第2話 1/2 久しぶりの故郷? なんかモップが襲い掛かってきたんだけど?

約20000文字あるので前後編の前編です。後編は同時予約投稿されます。


――――


 あれから五日ほど徒歩で移動し、二つほど町や村に寄ったりしながら故郷に付いた。

 故郷は一応街なのでがっちりとした防壁に囲まれており、中に入るのに順番待ちの列に並んで、認識票を出して荷物の検査を受ける。

「おい。こいつは念入りに検査しろ」

「了解しました!」

 認識票を確認した兵士が水晶みたいな板に表示される情報を見てそんな事を言い、俺は別室に連れて行かれ、後ろに並んでいた奴が呼ばれていた。

 これはいつもの事なので特に問題はない。なので武器を外し、ムーンシャインにくくりつけてある荷物をほどいて、テーブルの上にわかりやすく並べる。

 なんで念入りかと言うと、軽犯罪歴が多いからだ。過去の犯罪歴が認識票で全部出るのが悪い。

 一度だけ冗談抜きで認識票をなくした事があり、水晶みたいな物に手をかざして再発行してもらったが、その時に何となく言われた事がある。

 冒険者、鍛冶士、錬金術、魔法使い、商人、その他のギルドの全てのランク、犯罪歴、最後に出入りした街やら町、施設や年齢が出る。

 なのにパソコンみたいな物もなければ印刷機もないので、情報を出す場合は全部手書きという阿呆みたいな世界だ。

 ただその水晶みたいな物はタブレットみたいな感じで、指でなぞれば文字が動いて次の情報がどんどん出て来るし、情報の書き込みもできる。

 本当不思議な世界してる。水晶からレーザーみたいなのが出て、焦がして印刷みたいなのがあっても良いのに。

「手際が良いな」

「毎回だとな……」

「そうか。けど調べさせてもらうぞ?」

「かまわない。けどそのナイフと小さな壺は気をつけろよ? やばそうならこっちから声をかける」

 これも毎回言っている事だ。だってこっちじゃまず見ない刃先が射出される物だし、爆発して釘とか鉄玉が飛び散る奴だから。

「何かやましい物なのか?」

「とある手順を踏んで、ある事をすると刃先が飛ぶ。誰かに当たると、深々と突き刺さって最悪死ぬ。壺の方はこの部屋に人が五人ぐらいいたら、全員負傷させられる」

 そう言った瞬間、門番の伸ばしていた手が、ナイフを掴もうとして一瞬だけ止まった。

「わかった……さわらない様にする。これは屑魔石か。こっちは……日記。木の実に野菜、香辛料……」

 兵士は次々と袋を開けて中身を調べているが、麻薬みたいな怪しい物は絶対出ない。出たとしてもブーツの中にある、ピッキング用の道具だけだ。

 ってか犯罪歴の中に、麻薬的な物とかは絶対にない。だってやってないしで運んでもいない。持ってたとしても、即効で薬を作って別な物に変えるし。

「滞在の目的は?」

「故郷だから寄っただけだ。引っ越してなければ、三番区画の十七番付近に実家がある。滞在期間は不明。引っ越していなくなってたら、一日泊まってから父か母の実家にでも行く」

 たしか父親が元森エルフだったから、近くの深い森に行けばどちらかには会える気がする。

「……過去にこの町から、出て行った記録が残ってないみたいだが?」

「もう五十年くらい帰ってないしな。記録に残ってないだけだろ? 出ていった頃に比べて、随分と雰囲気が変わった。変わってない方がおかしいけどな」

「そ、そうか。記録は五年分くらいしか残らないからな。隊長! 検査終わりました! 問題ありません!」

 そう言って兵士は隊長に報告し始めたので、ムーンシャインに荷物をくくりつけ、装備をつけようと思ったが、面倒なので荷物の上に乗せ、カランビットナイフだけ持っておく。

「問題は起こすなよ」

「故郷だから、やっかい事が向こうからやって来ない限り大人しくしている。ってか、過去の犯罪歴も大体は巻き込まれただけだ」

 五割くらいが酒場での喧嘩。三割くらいが荷物を盗まれそうになって、ちょっと強めに殴って過剰防衛扱い。残りの二割がその他だ。

 具体例をあげるなら、荷物の護衛が実は非正規の奴隷商人だったとか、麻薬的な物を密かに運んでいたとかだな。

 冒険者ギルドを通さない割の良い仕事だったし、当時は積み荷とかを深く聞かない様にしてたし。

 けど前世の頃からきっちり仕事はしていたので、一度受けた仕事を放棄する事は、戦力的に全滅に近く逃走を指示されたか、個人で判断した時だけだ。

 そして記憶を頼りに道を歩き、実家の前に着くが、変わっているのは鉢植えの花やドアくらいだな。

「旅に出たルークだけど、誰かいるかい?」

 ドアをノックし、一応五十年ぶりくらいなので名前を名乗りつつ反応を待つと、中から小走りするような音が聞こえた。

「ルークなら、幼なじみの名前は言えるわよねぇ?」

 なんかニヤニヤしながら言ってそうな、聞き覚えのある声が聞こえた。

「プルメリアだ。あと、産まれた時期が二十年も離れた女の子を、幼なじみとは言わない」

「あらー? 人族換算で二年分くらいしか変わらないんだから、幼なじみで良いじゃない。そんな小さい事言わないの」

 中からそんな返事が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。

「久しぶり母さん」

「別に五十年くらい普通でしょ? ってか見た目だけたくましくなったわねぇ。髪型は面白いけど」

 エルフの感覚では、五年くらいの感覚なんだろうか? 五年も実家に帰らないって、結構長いけどな。

「お兄ちゃん!」

 そして手の生えてるサラサラなモップに襲いかかられた。なんだこれ? お兄ちゃん言ってるから、プルメリアなんだろうけど。

「妹はいないし、母さんはモップを産んだのか?」

「酷い。私だよ私」

 そう言ってプルメリアは、前髪を分けて顔を出した。そして黄色い二つの瞳がこちらを見ていた。

 綺麗な銀髪は長すぎて床に着いており、毛先は土汚れやら埃を巻き込んで、本当にモップになっていた。

「わかってるよ。ちょっとふざけただけだ。ってかなんで家にいるんだ?」

「あー。親は長旅にでたわ。でもプルメリアちゃんはルークが戻ってきた時に会えないからって、二日に一回はご飯作って一緒に食べてるのよ。で、さっきまでお茶飲んでたの。ってか二人とも入りなさい」

 母さんはニコニコとしながら親指で家の中をさし、先に戻って行った。

『お前の母親って綺麗だけど、なんかサバサバしてんな』

『同意』

「一応エルフだから、聞こえてたらお前夕飯を抜かれるぞ?」

「私も聞こえるけどねー」

 そしてモップもそう言いながら我が家のように戻っていった。

「悪いがムーンシャインは家の前な」

『了解』

 一応ムーンシャインは繋いでおき、荷物を持って俺も家の中に入った。


「でー。なんでそんなモップみたいな髪になってんだ?」

 俺もお茶を飲みながら今までの事を大ざっぱに話し、気になったのでプルメリアに聞いてみた。

「お兄ちゃんが早く帰ってきます様に。って願かけ? ここまでなったらもう毛先からすり減っちゃうけど」

 なんで疑問系なんだ?

「だろうな。まとめ上げるとかしないのか?」

「ここまでなっちゃうとまとめるだけでも一苦労で、まとめても顔と同じくらいの大きさになっちゃうから。紐で結っても良いけど、スルッって直ぐに落ちちゃう」

「そうか……。ってか前髪くらいは切れよ。邪魔だろ?」

 義勇兵時代の休暇中に、仲間が日本の古いアニメを見ていたが、キャンプしてる女の子の一人がそんな感じの髪型だった気がする。日本人って理由で翻訳させられたけど。

 俺もソロキャンプしてー。とか言ってたけど、荒野で野営しまくってるのに何言ってんだ? って突っ込みは入れておいた。

 後はコンビニの古いイメージキャラクターだな。

「邪魔だね。だから今日切っちゃうよ」

「私が切ってあげようか? 四百年近く生きてると、それなりに上手くなっちゃうし」

「あ、じゃあお願いしまーす」

「んっふっふ。どんな髪型にしてやろうかしら……」

 そして母さんが、プルメリアの頭を我が子の様になで始め、不気味な顔で笑っている。

「んー。後ろは腰くらいまでの、何となくそれっぽい感じで。前髪は日差しが眩しいから鼻の辺りで」

「はいはい。何となくそれっぽくねー」

 そしてどこからかナイフを取り出し、後ろ髪を腰の辺りからバッサリと切り、前髪も鼻の辺りで切ったが、前髪ぱっつんになってないのが不思議だ。

 ってか、刀身が紫で赤黒いオーラみたいなのがモヤモヤ出てるナイフでやるなよ。毒か呪術的な奴か、何かしらの属性が着いてそうなヤバい代物なのは確かだな。

 ってか、俺はそのナイフを旅に出るまで一回も見た事がないんだけど?

「ふー。サッパリー」

 プルメリアはその場で首を振り、髪を床に落としていた。ってか散髪は外でやれ。

「この髪。プルメリアちゃんの事が、好きな男の子に売れそうよねー。ちょっと熱い視線を送ってる子が、三人くらいいた様な?」

 母さんはポケットからヘアピンを出し、プルメリアの前髪を分けて止め、左右のこめかみの辺りの髪を勝手に三つ編みにして、背中辺りで纏めていた。

「冗談でも止めてくれ」

「綺麗な髪なんだし、もったいないわよね。んー。何か編もうかしら?」

「夜中に勝手に光ったり浮いたりしそうだから、それも止めてくれ。ってか素直に捨ててくれよ……」

 俺はカップをテーブルに置き、ため息を吐きながら床を指さした。

『捨てるなら俺の足首に巻いてくれ。キラキラしてて他の奴に自慢できる。毛なら軽いしな』

「あらー。お洒落なカラスねー。良いわよー」

 そしてレイブンが自分が欲しいと言い、母さんがある程度髪を拾って、三つ編みにしてから足に巻いてあげていた。

『かっこいいだろ! 外のムーンシャインに見せつけてくる』

「あぁ。シルバーアクセサリーみたいでかっこいいな……」

 どうやってドアを開けるんだ? と思ったが、窓が開いていたのでそこから出て行っていった。やっぱりカラスは頭が良いな。


「ってか、俺が旅に出てからあまり成長してないな。身長も体も」

 前髪がなくなり、ある程度体も見えるので軽くプルメリアを見て、なんとなく言ってみた。

 かなり短い腰下くらいまでしかない黒のキャミソールワンピースっぽい物と白のブラウスが、良い感じに銀髪と似合っている。スカートも黒なんだから、もういっその事長いので良いんじゃない? って思う。

「そうなんだよねー。ある時期から全然成長しなくなっちゃって。成長止まっちゃったかな? お父さんヴァンパイアみたいだし」

「そうだったのか? ほとんどおじさんを見た事がないし、記憶にもあまり残ってないから、全然気が付かなかったわ」

 ってか成長具合にヴァンパイアは関係ない気もするが。ずっと見た目が変わらないって意味なら、成長の遅いエルフ時代。そしてある程度成長したら止まるってか?

「そうなの。私はハーフヴァンパイアなの」

 プルメリアはない胸を張り、なんか訳のわからない単語を口にした。

「いや、ダンピールだろ……」

 吸血鬼との混血は、確かダンピールで合っていた気がする。

「人族とヴァンパイアの子供がダンピールでしょ? 私の半分はエルフ。だからその種族には適応されないし」

「面倒だからハーフエルフか、ダンピールでも良いだろ?」

「いやー、お父さんは真祖や後天性のヴァンパイアじゃなくて、純血でちょっと強くて偉いし、お母さんもエルフだからさ、私としてはハーフヴァンパイアを名乗りたいの。ダンピールって階級枠から外れてるし」

「……そういうもんか。なら良いんじゃないか?」

 なんか曲げたくはないらしい。爵位やら順位やら興味のない俺としては本当どうでも良いが、個人の主張も大切にしてあげたいので、ハーフヴァンパイアって事にしておいてやろう。

「でー。なんでいまさらおばさんは、長旅に出たんだ?」

「なんか正妻決定戦をやる事になったらしく、ノリノリで会場のある街に行ったね。なんかお父さんは暇なときに出歩いて、好みの女性に声をかけてあちこちでヤってたみたいで、話では二十人以上愛人を作っちゃって、面白そうって事で出て行ったよ?」

 俺は額を押さえ、思い切りため息を吐き出した。正妻決定戦って何だよ……

「おじさん女遊びしすぎじゃね? 純血種ってそういうのは気にするんじゃないのか?」

「さぁ? 威厳があるっていうより、チャラチャラしてたし。長寿種と遊びたかったんじゃない? で、いい加減はっきりさせろって事で、総当たり戦で決めるって。本当お父さん頭悪いよねー」

「聞くだけだと本当頭悪いな」

 俺はカップのお茶を飲み、あきれた感じで答えた。

「けどしっかりお金は振り込まれてたし、面白そうならある程度なんでもやるタイプなのかも?」

「ある意味気が合いそうだけど、俺は女遊びしないけどな。けど総当たり戦かぁ。長寿種ばかりでエルフはどこまで行けるんだろう? おばさんってふわふわしてたイメージしかないけど?」

 まだ町にいた時に良く挨拶をしたけど、あらあらうふふ的な雰囲気のエルフだったぞ? 獲物を狙う様な、キリッって表情は一回も見た事がない。

「普段ふわふわしてるけど、やる時はやるタイプで、意外に武闘派で通ってたわねぇ。プルメリアちゃんを産んでからは大人しくなってるけど」

「へー……」

 エルフなのに武闘派? 近接系? 俺も人の事言えないけど、俺のご近所さんってヤベェ奴しかいねぇの?

 なんか装備的に、母さんもヤバそうだけど。

「で、うちの父さんは?」

 家を出る前は、なんだかんだで結構な頻度で家にいたが、いないって事はどこかに出かけているんだろうか?

「冒険者ギルドからの支援要請で、臨時で狩りの手伝いね」

「冒険者ギルドの要請? 子供の頃に、そんなのなかった気がするけど?」

「街の近くの山で、小型の翼竜が大群で飛んでるって目撃情報があって、魔法と弓の使える人で、冒険者ギルドに登録してる人に声がかかったのよ。で、丁度暇してるって理由で数日前に出て行ったわ」

「ふーん。普段から森で狩りしてるから良いんじゃない?」

 父さんは知り合いと少人数で森に入り、食べられる野生生物や魔物なんかを狩り、肉屋に卸してたからな。そういうのはだろうから平気だろう。

「ま。あの人なら平気でしょ。危なくなったら引く事ができる人だし、単独で山歩きして、若い地竜を弓で倒せるくらいだし」

 地竜っていうのは、コモドオオトカゲみたいな奴を大きくした奴だ。鱗がもの凄く堅いけど。

「へぇ。初めて聞いたわ」

 鱗のない柔らかい部分は地面で隠れているし、見えている部分はもの凄く堅いのに、それを単独で狩れるのか。俺は目を狙うけど、動いてるし面倒なんだよな。まぁ中てるし、他にも方法があるけど。

 ってか俺の周りって、もしかしてヤベェ奴の集団だったんじゃ? 師事する人を違えたか?

 そんな事を思いながら、俺は冷めたお茶を飲み干した。



「プルメリアちゃん。今日も夕飯食べてくんでしょ?」

「はい! お兄ちゃんもいるし、絶対に食べてきます」

 プルメリアは元気良く答え、ウキウキとしている。本当子供っぽいなぁ。

「ルークが帰ってきたけど、朝のうちに買い物して来ちゃったから、特別な物とかは出ないけどね」

「いや、気にしなくて良いから。その普通が良いんだって」

「不健康な息子のために、野菜は多めかしら?」

「普通に野菜も食ってるから、普段通りで良いよ」

「はいはい。プルメリアちゃんとちょっとダラダラ喋ってて。ちゃっちゃと作っちゃうから。んー、冒険者なんて日持ちする物しか食べてないと思ったんだけど……。意外にちゃんとしてるのね……」

 母さんは手をヒラヒラとしながらなんか小声で言い、台所の方に向かって歩いていった。

 前世の記憶があるから、俺はその辺の冒険者と違って結構気を使ってるんだよ。野菜がない場合は、その辺の松の葉っぱとか食いまくってるし。

 松の葉っぱはもの凄く栄養価が高く、中国では仙人が食べていたとか言われているくらいだ。カロリーはあまりないけど。



「「「いただきます」」」

 三人で挨拶をし、懐かしい味付けのスープを食べる。

「んー。長く旅をしてても、舌は覚えてえるもんだ。いくら再現しようとしても、この味が作れなくて、最初は少し落ち込んだなー」

「簡単に再現されても困るけどね。私のお母さんもお婆ちゃんから教わって、ってな感じで一族の味になってるから」

「なら、私にも教えてくれます?」

 プルメリアがスープを飲み込んでから、母さんに目を輝かせながら聞いていた。

「ルークの子供を孕んだら、教えてあげる」

「じゃ、直ぐですね!」

「は?」

 孕むとかどうとかは聞き流していたが、直ぐってのに少し引っかかった。

「あらあら。今夜ヤる気満々じゃない。声は抑えてね? 眠れないし。それともルークがプルメリアちゃん家に行けば良いのよ」

「そこは親として止めてくれよ……」

「え? 五十年も冒険してたんだから、もう行かないんじゃないの?」

「近くまで来たから、寄っただけだぞ?」

「あら? そうなの? 言ってなかったから、てっきりもうフラフラしないかと」

 たしかに言ってなかった気がする……。これは俺のミスか?

「じゃあ、スープはもうちょっと先かー。残念」

 プルメリアはオレンジ色の瞳を細め、唇を尖らせて少しだけ拗ねていた。

 ん? 瞳の色がオレンジ色?

「なぁ。瞳の色……。変わってないか?」

 俺は不思議に思い、プルメリアに聞いてみた。瞳の色って変わるものなのか? 変わらないよな……。

「んー? あーこれね。なんか最近ヴァンパイアとして覚醒してきてるのか、夜になると真っ赤になるんだよね。今は夕方だから黄色と赤の中間くらいの色なの」

「へ、へぇー。不思議だな」

「明かりなしでも、暗闇なんかばっちり見えるから便利だよ」

「そ、そうか。便利だな」

「けどさー、太陽の光が最近少し眩しくて。だから前髪で顔を隠してたんだけどね」

「便利な様で不便だな」

「少しだけだから、そうでもないよ? むしろ夜中にトイレ行くのにもの凄く便利」

 前世基準なら、暗視ゴーグル付けてトイレに行く様なもんだし、完璧に無駄遣いだな。

「ヴァンパイアの暗視能力が、トイレにしか使われないってなんか不遇だ。夜中の哨戒とか見張りの仕事に就いたらどうだ?」

「働かなくても親子二人で暮らすのに、不便しない程度にはお金が振り込まれてたしなぁ……」

 プルメリアは、右の方を見ながら手で口元を隠す様にして答えた。色々と金に困ってなければ、無理に働かないか……。

 おじさんはこんな感じで、手を着けた女性とその家族の為に、何組分くらい振り込んでいるんだろうか? 正妻決定戦とかやるんだから、さっき言ってた二十組くらいだとしても、そうとう金持ちなんだろうなぁ。

「で、ルークは何日くらい家にいるの? 買い物とか色々あるから、言ってくれると助かるわ」

「十日くらい? せっかくの実家なんだし、そのくらいはゆっくりしたいな。最低でも父さんには会いたい」

「はいはい。なら少し多く食材を買っても問題はないわね。ってか半年くらいいなさいよ」

 そんな会話をしながら夕食を食べ終わらせ、洗い物をしようとしたが、母さんにゆっくりしてなさいって言われ、仕方なく食卓でダラダラとプルメリアと放浪していた時の事を話した。



「ふー。一日数行程度の日記でも、五十年分だとかなりかさばるんだよな……。確か十年日記とか前世であったな」

 プルメリアが泊まるとか言わず、大人しく帰ったので自室の本棚に日記を入れ、レイブンの寝床を用意してから旅に出る前の日記を取り出し、ベッドで寝転がりながら睡魔が来るまで読み返した。

 懐かしいと思いつつもあくびが出たので、レイブンにお休みと言ってから布団をかぶって、天井の蛍光灯代わりの魔石だか水晶に消えろと念じようと思ったら、ガシャン! と腕をクロスして窓ガラスを割りながら誰かが入ってきた。

『襲撃か!?』

 俺は急いで転がってベッドから落ちようとしたが、俺の上に銀髪のが乗り、仕方がないので枕の脇に置いておいたカランビットナイフをつかみ、殴りかかるようにして切ろうとしたが、腕を押さえつけられて動けなくなった。

 故郷の実家で誰かが襲ってくるとは……。クソが! 油断してた!

『ルークから離れやがれ!』

 レイブンも必死に翼をバサバサさせながら、足で襲いかかっている。

「はぁ! はぁ!」

 そして襲撃者の荒い息使いが聞こえ、少し冷静になって顔を見ると、赤い瞳をしたプルメリアが口を開けて少し長くなった犬歯を見せつける様にして、馬乗りになっていた。だよね!

「先っちょだけ。先っちょだけだから。痛くないから。お兄ちゃんは天井のシミでも数えてて。大丈夫、お父さんになるだけだから」

 そう言いながら俺の首筋に、噛みつこうと顔を近づけて来たのでそのまま鼻を狙う様にして頭突きをしたが、怯む様子はなく顔がどんどん近づいてくる。

「それは男の台詞だ馬鹿!」

 なんだ、その『お前がパパになるんだよ!』みたいな台詞は!

『これ銀色のメスか!』

「どうしたの!? 何があったの!」

 廊下でドタドタと音を立てながら、母さんが走ってくる音が聞こえ、部屋のドアがノックもなしに勢いよく開けられ、手には昼間に見たヤベェナイフを抜き身で握っていたが、俺達の方を見てニヤニヤとしながらゆっくりとドアを閉め始めた。

「ごゆっくりー」

 何この母親……。息子が幼なじみに色々な意味でヤバい襲われ方してるのに、夜這いされてると思ってるの? ガラスが散らばってて、窓が破壊されてるのが見えないのか?

「いいから助けてくれ! 力が強すぎてどうにもならない!」

 ってかレイブンはプルメリアとわかったら、自分の寝床に戻って毛繕いをしていた。裏切り者め! 鳥類だけど。

「はいはい。目の前で息子が犯されるのか、襲われてるのかわからないのを放っておくのも、親としてやっぱり駄目よねぇ」

 母さんはドアの辺りから走り出し、短い距離だが速度を付けてジャンプし、プルメリアにドロップキックをぶちかまして、割れた窓から外に吹き飛んでいった。衝撃が横なのに、窓枠の外に出るってどうなのよ?

『綺麗に決まったな』

「むしろ、なんでその技を選んだのかを聞きたい」

 俺はベッドから転がり落ち、急いで立ち上がってきっちりとカランビットナイフを握り直す。

「重い物に速さが加わると、それが威力になるから。とは言っても、私はそんなに重くはないわよ?」

「見ればわかるよ。母さんはプルメリアくらい細いし」

 映画とか物語に出てくる容姿端麗の女性エルフが、ドロップキックをするのもどうかと思うけどね。

「なら威力を増やすには速さが必要でしょ? ルークのお嫁さんになるんだからナイフで切りつける訳にもいかないしね」

 母さんはニコニコとしながらナイフを構え、一応戦闘態勢はとっているが、感電している人を助ける絵が俺の頭から離れない。

「むー、もうちょっとだったんだけどなぁー」

 プルメリアは正気に戻ったのか、そんな事を言いながら窓枠から俺の部屋に入ってきた。

「何がもうちょっとだ。いきなり夜這いとか何考えてんだよ」

「いやー、なんか急にお兄ちゃんの血が欲しくなっちゃって。けど押さえられなくて……。ほら、私半分ヴァンパイアだし?」

 プルメリアは頬に指を中て、少し首を傾げつつ軽く笑って犬歯を出しながら可愛く言った。

「ヴァンパイアを言い訳にしてないか? 今までに、似たような症状は出ててもおかしくはなさそうだぞ? ってか土足でベッドの上に立つな、下りろ」

 ここは日本ではないので家の中も基本靴だが、ベッドに横になる時は汚さない様に脱いでいるので注意はしておく。

「まぁ、一旦リビングに行きましょ。立ったまま話すのもなんでしょ?」

 母さんが構えていたナイフを下げ、親指で廊下の方を指して俺の部屋から出ていったので、俺もプルメリアに目で合図してからリビングに向かった。

「でー、その衝動っていうか渇望かつぼうみたいなのは、どのくらいの頻度で出てるの?」

 母さんはお茶を煎れ、人数分を出してから椅子に座って切り出した。

「んー、十日から三十日に一回くらい……です」

 申し訳ない気持ちがあるのか、プルメリアは思い出したかの様に丁寧語になっている。

「で、丁度ルークが戻ってきて爆発しちゃったと……」

「はい……」

「それじゃあ仕方ないわね」

「仕方ないで済ませんなよ。一応無事だけど、ガラスを割って入って来てんだ――」

 そこまで言ったら母さんの腕が一瞬ブレた様に見え、手の上でヤベェナイフを遊ばせながらお茶を飲んでいた。

「おい。俺に何した……」

 ってか見えなかった。化け物かよ……。

「ん? プルメリアちゃんに聞けば?」

 そう言われ、なんとなく向かいに座っていたプルメリアの方を見ると、大きく目が開き瞳孔も暗闇にいる時の様に開いていた。そして俺の手を、獲物を見つけた肉食獣の様に凝視している。いやな予感しかしない……。

 俺は手の甲を見ると、うっすらと血がにじんでおり、テーブルに血が落ちる寸前だった。

 痛みを感じないくらい浅く素早く……。母さんには一生逆らわない様にしよう……。

「はぁ……はぁ……。お兄ちゃん……」

 プルメリアに視線を戻すと、正気を失っているかの様な笑みを浮かべながら、立ち上がって激しく息をしている。

「待てっ! ステイだプルメリア!」

 俺は血の出ていない方の手を前に出して抑止し、急いで洗濯籠に入れ忘れた、多分綺麗なハンカチで血を拭き取って大きく左右に振ると、プルメリアの目がそれに合わせて動いたので、軽く放り投げると空中で奪い取る様にして掴み、チューチューと血の部分を吸い始めた。

「おいひぃー、なんかほんのり甘く感じぅー」

 プルメリアはうっとりとした表情で、ハンカチを吸いながらそんな事を言ったので、俺に襲いかかろうとしていたのを止めた様だ。

 ってか、うっすらと血の滲む程度にナイフを振るって凄ぇな。こんなのと敵対したくないわ。母親で助かった。

「少しは落ち着いた? ってか、もうルーク以外じゃ渇望も満たせなさそうね……。もう一緒に住んじゃったら? 別に旅してる途中で、各地に女を作ってきた訳じゃないんでしょ? 早いけど落ち着いたら?」

「何言ってんだよ。確かに女は作ってないし買う事もなかったけど、俺はまだ旅を続けるぞ?」

 しつこく誘われて、ちょーっと好みだったし、一ヶ月くらい自分で処理してなかったし、一夜だけいただこうか、ってはならなかった。

 もちろん短命種との間にできた子供は、確実にハーフになって、普通の人族よりは長生きになってしまうからだ。

「なら連れてってあげたら? このままだと無理矢理付いて行くわよ? ルークの血の味を覚えちゃったし。その辺の男を襲っちゃまずいでしょ」

 この母親は何を言っているんだ?

「覚えさせたのは母さんだけどな」

「あのまま襲われて、ガッツリ吸われてても同じでしょ? なら制御してあげるのも幼なじみであり、お兄ちゃんの役目じゃない? 発情したら指先でも切って舐めさせれば済む話だし、結婚したがってたんだから今の内に飼い慣らせば?」

「確かにお兄ちゃんと結婚するーって言ってたけど、飼い慣らすって何だよ……。それに俺の意志は無視か?」

「あら? プルメリアちゃんの事嫌いなの? 旅先で女を作ってないなら、プルメリアちゃんにしちゃいなさい。仲良しご近所さんが家族になるから、私達家族にも嬉しい事だし、向こうもルーク君とくっついてくれればなーって言ってるし。良い子よー。料理も上手いし可愛い。ちょっとほんわかしてるところもあるけど、やる時はやる子よ? さっきみたいに」

 母さんはニコニコとしながら、まだハンカチを吸っているプルメリアを見てニコニコとしている。

「好かれてるのは良いけど、旅の辛さに耐えられるかどうかだ。風呂もろくに入れないし、険しい山を越える事もある。それに女って理由で狙われるかもしれない」

「最初の二つは慣れるわよ。私もそうだったし。それに、長年冒険してたルークを押さえ込む程度には強いわよ?」

「……そりゃそうだけど」

「ん? 私はかまわないよ? むしろ付いて行きたい」

 プルメリアはビチャビチャのハンカチを置き、犬歯の見える笑顔で言った。

「だってさ。社会勉強って事で、三十年くらいブラブラしてきたら?」

 エルフ的に三年くらいの感覚なんだろうけど、さらって言わないでほしい。

「家はどうするんだ? 人が住んでないと傷みが早いぞ?」

「それは私がやっておくから、気にしないで良いわよ」

 だよね。そう言うと思ったわ。

「あー。今晩はプルメリアちゃんの所に泊まりなさい。ガラスが飛び散った布団は危ないし。お父さんのベッドは絶対に使わせないから」

「ならこの状態の、プルメリアの家に泊まる方がもっと危険だ。部屋で寝袋を使うから良いよ」

「あら、残念ね。今日は我慢ね、プルメリアちゃん。今後同じ宿で泊まれるから、それまで楽しみに待ってた方がいいわよー」

「ですねー。楽しみは待ってた方がワクワクできるし」

「「ねー」」

 二人がニコニコしながら笑顔で首を傾げて言い、なんだかんだで俺が帰ってきた時の事を、お茶をしながら話し合ってたに違いない。

「はいはい。明日にでも買い出しに行くぞ。ってかもう寝かせてくれよ……」

 俺はそう言い、会話を切り上げるようにして席を立って、箒とチリトリをもって自室に戻った。

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