第5話 1/2 え? デートだったの? すまん……

 とりあえず学園生活初めての休日で、生徒の皆がワラワラと街に出かけているが、もちろん俺も出かける準備をしている。

 寮生活で休日の外出も禁止ってなると、もうほとんど入院や刑務所と変わらないし、短期労働やら買い物やらで、大抵の生徒は休日には出かける事が多い。

 もちろん過去の学園生活でも、クラスメイトと一緒に出かけた記憶は多い。

 ちなみにだが、授業を八日やって二日の連休というサイクルを繰り返している。もちろん夏期と冬季に長期休暇もある。

「本当に大丈夫か? 女性の準備ってかなり時間がかかるらしいけど」

「大丈夫。そのうち直る」

 プルメリアは起きて顔を洗い、いつもの服を着ただけで終わった。寝癖はそのままだ。化粧もまだ不要と思っているらしい。

 俺も必要ないと思うけど、一応女性ってくくりでの心配をしているだけだ。



「暴れ豚だ!」

 街に出て、しばらく歩いていたらそんな叫び声が聞こえ、振り向くと人混みがあわてて道の両側の露店の方に逃げているのが見える。

「屠殺場から逃げ出したのか?」

『待避』

『羽があって助かったわ』

 俺達に一直線に向かってくる暴れ豚を避けようと、俺はスリングショットを取って胸ポケットから屑魔石を一個摘んで数歩下がるが、プルメリアはその場を動かなかった。

『どけーーー! 吹っ飛ばすぞ! 俺は自由を手に入れるんだ!』

「嬢ちゃん。危ねぇ!」

 誰かがそんな叫び声を上げ、俺が急いでプルメリアの手を引こうと思ったら、大きく片足を上げて暴れ豚に踵落としを頭に叩きつけ、一撃で失神させていた。

「お、ぉおぅ……」

 騒ぎを聞きつけ、人が大勢集まっていたが辺りは静寂に包まれた。けど俺は変な声しか出せなかった。

「まったく。豚なんか猪みたいなもんなんだから、逃がしたら危ないじゃない。ねぇ?」

 豚の下の石畳がひび割れて少しへこんでいるが、プルメリアは腰に手を当て、少しあきれた感じで俺に聞いてきた。

「あぁ、危ないな。けどそれを無手で止めるプルメリアはもっと危険だな。周りが引いてるぞ? とりあえず逃がした人が来るまで待ってるか?」

「別にいーんじゃない? その内来るでしょ? それより私お腹が減ってるから、何か食べたいんだけど」

 それは、朝ぎりぎりまで寝ていた君が悪いんじゃないかな? 俺は食堂でちゃんと食べたぞ?

「そうか。んじゃここは露店の人に任せて――」

「お嬢ちゃん、肉は好きか? 良かったらうちの唐揚げ持ってってくれ」

 俺は辺りを見回し、出ている露店を見て言ったら、唐揚げを串に刺して売っているおっちゃんが、笑顔で商品を差し出してきた。

「良いんですか? なんか催促したみたいで悪いんですけど、そう言うならお言葉に甘えていただきまーす」

 プルメリアはそう言って唐揚げ串を受け取ると、その場でもしゃもしゃと食べ始めた。

「足りなかったら、二本目からは買ってくれよな」

「ほはほもふぁふぇたふぃん――」

「飲み込んでから喋れ」

 俺はプルメリアの口を手で塞ぎ、呆れながら注意をした。見た目は良いのに、行動で台無しだ。故郷でもこうだったんだろうか? 一応街だったけど、住んでいた区画はそこまで人が多いって訳ではなかったからか?

「他のも食べたいんで、あと一本だけ下さい。このままもらいっぱなしなのもアレなんで」

「んじゃ俺も一本」

 俺はおっちゃんに二本分の料金を払い、唐揚げ串をもらった時にはもう食べ終わらせていたプルメリアに、もう一本手渡した。

「んじゃ、俺達は面倒なんで逃げますね。衛兵や豚を逃がした人には、適当に言っておいて下さい」

 俺は貴重な休日を潰したくないので逃げる事を選択し、ムーンシャインを引いてその場を立ち去った。


「ほら。レイブンに半分やろう」

 俺は唐揚げの最後の一個を半分だけ噛み切り、残りをムーンシャインの頭に乗っているレイブンのくちばしの前に差し出した。

『お、いいのか? こういうのは駄目って言ってただろ』

「お前には難しいと思うが、塩分とか油とかがな。体が小さい分少量でも危ないんだよ。けど最近毛艶が少し落ちてるからな、このくらいなら平気だろ」

 そう言ってレイブンは俺の手から唐揚げをくわえて、安定した後ろ脚の方に移動してついばんでいる。

 同じ鳥類だけど、気にしないのかな? 確か前に説明はしてたはずだし、カラスは記憶力も良いはずだ。

『不服』

「はいはい。ムーンシャインにはこの甘そうな人参をあげよう」

 俺は店のおばちゃんから人参を買い、ムーンシャインに与えると、歩きながら半分ほど噛み切り、モシャモシャとし始めた。

「ムーンシャインちゃん。最近学校生活があって歩けてないけど、運動不足になってない?」

 プルメリアが、ムーンシャインの頭を撫でながら聞いている。

『平気』

「厩舎の人が毎日預かってる馬を引いて、騎馬専用の訓練場を歩いてるからな。乗馬部もあるし、それは貴族や騎士希望の奴に人気の部活だな」

「ふーん。そういえいば部活もあったねぇ。なんか勧誘が激しいけど」

「新入生の獲得で必死なんだよ。なんか入りたい部活とかあるのか?」

「学校が終わったら夕飯まで暇だからなんか入りたいんだけど、良いのがないんだよねぇ」

 プルメリアは指で串を遊ばせながら言うが、男なら結構憧れる域のペン回し状態だ。そのままペン回し同好会でも作っちゃえよ。

「お兄ちゃんは、何かに入る予定はあるの?」

「んー。薬草部、練金術部、創作鍛冶部、魔法理論部、魔法回路創作同好会を掛け持ちかな。部活って名前付いてるけど、昔から集まり悪いし、好きな時に使えるのも魅力的だな」

「なんか、聞いてるだけで地味な奴だ……」

「まぁな。地味すぎて何個かは廃部の危機になってるって聞いた。部室も日の当たらない暗い場所だし。薬草部は校内の日当たりの良い場所にあるけど、用務員さんの休憩所兼道具置き場が部室だし」

 園芸部みたいなもんだけど、校内の美化活動なんか一切やっていない。錬金術部とズブズブで、育てた薬草なんかを渡して、ポーションを売った代金の一部を受け取っている。もちろん教師も学園長も知っているが、学生の金策として黙認している。

「けど魔法回路は面白いぞ? 意味のない無駄な線を引っ張って、綺麗な魔法陣を描いたり、とことん無駄を省いた低威力の魔法が長時間発動できるかとか」

「ごめん。理解できない」

 少し説明に熱が入ったが、プルメリアには理解してもらえなかった。男の浪漫ってのはそんなもんだよ。ちなみにだけど長時間発動は、低燃費レースに近い感じだ。

「あー、そういや魔法ギルドに行く前に、ちょっと寄り道していいか? 昔馴染みの店がスラムの裏路地にあるんだ」

「別に良いけど、一応校則の立ち入り禁止区域になってるでしょ。平気なの?」

「何度も行ってるからなぁ。多分ばれてるけど、騒ぎにならなければ何も言ってこないと思う」

「多分危険度的には大丈夫だけど、私絶対に絡まれるよ?」

「プルメリアは可愛いと綺麗の間くらいだし、絶対襲われるだろうな。俺も良く絡まれてたし、数年離れてたから今回も絡まれると思う」

 そう言いながら俺は、なんか機嫌が滅茶苦茶良いプルメリアを見なかった事にして、スラムの方に足を向けた。

「最悪年長者か偉い人が出てきて、久しぶりだな。ってのが落ちだな。前回もそうだったし」



「よう、久しいなクソエルフ。特徴を聞いてお前だと思ったわ。ここは綺麗な嬢ちゃんを連れて来るような場所じゃねぇぞ」

 ごちゃごちゃしてるスラムの奥で案の定絡まれ、なるべく怪我をさせずに合計で十数名気絶させたら、片目のない四十代くらいの人族の男が出てきた。

 ちなみにプルメリアは、十人くらい確実に骨折させていた。無害そうな女の方に襲いかかりたくなる、男のエロっぽい思考はわからないでもないが、運が悪すぎだ。

 軽く手を払ってわき腹に肘を入れたり、殴りかかってきた手を引っ張りながら、中国拳法みたいな体当たりをして吹き飛ばしたり、酷い奴はハイキックを食らって左奥歯が全滅してたし。

 頸椎の方がやばそうな食らい方してたけど、持っていた串を利き手に投げて刺してたのは凄いと思う。だって串だぜ?

 ちなみにレイブンは気絶した奴の頭に留まり糞を落としていたし、ムーンシャインも前足で別な奴の頭を踏んでいた。

 この二匹も強かだよなぁ。直接は襲われてないのに、しっかり加わってんだもん。

「悪いな。文句を言うなら、この奥に店を構えている酔狂なドワーフにでも言ってくれ」

「言えるかよ。あいつを怒らせたら軍が出るぞ」

「あぁ、確かそうだったな。んじゃ、これ以上襲われないようにして欲しいから、俺に付いて来てくれ」

 俺はポケットにあった銀貨を一枚放り投げると、片目の男は着ていたジャケットで受け、そのまま胸ポケットに落とした。

「未だに餓鬼の使い扱いか。これでもクソ偉くなったんだけどなぁ、お前には色々勝てねぇな……。付いてこい。あいつは去年仕方なく移転した」

「何があった……。俺の知ってる限り、五十年前からずっと同じ場所で店を構えてたぞ?」

「火事だよ火事。留守中に三件隣で火が出た。だから仕方なくだ」

「そうか。店にいたら、隣の家をぶっこわしてでも、火を止めそうだしなぁ」

 片目の男は俺に背中を向けると、さらに細い路地に入っていったので、着いて行く事にした。

「ヤバい薬でも買ってたの?」

 しばらく歩いてると、プルメリアが普段通りの声で話しかけてきた。そういう話題はもう少し声を抑えてほしい。

「素材だけ買ってたなぁ。もちろんヤバい薬も含めてな」

 別に後ろめたい事はないので、俺も普段通りに返事をした。まぁ、高純度のヤバい奴も置いてあるけど個人で使ってないし。

 いや、色々な素材として使ったりしてたから、使った事になるのか? 摂取してないって言った方がよかったか?


「ここだ。帰りも襲われない様にするのに、俺はここで待ってる。このカラスとロバも心配だろ? 安心して行ってこい」

 片目の男は親指で重厚そうな扉を指した。

「助かる。合い言葉は変わってないんだろ?」

「そんな話は聞いてない。さっさと済ませてくれよ? 俺は長い間ここに留まる勇気はない」

「あいよ。向こうに絡まれなければ、俺は軽い世間話で済む」

 俺は重厚そうなドアを開けると、今度は鉄製のドアが目の前に出てきた。

「なんでドアが二枚もあるの?」

「合い言葉が外に漏れない様にだ……。ケーキ砂糖バター増し増しお茶はジョッキで」

 俺は最初のドアを閉め、鉄製のドアを十二回ノックして合い言葉を言った。相変わらずどこかのラーメン屋か、コーヒーショップみたいな注文の仕方だ。

 そして目線の高さにある小窓が横にスライドして、中の人が俺達以外にいない事を確認すると、かんぬきを外す音が聞こえてドアが開いた。

「おやおやおや。女連れで誰が来たかと思ったが、久しぶりだね色男。しばらく見ないから死んだかと思ってた」

 出てきたのは、俺のみぞおちくらいしか身長のないドワーフ族の女性だ。見た目は成人女性と縮尺くらいしか変わらない。そのまま大きくしたら、かなりナイスバディと言われる部類だ。

 けど服装がヤバい。黒のブラトップにホットパンツっていうのは、どうかと思う。

 ちなみにドワーフ族だが、全体的に身長は男女共に俺より頭一つ分低いが、ここまで低いのは珍しい。多分百二十センチくらいしかないと思う。

 そしてドアの横には踏み台。毎回これに乗ってドアの外を確認していると思うと可愛く感じるが、怒らせると軍が出るのは、色々な奴の情報や書物を調べたが本当らしい。

 半分以上災害扱いだったけど、噂では付き合ってた男が浮気してブチ切れただけってのもある。統合すると、浮気して逃げ回ってる男を追いかけるのに町を半壊させ、軍が出てやっと事が収まったって事になるんだよなぁ……。

「あぁ、またこの王都に寄ったからな。挨拶しておくのが礼儀かと思って」

「相変わらず義理堅いなー」

「義理を通しておいて損はない。悪いが挨拶だけだ」

「なんだ。今回もシマシマ熊の肝臓と老衰したマンドラゴラ、赤色トリカブトかと思ったが……つまらんな。そうだ、お前が持ってきた、頭皮が見えるくらい微妙にハゲる薬は高値で売れたぞ」

「そうか、それは良かった。あと三年くらいはこの王都にいるから、何かあったら言ってくれ」

 なんとなく使い道がなさそうな、嫌がらせ目的のおもしろそうな薬を作っていたら、毛根の約五割が死ぬ奴ができた。

 ここに持ち込んでみたら、おもしろそうって事で売れた訳だ。レシピは覚えている。もちろん解毒剤や中和剤もあるが、ここには卸してない。

「中々エグい効果で、ハゲれば諦めが付くけど頭皮が見えるくらい薄いから、使われた奴は未練がましく、どうにか隠そうと必死だったらしいぞ?」

「なんでそれを知っているかは置いておくが、火事に巻き込まれたんだって? 火災見舞金だ」

 俺は普段しまっている革財布から大銀貨一枚を取り出し、カウンターに置いた。

 プルメリアは珍しい物が多いからか、店内の棚を静かに見回していた。会話に入れないってのもあるけど。

「変に気を使うなよなー。むしろ煙に巻かれた奴にやってほしいくらいだ。燃えたらクソヤバい奴が多かったからな」

 そして店長が腰の辺りをバシバシ叩いてきた。

 確かに燃えたら紫色や赤色の煙が出るヤバい奴も、現状で棚にあるな。

「そうか……。確かにそうかもしれんが……。まぁ、お互い名前も名乗ってない仲だが、このくらいの礼儀はある。貸しを作りたくないっていうなら、その辺で売ってそうなこの酒をもらってくぞ?」

 俺はカウンターに置いてある、なんか安酒っぽい未開封の瓶を持ち上げた。

「あー持ってけ持ってけ。明日の朝に飲むのがなくなるだけだからな。おまえが帰ったら、その辺に買いに行くからさっさと出てけ」

 店長は俺を追い払うように手を振り、さっさと帰れってな感じでニヤニヤ言ったので、プルメリアの肩を叩いて店を出た。

 店を出たら出たで、片目の男がムーンシャインの頭を良い笑顔で撫でていた。根は優しい奴か、滅茶苦茶動物が好きなんだろう。なんでスラムにいるのかわからないな。

「終わったぞ。たまに来るかもしれないから、下っ端を減らしたくないと思うなら、俺の事を教えておけよ」

「あいよ。似顔絵付きで派閥関係なくスラムに配っておくわ」

 片目の男はムーンシャインを撫でながらこちらを向き、キリッとした顔で答えた。もう何か飼っちゃえよ。猫くらいなら室内で飼えるだろ。

「表通りまで送る。付いてこい」

 片目の男はムーンシャインの頭をポンポンと優しく叩き、俺達に背を向けて歩き出した。


「助かった。なんかあったら相談に乗るから、どうにかして連絡を付けてくれ」

「あぁ、俺達は耳も良いし手も長い。その場合はどうにかして連絡を付ける。待ち合わせ場所は使いの奴に聞いてくれ」

 そう言って片目の男は、目の前の露店でリンゴを買ってナイフで半分にし、ムーンシャインに与えて残りはかじりながら裏路地に消えていった。

「……かなり良い奴な気がしてきたんだが」

「うん。動物に優しかったし、ムーンシャインちゃんを見る目が優しかったね」

『親切』

「そうかそうか。動物関係で何かあったら、あいつに押しつけるか」

『アイツ猫撫で声でずっと喋ってたぞ』

「本当かよ? アイツに対する評価がかなり変わったわ」

「動物好きに、悪い奴はいない。これは真理」

 プルメリアは目をつぶり、腕を組んで頭を縦に数回振った。動物番組かな?

「まぁ、そうだな。本当なんでスラムの偉い奴やってるかわからんわ」

 俺達は裏路地を見ながら少しだけ立ち話をし、そのまま魔法ギルドに向かった。



「確保ぉ!」

 俺達は魔法ギルドに行き、解放されている大きな出入り口を通り、数歩だけ歩いたら正面に座っていた、かわいい系の受付の女性が立ち上がり、俺の事を指さして叫んだ。

「うぉ! なんだ? ちょっと待て! 俺は話し合いに来ただけだ、なんでこんな事されなきゃいけないんだ! 待てプルメリア、攻撃すんな!」

 俺が出入り口脇の、警備の為に立っている屈強な男に押さえられたら、プルメリアが殴りかかろうとしたので止めた。

「貴方は指名手配されています。このまま拘束させてもらいます」

「ちょっと待て、詳しい事は伝わってねぇのか?」

 別な男がロープを持って走ってきたので、多分俺がなんで指名手配されてるのか知らされてない可能性が高い。とりあえず大人しく縛られながら言ったが、聞く耳を持っていないのか、黙々と縄で俺の事を縛り上げていた。

「犯罪者の言う事は聞かん」

「犯罪者じゃねぇよ!」

「助けようか?」

 プルメリアは屈んで、俺の事を覗き込む様に言ってきた。止めた以上は手を出さないらしい。

 あとパンツ見えるから目の前で屈むな。

「いや、必要ない」

 俺は立たされたが、魔法で作った小さな風の刃でロープを切った。

「ちょっと指名手配書見せろ。馬鹿止めろ! また縛ろうとすんな!」

 俺は屈強な男の襟を掴んで投げ飛ばし、ロープを持っている男に右手でバリスティックナイフを抜いて向かい合った。

「良いから手配書見せろ! こんな所で魔法なんか使うんじゃねぇ!」

 受付嬢が短い杖をこちらに向け、なんか詠唱っぽい口の動きをしていたので、左手でスリングショットを持ち、バリスティックナイフを逆手に持ってから薬指と小指で握って胸ポケットから屑魔石を取り出し、光属性の魔力を過剰に流して打ち出した。

 肩の辺りに中てたら強力な閃光が発生し、目を押さえて叫んでいる。天空の城で有名なシーンの再現だな。

「手、貸す?」

 プルメリアは、なんか俺の事を哀れんだ目でそんな事を言った。

 お前が出ると、最悪死人が出るから絶対に参加させない。

「いや、もう制圧した」

 ロープを持った男は、俺が刃物を向けているので動けないし、屈強な男は床で伸びている。受付の女性はまだ目を押さえてうずくまっているし、他の利用客は巻き込まれたくないから遠巻きに見ているだけか、さっきの閃光で目を押さえているかだ。

 俺はバリスティックナイフを持ったまま掲示板まで向かうが、どんどん人が避けて難なくたどり着けた。

「手配理由が書いてねぇ。しかもなんだこの悪人面は……。もう少しまともな奴に人相書きを任せろよ、ってかこの絵って手配書専門の絵描きじゃねぇか!」

 俺は掲示板の隅にあった指名手配書を見たが、名前と人相書きに賞金が金貨一枚と書かれているだけだった。

「こりゃ襲われるわ……。上の奴が実験とか研究にしか興味のない奴に任せた結果か? これをやった本人に悪意がないのがさらに質が悪い」

 俺は手配書を破って取り、バリスティックナイフをしまい、そのまま受付まで行って閃光を食らった受付の女性の席に着いた。だって他の受付は、カウンターから離れちゃったから仕方がない。

「これの事で本人が話があると、ここで一番偉い奴に伝えてくれ」

 俺はため息を吐きながら、半目を開けている受付嬢に手配書とギルドカードを渡した。

「約束は……ないですよね? お会いになるかどうか、わかりませんよ?」

「指名手配されてる奴が、カウンターにいるって言えば来るだろ? ってか、本当に俺が手配されてる理由を知らないのか?」

「存じておりません」

「……そうっすか。いいから早く伝えてくれ」

 受付の女性がカウンターから離れてから、俺はため息を吐きながらもう一度手配書を見てみるが、何回見ても手配理由が書いてない。もちろん裏面にもない。

「凶悪犯みたいに描かれてるね。実は衛兵とか呼ばれてたり?」

「そしたら多分また暴れるだろうから、衛兵に暴力を振るったって事で、軽犯罪が増えるなぁー。呼ばれてない事を祈るだけだ」


「あちらです」

 あまり待たずに先ほどの受付の女性が、小柄で見た目十代前半の、物静かそうな女性を連れてやってきた。

 耳は尖ってないからエルフじゃないと思うけど、この世界観的に長寿種なのは何となくわかる。種族はわからないけど。

「どうもー。ここの支部長をやっている者でーす。先ほどは職員がご無礼をおかけしましたー」

 なんか微塵も申し訳なさそうな感じが出ていない。悪いと一切思ってないだろ? ってか、片手を上げながら気軽に言うな。

「ルークさんですね。上からは聞いてますし、何回言っても手配書を変えようとしないんで、こうなるだろうなーとは思ってましたが、まさかここに来るとは思いませんでしたよ。ははは」

「私は悪くないアピールは良いので、さっさとの事で話しましょうか。場所的に個室が良いんですけど」

 俺は手配書をヒラヒラさせ、自分がちょっとした有名人物である事や、金銭が関わるので個室での話し合いを要求した。

「なら私の執務室に行きましょう。あ、チーちゃんお茶お願いね」

 そして小柄な女性は、先ほど出てきた扉に入っていった。

 案内してくれるんじゃないの?

 仕方がないので先ほどの受付の女性に案内を頼んだが、この人がチーちゃんだったらしく、他の人に案内を頼んで執務室に向かった。


 うん。汚ねぇ。滅茶苦茶汚い。研究に使っている道具類や、魔法ギルドの書類関係が応接用のテーブルに置いてある。ゴミも床に丸まった紙とかが転がってるし、ゴミ箱には山ができている。

 お茶が来たけど、ポーション瓶が入ってる木箱の上にトレーを置いて退室していった。対応としてどうなのよこれ?

「さてさて、話ってのは何?」

 支部長は気にしないでティーカップを取り、お茶を飲み始めたので俺もプルメリアも口を付ける。

「一気に金を下ろすつもりもないし、最悪銀行の方に分割で入金してくれれば問題はない。って事です。なので手配書を全て破棄して下さい。毎回魔法ギルドに行く度に、こんな事されたくないので」

「それだけ? じゃあ本部に連絡を入れるから、少々お待ちを」

 支部長はティーカップを置き、手を顔の前で右から左に動かすと、青白いモニターみたいなのが現れ、そこに何か文字を書いている。

「何これ……」

 プルメリアが興味を持ったのか、少し身を乗り出して空中に浮いているモニターを凝視している。

 こんな技術があるならプリンターを作れよ。冒険者ギルドをはじめとした場所が、未だに全部手書きなのは何でだよ。

「冒険者ギルドにあった奴の応用だろうな。空中に投影して、指先に魔力を込めてるだけだ」

「制約も多いけどねー。戦争とかで情報の伝達とかに使えれば良いんだろうけど、何かしらの妨害を受けて使えないのよ。一説によると神の力が働いてるとか言われてるね。これを作った人達の技術や書物は完全に失われてて、どういう原理で動いてるのかわからないの。今でも研究されてるけど進展してないのが現状」

 メール的な物を送り終わったのか、支部長はモニターを展開させたままお茶を飲み始めた。

 ソレ、お客様の前で出し続けるのって、失礼じゃない? 部屋の状況的に手遅れだろうけど。

「失われた技術を、いつまでも使い続ける不安はあるだろうしな。原理を理解しないと、修復も修繕も改変もできないだろうし」

「千年くらい前から同じ事を言ってる人がいるけど、まだ壊れてないのよねぇ。古代技術って本当凄いわ。あ、返事。ふむふむ……」

 支部長がまた右から左に手を動かすと、モニターがこちら側に向いたので内容を確認した。

「んー。指定された認識番号へ入金完了しました。ルーク様に確認して下さいとお伝え下さい? んー番号は……合ってるな」

 俺は認識票の番号を見ながら、モニターを確認するが間違ってはいない。

 ついでに勝手に指を下から上に動かし、続きを確認したら張り紙は一斉送信で剥がす事! と、可愛らしいデフォルメされた猫の絵が描いてあり、吹き出しに、今度皆でお菓子を食べに行きましょうと描かれていた。

「ふむ。これもある意味絵文字だな」

「可愛いー。これ猫だよね?」

「あ、なんで勝手に見てるんですか! ってかなんで操作出来るの!?」

 支部長は慌ててモニターを消し、咳払いをしていた。

「指先に適応した波長の魔力を流して、スライドさせれば可能だろ? ってか俺からしてみればセキュリティーがザルすぎる。軽く魔法理論やら回路を覗いたけど、冒険者ギルドの受付とさほど変わらないのも、どうかと思うけどな」

 俺は支部長がモニターを出した時みたいに、触った時に読みとった情報の、指定された魔力の波長で右から左に手を動かすと、モニターが目の前に出てきた。

「ほら、ザルだろ? もう少し個人で波長を設定するか、出力する魔石だか水晶を個人所有させないと、この建物内だったら出せるんじゃないか? 個人的に悪用はしないし情報も流さないから、さっさと上に報告しておいた方がいいぞ?」

 俺は投影されたモニターを消し、お茶を飲んだ。

 こんなもん、パスワードがモニターに付箋で貼られたその辺のパソコンや、電子機器の電源を入れるのと変わらん。

 多分だけどメール風な物を送る時に、名前の場所をタッチすると数名の送り先が出てくる可能性も高い。

「あー……はい。上に報告しておきます……。そう言えばルークさんでしたね。そう考えれば、このくらいは簡単ですよね……ははは……」

 支部長は俺から見て左上の方を見ながら、気まずそうにお茶を飲んでいる。

 あのって言われても、魔法ギルドに貢献したドレなんだかさっぱりだ。全部だろうか?

「技術者の育成も急務だな。あとは事務的な事や雑務ができる奴を本部に雇えって言ってくれ。あの手配書からは、適当に発注した結果しか感じない」

 俺はトレーにあったソーサーにティーカップを置き、ため息を吐きながら立ち上がった。

「これ以上いると、技術的な助言で長時間拘束されそうだから帰るか」

 俺は手を左右に振っているプルメリアの肩を叩くと、少しだけ恥ずかしそうにして立ち上がった。

 何となくでやって、同じ事ができたらマジで天才だよ。魔力の波長を知らない状態だったら、金庫のダイヤルを適当に左右に回して開けるようなもんだし。

「あはは。やっぱりお兄ちゃんは凄いね。全然出てくる様子がなかったもん」

「慣れれば簡単だ。セキュリティー上教えないけど、職員になってもこれができる様にならないと、雑務くらいしか仕事がないしな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る