【五】呪われた剣


 ここはどこだ。

 翼は天井を眺めて記憶を辿る。


 えっと、えっと。何がどうなったんだっけ。

 身を起したとたん胸の痛みが走る。激しく脈打つ鼓動。滲む汗。

 気持ちを落ち着かせようと胸を強く押さえてゆっくり呼吸をしてみる。


 ダメだ。まったく意味がない。いったいどうなってしまったのだろう。

 後頭部もうずく。

 な、なんだこれは。自分の手を見て愕然がくぜんとする。紫色の気持ち悪い手がそこにはあった。


 紫色になっているのは手だけじゃない。足も腹も胸も体全部紫色になっていた。毒々しい肌の色。


 ムカムカとして吐き気が込み上げてくる。頭が割れそうだ。ああ、何もかもわからない。記憶が、記憶が何もない。


 自分は誰でどうしてここにいるのか。

 肌の色といい記憶がないことといい毒でも盛られたというのか。本当にそうなのか。死なないのは、なぜだ。まさか、ゆっくりと死に近づいているのか。

 不安の塊が重く圧し掛かってくる。


 なんだか朦朧もうろうとする。気持ちが悪い。眩暈めまいもする。

 ここはいったいどこなんだ。


 暗くてよくわからない。昼間なのか夜なのか。

 あんなところに光が。


 天井の隅から淡い光が漏れている。これは月明かりだろうか。漏れた光を目で追うとその先に鈍い光を発する何かをみつけた。


 剣か。

 剣を手にした瞬間ずしりと重みを感じた。途端に持つ手がしびれはじめた。


 なんだこの剣は。

 じっとみつめていると刃文が浮き上がってきて、黒龍の顔があらわになった。


「おまえは呪われたこの剣で何をする」


 呪われた剣だって。翼は剣から手を放そうとしたのだができなかった。

 なぜだ。剣が手に張り付いている。


「無駄だ。おまえは我の思い通りに動くしかない。ふふふ、ヒカリを殺せ。そして、我のための王になれ。ヒカリを殺せ、殺せ、殺せ」


 この言葉、どこかで聞いたような。まさか自分自身の声か。それはありえない。『殺せ』だなんて物騒な言葉を自分が口にするはずがない。


 そうだろうか。自分自身がよくわからない。

 もしかして、自分は殺し屋だったのか。黒龍の顔が浮かび上がる剣をみつめて、首を捻った。


『ヒカリを殺せ』か。


 そもそもヒカリとは誰だ。なぜ、殺せなどと。

 頭が割れそうだ。

 両手で頭を押さえて首を振る。


 とても大事なことを忘れているような気がする。それはいったいなんだ。ヒカリという人物のことだろうか。チリッと胸の奥に火がついたように感じた。


 知っている。知っているはずだ。ヒカリとは、ヒカリとは。

 自分にとってどんな間柄だったのだろう。名前からして女性だ。いや、男性か。どっちでもありえる名前だ。胸に手を当てて息を吐く。思い出さなければいけない、絶対に。心の奥でそう訴えかけてくる

 翼は必死に思い出そうとした。


 ヒカリ、ヒカリ、ヒカリ。

 誰だ、誰だ、誰なんだ。


 思い出そうとすればするほど頭が締め付けられていく。

 翼はそれでも思い出そうとして嘔吐おうとしてしまった。

 タイミング悪く、突然扉が開いて烏天狗が入ってきた。


「くせぇ。まったくこんなところで吐きやがって。大事な食い物がダメになっちまうじゃないか」


 毒づかれても気持ち悪さが勝り言い返すこともできず、その場にうずくまる。


「おまえら早いところ掃除してその馬鹿者を連れて来い」

「はい」


 子烏天狗が数人やってきて吐瀉物としゃぶつを綺麗にしていく。申し訳ない。

 じっと様子をみつめていたら、睨まれてしまった。


「馬鹿者、さっさと立て」


 別の子烏天狗が腕を強く握り引っ張ってきた。

 痛い。やめろ。腕が千切れちまう。


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