第1話 子守り? 多少は暇潰しできるか?

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□はある程度時間が進んだ

◇は日付が変わった

となっております。ですが、改行を消し忘れている可能性もあるので、違和感があったら消し忘れと思ってください。



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 俺は転生者だ。

 何年前に産まれたか詳しい数字は忘れたが、前世の記憶があり、ファンタジーでお馴染みのエルフをやっている。

 初めてそれを認識したのは目が見え始めるようになり、端整な顔立ちの両親の耳を見た時だ。

 耳が長細い事を確認し、文明レベルはそれなり。映画やゲームの様な魔法や液状回復薬ポーションみたいな物が存在しているのも見ているし、天井の照明も水晶みたいな物が光って蛍光灯みたいだった。だけど技術が中々発展しないのは不思議だ。

 魔法に頼り切っているからだと思うが、色々ちぐはぐだったりする。

 そしてエルフは人間の十倍くらい成長が遅い。

 この世に生を受け、長寿種ゆえの感覚なのか年を越える毎に年齢が一歳加算される。もうこうなると誕生日なんか誤差みたいなものだ。

 だからこれだけ生きてれば、何歳かなんて忘れるさ。

 最初は多少浮かれはしたが、二十歳くらいで飽きた。前世基準で、もの凄く綺麗な女性。まぁ母親なんだけど。

 その母親から授乳される、精神年齢的にもう四十を越えた男ってどうよ? 実母じゃなければそういうプレイなんだろうが、こっちは成長するのに必死なので、無心で作り笑顔とかしながら食事と割きって離乳食を与えられる十五歳くらいまで耐えた。

 そして成長し、二十歳くらいでどう暇を潰すかを考えはじめ、エルフで成人と言われるくらいになったら旅に出ようと決心した。

 それまでは長かった。農作の手伝いをしたり、近所のお兄さんから魔法を教わり、お姉さんからは弓を教わった。それぞれ四十年ほど。

 他のエルフは向上心がないのか、のんびりやっていたりしているらしいが、俺は旅に出るという目標をもっていたので一人で真剣に取り組み、百五十歳くらいになったので町を出た。

 近所に住んでいる、俺の事をお兄ちゃんと呼んで慕ってくれていた、二十歳くらい年齢が離れた女の子には少し泣かれたけど。

 百三十歳で精神年齢が十歳並っていうね。本当長寿種っておかしい生体だ。

 そして旅に出て約五十年。エルフは高く売れるとか、そういう考えとかはないのか、襲われる様な事はほとんどなかったが、盗賊か強盗にはエルフとか関係なしに襲われた事はある。

 世界観的には、色々な種族が暮らしている世界だ。特に差別はないし、混血も多く存在しているのが、エルフがファンタジー的な襲われ方をされない原因なのかもしれない。

 その辺教育してくれたお兄さんやお姉さん、行商人をしている人達に聞いてなかった俺も俺だけど。

 ってかエルフが普通に町に住んでるって、かなり不思議な感じだった。町エルフって奴? 森に住んでるエルフもいるらしい。

 森を横切り、山を越えようとした時に何回か見た事がある程度だ。普通のエルフと見た目は変わらなかったが、食生活の違いからか全体的に全員スリムだった。


 旅に出てからまずした事と言えば、金を稼ぐ為に冒険者ギルドでの登録だ。

「ルーク。釈放だ」

 偽名でも平気だと言われたので、俺は義勇兵として戦っていた時のあだ名を名乗りたがったが、使い分けが面倒なので本名で登録した。

 ちなみに弓を意味するルークってのは、ある意味エルフっぽいのでかなり気に入っている。両親に感謝だ。

「お前なぁ、何回捕まってんだ? エルフだからって、無茶しすぎじゃねぇか? 牢屋に数日入れられる軽犯罪回数が、二百回を越えてるって……。今回は数に入らない一日だけどよ」

 獣人系の犬耳の看守は鍵束をジャラジャラしながら、鍵を探しているのか番号を確認している。

「長く生きすぎて暇だからな。面白そうならちょっと首を突っ込みたいんだ。それが俺の生き方だ」

 今回捕まったのは、成り行きで仲良くなった奴が群れないタイプの斥候職……。いわゆる盗賊で、一緒に酒を飲んでたら、何かポカをしたのか俺まで一緒に捕まっただけだ。だから一日のお泊まりだけで済んでいる。

 話の内容は、ピッキングの道具やら鍵開けのコツの情報交換だったけど。

「なんで鍵が開いてんだよ……。昨日しっかり確認したはずだぞ?」

「あぁ、すまん。暇だったから俺が開けた。偶然ソロの盗賊と一緒にいただけの奴だからって、身体検査はしっかりしないと駄目だぞ? 勉強になっただろ?」

 俺はピッキングツールをブーツの靴底に隠してあるので、それを中から取りだし、鍵開けの練習をしていたのだ。直ぐに開いたけど。

「あと十日くらい泊まっていくか?」

「暇そうだから結構だ。絶対に三日以内には逃げ出すぞ?」

「はぁ……。いいから出ろ。上に荷物がある」

 看守は階段の方を親指でさし、呆れた感じで言ってきた。

「あぁ。そうする。鍵を開けといたのは、久しぶりにまずい飯が食えたお礼だ」

 俺はそう言って地下から地上に出る階段を上り、テーブルに並べられている、預けた装備を確認しながら身につける。

 左手前腕に、動作の邪魔にならない程度のダガー。

 腰に吊った耐久性重視の、厚めの刃渡り六十センチくらいの長脇差し風っぽい物と、手の平を広げたくらいの大きさのチャクラムが数枚入った革のポーチ。

 そして前世の知識をフルに使ったコンパウンドボウ、バリスティックナイフ、カランビットナイフ、スリングショット、分厚い革で覆ってある小ぶりな素焼きの小さな壷に入れた爆薬が数個。

 それらを全て身につけ、最後に色々なギルド併用の認識票ギルドカードを首から下げる。

「エルフなのに珍しいな。弓以外を持っているなんて。しかも片刃のショートソードまで」

 そしてリュックの中身を確認していたら、そんな事を言われた。

「あぁ、暇だから覚えた。名前は興味がないから覚えてないが、接近されたら必要だから、その国の道場に籍を五年ほどおいて剣術を習った。チャクラムは旅の途中で出会った曲芸師にコツを。弓と魔法は故郷で習ったが、きっちり学びたかったから王都の学校には数回通った」

 とは言っても、このコンパウンドボウが一番金と時間がかかっている。

 テコの原理や滑車を使い、楽に引けて強く射出できる。

 材料がこの世界では元の世界と同じ様な物はほとんど手に入らないので、ドワーフに弟子入りして作成した自作部品がほとんどだ。

 気が付いたら鍛冶ギルドから、全国にある加盟している建物の使用が認められる程度のランクに上がっていたくらいだ。長脇差し風のも、日本刀と同じ製法で自分で打ったし。

 一応こっちでは変わったマチェット風ショートソード扱いで通している。鞘も日本風じゃないし、つばもこっちの世界観に合わせているので、山刀風ともいえる。

 砂鉄から打ってないし、炭素含有量も滅茶苦茶だし、ファンタジーな鉱石や魔石も含ませてるので日本刀とか刀とかっていうのもおこがましいが、一応刀身の見た目だけそれっぽくはしている。

 弓の弦も引っ張り強度やら磨耗を考え、素材を研究して、入手が比較的簡単で、あまり高くない干したサンドワームの腸を使用し、なんとか記憶に残る様な物がやっとでき上がった。

 照準機も取り付けて命中精度も上がっているが、長距離での風や距離を読んだりするのは長年の勘だ。

 スタビライザーもサイドバーも付けられるので安定性もある。これは今は外している。本格的な戦闘や移動中とかじゃ付けていないけど。

 故郷で習った弓のおかげか、癖の違いは一週間程度で把握でき、問題なく使える様になった。

 安全ピンを抜いて、ボタンを押せば刃の部分が射出されるバリスティックナイフは、筒にバネを仕込むだけなのでどうにかなったが、やっぱりバネ部分を作るのに少しだけ苦労した。

 スリングショットは、ゴムみたいな素材探しに苦労すると思ったが、乾燥させたファイアスライムの外皮? でどうにかなった。

 爆薬は、家畜の糞尿を錬金術で生成した。

 こういうのを作れるのは、前世で義勇兵として一年くらい生き残って知識もあったからだと思う。


「近くまで来たし、一回故郷に帰るのも良いな……。お世話になりました」

 そう言って衛兵の詰め所から出ると、俺の頭に一羽のカラスが乗った。

『クソエルフ。今回は何したんだ?』

「一緒に酒を飲んでた奴が捕まって、一緒に飲んでたって事で連れてかれただけだクソ鳥」

 なんか知らないが鳥語をはじめとした、動物語がエルフだから理解できるのか、頭が良くて、その辺に多く生息しているカラスを俺はペットにしている。

 こいつには色々と風の強さを教えてもらったり、偵察をしてもらっている。カラス同士のネットワークにも、色々とお世話になっている。

 それに裏路地の、野良犬や野良猫のネットワークも馬鹿にできないし、何度もお世話になった。

「ムーンシャインは無事か?」

『昨日預けた馬小屋で、のんびり草食ってるぞ』

「そうか。それなら安心だ。故郷に久し振りに帰るから、もう少しだけ待ってもらおう」

 ムーンシャインってのは、俺が旅するのに連れて回っているロバだ。丈夫で粗食に耐え、思ったより荷物が乗せられる。そして体重と比較しても馬より重い物が平気だと記憶している。

 お洒落なネーミングだと言われるが、俺は密造酒って意味の方で使っている。このカラスも、神話に出てくるレイブンと呼んでいる。

 神話に出てくるカラスの名前、そして密造酒ロバ。我ながら統一性がないと思う。が、北欧神話にも出てるし、これはこれで良い気がすると思える様になっている。

 ちなみにムーンシャインやレイブンは襲名的なもので、色々な理由で別れなきゃいけなくなったりして、売ったり譲渡したりでもう歴代で十代目後半だ。

 レイブンは寿命的なものや、つがいを見つけて出て行ったって理由で、まだ一桁代だ。意外にカラスの寿命って長いのな。最長で十年くらい一緒にいた奴がいるし。



「ルーク様は、前回の軽犯罪により降格処分となっております」

「あぁ、問題ない。降格は今回が初めてじゃないしな」

 銀行的な事もやってくれている大きめの冒険者ギルドに行き、お金を下ろそうとしたらコレだ。今回じゃなくて前回なのは、前に寄った町の酒場で絡まれて殴り合いの喧嘩? まぁ一方的な攻撃になってたけど、向こうから殴り掛かってきたから正当防衛だ。

 けど反省してろって事で三日ほど牢屋に入ってた奴だと思う。

 心なしか受付の女性が俺を見る目がゴミを見る感じになっている。興奮はしないが、綺麗な女性がそんな目をすると、色々需要がありそうだ。

 ちなみにギルドランクは1から10まであり、一番下が1だ。

 貨幣は銅貨が一番安く、十枚で大銅貨になり、十枚毎に硬貨が変わり、銀貨、大銀貨。金貨、大金貨となっていく。


 白金貨や大白金貨も存在しているらしいが、大口の取引や、国単位の事業くらいにしか使われないと聞いている。ちなみに銅貨は前世で百円くらいの物が買えるので、勝手に百円くらいと換算している。だから銀貨が一万円、金貨が百万円くらいって認識だ。

 そして指紋やら虹彩みたいに魔力の質が変わらないのか、一度どこかのギルドに登録したら、世界中で情報が共有されるみたいで偽造は不可能だ。鍛冶ギルドや魔法ギルドのランクもこの首に下げている、認識票に情報が書き込まれている。

 魔物を討伐しても、認識票に四散した魔物の微力な魔力がので、討伐した証である指定された部位を持ち帰らなくても、一応金銭は支払われるが、討伐部位も売れるので、荷物に余裕があれば持ち帰って来る事が多い。

 その辺はハイレベルなシステムだと思う。なのになんで文明やら技術の発展が遅いのか、いつも不思議に思う。

「銀貨を五枚ほど下ろしたい」

 まずはこのくらいあれば、数日の食料や消耗品はどうにかなる。

「承りました。少々お待ちください」

 認識票を出して受付嬢にそう伝えると、直ぐに銀貨が五枚革製のトレーに乗せられたので、認識票を首に戻してからお金を財布代わりに使っている布袋に突っ込み、故郷へ向かう途中でなにか仕事がないか、壁に貼ってある紙を見に行く。

 ちなみにちゃんとした革袋の財布もあるが、遠出する時や直ぐに使わない場合だけこっちに入れている。

「時間的にろくな物がないな……」

 貼り紙を見るとこの町から出された依頼が多く、採取やら討伐で戻ってこないといけない物ばかりだ。

 馬車とかの護衛任務でもあれば、それが理想なんだが……。それだとムーンシャインが少し可哀想なのが考え物だ。後ろを一頭で走る事になるしな。

「ようルーク。久しいな」

 そう思っていたらいきなり話しかけられ、振り向くと体のあちこちに傷があり、筋肉隆々の四十代前半の男が立っていた。

「…………あぁ、あの時の子犬ちゃんか。面影がある。確かに久し振りだな。最後に会ったのは十数年前の夏以来か? 老けたな」

 確かこいつはどこかの町で出会い、一定期間だけ数回パーティーを組んでいた男だ。他のメンバーが見えないが、引退でもしたんだろうか?

「うっせ、長寿種の基準で言うな。あとそのあだ名で呼ぶな。俺はもう熟練で通ってんだよ。ってかその髪型をしているエルフなんか、お前くらいしかいねぇから直ぐにわかる」

 俺の髪型だが、ツーブロックのロン毛でポニーテールにしている。この世界じゃかなり変らしいが、俺は前世基準でちょっと似合っていると思っている。

「なんだ? 俺は一旦故郷に帰るから、今回はパーティーを組めないぞ?」

「そいつは好都合だ。俺はもう半分引退してて、ここの町のギルドの新人教育係をやってんだけどよ、進行方向側にある町まで一組だけ戦闘ありの野営込みで連れてって欲しいんだ。お前、新人教育指導と、試験官の資格あったよな?」

 子犬ちゃんはニヤニヤしながら言い、申し訳ないって雰囲気を一切出さずに首をゴキゴキと鳴らしている。

 最初に会った時は大型の魔物を見て、子犬みたいに震えていたが随分とたくましくなったもんだ……。

「断る。面倒くさい」

「まぁそう言うなって。こいつが問題児の多いパーティーでな。生意気な――」

「引き受けた」

 俺は面白そうなので、子犬ちゃんの言葉を遮って答える。

「最後まで聞けって……。薬草や野草集めはヤダとか、町の掃除関係は絶対したくないだの、さっさとゴブリンみたいな町の近くにいる、小型の魔物と実戦をさせろって言うんだよ」

 ちなみにだが魔族と魔物は別物で、魔族は獣や半魚人の様な見た目をしているが理性と知性があり、魔物は本能のまま行動する。

 なので魔族としてのゴブリン族もいれば、魔物としてのゴブリンも存在している。ちなみに亜人とも呼んでいる奴がいるが、魔族と同じ意味だ。

「ふむ……。俺流で良いんだろ?」

「あぁ。基礎講習は終わらせてある。俺の時みたいに、滅茶苦茶厳しくやってくれ。それと評価も付けて向こうのギルドに報告してくれ。こいつは一種の抜き打ち試験みたいなもんだ。合否で今後討伐に出れるかどうかって奴だな」

「わかった。俺にも準備がある。太陽の上る側の門の外に、を整えて、昼食後に集合と伝えてくれ。それと……」

 俺は指をクイクイとやると、子犬ちゃんが銀貨一枚を軽く放り投げてきたので受け取った。

「新人の面倒を見て銀貨一枚か。子守りって意外に安いんだな」

「他の職員がいるのに、そんな事言うなよ。それにこっちは半分引退してる。冒険者としては年寄りだ。あと銀貨一枚抜いた。帰り道のついでで暇が潰せて、金がもらえるならお前は満足だろ? 俺は委任手続きして、先に隣町に行ってるぞ」

「あぁ。俺の事を良くわかってるじゃないか。じゃ、俺の特徴だけ新人に言っておけよ」

 そう言って俺は冒険者ギルドを出て、色々な買い物や食事を済ませ、預けていたムーンシャインを受け取って、太陽の上る側の門の外で待機する。



「おっさんがルークか?」

 ムーンンシャインの首筋をなでつつ、レイブンに割ったクルミを与えていたら、いきなりおっさん呼ばわりされた。確かに他の種族よりは長生きだけど、この見た目でおっさんはねぇだろ? 長寿種だから年齢的におっさんでも問題はないけどさ。

「あぁ。お前達が生意気なクソ餓鬼達か。話は聞いている。厳しくしてくれって頼まれてるから、それなりに遠慮なく対応するぞ?」

 振り返ると、最低限の武器防具を身につけ、小さなリュックを各自持った男女が四人いた。

 年齢的には、この世界で各種族が成人を迎える少し手前ってところか? 人族だから十五歳前後だろうか?

 で、第一印象というか、向こうが生意気だったので、ついつい口が悪くなった。

「俺達は狩りができればいいんだ。子守りのおっさんはあんま口出しすんなよな」

「良いだろう。死なれるとお前達の教官の顔に、泥を塗る事になるからその辺は気を付ける。本来なら道に沿って歩いていけば隣町に着くが、一泊しながらの狩りだ。途中で道を逸れろ。後は好きにしていい」

『厚顔《こうがん》』

 ムーンシャインが一言呟いたので、俺は頭をなでてやった。

「驕るのは初心者の特権だ。そう言ってやるな」

 そしてボソリとムーンシャインの耳元で言い、出発した。


「で、俺達は好きに動いて良いんだろ? だったら直ぐに森に入って良いのか?」

 しばらく初心者達を先頭に好きに歩かせていたら、リーダーらしき男が遠くの方に森が見えた頃に、そんな事を言ってきた。

「冒険者ギルドでの短期労働の経験がある。お前達みたいな新人の子守りも何度もしてる。試験官の資格もあるし、正当な評価もできる。そしてお前達の上官から厳しくって言われてるから、命の保証だけはしてやる。明日の夕方までに隣町に付けば何をしても良い。ちなみに言葉使いは評価に入ってないから気にするな」

「っしゃ! 戦闘だ戦闘!」

 そう言ってリーダーらしき男が、道から外れて森の方に走って行ってしまった。

「おい、待てよ。置いてくんじゃねぇよ。仮にでもリーダーなんだから、せめて後ろくらい見ろ」

「本当よ。足の遅い私達の事も考えて欲しいですわ」

「回復してあげないわよ」

 ふむ。もう一人の男は軽装だから斥候職で、女性二人の片方は回復か。もう片方は装備的に多分魔法使い。

 一応理想っちゃ理想だが、多分同期であぶれた者同士の寄せ集めだろうな。

忘我ぼうが


「相変わらすムーンシャインは難しい言葉を知ってるな。レイブン、悪いが付いて行ってくれ」

 俺はポケットから、親指の爪くらいのナッツを取り出して放り投げると、ムーンシャインの頭に乗っていたレイブンが飛び立ち、空中でそれをキャッチしたまま飛んで行った。

 俺も弓に弦を張って追いかけるか。


「ぅおらぁ!」

 そんな声が聞こえたので、いつもの歩調で向かうと既に三匹のゴブリンと戦っていた。

 ゴブリンは体長が一メートルくらいで、肌の色が基本的に緑色をしているが、個体で薄い濃いの差が少しだけあるが、基本似た様な物だ。

 小鬼とも呼ばれているが、地球の認識では邪悪な思考を持った精霊だとか、ゲームの雑魚として定番になっている。

 少数ならその辺の農家のおっさんとかでも対処できるが、基本こいつ等は数が多い。こちらの疲労とか同時に相手にできる数とかの関係で、百匹くらいになると馬鹿にできない脅威にもなる。

「連携もなにもないな」

 威勢の良いリーダーの男が真っ先に突っ込んだのか、後衛の魔法使いの射線を切ってるし、残りの二匹に囲まれそうになっていた。

 そして魔法使いの女が魔法で氷の矢を放つが、声もかけていないのでリーダーの腕をかすめて、ゴブリンの胸に突き刺さった。

 俺はその事をメモに取る。一応試験だしな。

「いってぇな! もう少しちゃんと狙えよ」

「ちゃんと狙ったから、胸に当たってんでしょ! そっちがちょこまかと動くのが悪いんじゃない!」

 いつもこんな調子なのか? 問題児ってのは本当みたいだ。

「悪い。回復してくれ」

「こんな事で魔力を使わせないでほしいわね。はい。もう動いて良いわよ」

 肉がえぐれて、腕の動きが悪いっていうならわかるが、ただのかすり傷程度で回復は確かに魔力の無駄だな。

 魔力が多いなら、あんな回復は問題ないだろうけど。

 そう思いながら俺は、足下に生えている薬草を根っこを残して長脇差しで刈り取り、短い麻紐で結ってムーンシャインの荷物に括り付ける。



 夕方になり、暗くなる前に色々と野営の準備を始めるか、森を抜けるかしないと手元や足下が暗くなる時間になり始めたが、この問題児達は未だに狩りを続けていた。

 俺は軽くため息を吐きながら、内心ではニヤニヤとしていた。

 荷物的にテントの様な物はなく、最低限の装備で来ているのがわかっているからだ。

『時間』

 ムーンシャインがぼそりと呟いた。

「あぁ、わかってる。けど間違えて覚える事もある」

『こいつ達は馬鹿なのか?』

「多分そうだろうな」

「おっさん。さっきから一人で何言ってんだ?」

「気にすんな。それよりも自分達の心配でもしろ」

 そう言いながら俺は薪たきぎを拾い、ムーンシャインの荷物の上に載せはじめる。

「なぁ。そろそろ野営の準備始めないと、不味いんじゃねぇか? 暗くなると手元が見えねぇぞ?」

「まだまだ狩れるって。平気平気」

「いや、もうそろそろ日が沈む。これ以上遅れると絶対に動き辛くなる。それか森の外に出ないと危険だ」

「大丈夫だって。おっさんだって付いてるし、薪だって拾ってくれてるじゃん」

 何言ってんだこいつは? 仮にでも同じパーティーならわかるが、俺は子守りで報告の義務がある黒子みたいな役割の試験官だぞ?

「俺が手助をけしても良いが、ギルドに報告してお前達の教官の耳に入るぞ? それでも良いなら好きにしろ」

『言って良いのかよ。こいつは初心者になる試験みたいな物なんだろ?』

「問題ない」

 問題児達には何の会話をしているのか、何となくで答えておく。

「本当ですか!? 狩りは終わりよ。私はもう準備を始めるわ。狩りたいなら一人で狩ってなさいよ」

 そう言って魔法使いは薪を拾い始め、それに釣られる様に残りの二人も色々と慌てて準備を始めた。

「おいおい。せっかく稼ぎ時なんだからよ、もうちょっとだって」

「それが駄目だって言ってんだろ! 森が直ぐに暗くなる事くらい習っただろうが!」

 ふむ。状況がわかってないのが一人か。ここで仲間割れしてくれれば面白いんだが……。

「わかったよ。少し戻った場所に、開けた場所があっただろ? そこに行こうぜ」

 リーダーらしき男も渋々了承し、剣を片手に薪を拾いながら来た道を戻り始めた。


「え? 全員干し肉くらいしか持ってないの?」

「俺はてっきりお前達が他の物を持ってるのかと」

「全員分のパンすらねぇのかよ」

「地面に敷く毛布しかないですね……」

 そんな会話を聞きながら俺は火を起こし、ベーコンとチーズを串に刺して炙り、朝に買ったまだ柔らかいパンに挟んで食べつつ、魔法で【水】を桶に出してムーンシャインに飲ませる。

 その辺の草だけじゃ色々と足りないんじゃないかと思い、乱切りにした人参も与え、レイブンには麦と細切れにしたリンゴを、専用の木製の深皿に入れてやった。

『理解のある人型と一緒にいると、毎回美味い食事が食えるから最高だぜ!』

「お前は俺から食事がもらえないと、口が悪くなるよな」

『美味』

「そうか。しっかり食えよ」

 そんな様子を問題児達は、恨めしそうな目でこちらを見ているが、俺には関係のない事だ。全ての準備をしてこいと言ってあったし。

 そして木と木の間にロープを張り、蝋で防水加工された大きめの布をかけ、四隅を細い杭ペグで固定して即席のテントを張った。

「もしかして、テントも持ってきてないのか?」

「知ってて言ってんだろおっさん」

「まあな。野営をするのには、かなり少ない荷物だと見た時に思ってた」

「なら言ってくれよ」

「教官には言ったぞ? 全ての準備を済ませて来いってな。だからそれで平気だと思って、口出しはしなかった。森の夜は長い。精々頑張るんだな」

 俺は魔石を利用したランプに魔力を注いで明かりを灯し、一冊の日記帳を取り出して、日課にしている今日あった事を数行程度に纏め、バツ状にした角材に棒を乗せて、レイブンの寝床も作ってやってから、太い木を焚き火に足してテントに入った。



 ランプを消し、寝たふりをして体感で二時間。変な気配を感じ、音を出さずに入った側とは逆側からテントを出て、暗がりから問題児達を見ると全員寝ていた。

 森の中で見張りもしないで、よく寝られるな。今まで子犬ちゃんがやっていたんだろうか? なんだかんだであいつは面倒見が良いしな……。

 そう思いながら手頃な木の上にのぼり、腰に吊ってある革袋から、銅貨数枚くらいの価値しかない屑魔石を取り出し、軽く矢筒に押し当てる。

 【クリエイト】そう軽く念じ、魔石を媒介にして錬金術の応用でイメージした木製の【矢】を十数本作りだし、今まで空だった矢筒に重さを感じたので準備を済ませる。自前の魔力でも作れるが、銅貨数枚で数十本作れるなら温存しておきたい。自然に回復するけど、もしもがあったら怖いからな。

 そして押し当てていた魔石は少しだけ濁っているが、経験からあと三十本くらいは作れる事を確認し、胸ポケットにしまってコンパウンドボウを構える。


 質量や強度を上げるのに、シャフト部分も鉄製の矢とかを作ると、同じ様な大きさの魔石からは十本も作れない。その基準が良くわからない。

 なのでゲームみたいに変換量が決まっていると、俺は勝手に思いこんでいる。あまり考えすぎるとハゲるしな。

 ハゲのエルフなんか見た事ないし、ハゲたら素直にスキンヘッドにするわ。

 風もないのにかすかに動く草に注意し、焚き火の明かりを頼りにゴブリンが顔を出したら喉を狙い、声を出させずにしとめる。

 疲れてるのか倒れた音にも気が付かないとか、まだまだ冒険者をやるのには早すぎたな。

 そう思いながらムーンシャインの耳がピクピクと動くのを見て、軽くため息を吐きつつ矢をつがえておく。



 翌朝。木々の間から少し光が漏れてきたので、もう良いかと思って問題児達に近づくゴブリンを見つつ、粗末な棍棒を魔法使いに振り上る瞬間に首を狙って射殺し、いい感じで前のめりで倒れてくれたので俺としては大成功だ。

「きゃぁぁぁ! 変態! やめて! 犯される! 助けてー!」

 酷い言いようだな。パーティーの男の誰かが、自分を夜這いしに来たと思っているんだろう。もしかしたら俺かもしれないけど……。

 見張りをしないで、全員寝ていた対価はこんなもんだろう。俺はニヤニヤしながらそんな事を思い、木から跳び下りた。

「どうした!」

「何があった!」

「何? どうしたの!」

 その声が目覚ましになったのか、全員が飛び起きて武器を構えていた。

「ぎゃぁー! ゴブリンじゃないの! なんで誰も見張ってないのよ!」

「今までは教官がやっててくれたからてっきり……」

「おっさんの仕事じゃねぇのかよ。ってか周りを見てみろよ、魔物が全部一撃で死んでるぞ?」

「あぁ。誰も見張ってないから俺がやった。正直に言うとだな、これは冒険者になれるかどうかの、抜き打ちの試験みたいな物だったんだよ。それがなんだ? いつまでも教官を頼ってばかりで、安全な状況でいつも寝てた様な感じじゃないか。虫や魔物除けの香もなければ見張りもなし。正直向いてねぇよ。冒険者なんか止めちまえ。見た感じそろそろ成人だろ? いつまでも子供気分でいるんじゃねぇよ」

 俺は魔物から討伐部位を切り取り、死骸の一部が淡く光っている場所があったら長脇差しで切り裂き、雑に掘り返す様にして魔石を刃先で地面に転がす。

 魔石ってのは不思議な物で、何かでコーティングされているんじゃないかと思えるくらい、ベタベタな血糊が滑り落ちて自然と綺麗になる。

 長脇差しに付いた血糊をぼろ布で拭き取り、鞘に戻してからそれを拾って腰の袋に入れる。

 ちなみに魔力で作った矢だけど、一定の時間が過ぎるか、衝撃があったり破壊されると消える様になっている。多分魔力切れで四散するものだと、錬金術の師匠から俺は教わった。

「さて、もう試験の不合格が決定している。だから森にいる意味はない。撤収……する必要はないな。元々テントなんかないんだから。寝床に使った毛布を畳んでその辺で朝食でも食ってろ」

 俺はテントを片づけ、その辺の草を食べていたムーンシャインに乗せて、ベーコンを挟んだだけのパンを食べながら、森を最短で出られる方向に向かって歩き出す。

「付いて来い。お前達に任せたら、隣町に付く頃には夜になる」

 俺はそう言って、まだ狩りを続けたそうにしている問題児達を、無理矢理にでもついてこさせる。

 パンをさっさと食べ終わらせたら弓に矢をつがえたまま歩き、少しでも魔物が見えたら急所を狙って射抜き、討伐部位や魔石を取って森を抜けた。



 森を抜けたらそのまま隣町まで歩き続け、太陽の位置を見て昼食の為に休憩を挟む。

「食え」

 俺は簡単に作ったスープと、水で溶いた小麦粉に野菜を入れて焼いただけの、お好み焼きもどきを塩を振ってから四人の前に出す。

「パンや熱を通した穀物類、甘い物を食べないと頭が回らない。野菜を食べないと体調が悪くなる。塩や水分を取らないと動きが悪くなる。食や睡眠を疎かにすると、普段は倒せる魔物でも途中で体力が普段より早く尽きたりする。おっさんの小言と思って、頭の隅にでも投げ捨てておけ」

 そう言いながらレイブンとムーンシャインの食事も用意し、俺は少し固くなったパンをスープに付けて食べ始める。

「冒険者にとって大切な事は何だと思う?」

 俺はなんとなく嫌な奴でいるのもなんなので、声をかけてみた。返事がなければ、それはそれで問題はない。

「強くなる……事か?」

 生意気組のリーダーが呟く様に言った。

「それもそうだが、まず生き残る事だ。失敗したり強い魔物に出会ったら逃げ帰り、冒険者ギルド内で馬鹿にされても、なんだかんだで生きてりゃ勝ちな稼業だ。そして情報を提供し、他の強い誰かにまかせろ。ソレは恥ずかしい事じゃないし、立派に情報を生きて持ち帰ってるって事になる。それとこれは経験だから難しいと思うが、何かがあるかもしれない。そう考えて準備を念入りにしろ。それに人脈作りだ。お前等の教官も、昔のつてを頼ったのか偶然なのかは知らないが、俺に声をかけてきたからお前達の面倒を見ている」

 俺はスープでヒタヒタになったパンを持ち、口を付ける前にそこで一旦全員を見る。

「俺だって昔のつては案外頼ったりする。それくらい大切だ。悔しいと思ったなら、まずは五年生き残ってみろ。そして生き残り続けて俺を見かけたら声をかけ、生きてるって事を証明して悔しがらせてみろ」

 それだけを言ってパンとスープを食べ終わらせ、魔法で出した【水】で軽く料理に使った調理器具や皿を洗う。生意気な四人の食器? 俺はそこまでお人好し? エルフ好しじゃないし。



 隣町に着き、冒険者ギルドに向かうと子犬ちゃんが併設されている食堂で酒を水代わりに飲んでいた。

「おう。どうだったよ」

「不合格だ。これから討伐部位や薬草を買い取ってもらい、報告書を書く」

「だろうと思った。おい、こいつから何か教えてもらったか? とりあえず生き延びろとか、準備は念入りにとか言われただろ? 俺も昔言われた。気にすんな。だから次に活かせ」

 子犬ちゃんは酒を一気に呷り、良い笑顔で親指で自分を指した。

 俺が昔言った事を良い感じで引用して、失敗談として学ばせてるのか。

「って事だ。失敗から学ぶ事もある。次は合格できれば良いな。これは俺からの貸しだ、飯でも食いながら反省会でもしろ」

 俺は昨日下ろしたお金のお釣りの入った布袋を見て、リーダーに軽く放り投げた。銀貨二枚は見えたので、一人大銅貨五枚分は飲み食いできるだろう。

「どこかで見かけたら絶対に返せよ。俺は貸した金にはうるさいんだ。んじゃ俺はまだやる事があるからこれで失礼する」

 実際には全く気にしていないし、その辺を旅してまわってるから偶然でしか出会う事もないし。

「素直に、この業界で生き残り続けろって言えねぇのかよ。いいか、コイツはこういう奴だ。気にしねぇで、それで飯でも食ってこい。それと俺もこいつに銀貨七枚を借りたが、会ったのは数年後で、金を渡そうとしたら忘れてたぞ?」

 後ろで子犬ちゃんがフォローしているが返事を聞かずに、買い取り所に認識票と討伐部位の入った袋や束ねた薬草を出し、報告書を書くために角にある机を借りて今回の事を詳しく書き、不合格と書いて提出した。


「おい、一杯つき合えよルーク」

「お前の奢りなら付き合うぞ?」

「かなり前に横のつながりを紹介しただろ? それでチャラだ」

「長生きはするもんじゃないな……。大銅貨一枚で、麦酒一杯と何か早く出せるつまみを」

 俺はため息を吐きながら、子犬ちゃんからもらった銀貨一枚をポケットから取り出し、テーブルの上で指で弾いて滑らせた。

「合格させられなかったから返すわ。お前が厳しくって言ったからだけどな」

 それから昨日の事を酒の肴にして、少し愚痴を混ぜて笑いながら子犬ちゃんと飲み、軽く拳を付き合わせてから席を立った。

「長生きしろよ」

「お前もな」

「はは、次に会う時は墓越しじゃない事を願うだけだな。

 背中を向けながら軽く手を上げ、そのまま振り返らずに冒険者ギルドを出て、買い物をしてから宿を探した。


○月××日

 今日十数年前に知り合った子犬ちゃんに声をかけられ、少しだけテンションがあったが、なんか俺に仕事を押し付けてきた。もちろん面白そうだから了承した。

 説明された通り生意気な子供だったが、個人的には嫌いではない。なんだかんだでこういうタイプは、今後大物になるので、基礎をしっかりとさせる為に一回は失敗させないと言う事を聞かないからな。

 野営をする最低限の装備すらもってきていないし、魔物除けの香もなければ見張りもない。俺はこれから徹夜で子供達を守る事になるだろう。


○月××日

 案の定子供達は朝まで起きなかったので、襲ってきたゴブリンを女性の魔法使いに倒れるように仕留めたら、夜這いされたと勘違いして騒ぎ出した。少しは魔物と男の怖さを知った方が良い。

 そして軽く説教にならない程度に注意し、昼食を作って食べさせてやり、本当はいい奴だと認識させておく。ちょっとやり方が厳しいけどな。

 そして子犬ちゃんに会い、酒を飲みながら報告し別れた。とりあえずあの四人は今度会う時にどうなっているか楽しみだ。その辺の討伐任務で死なない事を祈るだけだが……。


――――


この新作は、実は去年の1月くらいから構想はあり、数話ほど書いてから例のウマが擬人化して学園に通うゲームをやり始めて驚きました。

理事長も二文字熟語使ってるー。まぁ、書いちゃったし仕方ないかという事で、そのまま書き進めました。投稿としてはかなり遅れてしまいましたがお許しください。

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