諦めた」

「俺はデートのつもりじゃなかったんだけどな。それはすまなかった。けどさ、寝起きに化粧もしないし寝癖も直さない。しかも起きるのがギリギリな状態で出るって、デートって言えるか?」

「異性と出かける事がデートだと思うけど?」

 確かに異性と合うって意味だけどさ……。もっとこう……。なぁ?

「はいはい、彼氏がいないあたし達の前でイチャイチャしない。アテもなくブラブラしてるのもわかった。なら暇だな?」

「あぁ」「うん」

「スラムに行くよりかはマシな買い物になるから、一緒に行こうぜ」

「私達、これから服とか化粧品を買おうって話し合ってたんですよー」

 ふむ。年齢相応ってところだろうか? けどプルメリアに服と化粧品は……。

「いいねー。私、お友達とこういう事してみたかったんだ」

 大丈夫らしい。故郷を出る時に、この服より強いのある? って言ってたのに……成長したもんだ……。

「そういや男って、女がどんな服を着てたら喜ぶんだ?」

「さっきも言ったが、その服でも一定需要はあると思うけどかなり少ない。男なんてのはある程度肌を隠しつつ、ぴっちりした体の線が出る服とか、ヒラヒラしてたり太股とか二の腕が出てる健康的なもの、それか清楚な印象あたえときゃ視線は奪えるよ。基本馬鹿だからな。流行ってるからって、それが男の好みじゃない場合もあるから気を付けろ」

 あくまで個人的な意見だ。中には布面積の少ない下着同然の格好とかが良いとか言う奴がいたが、俺は逆に警戒すると思う。場所を考えろ、その服はそういう店の店員さん用じゃない? と。



「夏に備えて、袖が短いのが良いな」

「休日は修道服以外の物も着たいですからねー」

「涼しそうなのが良いなー」

 女性陣は服屋に入ってから、綺麗に飾ってある服を見て思い思いの事を言っているが、婦人服専門店なので俺の選べる服はない。

 転生前の様に大量に作る縫製技術はないので、ところ狭しとハンガーにかかって吊ってあるって事はないが、それなりに品数が多く、人気店なのか女性が多くいた。

「お兄ちゃん、これなんかどう?」

「その黒のワンピースと合わせるなら、もう少し淡い感じが良いんじゃないか? 色的に薄い水色とかピンク辺りが良いとは思う。季節感や髪色も考えるなら、白は避けるべきなんだろうけど、普段から白のブラウスだし、半袖でもいいかもな。けど着たい奴を着れば良い。俺が隣を歩きたくないって思ったら意見は言うけど、折角ヒースとマリーナがいるんだから、そっちにも聞いた方が良いんじゃないか?」

 プルメリアが、少し色の濃いブラウスを持ってきたのでアドバイスをして、二人に聞けと言っておいた。だって良くわからないし。

 長袖から半袖になるだけだから変化は少ないだろうけど、見た目的に落ち着いている白でも問題はないと思っている。

「ルークさーん。これってーどう思いますー?」

 マリーナが、黒っぽい服を体に当てて聞いてきた。

「……聖職者だから落ち着いた感じを出したいんだろうけど、普段の修道服とさほど変わらないんじゃないか? んー、焦げ茶色っぽいシャツに、黒のスカートなら似たような落ち着いた感じが出せそうな気もする。明るい色の紐ネクタイか、髪飾り辺りでアクセントとか? それか真逆に明るい色に挑戦するとか? 髪の色も水色系だし」

「んー。そうですねー。もう少し考えてみまーす」

「ルーク、これどう思う?」

 今度はヒースが、白のノースリーブのシャツに、薄いピンク系のスカートを持ってやってきた。

「ってかなんで全員俺に聞きにくるんだ? それはそれで似合ってるよ。後は伊達眼鏡でも付ければ、どっかの受付に座れそうだ。ってか学校でそれはまずいと思うぞ? 二の腕とか、透ける下着とかな。靴もそれらしくすれば、カフェで休日を楽しむ女性っぽい。大人しく本でも読んでれば様になる」

 俺がそう言った瞬間ヒースが顔を赤くし、無言で服をカウンターに持って行った。

 気に入ったのだろうか? けど、現代のってのが頭に着くけど。

「それはですねー、一緒に行動してる男性が一人しかいないから聞いてるんですよー。ヒースは本気で彼氏が欲しいみたいですし。さてさてー、今度のこれはどうです?」

 マリーナがドヤ顔で俺の嘆きに答えてくれ、試着室で俺がアドバイスした服装に着替えてやってきた。

「うん。全体的に落ち着いてるな。喋り方とかキリッとさせれば司書っぽいし、できる女性って雰囲気だ」

「あら、私だって真面目な雰囲気も出せるんですよ? ルークさん」

 マリーナは声を少し低くして、キリッとした表情で腕を胸の下で組み、それらしくしている。

「おー。それで修道服なら、雰囲気だけ高僧になれるな。もしくは休日のちょっとキツい系のお姉様シスター」

 とりあえず胸がもの凄く強調されているのは黙っておいた。

「ふふーん。これをそのまま買って着て歩きますかー」

 マリーナはいつもの雰囲気に戻り、そのままカウンターにふわふわした感じで歩いていった。

「……アレで学校来ないよな? 来たらクラス中の男子がヤベー事になる」

 何がとは言わないが、ナニがナニになる。

「やっぱり無難に無地の白の半袖ー。もう買ったから着ちゃった」

 そしてプルメリアもやってきて、腕をパタパタさせている。本当に百八十歳か? とりあえず二の腕が素晴らしいな!

「あまり腕を上げるな。袖口から腋が見えるぞ?」

「えっち」

「はいはい。そういうのは、部屋でラフすぎる格好で油断しなくなってから言え。短パンの隙間から下着は見えるは、シャツがめくれてヘソや腋が見えてるし、いまさら何言ってんだ? って感じだ」

「ふむ……。誘っていたつもりだったけど、駄目だったかぁ」

 アレで誘ってたの? だらしない格好でくつろいでる妹にしか見えなかったわ。ってか小声で、直接襲うしかない? とか呟くな。

 ってか客がこっちを見てるんだけど……。イチャイチャしてんじゃねぇよ。って感じだろうか? それともデリカシーがないとかか?

「買ってきたぜ。どうよ! どーよ!」

「あぁ、お前は見た目だけできる女性だよ。黙ってりゃ美人だ。とりあえず雰囲気とか仕草はマリーナから教われば良いんじゃないか? あと腰に手を当てて胸を張って言うな。言っただろ? 下着が透けるってな。白の薄いシャツは特に。しかも黒だからなお目立つ。ついでに肌の色に近い下着かベージュ色も買っておいた方が良いんじゃないか? 救いなのは、無地の動きやすい奴だから色気が二割減なところだろうな」

 俺が素直な感想を言ったら、また顔を真っ赤にして胸元を両手で組んで隠したので、恥ずかしかったんだろう。

 そしてプルメリアとマリーナに叩かれた。素直に言い過ぎただろうか? けど実際に透けて見えてるしなぁ……。

「何か薄いのでも羽織れば平気だろ? ってかまだ春なのに、袖がないのは肌寒いだろ」

 とりあえずフォローしておくが、さっきまで着ていた服を羽織ると凄く似合わないのは確かだ。

「よ、予算が……」

「貸すか?」

「プレゼントとか気の利いた事は言ってくれないのかよ?」

「……俺がプルメリアにもの凄く殴られるか、ヒースが今後の学園生活で敵視されるだろうな。前者は勘弁して欲しいし、後者は同じ班として避けたい。むしろ異性としてさほど意識してないから、友達として言っている」

「か、貸して下さい……」

「友達から利子なんか取らないから安心してくれ。学校を卒業するまでに返してくれれば良いぞ」

 俺は大銀貨一枚を出し、ヒースに手渡した。

「まだプルメリアに、プレゼントらしいプレゼントを渡してないしな?」

「そーだねー。別に嫉妬とかはしないけど、その辺の女性を勘違いさせたりする、節操のないのだけは勘弁して欲しいかな」

 プルメリアは、そう言いながら俺の腕に抱きついてきた。こういう仕草にはドキッとするんだろうけど、幼なじみだから意識できない。当たる胸もほぼないしな。

「んー、確かにその辺の線引きはしっかりしてますねー。さすが長寿種」

 マリーナはニコニコしながら言っているが、なんか背筋に寒い物が……。幼なじみがいるのに、手当たり次第女性に粉かけてたら軽蔑してたんだろうなぁ。これははずれを引かないで良かったわ。

「買ってきた! 透けてないぞ!」

「話し方を変えるか、黙ってれば声をかけてくる男は多そうだ。頑張れ」

 俺は真顔で親指を立てておいた。父さんみたいに、超笑顔でなんかできねぇわ。

「髪型も変えればソレっぽいかな?」

 そしてプルメリアはヘアピンを使って、ヒースの髪を軽く整えていた。

「髪型でかなり雰囲気が変わったな……」

「デキる女性って感じですねー。スカートのポケットが膨らむので、財布は私のバッグに入れておいてあげますねー」

 うん。なんか良い感じのカフェのテラスで、飲み物を飲みながら本を読んでたら、軟派な男が三人くらいは出るんじゃない?


「でー、この後の予定は?」

「ルークの用事を済ませるまでに、なんか良い店があれば入るだけだな。後は昼食かなー? 皆何が食べたい? あたしはがっつり肉が食べたい」

 ヒースが、なんか出来る女風な格好でたくましい事を言っている。だからそういうのを止めろと言っている。

「いいですねー。がっつりは賛成できませんが、お肉が食べたいです。学食のお肉って、なんか量が少なくて」

「私は何でも良いかな? 胆嚢たんのうが入ってなければ。アレ苦手で」

「入ってる方が少ねぇよ」

 俺の知ってる限り、スパルタの兵士くらいしか意図的に入れてないし。

 戦争の時の飯の方が美味いから、戦争に行きたくなる様に常に不味い食事にしてるとか聞いた事はある。

 同じ感じで、飯が不味い国は戦争が強いとかも前世の同僚に聞いた事はある。不味い戦闘食を食べても普段通りだから、士気があまり下がらないらしい。

「お、化粧品がある。ちょっと寄って良いか?」

 ヒースがガラス窓から店内を見ていたのか、そんな事を言って女性組が全員足を止めた。

 プルメリアも足を止めるとは思わなかったけど、多少気を使うみたいだ。

「俺は問題ない」

 絶対使わないだろうと思う男の俺が返事をすると、早速ヒースを先頭にゾロゾロと店内に入っていった。

『人型の女は大変だな』

「お前も足にプルメリアの髪を巻いてるだろ? 男もアクセサリー類を付けるのと一緒だ」

『求愛』

「そうだな。自分をより良く見せようとするのは、そうとも言える。悪いけど俺も付き合ってくる」

 俺はムーンシャインの頭を撫で、少し遅れて店内に入った。

「んー、この色とかどう?」

「すこーし派手な気もしますけどー?」

「ヒースは肌が褐色だから、負けない気もするけど?」

 女性陣は、早速シャーレみたいな容器に入った何かを見ている。口紅だろうか?

「蜜蝋を下さい」

「どのくらいでしょうか? 色々とございますが?」

「自分の握り拳より少し小さい程度の物で。加工しやすい様に綺麗に整えられているなら、小さい物から順に見せて下さい」

 俺もとりあえずカウンターに行き、会計を担当している女性に話しかけたが、色の事で話し合っていた女性陣が全員こちらを見ている。

「こちらが一番小さい物になります」

 そう言って女性は、前世で見た店売りのバターくらいの固まりを、カウンターの裏にある棚から出してきた。

「じゃあ、蜜蝋はこれで。後は濃い緑の顔料を……このくらいの小瓶に一つ」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 カウンターにいた女性は近くにいた店員に小声で何かを言い、もう一人の店員が奥にに入っていった。

「え、ルークも化粧品買うの?」

「ってか緑なんか何に使うんだ?」

「男性もお化粧するんですねー」

 カウンターで待っていると、三人からそんな事を言われてしまった。

「色々と必要になりそうだから買っている。緑はある意味俺には必要な色だからだ。男だって化粧水みたいなのを塗って、しわ対策していたりする奴は結構多いぞ?」

 とりあえず三人の質問に答え、奥から緑の顔料が届けられたので、会計を済ませて商品を受け取った。

「ま、恥ずかしいから店に入れないって男も多いだろうけど、俺は必要だと思ったなら問題なく買う。店の中が女性だけしかいなくても」

「え、じゃー詳しかったりしますー?」

「少し?」

 男の化粧……ってか顔に塗るドーラン用だから、何とも言えないけど……。

「夏になると日差しが強くて、肌が少し赤くなるんですけどー、何か良い物とかあります?」

「んー。マリーナはプルメリアみたいに肌が少し白いからな。ファンデーションを肌に合った物を選んで、青系……ラベンダーでも良いかな? その辺りを薄く塗れば、肌に透明感のある白さが出るぞ」

 俺は棚に並んでいる青系の物を手に取り、自分の手の甲の上に乗せる。

 試供品なんてないので、こうやって試すしかないのがもどかしい。

「青の顔料はまだまだ高いんですよねー。昔は同じ重さの金と同じくらいの値段だったらしいんですけど、ここ数十年で安くなったみたいですけどねー」

「あぁ、ラピスラズリみたいな青い宝石や鉱石を粉にしなくて良くなったからな。安くなってるのは、人工的に作れるようになったからだ」

「詳しいんですねー」

「……まぁな」

 金儲けのために何十回も珪藻土とか硫黄、海藻の灰とか諸々の配合率を変えて、温度とかも色々試行錯誤して、レシピにして錬金ギルドに持ち込んだし。

 詳しい数字は省くけど、毎月まとまった金がロイヤリティとして銀行に振り込まれてる。制作者は安全上やら諸々の理由で秘匿されてるけど……。

 しかも長寿種のエルフが作りだしやがって! とか言われて、専属のお抱え商人やら経理やら法律に詳しい奴やら、最終的には国王や宰相まで出てきたしな。

 長寿のエルフって事で、売り上げの0.000数パーセントまで交渉を粘られたし、契約内容の見直しも数日かかって擦り合わせもした。そして契約も、魔法やら特殊過ぎるインクや、認識票に使われている魔力パターンやらでガチガチに固まっているので問題はない。

 それでも王都に住んでる中級区の五人家族が、普通に生活してれば貯蓄もできる程度には三十日毎に入金される。

 本当安くされすぎたけど、国が出てくるとは思わないじゃん? かなり安くなった代わりに、一代限り有効な男爵の称号をもらってるけど、それこそ長寿種のエルフに与えちゃいけない物だと思うんだ。

 つまり練金ギルドに莫大な金が入り、国に納める税金が増えて国も潤うからだと思う。

 まぁ爵位なんか半分お飾りになってるし、その辺のギルドじゃ表示されない謎仕様で、特別な奴にかざさないとわからない様になってるのが救いだ。

「んー。そういうのはお金がかかりそうだからー、学生生活が終わったらでいいかなー。なんか肌に良い物とかありますー?」

「蜜蝋クリームを塗ってるだけで、何も塗らない肌と比較すると全然潤いが違うぞ?」

 蜜蝋と植物油でできた気がするし。

「どういうのが良いんだ? あたしは全然詳しくないし、教えてくれよ」

「その為の店員さんだろう。まぁ、植物性の油だろ? あとは入っている好きな香りの製油で選んでも良いんじゃないか? 要は保湿するだけだし」

 化粧品は詳しくないから、何となくでしか言えない。肌に良い成分ってどんなのがあったっけ? ビタミンCみたいなのを加えた方が良いの? そういやヒアルロン酸とかテレビCMでやってた気がする。で、ヒアルロン酸って何? コラーゲンの親戚みたいなもんだったっけ?

「ですよね?」

 俺は店員さんに聞いてみたが、笑顔でうなづくだけだった。

「じゃあ、お兄ちゃんは蜜蝋クリームを手作りするの?」

「結果的にはそうなるな。固まらないように俺はオリーブオイルと顔料を混ぜるだけだし。そこに製油を入れれば香りもつくしな」

「男なのに化粧品作れるのかよ! 本当ルークってすげぇな!」

「作ってもらおうかしら……」

「いや、店員さんの前で言わないでくれよ。笑顔のままだけど殺気が漏れてるし、他のお客さんもこっち見てるぞ? ってか俺は外で待ってるわ」

 俺は辺りを見回すと、他の女性客もこちらを見ていたので、逃げ出す様にして店を出た。

『早かったな』

 レイブンは俺の頭に乗り、くちばしで頭をつついてきた。なんかからかわれてるって一発でわかるわ。

「大勢の女性から恨まれそうになったからな」

『怨恨』

「そこは嫉妬で良いんじゃないか?」

 俺はムーンシャインを撫でながら、何となく店内を見ると皆が小瓶を持って店員さんと話していたので、色々聞いているんだろう。

 男の俺に聞くよりは良いと思うよ、うん。



「思ったより出費が……」

「前衛職だから、訓練の傷とかがあるしねぇ」

「肌荒れもヒドいとか、言われてましたからねー」

 ヒースは落ち込んでいる。高い化粧品でも買わされたんだろうか? 常日頃からケアしてれば違ったんだろうか?

「まぁ。シミとか酷い場所に塗ったり、ある程度状態が戻れば基本的な物で平気だろう。まだ若いんだし、それだけで人族の三十代後半は羨ましいって思う状態だから」

 一応フォローしておこう。乙女に言って良い言葉かどうかは知らないけど。

「いや、化粧品や肌はいいんだ。なんとなく知ってるから。けど服に合うアクセサリー類も揃えないといけないなーって思いつつ、課外演習や長期休暇の冒険者ギルドで稼ぐのに、装備の維持費が……ね?」

「生きるためには稼がないといけないからな。嗜好品は二の次って奴か。けどモテたい、そのために金がいる。それには稼ぎも必要……。どうしてもって場合は相談しろ。俺が仕事を紹介するから。もちろん表や裏、灰色やちょっとエッチな奴からエッチな奴まで……。と言っても、俺からは個人的に採取系を冒険者ギルドを通さないで頼むだけだから、プルメリアとマリーナは睨まないでくれ……」

 二人が睨んでたので、とりあえず弁明しておく。俺がヒースを買うわけないだろ。クラスメイトだぞ? 個人的にはあり得ない。店にいたら……。まぁ……気まずいわな。

「エッチかぁ……。確かに稼げるって言うけど、流石に最終手段だなぁ……」

「ちょっとエッチな奴は、そういう店のウエイトレスとか雑用だ。俺も女性用のそういう店で、ウエイターとして働いてたから安心しろ。体を売るくらいなら無利子で貸してやるから、その前に絶対に相談しろ、いいな?」

「マジで助かる……。その時は頼るからな」

「貸せるのは卒業までだけどな……。クラスメイトが放課後に、人気のない教室で生徒相手に非合法で体を売るよりマ――」

 マシと言おうとしたら、いきなりプルメリアにビンタされた。マジで掌底だからなソレ……。ってか顎の付け根が痛い。

「お兄ちゃん? 言って良い事と悪い事があるよ?」

「あぁ、すまなかった。クラスメイトがそういう事するのは、避けたいと思って言ったんだけど、言い過ぎだったな。けど実際に過去に学園であった事だから言っておかないと……。学園長に頼まれて、捜査して報告したの俺だし」

 いやー、まさか空き部室が、エロマンガみたいな事になってるとは思わなかったし。警備担当の職員の巡回範囲も追加されたくらいだから、もうほとんどないと思いたいし、基本的に人気のない場所も巡回して、教師も男女一組になってトイレも任せてたからな。

 女性教師だけだと連れ込まれたり、男性教師だけだと誘惑されるだろうから、絶対に男女の二人一組になったっけ……。

「マジでそんな事があったのかよ! 女って怖いわぁ……。買う男も男だわぁ」

 ヒースさん? 貴女も女性ですよ?

「不潔ですね。やはり健全なお付き合いが理想です」

 顔を真っ赤にして言っているけど、貴女は教会関係者っぽいし多分大丈夫だ。けどかなーり需要あるから、変なのに捕まらないでほしいわ。

「ルーク。プルメリアもいるのに、綺麗な女性を二人も連れて何してるんだ?」

 なんとなくそんな事を考えていたら声をかけられ、振り向いたらカルバサだった。隣にはアッシュもいる。

「ん? デートだ。羨ましいだろ?」

 気が付いてないみたいだから、面白くなりそうなのでちょっとからかってみた。

「別に羨ましくない。それより同じ男として言いたい事が……。一夫多妻はどうかと……。もしかしてヒースとマリーナか? 済まなかった。普段と雰囲気が全然違うから、気が付かなかった」

 アッシュが謝るとヒースがニヤニヤして、マリーナがニコニコしている。プルメリアは、なんか面白くなさそうだ。

「まぁ、服装の効果が出て良かったじゃないか。プルメリアは普段の服装とあまり変わらないから仕方ない」

「いや、変な髪型のエルフに銀髪の女性ってなったら、絶対プルメリアさんだから。二人はもうセットみたいなものだし。なぁ?」

「あぁ。いつも校内で一緒にいるし、変にじゃれ合ってる。おまけに教師用の寮に住んでるから、色々噂が飛び交ってるぞ?」

 カルバサが何となくフォローを入れてくれ、アッシュがいつも一緒にいるアピールを強調してくれたおかげで、プルメリアの機嫌は直ったみたいだ。

 しかも俺の腕に抱きつき、もうこれ以上ないってくらいニッコニコだし。

「ルークとプルメリアには、偶然出会ったんだよ。ってか聞いてくれよ。こいつらデートっぽい事してるのに、スラムとかギルドに顔出してたんだぜ? 信じられねぇよ」

「俺でもソレはどうかと思う」

「馬鹿か? 綺麗な女性を連れてスラムとかあり得ないぞ」

「俺はデートのつもりじゃなく、買い物のつもりだったし。二人に言われて確かにデートだなぁ……と。ってかデートならこの二匹は連れてこないぞ?」

『ひでぇな。こんな良い天気なのに、部屋の中で待ってろっていうのか』

『極悪』

「いや、お前達はオシャレな店に連れてけないし……」

「なに独り言を言っているんだ?」

 なんかアッシュに、可哀想な奴を見る目で見られている。動物と喋れる利点って、こう言うところが嫌なんだよなぁ……。

「聞いた事はあると思うが、エルフは動物と意志疎通が出来る。皆には鳴き声にしか聞こえないかもしれないけど、俺とプルメリアには通じてるからな? なぁ?」

「うん。会話として成り立ってるね」

 俺はプルメリアに確認するように聞き返すと、きっちり肯定してくれたので、ヤバい奴には思われないはずだ。

「エルフって凄いな。ペットの声も聞こえれば、何で不機嫌なのかもわかるな」

「常日頃つねひごろ聞こえるのも面倒だと思うぞ? お前、私に気安く触りすぎだ。私がかまって欲しい時だけ、敬意を込めて撫でるが良い。とか猫に言われたらどうするよ? 泣くぞ?」

 前に短期労働でお世話になっていた、カフェにいた猫に実際に言われた心ない言葉だ。

 犬なんかかまって欲しくて飛びかかってくるのに……。まぁ、どっちも好きだから良いんだけどさ……。

「辛辣だなぁ。程々が良いって事だな。で、なんて言われたんだ?」

「酷い。あくどい。だ。常に気を配ってて仲良くしてるから、ちょっと何かあると、こうやって拗ねるのも可愛いんだけどな」

 そう言って俺は二匹の頭を優しく撫でてやった。

「で、これからご飯食べに行きませんかー? ってなってたので、カルバサ君もアッシュ君も一緒にどうですかー?」

「デートって雰囲気じゃないから、あたし達は問題ないぜ」

 マリーナとヒースが二人を誘っているが、校内でいつもやってる、飯食いに行こうぜ! 的なノリと変わらない。そう言うところだぞ、ヒースがモテないのは。

 アッシュは婚約者がいるから無理だし、カルバサは好みが分かれるだろうから、純粋に班で食事に行ってるのと変わらないし。


「そう言えば露店の並んでる通りで、暴れ豚を一発の蹴りで仕留めた銀髪の美少女がいるって噂が流れてるけど、その子ってプルメリアかい?」

 皆で食事中、なんか言わなくて良い事をアッシュが言いやがった。

「うん、私だね。危ないから踵落としで頭を狙って脳震盪。もしかしたらそのまま死んじゃったかもしれないけど、人が怪我するよりは良いんじゃない?」

 そして頭を傾げながらプルメリアが笑顔で言っている。俺以外どん引きしてるからな?

「ちなみに俺だったら、もう少し被害は出てたな。純粋な力による攻撃だからあれだけで済んだ。本当質量のある早い物体は何でもやっかいだよ。休日だし弓を持ってきてなかったし」

 そう言って茹でただけのソーセージにかぶりついた。

「目を狙っても直ぐに止まらないだろうし、死ななければ暴れる。心臓を狙っても矢が反対側に突き抜けたら危ないだろうし、即死してくれるかも不明。なら、できるんであればプルメリアみたいに蹴りで止めつつ気絶が大正解だ。俺はやろうとも思わないけどな」

 俺はニヤニヤしながらビールを飲み干し、お変わりを頼んだ。



○月××日

 今日はプルメリアと買い物に出たが、人に言われて初めてデートだと思わされた。多分平気だろうと思ってスラムまで行ってしまったが、今度から女性がいるときは気を付けようと思う。平気だったけど。

 にしてもスラムのドワーフだけど、まさか火事で移転してるとは思わなかった。一応書物なんかに残ってるから名前は知っているけど、お互い名乗ってないので知らない風を装っている。

 浮ついた話は聞かないが、知らないで言い寄ってくる男は皆幼い子供が好きそうな気がするんだよなぁ……。あの身長だし?

 もしかしたら、同じ身長くらいの男の子に何回も告白されてそう。まぁ、年齢的に子供になるけど。

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