第39話 彼女は嘘つきだから。

 おそらく、父は気がついている。

 私が他県の高校に進学する目的が、氷川のためなんかでは決してないことに。

 私が氷川の檻から逃れようとしていることに。


 それでも、父は私の一人暮らしを承認した。

 いとも簡単に。


 


 私は舐められているのだ。

 私なんかに氷川の檻から逃れることはできないと軽んじられているのだ。


 氷川の人間は私を舐めている。

 私には何もできない、と。

 もし、私が反抗しようと思えば抹殺してしまえば良いと考えているのだろう。



 タカナシさんのように。


 悔しかった。

 見返してやりたいと思った。


 だが、私はやっぱり無力で無知で愚かだった。


『山の上のお城』を出れば、何かが変わると思っていた。

 だが、実際はどうだろう。


 何も変わらない。何も得られない。

 結局、ずるずると1年近くの時間だけが過ぎていた。

 きっと、このまま残りの2年が経過して『山の上のお城』に戻るのだろう。


 私は所詮鳥籠の中のカナリアなのだ。

 飛び立って、高く高く飛んだとしても、たった一度でも向かい風が吹けば簡単に押し戻されてしまう。


 そして、飼い殺されるのだ。

  

 ああ、私はどうしてこんなに無力で馬鹿なんだろう?


 いつもそうだ。

 私がもう少しだけ聡明ならば、タカナシさんの嘘を見破れたのに。


 あの人は嘘つきだ。


 本を読むのは仕事でも何でもない。

 手首の傷はネギを切るのに失敗したのではない。

 チキンラーメンを作るのは全然複雑じゃない。


 嘘ばっかりついて、

 大事なことも辛いことも全部隠して、

 一人で全部背負い込む。


 ひどい大人だ。 

 最低最悪の大人だ。


 それなのにどうして?


 どうして『愛してる』なんて言うのだ?


 私には、たった一言だって言わせてくれなかったのに。


 どうして、どうして、どうして、どうして……。


 視界がぐにゃりとぼやけた。




 

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