【二十】ナゴの危険
「ミサクチ様、ナゴです」
巨岩に向かってナゴは声をかけた。
応答がない。
「あの、いませんか」
ナゴは小首を傾げて、巨岩に耳を当てて軽くノックしてみる。
おかしい。
いつもだったらすぐに応えてくれるのに。
どこかへ出かけているとしてもミサクチ様はすぐに戻って来られるはず。やっぱり変だ。まさか天魔にやられてしまったのか。そんなことはないだろう。
ミサクチ様も天魔側に取り込まれたのか。
ない、そんなことはない。そのはずだ。天魔のやっていることが正しいはずがない。そう思いたいが違うのだろうか。間違っているのは自分たちのほうなのだろうか。
「むむむ、違う、違う。おいらたちは間違ってなんかいない。ミサクチ様、そうですよね。お願いです。答えてください」
ナゴは巨岩の前に腰を下ろして腕を組む。身体が地面に食い込んでしまった。ちょっと太り過ぎだろうか。そんなことはどうでもいい。
ミサクチ様のことを考えよう。いったいどこに行ってしまったのだろうか。
そういえばいつもの清浄な気が感じられない。どこか
ミサクチ様は存在しないのか。滅されてしまったというのか。それともこの地を見捨てたなんてことは。
すぐにナゴは頭を振った。見捨てるはずがない。
考えたくはないが、やっぱり天魔の味方をしているのだろうか。それで天魔が力を増しているとしたら説明がつくのではないのか。
ナゴは自分の頭を何度も殴りつけ自分の考えを否定した。
そんなこと、あるか。あるのだろうか。いやいや、ない。あっちゃダメだ。ない、ない。ないはずだ。そうだよな。
「ミサクチ様。お願いです。出てきてくださいよ」
右へ三歩、左へ四歩。再び右へ三歩。
ああ、どうにも落ち着かない。
ナゴは身体を掻きまくり気持ちを落ち着かせようとした。それでも心がざわつきわけもなく巨岩の周りを駆け出した。
なんだこれは。
巨岩の裏側にひび割れが二カ所。
これは、もしかして。
「ナゴ、こんなところで何をしている」
ハッとして瞬時に反転し、声のしたほうへ向き直る。
白大蛇が舌を小刻みに震わせながら、見下ろしていた。
「クシミ様ですか」
ナゴは首を捻った。クシミ様はこんなにも巨大だったろうか。
あっ、もしかして巨岩のひび割れは。
クシミ様の口から覗く牙と二つのひび割れを見比べて背筋がゾクゾクッとした。一致する。これは何かの冗談か。気のせいであってほしい。
クシミ様がミサクチ様を滅したというのか。そんなまさか。
「どうかしたか」
「あっ、いえ。何も」
「そうか、それならいいが。ところでナゴ。おまえ小さくなったか」
「いえ、そんなことはないです」
「そうか、気のせいか。けど、食べるには丁度いい大きさに見えるが……」
た、食べる。そ、そんなこと。
やはりミサクチ様はクシミ様の胃袋に。ナゴはブルブルと頭を振り、そんな罰当たりなこと考えるなと否定した。
んっ、殺気。
ナゴはすぐさま身構える。
クシミ様は敵なのか。なぜ、どうして。
クシミ様の尻尾がムチの如くしなり飛んでくる。殺される。早く避けろ。
ダメだ。避け切れない。
風を切る音が鼓膜を震わせ、何かが崩れるような音がした。
えっ、空振り。違う、そうじゃない。
どういうことだ。巨岩が、巨岩が。ミサクチ様が宿っていた巨岩が粉々に。
あるべきものがそこにはなかった。あるのは無数の石ころが転がっているだけ。
なんてことを。クシミ様は気が狂ってしまったのか。同じ古の神ではないか。この地を守ってきた神ではないか。
「ど、どうして」
不敵な笑みを浮かべたクシミ様は舌をちょろちょろ出して不敵な笑みを浮かべた。
「おやおや、いけないねぇ。この神聖な場所を
クシミ様はいったい何を言っている。
穢す。誰が。自分は何もしていない。その巨岩を破壊したのは、クシミ様。違うのか。自分がやったのか。いやいや、違う。違うよな。
なんだか頭が変になりそうだ。
「ナゴ。重罪を犯した者は死罪です」
クシミ様の大きく開け放たれた口が近づいてくる。鋭い牙とともに真っ赤な口内が目の前に覆い被さろうとしている。その口内の奥は闇が広がりすべてが終わりだと物語っているようだった。クシミ様は変だ。おかしい。自分は何もしていない。
けど、けど、けど。
身体が小刻みに震えて止まらない。
頭の中に『死罪』との言葉が渦を巻いている。なぜ、どうして。罪を犯したのは、クシミ様だ。まさか、濡れ衣を着せるつもりなのか。
そんなことされてたまるか。クシミ様とは言え、それは間違っている。だからと言って、クシミ様とは争えない。
ここから一刻も早く逃げ出さなきゃ。
急げ、急げ、急げ。
シャーーーとのクシミ様の声が耳を刺す。
何、どうした。身体が動かない。これは金縛りか。まさか
終わる。ここですべてが終わる。絶体絶命だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます