二章 不思議な花に導かれ

【一】久遠翼の胸騒ぎ



 ザザザーーーと木々が突然騒めき、久遠翼は身体をビクンと震わせた。

 振り返り、木々を見上げてみてもいつもの景色があるだけ。

 風はなかったと思うけど。

 首を捻り、まあいいかと歩き出す。


 ザザザーーー。


 心臓がドクンと跳ね上がり立ち止まる。まったくなんだっていうんだ。

 気にしない、気にしない。

 翼はそのまま歩き出そうとして、怖気立おぞけだつ。

 なんだ、この感じ。


 ドドド、ザザザン。


 津波。違う。そんなはずはない。

 海じゃない。


 でも、でも、でも。

 どう聞いても、大波が背後から押し寄せて来る。波に呑み込まれてしまう。


 まさか。


 ゆっくりと振り返り再び見上げた先にあるものは屹立きつりつした木々だけだった。

 そうじゃない。神社だ。神社がある。だから、なんだ。神様が何かを訴えているとでもいうのか。そんなことありえないだろう。


 おかしい。どう考えても変だ。

 揺れていない。風もない。右から左へと視線を移して首を捻る。この木たちは意志を持っているというのか。やはり、神様が。

 ないか。そんなこと。それならなんだ。


 ふと『だるまさんが転んだ』を思い出し、苦笑いを浮かべた。それこそありえない。


 背を向けたら、木々たちがゆっくり迫って来るのか。木の枝が肩を叩いてくるのか。

 馬鹿を言え。


「ツバサーーーーー」


 えっ、ヒカリか。

 そんなはずはない。ここにヒカリがいるはずがない。空耳だったのだろうか。悲痛な叫び声だった。

 ヒカリの身に何かが起きたのではないだろうか。胸騒ぎがする。


 電話でもしてみようか。LINEでいいか。ヒカリの声が聞きたい。やっぱり電話だ。声を聞かないと胸の奥のモヤモヤが晴れない。


 スマホを取り出して電話をする。

 おかしい。出ない。なぜ出ない。LINEをしてみたが返信がない。TwitterとインスタのDMで呼び掛けても何の反応もない。


「ヒカリ、大丈夫なのか。何かあったのか」


 空を見上げて呟いた。なぜかはわからないが誰かが答えてくれるような気がした。もちろん、返事はない。勝手な思い込みだ。


 どうしたらいい。遠いけど、今からヒカリの家に向かおうか。

 無理だ、金がない。すぐに飛んで行けるような距離じゃない。それにヒカリの身に何かが起きたと確定したわけじゃない。そう思い込んでいるだけだ。大丈夫だ、きっと。


 翼は深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。

 ああ、無理だ。余計にイライラしてくる。


 落ち着けるわけがない。はっきりとヒカリの叫び声を耳にした。すぐそこに神社があるのも気にかかる。神様が教えてくれている可能性もある。

 本当にそうなのか。自分には霊的なものを感じ取る力なんてないだろう。けど……。


 虫の知らせなんて言葉もある。

 ああ、もう。何を考えている。翼は頭を振り嫌な考えを振り払った。振り払っても振り払っても頭の中は最悪なことばかり浮かんできてしまう。

 とにかく家に帰ろう。家に着いたらまた電話してみればいい。


「なに、どうかした」


 おそらくヒカリはそう返答するだろう。

 そうだ、そうに決まっている。

「馬鹿みたい」なんて笑われるに決まっている。そうさ、きっとそうだ。


 ダメだ。心のどこかで不安の文字がうろついて突っついてくる。もしも電話にヒカリがでなかったら……。


 やめ、やめ。そんなこと考えるな。楽しいこと考えろ。

 翼は大きく息を吐き出した。ダメだ、楽しいことなんて何も浮かんでこない。


 家に着いたら祖父に相談してみよう。祖父なら真面目に話を聞いてくれるはずだ。

 ああ、もう。この胸のモヤモヤはいったいなんだ。


『ヒカリ。大丈夫だよな』


 杞憂きゆうに終わればいいけど。



***



 その日の夜、翼はヒカリが行方不明になったと知った。



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