【二十一】消えたヒカリ


「どこだ、ヒカリ。返事をしろ」


 どこにもいない。なぜだ。なぜ、気づけなかった。

 ナゴは寝殿内を隈なく探し、ドカッと腰を下ろした。いったい誰がヒカリをさらった。


「ナゴ、これを見ろ」


 コセンが土偶の欠片を手渡してきた。


「わかっている。薄っすらだが気が残っている」

「ミサクチ様がヒカリを攫ったとでも言うのか」


 ムジンが覗き込んで来て肩を揺らしくる。


「ムジン、やめろ。揺らすな。ミサクチ様ではない。その土偶はアラハバキ様だ」


 ナゴはコセンに目を向けた。


「うむ、そのようだ。アラハバキ様が敵方にいるのかもしれない。確かにアラハバキ様は余所者を嫌う。それに権力を笠に着て弱い者を虐げることをよしとはしない。この地を侵略されたと思っているのかもしれない。だがしかし」

「ヒカリは何もしていない。平和を求めている。そんなヒカリを攫うだろうか」

「おいおい、天魔の正体はアラハバキ様なのか」

「ムジン、それは違うな」


 コセンは頭を振った。


「違うのか。アラハバキ様ならこの強固な結界も破れるだろう。昨日の襲撃も容易いことだったはず」


 ナゴはムジンの言葉に首を傾げて、腕組みをして唸った。


「この臭い。この焦げ臭さ。アラハバキ様とは違う。うーん、他にも匂いが。こっちは臭くない。一つ、二つ。誰だろう。むむむ」

「ナゴ、どういうことだ」


 ナゴは肩に手をのせてきたムジンを見遣りひとつ息を吐く。


「ヒカリ以外に四つの匂いを感じる」

「四つか」


 コセンは頷き目を閉じて鼻をヒクヒクさせている。


「おい、俺様を無視するな」

「ムジン、すまない。今は、おいらも混乱している。少し黙っていてくれ」

「ああ、そうか」


 結界を破れる者は限られている。古の神々でもかなりの力の持ち主でないと無理だ。そう考えればあの方以外に考えられない。一つはアラハバキ様で確定だとするともう一つはミサクチ様だろう。あと二つは誰だ。


 天魔なのか。焦げ臭さはもしかしたらそうかもしれない。そこまで力をつけたのだろうか。誰かの力を借りなくては無理なのではないか。


「ナゴ」

「んっ、コセンどうした」

「我が感じる限り、アラハバキ様とミサクチ様は間違いないだろう。あとは天魔。もう一つは……。うむ、どうにもはっきりしない。敵ではないような気がするが」

「そうか。おいらも同じ考えだ」

「俺様も今、そう言おうとしたところだ」


 ナゴはムジンに目を向け頷いた。


 昨日の夜、いったい何が起きたというのだろう。台風でも通り過ぎたようなこの部屋の荒れようはただ事ではない。それなのに気づかなかったということは結界を張っていたってことだろう。アラハバキ様かミサクチ様が。


 アラハバキ様とミサクチ様は天魔と結託しているのか。それともヒカリを救おうとしてくれたのか。わからないことだらけだ。もう一つの存在も気にかかる。

 ヒカリを攫ったのはいったい誰なのか。天魔でないことを祈ろう。


 うぉっ、あ、あれは。

 ナゴは金木犀に目を向けてギョッとなった。枯れている。それだけではない。炭のように真っ黒に変わり果てていた。


「もしや天魔の仕業なのか」

「ナゴ、天魔にそこまでの力はないだろう」

「いや、そうとは言い切れないぞムジン」

「コセン、どういうことだ」

「天魔はアラハバキ様かミサクチ様の力を利用したのだろう」

「なるほど、そういうことか。ってどういうことだコセン」


 コセンとムジンはズッコケていた。

 なんだ、二人ともどうしちまったんだ。


「ナゴ、アラハバキ様とミサクチ様は古の神だぞ。巨石に宿る神だぞ。この山そのものと言っても過言ではない。つまり自然のものだったらなんでも宿ることができる。金木犀を使って道を繋げたのだろう」

「そうなのか。で、天魔はどうやって来たんだ」

「開かれた道を追いかけてきたのだろう。それしか考えられない。金木犀の道を天魔が通ったため炭と化したのだろう」

「そういうことか。あっ、でもさ、アラハバキ様もしくはミサクチ様と天魔が手を組んでここへ引き入れたって可能性はないのか」


 コセンが眉間に皺を寄せて唸っている。


「そんなことがあってたまるか」

「でも古の神々が天魔のもとへ訪れているって話を小耳に挟んだぞ」

「ナゴ、いい加減なことを言うな」


 ナゴは身を縮こませて「大声だすなよ」と呟いた。


「ナゴ、すまぬ。そう思いたくないのだ。確かにアラハバキ様が加担する可能性は大いにある。事実だとしたら、かなりまずいことだ」

「そうだろう」

「だがしかし、話せばわかってくれるはず」

「それは甘くはないか」


 ムジンの言う通りだ。甘い。甘過ぎる。話せばわかるのならここまでこじれてはいないだろう。日向が殺されることもなかったはずだ。


「わかっている。我だってそうであってほしいだけだ」


 コセンは頭を抱えて項垂うなだれた。

 どうすればいい。ナゴはない頭で真剣に打開策を考えた。ああもう思い浮かばない。


 ダメだ、ダメだ、ダメだ。

 今、一番にしなきゃいけないことはなんだ。そんなこと考えるまでもない。ヒカリを救い出すことだ。それ以外ない。

 コセンも同じ考えだったのだろう。


「とにかく今の問題はヒカリだ」

「おいらもそう思う。急いでヒカリを助けなきゃ」


 ナゴは立ち上がりかけて再び腰を下ろした。どこにいるのか見当がつかない。

 森中を駆け回ればみつかるという話ではない。ヒカリは無事なのか。すでに黄泉の国に旅立ってしまったのか。

 ナゴは頭を振り嫌な考えを吹き飛ばした。そんなこと考えるんじゃない。


 んっ、なんだこれは。

 ナゴは床に刻まれた薄い文字をみつけた。


「おい、これを見ろ」


 コセンとムジンが身を乗り出して覗き込んでくる。


「これは誰かの名前か」

「そうなのだろうか」


 ナゴは腕組みをして考え込んだ。ムジンも首を傾げている。だがコセンだけは違った。


「名前だ。間違いない」


 コセンは目を閉じて文字に手を置き頷いている。


「コセン、何か見えるのか」


 コセンは大きく頷き「ヒカリの叫び声が届いた」と告げた。


「これは助けを呼ぶ声だ。ヒカリはツバサという人物に助けを乞うている。これはヒカリが残してくれた唯一の手掛かりだ。いますぐその者を探そう。ヒカリを救う鍵となるかもしれぬ」


 こうなったら早いところあっちの世界へ行かなければ。

 ヒカリ、待っていてくれ。生きていてくれ。この国の王はヒカリでないとダメなんだ。いやいや、女王なんてならなくてもいい。生きていてくれさえいればそれだけでいい。


『おいら、ヒカリのこと大好きだもん』


 あっ、恋愛感情じゃないぞ。仲間として同志として好きなんだ。家族みたいに思えるんだ。なぜだろうな、なんか心を許せるんだよな。


 そんないい奴を攫うなんて許せない。絶対に許せない。

 天魔だけはなんとしても仕留めてやる。悪い奴は退治せねばならない。ヒカリはダメだって止めるだろうな。どんな悪い奴でも殺しちゃダメだって。そういうところが好きなんだろうな。


 ナゴはドカッと寝転がる。


 んっ、臭い。

 ナゴはすぐに起き上がって「天魔の奴め」と呟いた。


 この焦げ臭さはなんだ。この部屋に染みついてしまっている。これだけの焦げ臭さを放つ奴は怨霊としか思えない。天魔は怨霊なのだろう。それなら怨霊と化した天魔とは何者なのか。


 まさか……。

 ナゴは頭を振り、自分の考えを否定した。あの者が怨霊と化してもそれほどの力を得るとは思えない。


「おい、ナゴ。何をしている。もうひとつの人の世へ急ぐぞ」

「あっ、そうだった」

「まったくしかたがない奴だ。またスケベなことでも考えていたんだろう」

「な、何を。馬鹿なこと言うなムジン。今の状況でそんなこと考えるか」

「どうだか」


 ムジンはニヤリと笑みを浮かべていた。


「二人とも、さっさと行ってこい。我はここで他に手がかりがないか調べる」

「了解。ほんじゃ行って来る」


 んっ、行って来るとは言ったものの『ツバサ』ってどんな奴だろう。まあいいか。ヒカリと関係がある者だったら同じような匂いがするだろう。人の良さそうないい匂いが。


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