【六】この地は滅ぶのか


 なんてことだ。

 ナゴは目の前の光景に呆然と立ち尽くした。


 空に向かって火柱が立ち昇りあたりの景色を真っ赤に染めている。

 森が絶叫をあげている。空も森も大地もすべてが真っ赤だ。


 ああ、薬師堂が音を立てて崩れていく。

 火は魔物だ。すべてを灰と化し無に帰す魔物だ。魔物でもあるが、火は救いの神ともなれる存在。火を扱う者によって魔物にも神にもなりうる。

 今、目にしている火は完全に魔物だ。


 逃げ惑う動物たちの叫び声が耳を刺す。

 古の神々と仏たちが争っている。狗奴国の民と委奴国の民の剣と剣がぶつかり合い耳障りな音が鳴り響く。


「ナゴ、ここは地獄か」

「コセン、違う。ここは神聖なる地のはずだ。だが、このままではこの地は滅んでしまう。止めなくては」

「ナゴ、止めるといってもどうやって止めるつもりだ」

「それは……」

「くそったれ。薬師様は静観すると言ったはず。なぜ、いくさになっている」


 ムジンが地団駄を踏んでいる。


「ナゴ、ムジン。考えている暇はなさそうだ。何が何でも止めなくてはならない。我らにそれができるかどうかわからないがいにしえの神々と仏を説得してこの戦をやめさせなくてはいけない。行くぞ」


 コセンが低い体勢なり走って行く。

 ナゴはコセンの背を見遣り、古の神々の先頭に立つクシミ様のもとへ駆け出した。クシミ様は味方ではなかったのか。

 なぜだ、なぜだ、なぜなんだ。

 横目でチラッと見ると、コセンとムジンは薬師様のもとへ向かっていた。


「ナゴ様、ナゴ様。行ってはいけません。クシミ様は狂っています。『ここは我らの土地だ。おまえらの思い通りなどさせぬ』といきり立っています。説得できる状況じゃありません。クシミ様は天魔と結託しています」


 木の神クノが息も絶え絶えになりながら引き止めてきた。


「クノ。わかっている。だがクシミ様を何が何でも止めなくてはいけない。この命をかけても」


 うっ、熱い。熱波が襲い掛かかる。燃えて炭と化してしまった木々も倒れてきて道を塞いでいく。

 くそっ、邪魔するな。

 倒れてくる木々をかわしながら前へと進み行く。


「ナゴ、私が手助けしよう」


 水の神ツハがナゴの身体を覆い水の鎧と化して火の手から守ってくれた。


「ツハ、恩に着る」

「当然のことだ。私もこの争いを止めたい」


 ナゴは頷きツハとともにクシミ様へと近づく。そのとたん、クシミ様の目がギラリと深紅に光り「裏切り者め。この地を滅ぼそうとする異国の者と手を結ぶとは許せん」と鋭い牙を向けてこっちへ突進してきた。


「クシミ、目を覚ませ。この地を火の海と化させたのはおまえであろう。この地を滅ぼそうとしているのはおまえであり天魔だ」


 クシミの突進をね返したのはミサクチ様とアハバラキ様だった。


「おのれ、アハバラキ。寝返ったか」

「馬鹿者。我は寝返ったのではない。天魔の陰謀に気がついただけのこと。我の間違いはみずから正すしかない。今、仏と争ったところで何も変わりはしないぞ。今すぐやめるのだ」

「ふん、何が陰謀だ。間違いだ。天魔様は正しい。このまま仏どもを放っておけばこの地は荒れ地となり誰も寄りつかぬ土地となってしまう。仏さえいなければすべてが解決するのだ」



***



 コセンは薬師様へと必死に駆けた。隣でムジンも息を切らせてついて来る。

 突然、千手観音の剣に阻まれて「おまえらは敵か味方か」と睨みつけられてしまった。


「待て、待て。我らは敵ではない。この戦を止めたいだけだ」

「ふん、そんなことできるか。攻め込んで来たのは向こうだ。薬師堂に火を放ったのだぞ。どちらかが滅ぶまでやめるものか」

「それではこの地が消えてなくなってしまう」

「馬鹿者。戦をやめた時点で我らが滅ぶであろう。どちらに転がってもこの地はもとには戻らぬ」


 ダメだ。聞く耳を持ってくれない。


「コセン、どうする」


 そんなこと訊かれてもわからない。どうすべきだ。このまま見ているだけではダメだ。


 うわわっ、ありゃなんだ。

 不動明王が巨大化してく。十二神獣も巨大化していく。目の前の千手観音まで巨大化していった。


 まずい、まずいぞ。

 大地が揺れ出した。山の神が怒っている。


「ああ、山神様。しずまってください」


 コセンは手を合わせて祈った。ムジンはうずくまって震えている。情けない奴だ。ムジンのこと言っていられないか。自分もだ。足が震えて止まらない。


 同じ神でも力の差があり過ぎる。自分は何もできない。

 ダメだ、大天狗タヒコまでも巨大化して不動明王と剣を交えている。


 うぉっ、雷だ。

 十二神獣たちに向けて雷が落ちていく。

 十二神獣たちも負けてはいない。雷を撥ね返して反撃へと転じていた。

 至る所で爆音が響いている。

 落雷の音なのか、撥ね返された雷の音なのかわからないが、まるで化け物の咆哮ほうこうだ。


 もしかしたら恐竜が復活して出てきたのではないか。そんな錯覚に囚われてしまうほど凄まじい雷の轟音だ。

 最悪だ。もう誰にも止められない。終わりだ。


 なんだ。眩しい。あの光はなんだ。雷ではない。

 上空から光る何かが舞い降りてくる。


「鎮まりなさい。戦からは何も生まれません。この地は誰の者でもありません。皆のものなのです。仲良くすべきです」


 あの声は……。

 ヒカリに似ているが違うようにも思える。

 いったい誰だ。



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